011
時間は 少しさかのぼる。
ナオキとマリアが 王城を出ようとしていたそのとき 王城内の通路で2人の男が
話をしていた。
1人は 騎士団団長 マキシムだ。
「これは、ペレス様」
「マキシム 久しいの」
ペレス卿は、タラクシャの有力貴族の一つ ペレス家の頭首だ。
マキシムもペレスと肩を並べる家柄ではあるが マキシム自身はその一門の
末席に過ぎず 力関係は 明白だった。
「勇者殿のおかげで ワシも大忙しじゃ。祝賀 復興の景気のおかげで
我が領地も すでにかなり 潤ってきておるぞ。わっははは
勇者殿も留まってくれておるので タラクシャも 安泰だしの」
魔王軍の侵攻で世界は疲弊しきっている。
各国は、魔王軍の侵攻を阻むため 人 金 物資の多くを 軍備に費やさなければならず
経済は崩壊寸前 魔王軍に破壊された街の再建 復興は 手付かずの状態だった。
そんな中でもタラクシャは 魔王軍の侵攻の被害がほとんどなく 国力にはかなりの
余裕があった。そのため魔王討伐がなった今 復興を請け負う中心はタラクシャとなり
タラクシャの経済は かなりの潤いを見せている。
ご満悦の表情のペレス卿に マキシムは 顔を近づけ 耳元で 囁くように尋ねた。
「ペレス様、勇者殿といえば こんな噂をご存知ですか?」
「噂とな?それは何じゃ?」
「勇者殿がタラクシャを 乗っ取ろうとしていると言うものです」
「なんと!勇者殿がその様なことを!?しかし、勇者殿は 帰還を希望していると
聞いておるが?」
「勇者殿は 表向きそのように申しておりますが、お考えください。
我が国が 勇者召還の魔法を得て数千年。その間にも 帰還に関する研究はされています。
数千年かかっても 得られない答えを当代の勇者殿が 簡単に見出せるでしょうか?
その程度のこと 勇者殿は すでに理解しておられるはず。では 何故 帰還を声高に
申しているのか?それは この国を 世界を欺くためではないのかと」
「確かに 筋は通っておるが・・・」
「しかも すでにそれは 態度に見え隠れしております。
大勢の前で 褒美はいらないと豪語していたのにも関わらず
勇者殿は 国賓のための客室を使い 3人の侍女をはべらせております。
更に 深夜 勇者殿の寝室にダリーンの王妃を招き入れていたという話もあります。
もし 勇者殿がこの国を 我が物とすれば 名誉ある大貴族は 邪魔者にしかならず
恐らくは 領地や財産を根こそぎ奪っていくはずです。
そうしなければ 反抗をうけるでしょうから」
考え込むペレス卿を見て マキシムは もう一押しかと ほくそ笑む
「私も名門と謳われた家の者。この国に対する忠義と責任がございます。
なんとか、この噂の真偽を確かめたいと思っているのですが 確かめる術を持たず
困っております。
この噂 ただの噂であれば 勇者殿の名誉を守った功がり、もし 真実であれば
国を守った まさに 救国の英雄として その功績は絶大なものになるでしょうが・・・」
「うむ。事実であれば 一大事。ワシに良い考えがある。任せておけ」
「おお、まことですか?さすがはペレス様。ありがとうございます」
マキシムが深々と 一礼をすると 任せておけと ペレス卿は 去っていった。
「騎士団、団長と言っても 所詮は脳筋か。この功績は わしの物に させてもらおう」
ペレス卿が そう考えているのと同じように マキシムも
「馬鹿を 操るのは 簡単でいい。不安をあおり更に 俺が ペレスより 馬鹿だと
思わせれば いいのだ。フフフフ」
邪悪な笑みを浮かべていた。
ナオキとマリアが 城下へ降りると言う話をその日の夕刻に知ったペレスは
その足で ナオキの自室へと向かった。
ナオキの部屋は 貴賓室、国賓が滞在するときに使われる部屋だ。部屋の中には
侍女たちが控える部屋が 併設されている。そのため 通路には 部屋の主が使うための
大きく立派な扉と 少し離れ 狭い通路に入ったとこに 侍女たちが控え室に入るための
普通の扉があった。
ペレスは周囲を窺いながら狭い通路に入り 普通の扉をノックする。
「はい、ただいま」
中から侍女の声が聞こえてくる。すぐに 扉は開かれ 美しい侍女が立っていた。
