039
どれくらい そうしていたのだろう、レノの魔結晶を握り締めたまま 踞っていた。マリア達はそんな俺を見守ってくれていたがやがて そっと 肩に手を添え言った。
「ナオキ様 モニリの町に戻りましょう」
思考回路の停止した俺には マリアの言葉の真意を理解することができない。
「・・・・王都じゃないのか?」
帰るなら王都だろう?もうモニリの町に用事はない。レノはもう居ない。ドームも倒した。森の魔物も自然ともとの数に戻るはずだ。
「今のナオキ様の状態で 治療魔法をかけてもうまくはいかないでしょう。サヤさんにお願いいたしましょう」
「ああ・・・そうだな・・・・」
そうだった。俺には今 片腕が無かったんだ。傷の痛みすら 意識に入って来ない。確かにこんな状態で治療魔法をかけたら 再生はできても まともに動かないだろう。傷口を見ればレノのことを思い出せる。なんなら いっそ このままでも・・・・。
「ナオキ様!しっかり してください。モニリの町に戻りましょう。転移をお願いします」
でも それじゃあ 手を貸したマリアやシオンさんにも辛い思いをさせるか・・・・。もう どうでもいいや・・・・。考えるのに疲れたよ・・・・。
「ああ・・・」
その後 どうやって 戻ったのか 全く覚えていない。気が付けば サヤの家の前に立っていた。シオンさんが ドアをノックすると サヤが出てきた。サヤは俺の腕を見るや 医者としての表情となる。
「ナオキさん!と、とにかく 中に入って。すぐに治療するから」
サヤは慌てて俺を中に連れて行き すぐに治療にかかってくれた。サヤの治療は 迅速かつ 完璧で 見事に再生された腕は なんの違和感もなく 今まで通り 動いた。
「サヤ ありがとう、助かったよ」
「大したことはないわ。それより 心ここに在らずって感じね。そちらの方が心配だわ。とにかく 話はリビングで聞くから先に行ってて。片付けたらすぐに行くから」
サヤに促され リビングに移動しソファーに座り 再生された手を握ったり開いたりを繰り返す。それをただじっと見つめていた。
サヤは自分が部屋に入ってきたことにも気付かず ただ手を見つめているナオキを見て まずはマリアとシオンに話を聞くことにした。ナオキのことを横目で見ながら キッチンへと移動すると シオンさんがお茶をいれ マリア様がその様子を 必死に観察していた。
「マリア様は何をなさっているのですか?」
「せめて お茶くらいいれれるようになりたいと思いまして」
王女様のすることではないだろうと思いながらも 疑問は胸の奥に押し込め今の一番の懸案事項について聞くことにする。
「ところで ナオキさんに何があったのですか?」
マリアとシオンは サヤにも知る権利があると言うか 同じ男を愛したものとして知るべき立場にあると判断し こと細かく レノとのことを説明した。
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「そんなことが あったのですか・・・」
「それと・・・ナオキ様は 『2人目だ』と 仰っていました」
「2人目?」
サヤはその場に居なかったので どのような状況での言葉か分からず マリアに聞きなおした。
「私にも分からないのですが 恐らくは以前にも似たような経験をなさったのではないかと。サヤさんは 何かご存じないですか?」
サヤは一時 ナオキと心を同期させた。マリアやシオンはそのことを知っているため サヤに聞いてみたのだが、
「ごめんなさい。何も・・・」
心を同期させ 心の有り様について ナオキとサヤは 理解しあった仲ではあるが 記憶まで共有したわけではないので 知らないことは知らないのだ。
「2人目だろうと3人目だろうと ナオキさんには 早く立ち直ってもらわないと。私 少し 話をしてみます」
「お願いします」
マリアとシオンは サヤに頭を下げた。2人とも サヤと同じ気持ちであるしナオキの心の支えにもなりたいとも 思っている。だが、現在 一番 ナオキを理解しているのは 認めたくはないが サヤなのだ。これ程までに塞ぎ込んだナオキを見るのが初めてな2人には サヤに頼るほかなかった。
「あ、あ、あ、あの お二人とも 頭を上げてください。上手くいえませんが 私達3人は 立場こそ違いますが 気持ちは 同じはずです。その 王女様に 失礼な言い方ですが 仲間じゃないですか」
