038
「ナオキ様!」
ナオキの指示通り丘の上で静観していた2人だが 腕を噛み千切られた瞬間 走り出していた。かなりの距離があり マリアとシオンは 王女や王宮侍女とは思えないほど 形振り構わず 全力で駆けていた。
ナオキは方膝をつき 無くした腕の付け根を押さえながらも ドラゴンを凝視している。そのドラゴンは苦しそうに 悶えていた。
「ハー ハー ハー・・・・ ナ、ナオキ様 ご無事ですか?」
ようやく ナオキの元に辿り着いたマリア達は 息を切らせながら 無くなった 左腕の付け根をじっと見つめながら尋ねた。この時点で2人は ナオキの治療魔法があれば 再生は可能で 命があればなんとかなると 夢中で走ることにより 多少の冷静さを取り戻していたのだ。
「2人共 こんなとこに来たら危ないじゃないか」
「ナオキ様こそ 無理をなさって・・・」
マリアも膝をつき 傷口を押さえているナオキの手の上に そっと手を添えた。
「心配をかけてごめん。だけど まだ 終わってないと思う。だから、もう少し 下がっておいて」
「ですが、今なら簡単に止めを刺すことができるのでは?」
そう言ったマリアだったが ナオキの言葉を思いだし はっとする。そうだ、確か ナオキ様は 紅竜のことを・・・
ナオキも マリアの様子から 自分の言葉を思い出したのだしたのであろうと察しはついていたが 紅竜の痛々しい姿を見ると 言葉に出さずにはいられなかった。
「紅竜は・・・レノは 俺の友達なんだ。殺すなんて できないよ」
紅竜が 埋め込まれた異物によって 操られていたのはまず 間違いない。その異物を取り除くことによって 自我を取り戻せるかは 賭けだった。結果 紅竜は 悶え苦しんでいる。「殺すなんてできない」ナオキはその自分の言葉が・・・友達と呼んだ存在を傷付けた 自分自身さえ 許せない思いでいっぱいだった。
だけど 放置していれば 王都が・・・・・。
ナオキは苦渋の表情で 紅竜を見つめている。腕の痛みではなく そんな思いがナオキの表情をそうさせたのだろう。
紅竜の動きが 徐々に小さくなってきたかと思うと 突然 強烈な光が辺りを包んだ。光が収まり 目が回復すると 紅竜の姿はなく 代わりに レノが横たわっていた。
「レノ!?レノ!レノ!!」
俺は 止めるマリア達を振りほどき レノの名前を連呼しながら 痛む傷口を押さえ 這いずるように 駆けていた。
レノの体を抱き起こし 彼女を見つめ 話し掛ける。
「レノ 俺だ!勇者だ! わかるか?」
「んっ・・・・んーー 勇者?あっ 勇者だ!」
レノは うっすら目を開き それでも しっかりと俺を見つめ 呟いた。
「そうだ!俺だ、勇者だ!やっと 正気に戻ったのかよ・・・。全く苦労を掛けさせやがって・・・でも・・・ 良かった・・・」
腕一本 失ってまで 正気を取り戻させたのだ 嬉しさのあまり レノを強く抱きしめる。人間体のときのレノは か弱い女の子でしかないので 力を込めすぎ 怒られた。
「勇者、いたーい!そんなに レノと再会できて嬉しいのか?」
「あははは・・・」
からかわれているのが 分かっているので笑って誤魔化す。レノは昔から こうやって からかい 俺が困っている様子を見て 嬉しそうに笑っていた。特に 悪意があるわけではなく やんちゃな女の子と言った感じなのだ。
「勇者、腕がないよ?もしかして・・・レノが・・・・?」
「ああ、心配ないよ!こんなのすぐに 治るさ。俺は 勇者だぞ!」
「ごめんね。勇者に迷惑かけちゃったね」
すまなそうな表情で謝ってくるレノだが 決してレノが悪いわけではない。レノは操られていただけであって 悪いのはレノにこんなひどい事をした奴だ。沸々と怒りが込み上げてくる。
「誰にこんなひどいことされたんだ?」
「わかんない。魔王の気配が消えたのに いつまで待っても 会いに来てくれないから 勇者の匂いを辿って歩いてたの。そうしたら 襲われて 変な道具を付けられて・・・そうしたら 力もでないし 頭もぼー として、後の事はあんまり覚えてないんだ」
平然と そんなことは気にしていないと言わんばかりに答えるレノだが ナオキにとっては 余計に痛々しく思えた。それに 自分に会いに行く途中に捕まったのだから 更に申し訳ないと言う気持ちも強くなる。
俺が責任を感じるだろうと見越し 気にしないようにと そんな態度を取るレノはとても優しい子なのだ。
「ところで 後ろの綺麗なお姉さん達は勇者の彼女か?」
レノはニヤリとしながら尋ねてくる。見掛けの年齢にそぐわない 表情と質問だ。
「彼女って・・・・まあ とても大切な人達だよ」
俺も 俺の言葉を聞いたマリア達も顔を真っ赤にする。レノの悪戯心に火がついたのか 更なる追及。
「そうかー 大切な人かぁじゃぁ チューくらいしたの?」
「お前、チューって・・・・何を 言ってるんだ!」
3人は 更に顔を赤らめた。
「ウンウン、勇者にも大切に思える人ができて レノも安心したよ。最後にちゃんと勇者に会えて良かったよ!」
レノは笑顔を崩してはいないが どこか寂しそうな雰囲気を漂わせる。
「えっ?」
レノの表情と言葉の意味をはかりきれず 短く聞き直す。
「ねぇ お姉さん達、勇者のことを お願いするね。この人 とーーーっても 寂しがり屋だから できるだけ 一緒にいてあげて!」
