036
俺たちは 王都に程近い小高い丘の上に転移した。 辺りを見回すと遠くに王都へ向かうドラゴンの姿を確認することができた。遠くからでもその紅い巨体は はっきりわかり 迷うことなく 一直線に 王都へと向かっている。
見るもの触れるもの全てを焼き尽くしそうな 姿を見て俺は呟いた。
「・・・・紅竜」
「紅竜?ご存じなのですか?」
ドラゴンを見て呟いた言葉に いや、俺の戸惑いの表情を見てか マリアが尋ねてきた。
「ああ、よく知ってるよ。大事な友達の一人だ。だけど何でこんなことを・・・」
そう あの紅いドラゴン・・・紅竜を 俺は良く知っていた。魔王討伐の旅の途中で出会い しばらく行動も共にした。俺のことを 「勇者、勇者」と呼び 慕ってくれていたのだ。ドラゴン自体 積極的に人を襲うようなことはないし 紅竜に至っては 人と共にあり その恩恵を人に与える立場でもあった。
だが、今 目の前に居る紅竜は 違う。視線には 怒りや憎しみに満ち 無慈悲な魔物のような 雰囲気すら感じる。
「どうして・・・レノ・・・」
時は遡る。
ダリーン王は魔王軍の将軍ドームと手を組 モニリの森に 魔物を大量発生させていた。同時に 勇者をこの地に誘き出すため モニリの町に続く 街道に架かる橋を自ら落とし タラクシャに 復興の応援を要請した。
タラクシャは魔王軍との戦闘がほとんどなかったため 国力にはかなりの余裕があり 周辺諸国への援助を積極的に行っている。交易が盛んになったが故 一国では経済が成り立たない。そのことを熟知しているタラクシャ王は 自国の経済のためにも周辺諸国の復興を手助けしていたのだ。それに、ただ単に 恩を売り 復興後の大陸 世界でイニシアティブを握りたいと言う 思いもあった。一国を王であれば 当然の思いだろう。
ダリーンからの要請を受け モニリの町に常駐する 国境警備軍 の全軍を復興派遣をした。
ダリーンとタラクシャの関係から 頼みごとを無碍にもできない上に ダリーンとの交易路が途絶えるとなると タラクシャの経済にも大きな打撃になるため タラクシャ王は即決したのだった。
しかし、そこへ 森の魔物の大量発生・・・タラクシャはこの事態に勇者に解決を依頼し 勇者は 森に向かうこととなった。
ダリーンはタラクシャ国内に 多くの密偵を放っている。王城内も例外ではなかった。本来はその密偵を使い 勇者をモニリの森に向かわすように誘導する予定であったが 勇者自ら 討伐に手を上げたため その手間が省けたのであった。
タラクシャにとっての不幸は 勇者が自分で 討伐に出ると言ったため ダリーンと繋がりがある者が 不自然にまた 強引に 勇者を推す必要がなくなった。もし このようなことがあれば ヨーヒム辺りが 疑問に思い 調査を行ったであろう。そうなれば ダリーン王の思惑の一端でも掴めたはずなのである。
ダリーン王は 更に タラクシャ王都の破壊のため 新たな駒を用意する。
「この娘が 本当にそうなのか?」
ダリーン王は信じられないと言う表情で問いかけた。
問いかけられた ローブを羽織るこの男は ダリーンの王宮魔術師 ザクリンだ。
「間違いありません。封魔の首飾りで抑えられているとは言え それでも漏れでるこの魔力はまさに人外。この少女こそ 炎の精霊でありその真の姿は 紅竜・・・」
封魔の首飾りとは その名の通り 魔力を封じ込める魔道具である。通常 魔法を封じるには 魔法や魔方陣を使い 一定空間に詠唱や術式を阻害する 結界を張る。他に使える者はほとんど居ないが ナオキが使う 単に魔力を放出する魔力弾には効果を発揮しない。しかし 封魔の首飾りは それを付けた者の体内に魔力を封じ込める効果があるのだ。
「それほどの力を持った者を操心の玉で 意のままに操れるのか?」
強力な魔道具ですら抑えきれない魔力を持った少女を目にし 少しばかりの恐怖を覚えつつ 尋ねる王。
「これ程の魔力を持った者を完全に洗脳するのは 無理でございます・・・しかし・・・」
ザクリンの回りくどい言い方に イライラしながら問い詰める。
「では どうすると言うのだ?」
「ご安心ください。完全な洗脳は無理でも 記憶の書き換えや 暗示 程度の効果なら見込めます。この少女の望む形で記憶を書き換え こちらの思惑に誘導すれば良いのです」
「わかった。この件に関してはお前に任せる。失敗は許されん。心してかかれよ!それと・・・儂は回りくどいやり取りは好まん。以後 気を付けろ」
得意気な ザクリンであったが 王の一言で 蒼白となり震え上がった。
