005
「ナオキ様」
顔を上げると そこにマリア様が 立っていた。
「マリア様 どうしてこんな所に?」
「ナオキ様が 外に出られるのが見えましたので。ナオキ様こそどうしてここへ?」
「少し 酔い覚ましだよ」
「ところで ナオキ様。言い直しを要求いたしますわ」
マリア様は 腰の手を当て 「プンプン」と 擬音が聞こえてきそうな表情をしていた。
「あー ごめん。マリア」
「よろしい」
と マリアは 満面の笑みを浮かべた。
俺は いつもマリアのこの笑みに癒され 助けられている。
最初は そう この世界に召還されて すぐの頃だ。
この世界に 召還され 知る人も居らず 寂しさや孤独感に苛まれ
尚且つ 知りもしない世界のために 命を掛けて 魔王と戦えと言われた恐怖。
俺は 与えられた部屋に引き篭もってしまったのだが、マリアは毎日 会いに来てくれた。
しかし 慰め 励まし 尽くしてくれている マリアにすら 心を開けないでいたが、
召還され1週間ほど経ったある日 マリアが言い出したのだ。
「勇者様 私とお友達になりましょう」
マリアの突然の言葉に 意味がわからず 聞き返してしまった。
「友達?」
「はい。友達です。勇者様の 同意もなく 無理矢理にこの世界へ お連れしてしまいました。知る人も居ない しかも戦えと・・・・。勇者様のお気持ちは
よく・・・いえ 私には想像できないほどの 苦悩や苦痛を与えているということは
わかります。
ですから お友達になりましょう。それで 少なくとも 孤独ではなくなります。」
「マリア様」
俺は自分の妹と同じ年の子の言葉に 涙腺が熱くなっているのを感じた。
「ですが、私にも 立場上 お友達はいませんので どうすれば 良いのかよくわかりません。そうですね」
マリア様はしばし 考え込まれて
「まずは お互い親しみをこめて 名前で呼び合うというのは どうでしょう?
私のことは マリアとお呼びください。私も 勇者様のことは ナオキ様とお呼びします」
「ありがとう。ありがとう。マリア・・・」
ついに 耐え切れなくなり 頬に熱い涙が伝うのがわかった。
「はい。ですが そう呼ぶのは 2人だけのときだけですよ。人前で そうお呼びになると 色々と問題がありますので」
と マリアは 最高の笑顔を見せてくれた。
でも なんで 俺は マリアって呼んでるのに マリアは ナオキ様・・・「様」なんだ?
そこに気付いたのは 随分経ってからだった。
こうして マリアと話すのも久しぶりなので とても楽しく過ごせたが、
どうしても 気になることがあり それを伝えた。
「マリア あの ごめんな。その 結婚 断っちゃって」
マリアは少し表情を曇らせ 口を開く。
「ナオキ様は 私のこと お嫌いですか?」
「その聞き方は ずるいな。嫌いなわけないだろ。俺は マリアのことが好きだよ」
「だったら、何故・・・」
「陛下にも言ったが 俺は 帰りたいんだ。帰らなくちゃいけないんだ」
「元の世界に 心に決めた方でもいらっしゃるのですか?」
「そんな人は居ないよ」
「だったら!だったらどうして?」
「それは・・・だから・・・」
歯切れの悪い答えに マリアは涙を浮かべ 俺の胸に飛び込んできた。
「どうして・・・」
マリアは そう 何度も俺の胸の中で 呟き、俺はどうしていいかわからず
「マリアだって 王族の役目を捨てて 俺と一緒に 行けるかい?」
俺から離れ 涙目ながらも厳しい眼差しを俺に向ける。
「ナオキ様こそ その聞き方は ずるいです。そんな言葉で 私を黙らそうなんて」
「ごめん。今のは失言だ。忘れて欲しい。ただ、わかっても欲しいんだ。
言えないのは言えないなりの理由があるし 連れて行くとか行かないとか 誰かのためとか そんなんじゃないんだ。
俺自身のため・・・ただの我がままなんだ。できれば・・・できれば 付いてきて欲しいとは思ってる。だけど 俺の我がままのために この世界や マリアに迷惑も掛けられないとも思ってるんだ」
マリアは表情を ほんの少しだけ緩め また俺の胸に寄り添い 呟く。
「ナオキ様・・・」
俺は それ以上何も言えず 抱きしめることしかできなかった。
「マリア様 ナオキ様 そろそろ お戻りを」
俺とマリアは 落ち着きを取り戻した後 何を話すわけでもなく 二人で噴水にすわり
王城の光を眺めていたところに シオンさんがやってきたのだった。
「行きましょう」
俺は マリアに声をかけ 会場へと戻った。
宴も終わり 大方の片づけが済んだ頃には 深夜になっていたが
シオンは 侍女の控え室ではない部屋の前で 立ち止まり 周りの様子を伺い
ノックもせずに その部屋へ 静かに忍び込んだ。
「ヨーヒム様」
「シオンか」
そこは 国務大臣ヨーヒムの執務室であり ヨーヒムは 顔色も変えず答え
さらに続ける。
「で、どうであった?今日 一日 勇者殿に お付して」
シオンは 厨房での出来事を話すと ヨーヒムにしては珍しく ほんの僅かではあるが
表情を変え それをシオンは見逃ず また、ヨーヒムも そんなシオンの様子を
見逃さなかった。
「まずいな」
「?」
シオンがヨーヒムの意図を測りきれずにいると
「勇者殿は 勇者である以前に その人となりに 好感を持ってるものは城内でも
少なくないのだ。そのようなことが続き もし 勇者殿が他国に移ると言えば 王家に忠誠を誓った者であっても 勇者殿に付いて行くと言う お調子者も出てくるであろう」
「ですが、ナオキ様は 他国へ移ることはないと思われますが」
「今の段階ではな。まあ、将来的にも恐らくはないと思うが そんな勇者殿を利用しようと言う輩は必ず出てくる」
「しかし、シオンよ お前はどうして 勇者殿がこの国を出ないと言い切れる?」
シオンが逡巡していると
「シオン」
「は、はい・・・ナオキ様と マリア様は 私どもが思っている以上に 親密なようです」
シオンは 中庭の様子を茂みから 伺っていたのだ。
何故シオンがその様なことをしていたのか?
侍女だから 呼ばれればすぐに参上できるように 控えていたと言うわけではない。
シオンは ヨーヒムが城内の情報収集のため放っている 数名の草の一人なのだった。
「ほー」
ヨーヒムは今度は表情を変えず そう呟き 何か考えを巡らしたのち
「シオンよ 明日からもう一働きしてもらうぞ」
「はい。仰せのままに」
そして シオンは誰にも気づかれないよう 静かに 部屋を出て行った。