レノは笑顔を崩さないまま 目には涙を浮かべている。
「お前は何をいっているんだ!」
溢れた涙は 頬を伝い 落ちる。
「勇者にね 最後のお願いがあるの。あのね レノを殺して・・・・・・」
「だから、お前は何を言ってるんだ!冗談にしたって笑えないぞ」
レノが冗談でこんなことを言う子ではない。良くわかっている。だからこそ 認められない 認めたくなかった。どうして 俺がレノを・・・・そんなこと できるわけがない。
「冗談ではないから 笑えないね。レノはね、もう限界なんだ。レノの魂はもうすぐ 消滅しちゃうの。もし 魂が消えちゃったら また、紅竜が暴れだすわ。辺りを焼き付くし 最後には 魔力が暴走して 爆発しちゃう。多分 この大陸が丸々 無くなっちゃうよ」
「だ、だからって俺にレノは殺せない・・・」
「レノはね、精霊として生まれてから ずーと 人と共にあったの。レノは人間が大好きなんだ!いい人も居れば悪い人も居る。だけど 悪い人だって 魔物のように本能のまま 悪いことをしてる訳じゃない。家に帰れば家族思いだったり 道端で困っている人に手を差しのべたりもする。そうやって 一生懸命生きている人間が大好きなんだ!大好きな人を レノの巻き添えで殺すなんてできないよ。だから、レノを殺して」
「そんなこと・・・・そんなこと・・・・俺にはできない・・・・」
たぶん レノの言ってることは頭では理解できている。おそらく レノの最後の望みを叶えてやらなくてはならないことも・・・。だからって、そんなこと 納得できるか!何か 他に方法があるはずだ。
必死に 必死に 考える。今まで なかったくらいに 頭を回転させるが・・・・。
「勇者!もう時間がない・・・。勇者にできないなら 後ろの2人に頼まなくちゃならなくなるよ?いいの、それで?勇者の大切な人に 辛いことを押し付けて 勇者はそれでいいの?」
横たわり 俺の腕に抱かれていたレノだが よろめきながらも立ち上がり 俺を見下ろしす。
「勇者は勇者なのでしょ!しっかりして」
レノは涙を流しながらも 優しい表情で続けた。
「レノはレノにこんな事した人のことも恨んでなんかないよ。だって そのおかげで こうやって また 勇者に 会えたんだから。むしろ、感謝すらしてるよ。それに 勇者のこともね」
そう言って微笑んだ。
「さあ お願い・・・。本当に もう限界だから」
一瞬 苦しそうに顔を歪める。本当に 限界が近いのだろう・・・。もう 選択の余地はない・・・のかもしれない・・・。
覚悟なんか 決まっちゃいない・・・だけど・・・俺は 剣を抜きレノに向ける。剣先は震え 定まらない。
すると マリアとシオンさんが 両側から俺の腕を 剣を一緒に握ってきた。
マリアが
「ナオキ様だけに 辛い思いはさせません」
シオンさんが
「一人で背負えない重荷なら 皆で分け合えばいいのです」
俺なんかより この2人のほうが よほど勇者らしい。レノは少し驚いた表情となりすぐに 元の笑顔に戻った。
「勇者・・・本当にいい・・・心を分かち合える人を見つけたんだな!本当にレノは安心したよ。さあ お願い・・・」
俺は 泣き・・・涙を流し・・・鼻水を垂らし・・・・ぐちゃぐちゃの顔と心で 叫んだ。
「レノーーーーーーーー」
剣は 何の抵抗もなく レノの胸を貫く。レノは小さく呻くが 笑顔は崩さず そのまま 崩れ落ち倒れた。レノの倒れた音を辿り 視線を落とし 数秒 固まってしまった。徐々に俺の意識は 鮮明になり 状況を把握する。強く握られた剣を 支えることもできなくなり 滑り落ち 地面に衝突した剣はオリハルコン特有の 澄み切った 甲高い金属音を響かせた。
俺は 慌てて レノの体を 抱き起こすと 自身の死を自覚できているのにもかかわらず 優しい眼差しと笑顔で かすれた声を出す。
「これで良かったんだよ」
「・・・・・レノ」
「大切に思う人のことは 大事にするんだよ」
「・・・・・ああ」
「これから もっと そんな人が増えるといいね」
「・・・・・ああ」
「・・・・・・・・でね」
もう レノの声は 声にならなくなっていた。
「・・・・ナオキ」
「・・・・えっ?」
「俺の名前は ナオキだ!」
最後の力を振り絞り レノは俺の名を呼んでくれた。
「そっか・・・・ナオキって・・・・言うんだ。ナオキの・・・・ことが・・・一番 大好きだったよ!」
レノの体は徐々に透けていき 光の粒子へと分解されていく。もう レノを確認することはできなくなっていた。抱きかかえたはずの腕から 重さが消える。
俺は 片側しかない腕を振り回し 散らばる光の粒子を必死に かき集めようするが しかし 粒子は手をすり抜けて掴むことができなかった。
「・・・・・ナオキ・・・・・ありがとう・・・・・・」
どこからか レノの声が聞こえた気がした。
霧散した光の粒子は レノが立っていた場所に再度 収束していき 凝縮された粒子は 魔結晶となっていた。残された魔結晶は 山の湧水のように透き通り 中には 激しい炎を宿していた。
見た目は 手に触れるのも躊躇うほど熱そうなのに 魔結晶を握り締めると そこからは とても とても優しい暖かさが 伝わってきた。