3人は お互いの気持ちを確認しあうことができ 見つめ合った後 笑みがこぼれた。
サヤはリビングに戻り ナオキに話し掛けた。
「ナオキさん・・・・失礼かとは思ったけど 事情は マリア様やシオンさんから聞いたよ」
サヤは 少し戸惑いながらも 優しく話しかけるが ナオキは サヤの顔を見ることもなく 俯いたまま 淡々と答える。
「そっか・・・・だったら そっとしておいてよ」
サヤは 自分の経験とナオキの現状に 似たものを感じている。だからこそ いつまでも塞ぎ込んでいるナオキを見て 苛立ちを覚えた。
「いつまで そうやって いじけているつもり?私の愛した男は その程度のことで いつまでもウジウジとしてるはずはないと思ってたのだけど」
サヤの辛辣な言葉に 一瞬 呆然とするが レノのことをその程度と言われて黙ってはいられない。サヤを睨み付け
「その程度ってなんだ!サヤに俺の気持ちが」
言いかけたらナオキの唇にそっと指をあて 黙らせた。サヤは寂しそうな表情で 言葉を紡ぐ。
「あなたの気持ちは わかるわよ。痛いほどにわかるわよ。別にあなたと心が繋がったからって訳じゃなくね。私にはわかるの・・・」
指を離すと ナオキの横に寄り添うように座り自分が再生したナオキの腕を優しく擦った。
「私は医者として かなり優秀だと自負しているわ」
「俺もそう思うよ」
ただの自惚れではない。サヤの実力は王宮医師団に呼ばれるほどなのである。
自身の作品と言ってもおかしくない 再生させたナオキの腕をいとおしそうに触り続ける。
「でもね、それでも 助けられなかった患者さんはたくさん居るのよ。私自身の技術や魔力が足りなかったり 私のところに来たときには既に手遅れであったり。私のお母さんだって ナオキさん あなたが居なかったら きっと・・・・」
サヤの手の動きが止まったかと思うと ナオキの手を強く握りしめた。サヤの言いたいこと サヤの気持ちが少しずつではあるが 理解できてきたナオキは サヤの手を 握り返した。
「助けたいのに 助けられなかった、そんな経験はあなたよりよほどたくさんしているわよ。それどころか 医者なのに 命を救う仕事をしているのに その命を摘み取ったことだって・・・・」
この世界には サヤのような 医療魔法を使える本物の医者は ほとんど居ない。王都以外で本物の医者が居るモニリの町はかなり珍しいのだ。他の村や町では回復 治療魔法を使えるものが 医者の代わりを担っている。だが 回復魔法や治療魔法では 体力の回復や 怪我の治療はできても 病気を治すことはできない。そのため 回復の見込みのない患者に対しては 家族や本人の同意のもと 安楽死が行われる。それはこの世界においてごく当たり前のこととなっている。
サヤが とても優秀な本物の医者だと言うことは周知の事実であり そのサヤがもう回復の見込みがないと言えば ほとんどの者が安楽死を希望する。サヤの実力と名声が 安楽死の希望者を増やしているのは皮肉な話で その事に大きな憤りを感じているのだった。
「私は病気を治したい、苦しんでいる人を助けたい そう思って 医者になったと言うのに・・・・」
サヤの握った手は更に力を増し 爪が食い込みナオキの手からは薄ら血が滲んだ。
「ごめんなさい!」
サヤは 我にかえり 血の滲んだナオキの手を見て 慌てて 治療魔法をかけた。
「すぐに治すから」
その言葉の通り 傷は あっという間に塞がり傷痕すら残ってはいなかった。
「たいしたことはなかったし それより ごめん」
俺は 俺のために辛い話をしてくれたサヤに 謝罪した。
「謝らないで、別に不幸自慢のために話した訳じゃないし。それよりね 私に医術を教えてくれた先生が よく言ってたのよ」
サヤは遠い目をしながら続けた。
「患者の死を糧に医学は進歩してきたんだ。だが 助けられなかった、患者のことは決して忘れるな。助けられなかった、理由を考え次に 同じ症状の患者が来たら絶対に助けろ。それが医者の責任だって 言ってることは正しいと思うけど そう簡単に 割りきれないのよね」
懐かしむように サヤは語った。
「いい先生に巡り会えたんだな」
「そうね、だけど とても厳しい人でもあったわ。初めて医術を教えてくれる日に先生に聞かれたの、『医者は途中で辞められない。死ぬまで医者でいる覚悟はあるか』って」
