037
タラクシャ王城
「民の避難は 終わったか?」
タラクシャ王は 騎士団団長 マキシムに尋ねた。
「完了しております。動ける者は王都の外へ 年よりや病人など 移動が困難な者は 城内に避難させております。また、念のため 団員を城下へ派遣し逃げ遅れたものが居ないか確かめさせております」
さすがは騎士団団長 完璧な仕事と納得した。
マキシムは 多少ではあるが 王の表情が緩んだのを見てとれたので 進言する。
「では 陛下も安全なところに避難を」
「何を言うか!民はまだ 城に居るではないか。民を見捨て 予 一人で逃げ出せる訳がなかろう」
マキシムは 王の返答を予想していたのであろう 数名の若い騎士に目配せをする。
「陛下、失礼いたします」
そう言うと 騎士達は王を抱える。
「お前達 何をする!離せ!」
「陛下、この無礼 後ほど 命を持って償わせて頂きますゆえ どうか ご容赦ください」
マキシムは 顔を伏せ 王に最後の挨拶をする。
「民を守るは 騎士団の務め。陛下はどうか 後方にて我が騎士団の働き振りをご覧ください」
「民と共にあるのが予の矜持!お前達の気持ちは 嬉しいが それは予に対しての侮辱でしかないのだ!」
王は 懇願するかのように 臣下達に語りかけた。その様子を見ていた者 全てが思った。 「このお方こそ 真の王なのだろう。だからこそ 王の意に反するが 王を死なせてはならない」と・・・。
マキシムは 自分の隣に立ち 城に居残ろうとした人物を見て 驚きを隠せなかった。その人物は 国務大臣ヨーヒムだ。マキシムもヨーヒムの能力を高く評価している。彼は 常に 効率的に 最善の道を選ぶ人間なのだと。彼の能力は 民と共に 尽きるより 事後の処理にこそ必要で 今までの彼であれば 誰になんと言われようと 一番に避難していても おかしくなかったはずだ。
「ヨーヒム様 どうかあなたも 避難して下さい。事後の処理には あなたの手腕が必要です」
「・・・・わかりました。後はお願いします」
ヨーヒムはとても悲しそうな表情で答えた。ヨーヒムが 表情を変え 感情を表に出すとこなど マキシムはおろか 王ですら見たことがない。ヨーヒムは 抱えられた王の傍らへ移動した。
その時 部屋の扉が開かれ 侍女が 入ってきた。マキシムは 入ってきた侍女を見て声を上げた。
「女達は 避難させたはずだ。何故残っている」
入ってきたのは 勇者付きの侍女たちで マキシムの言葉にアンナが答える。
「それは 私達への侮辱ですわ。私達も マキシム様と同様 この国に仕える者なのですから」
確かにそうではあるが しかし
「だが お前達が残ったところで 何の役にもたたん。命を粗末にするな」
「それこそ マキシム様もおなじでは?人の身で ドラゴンに勝てる方など 勇者様くらいです」
まさしく正論、しかしそこは 王の言葉ではないが 矜持。自分は騎士団団長であり 王や民を命がけで守ることこそが 誇りなのだ。アンナの言葉に怒りを覚えつつ 反論しようとするが アンナの更なる言葉に遮られる。
「言い過ぎました。お許しください。ただ、どうか陛下の意を汲み 陛下のなさりたいようにさせてあげてください」
「それは聞けないな。我等臣下は 陛下をお守りするが務め。この国が滅ぶのなら まだしも 王都が破壊されても 国がなくなるわけではない。今後のことを考えれば 陛下には 生きていてもらわなければ困る」
その程度のことは アンナも理解している。それでもなお 言わずにはいられない・・・
「確かに 王家に忠誠を誓い 国や王家のために働く私達であれば 陛下は必要なとき 犠牲をいとわないでしょう。それが王と言うものです。ですが 民を見捨てろと言うのは 王の行いではありません。その瞬間 陛下はこの国の王としての資格を失うのです。少なくとも 陛下はそのようにお考えなのです」
「それでも 国のため 陛下は必要なのだ!」
「この国には マリア様やナオキ様がいらっしゃいます。血筋は途切れません」
「ぐっ だが お前に 政治の何がわかると言うのだ!」
「おっしゃっる通り 政治のことはわかりませんが 陛下のお気持ちは よくわかります」
辛そうにきつく目を閉じ 俯きながら続けた。
「民を見捨てた私には よくわかります・・・」
「・・・・・・」
この場に居るほとんどの者はアンナの素性を知らず 何を言っているのかと言うような顔をするがマキシムは 数少ない 知る者の一人でその経験から来る説得力に どのような言葉をかければ良いのかわからなくなった。
王は アンナの言葉を聞くと 騎士の腕を振り払いアンナに近づく。
「アンナよ、あなたを逃がしたのはワーレン王の 父上の意思なのだ。あなたの気持ちは良く理解できるが そこまで自分を貶めては 父上に失礼であろう」
王は 自分の娘でも見るかのような優しい目をして語りかけた。
その時
「報告!」
部屋の扉が勢い良く開かれ 若い兵士が入ってきた。それを見たマキシムは慌てて声をあげる。
「わきまえろ!陛下の御前であるぞ」
「し、失礼しました」
この部屋に居る全ての者が悲壮感に包まれていると言うのに 兵士は謝辞を伝えながらも 心なしか その表情に笑みがみられる。