操心の玉・・・魔力を込めて相手の体内に取り込ませると 魔力を込めた者の言いなりになる。つまり 洗脳の魔道具なのだ。また、ダリーン王は この操心の玉をいくつか所有しており 役人や軍のトップ達にはその事を教えている。つまり、自分の意にそわないものには 使うぞと 脅しているのだ。
王はザクリンに釘を刺し その場を立ち去った。
ザクリンは 失敗の許されない この状況に 最善を尽くしたのだった。
「首尾はどうだ?」
「はっ 上々でございます」
王と宮廷魔術師ザクリンは 一人の少女を見ながら語り合っていた。その少女は 以前は 虚ろで焦点の定まらない目をしていたが 今は 生気が宿り 生き生きとした印象を受ける。
「ねーねーザクリンさん レノは早く勇者を助けに行きたいんだけど?」
「まあ 待て。こちらの方が我が国の王で 今回の勇者 救出作戦に 全面的に協力してくださっているのだ。礼を失すれば 勇者殿を助けた後 勇者殿に叱られるぞ」
「そうだね!王様 ありがとう!レノは 頑張って 悪い王様から 勇者を助けてくるね!」
「ああ、お前だけが 頼りだ。しっかり 勇者を救い出してきてくれ。もう少し 準備を整えたら 出撃してもらうのでな」
王は少女の変化に 多少の戸惑いを覚えながらも ほぼ洗脳に近い結果に満足していた。
「うん。わかったよ」
王は 快活に答える少女を見送り ザクリンに尋ねる。
「よくやった、完璧ではないか!どのような暗示をかけたのだ?」
「操心の玉を埋め込んだ後 いろいろ 聞き出すと レノは 勇者との面識があるとのことでしたので 悪い王が 勇者を城に閉じ込めていると 吹き込み 正義のため 悪い王が住む 町や城を破壊して 勇者を助けようと持ちかけました」
「その程度で あれ程 変わるものか?」
「思いのほか 勇者への思い入れが 強いようで 勇者を助けると言う言葉は かなりの効果があったようです」
「うむ。よくやった、この調子で頼むぞ」
ここは、王の執務室。
「ドームは居るか?」
王が呟くと どこからともなく その異形の姿を表し 王へ対する敬意の欠片もなく ふてぶてしく答える。
「何だ?人間の王よ」
「森の方はどうだ?」
王は、ドーム態度に意もかいさず 尋ねた。
「人間ごときに心配されるとは俺も落ちたものだな。森の魔物は増えているさ」
王は、納得した表情をし 話を別の人間に振る。
「グフタスよ、勇者の動向はどうだ?」
「残念ながら 密偵から 勇者が動いたと言う報告は入っておりません」
やり取りを見てドームは 難しい顔になる王を 嘲笑うかのように
「勇者なら すでに森に入っているぞ」
「本当か!?」
「ああ、間違いないだろう。昨日 増やした魔物が一気に減ったからな。軍が入った形跡もない。そんなことをできるのは 勇者ぐらいだろうよ」
「そうか・・・それより 何故 報告しない?」
王は、不快感を隠すこともせず力では自らより遥かに強い魔族の男に詰め寄った。ドームも不適な笑みを崩さず答える。
「俺はお前の部下ではない。報告する義務も無かろうよ」
「ふんっ まあ良い。それより 作戦を次の段階に移行するぞ」
王にとっては 自分の意に反せず 与えられた仕事をこなしていれば それでよかった。
「ドーム お前は このまま森の魔物を増やし 勇者を足止めし続けろ。くれぐれも 勇者には見つかるなよ。グフタス 魔術師を スナジム付近に派遣し 結界を張らせろ。結界が機能し始めた後 レノをタラクシャに送り込め。その際には 暗示を更に強くし確実にタラクシャ王都を破壊させるように ザクリンに伝えておけ」
翌日
レノは昨日までの快活さが消え 憎しみのこもった目をし 何かをブツブツと呟いている。
「許さない・・・・勇者をいじめる奴等は・・・・許さない・・・・勇者をいじめる奴等は・・・・皆殺し」
まるで 精神を病んだ者のような雰囲気を漂わせている。それもそうだ、レノは 強力な魔力を持っているが故に複数の操心の玉を体内に取り込まされ 思考や記憶をいいように 書き換えられてしまったのだ。
その後 タラクシャ王都までそう遠くない所まで転移を繰り返し 到着していた。広大な草原のなか 病的な雰囲気の少女と フードを目深にかぶりローブを纏ったいかにも怪しげな者が立っている。ローブを纏った者は 芝居がかった 台詞を吐く。
「さあ レノよ!真の姿を顕し お前の勇者を救いに行くのだ!全てを殺し全てを破壊し 勇者を救いに行くのだ!」
「わかった」
その言葉がローブの者に届いた時には 少女の姿はすでになく、そこには 巨大な紅いドラゴンが居た。
ローブの者は慌ててその場から離れる。距離を取ってもなお 炎の精霊 その化身たる 紅竜から 焼き尽くされそうな熱を感じる。
紅竜は 草原をその熱で焦がしながら タラクシャ王都へと向かっていった。