意味するところが イマイチわからない。この世界において 職業は比較的 自由に選べる・・・ことになっている。簡単には転職はできないが 死ぬまで 同じ職業でいなければならないことはない。見当もつかず サヤに素直に聞いてみた。
「どういうこと?」
「さっきも言ったけど 医者だからって 患者を全部 治せる訳じゃない。自分の無力さを知って 残された家族を見ていると いたたまれなくなる。辞めたくなるのよ。でもね、そこで医者を辞めちゃうとね 将来 医者を続けていたら 助けるであろう人を見捨てる・・・それは殺すこと同義だって・・・助ける力を得たなら それを行使し続けなければならないって そう言われたのよ」
「言ってることはもっともだけど 本当に厳しい言葉だね」
「何いってるの!あなたもそうなのよ。勇者として人以上の力を持っているのだから」
サヤは呆れ顔でそう言い 表情を引き締めてから続けた。
「あなたも誰かを助けたい 救いたいと思うなら 途中で投げ出したりしたりしてはいけないわ。あなたにしかできないことが たくさんあるはずなのだから」
・・・・・・俺にしかできないこと・・・・・・・
「だけど 俺にできることと言えば 戦うことくらいしか・・・」
「それが 駄目なことなの?ナオキさんのお陰で スズも それにお母さんも助かったわ。それに ナオキさんが居るから 抑止力として 戦争が起きていないのも事実じゃない」
「それに 俺は元の世界に帰りたいんだ」
「だからこそよ!だからこそ 今 ここにいる間に できることをできるだけやると言う 責任が有るのじゃないの?」
「・・・・・・・」
サヤの言葉は 正論だ。だけど レノのことは 簡単に心の整理がつくものではない。一連のことを考えれば レノは何かの陰謀に巻き込まれたのであろう。そして その陰謀の中心にいるのは 俺だ・・・。言い換えれば 俺のせいでレノは死んだ。
だからこそか・・・・
決心や覚悟なんて気持ちには程遠い。でも 立ち止まっていても 何も変わらないのか。
「サヤ・・・ありがとう」
「あなたの 何かの役に立てたのなら それだけで私は いえ 私達は嬉しいのよ」
そう言いながら キッチンから顔を覗かせている マリアとシオンに 目をあわせ 微笑みあう。
「気持ちの整理はまだつかないけど 俯いていても仕方がないのはわかった。とりあえず 顔を上げて前を向くようにするよ」
視線を俺に戻すと 何かを躊躇い その後 また 何かを決意したように 口を開いた。
「2人目って・・・・?」
その言葉を聞いた瞬間 体の中に電流が流れたかのような 衝撃が走る。手足は 震えだし 血の気が失せるのを感じた。
「あああぁぁぁ・・・・」
声にならない呻きしか出ない。サヤは俺の豹変に慌てる。
「ご、ごめんなさい。無理に話さなくていいから」
「2人目なんだ・・・・友達を殺したのは 2人目なんだ・・・・」
うわ言のように 呟いた 俺の言葉にサヤは焦りを加速させる。
「ナオキさん ごめんなさい。とにかく 落ち着いて!」
サヤは 数度 俺の頬を平手打ちする。痛みが脳に伝わり 徐々に 意識が覚醒して行く。
「ああ・・・・ サヤ ごめん」
「私も突然 ごめんなさい。・・・・ナオキさんに これ程のトラウマを与えるなんて・・・あなたと繋がった時に見えた大きな暗い部分が そうなのかしら?話せば 楽になることもあるのよ。例え何があっても 私達 3人はあなたの味方よ」
「ありがとう・・・・・・・」
そこから先の言葉が続かない。見かねたサヤは
「無理に話さなくてもいいわよ。気持ちの整理がついたらね。私達はいつまでも待ってるわ」
サヤは 優しく微笑んでくれた。
その 様子を やり取りを聞いていたマリアは 胸を締め付けられる思いでいた。マリアは ナオキに話さなければ ならないことを秘密にしている。ナオキが欲してやまないこと。召喚の秘密についてだ。
お優しいナオキ様なら 王家の犠牲が必要だと言えば 帰還を諦めてくれるかもしれない。でも ナオキ様は ずっと元の世界に帰りたいと 仰っている。様子を見ていればそれは 建前とかではなく 本当の気持ちだとよくわかる。
それなのに 私は・・・・・言わずにいる。
私は 心のどこかで、 いいえ 私の気持ち 全てが ナオキ様に 帰って欲しくない、ずっとこの世界で 私と 私達と過ごして欲しいと 思っている。
私は・・・・・・・。