不信に思いながらマキシムは兵に報告を求める。
「で、報告とは何だ?」
「はっ。偵察の者によりますと 王都 近くまでドラゴンは進出するも 勇者様の来援を確認!交戦に入った模様です」
大声で行われたその報告に部屋に居たもの全てが口々に
「勇者様が 来援!」
「助かった!」
死を覚悟していたなか 勇者の登場により命が長らえられたと部屋の中は歓喜の声で溢れかえった。
「レノ!俺だ、どうしたんだ しっかりしろ」
紅いドラゴンの目の前に 転移し立ちはだかり 大声で叫んだ。ドラゴンからは 焼かれそうなほどの熱を発している。ドラゴンも目前に現れた小さな人間から 圧倒的な魔力を感じていた。
双方 睨み合う。
「レノ 俺だ!勇者だ!忘れたのか?」
「嘘よ!勇者は 悪い王様に捕まって タラクシャってお城に閉じ込められてるのだから。あなたも私に嘘をついて 騙すつもりなんでしょ!」
ドラゴンの姿 故に 低く 地響きが起こりそうな鳴き声を発しているが 俺の心に魔力を通じ直接 語りかけてきた。
「だから、俺が勇者だ!一緒に旅をしたじゃないか」
「嘘・・・嘘よ・・・邪魔する奴は・・・勇者をいじめる奴は・・・殺す・・・」
「レノーーーー!」
俺の叫び声はもはや ドラゴンには 届かない。
紅竜は口をあけ 大きく息を吸い込むと 喉の奥が赤く染まっていく。鉄をも溶かす 灼熱の吐息、ブレス攻撃だ。
咄嗟に 紅竜の後ろに転移したが 紅竜のブレスは吐息なんて可愛いものではなく 炎の嵐と言っていいものだった。紅竜は俺の魔力を追って後ろに居ることがわかっているのだろう 炎を吐きながらも 尻尾を大きく振り回し 打ち付けてくる。俺は更に後ろに大きく 下がりかわすが 打ち付けられた地面は 土が剥ぎ取られ 数メートルは陥没していた。
何度かそんな追いかけっこを繰り返すが 埒があかないと思い 直接 言葉を 魔力を感じさせようと 紅竜の頭にしがみついてみた。紅竜の肌は燃えるように熱く 俺自身 一瞬で炎で包まれる。ひたすら 回復 治療魔法をかけ続け 必死に 叫んだ。
「レノ!俺だ!勇者だ! 思い出せ。レノーーーー!」
紅竜は 嫌がり 頭を左右に上下に振り回す。ついに 俺は 手が滑り 投げ飛ばされてしまった。 空中で 自由がきかない状態を狙い 紅竜はまたも 大きく 口を開き辺りの空気を吸い込んだ。転移しかわそうとしたが 紅竜の口の中、喉の奥に 違和感を感じる。目を凝らすと 炎が集約し 真っ赤に染まっていく中でもはっきりと 禍々しく 真っ黒な光を放つ物体が 喉の奥に 半分 埋まり込んでいるのがわかった。
真っ黒な光を放つ・・・表現としてはおかしいかも知れないが 実際にそれを見れば 一番しっくりくる 言い方だと思う。
あれが レノを狂わしている!
俺は直感でそう思った。何より あの異物からは はっきりと レノ以外の魔力を感じる。そこで 頭によぎったのは ドームだ。
ドームは 自分の一部を魔物に埋め込み 操っていた。操っていたと言っても 自分の魔力を埋め込んだ魔物をリーダーとし リーダーに周辺の魔物を従わさせた。しかし 決められた動きしかできないようで どの群れも画一的な動き 連携しか見せていなかった。
異物から感じる魔力はドームの物ではないが 誰かの魔力と 異物自体の性質的なものにより レノは 催眠や暗示を受けているのだろう。
あの異物を取り除くことができれば あるいは レノを元に戻すことも・・・。
転移を繰り返し ブレスをかわし 攻撃の的を絞らせない。隙をつき 顔の正面 口元へ転移し その勢いのまま 体半分 口の中に入った。
手を伸ばし 異物を掴み 引き剥がそうと力を込めると 紅竜は 苦しみながらも 俺を噛み潰そうと 上下の顎を閉じようとした。
結界を張れば 例え紅竜の力であっても 耐えることはできるだろうが 異物を取り除くことができなくなり それでは意味がない。
紅竜の牙は容赦なく顎を支えている手や肩に食い込んんでくる。それでも更に力を込めるとようやく 少しずつ 異物は剥がれてきた。紅竜は 苦しそうな呻き声をあげながらも いや 苦しいからこそか 顎の力を強めた。
「メリッ・・・メリメリッ・・・」
音をたてながら 徐々にではあるが 剥がれてきた。しかし、顎を支えている手や肩も限界が近い。骨伝導というやつだろうか、魔力で肉体強化をしているにも関わらず 骨から伝わる ミシミシという音が 頭に響いてきた。
これ以上は さすがにまずいと 力を振り絞り一気に異物を引き剥がした。その反動で口の外へ飛び出しそうになったが顎を支えていた 肩には牙が深く刺さっていたため 抜けることがなくそのまま 口は閉じられ 肩から左腕をごっそり 持っていかれてしまった。
「ぐぐっ・・・・」
激痛が全身を走る。痛みに耐え兼ね 地面に方膝をついてしまうが 視線だけは 紅竜から離さない。これだけ体が欠損してしまうと 落ち着いて 治療魔法をかけなければならないが 今はそんな場合ではない。取り敢えず 回復魔法だけかけ 止血と造血をする。
どうだ?
紅竜もまた 苦しみのたうち回る。