「これは ペレス様 このような場所に いかがなさいました?」
そう 尋ねたのは シオンだった。
「お前は ワシを見知っているのか?」
「はい。先日まで 王城内でペレス様の 給仕を担当しておりました」
「そうであったかな?お前のような美しい娘は 忘れることはないと思うのだが」
ペレスは舐めるように 品定めをするようにシオンを見る。
シオンはその視線に嫌悪し思った。
この人は 私など見ていない。ナオキ様はちゃんと私を シオンをシオンとして
見てくれる。
シオンがペレスに付いていたのは ヨーヒムの指示によるもで、
ペレスの動向調査のためだ。
その頃のシオンは 意思や感情を表に出すことなく ただ、任務をこなす人形のような
存在だった。シオンは 存在感を消し ペレスの意識に残らないよう 行動していたのだ
から ペレスを責める事もできないのだが・・・
だが、シオンは気づいていない。ある感情が 女をより美しくさせることを・・・
シオンは改めて 尋ねる。
「ペレス様 このような場所に どのような御用ですか?」
「ここでは、なんだ 入らせてもらうぞ」
「ですが」
「わしがいいと言ってるのだから 良いのだ」
ペレスはシオンを押しのけ 部屋に入る。自ら 部屋に入ったのにもかかわらず
まるで、汚いものを見るように部屋を見回した。
そして 嫌そうな顔をしながら 近くにあった 小さな椅子に腰掛ける。
シオンは ペレスのそばまで行く。
「ペレス様 どのようなご用件で?」
「お前 名はなんと申す?」
「シオンでございます」
「シオンか」
ペレスは下卑た笑みを浮かべ続けた。
「シオンよ、最近 勇者様は どのように過ごされている?」
「どのようにと申されましても・・・ほとんどを 召還魔法の研究に費やされているようですが?」
「その様なことを聞いているのではない!昨今 王城内では勇者殿に不穏の動きありと噂されておる。その真偽を確かめに来たのじゃ。何か ないか?」
シオンは考える。この人は おそらく、ナオキ様の弱みを握り 自身の陣営に引き込もう
としているのだ。この人は白い物を 自身で黒く塗りつぶし 元から黒かったと平気で言
える。ここは 何も言わないのが 良いのか?
「いえ、私にはわかりかねます」
「所詮は下賎の女か。使えないの」
ペレスは 扉のところで したように いやらしい目つきで シオンを見る。
「シオンよ わしの女になれ」
シオンは戸惑いながら答える
「ご冗談を」
「冗談ではない。わしはお前が気に入った。だから わしの女になれ。よいな」
ペレスは シオンの気持ちなど関係ないとばかりに言い放った。
「ペレス様。お気持ちはありがたいのですが 私には 侍女としての務めもあります。
どうぞ、ご容赦ください」
「何が侍女の務めじゃ、お前も所詮 吹けば飛ぶような下級貴族の娘であろう。
わしの女になると言うことが どれだけ光栄なことかわからんとは 哀れじゃの。
お前達 侍女など 大貴族の情けを受けるために いるのだろう?
わしと 繋がりが持てるとなれば お前の家の家長もさぞ 喜ぶぞ」
「ですが」
「くどいぞ。お前は なかなか 頭が悪いの。教えてやろう。お前のような侍女は
家の金集めの道具として 城に出されているのだ。道具に意思など必要ないわ。
わしの決めたことに 従っておればよいのじゃ。それでも 固辞すると言うのなら
お前の家がどうなっても わしは知らんぞ?」
シオンはどうしていいのかわからず 蒼白になる。幼少の頃に国務大臣ヨーヒムに
拾われ 特殊訓練所のようなところで育った。そこで、侍女のスキルや 礼儀作法、
戦闘や諜報といったスキルまでを叩き込まれ 訓練が終わり城に上がる際に
ヨーヒムの協力者である下級貴族の 書面上だけの養女となっている。
実際 会ったのは一度だけだ。
はっきり言って 無関係の他人と言っていい 養父に 害が及ぶかもしれないと思うと
正直 心苦しい。
俯き黙ってしまったシオンを見て ペレスは立ち上がり
「今日は とりあえず 味見だけでもしておこうかの」
ペレスは シオンに近づき 鼻息を荒くしながら服を引きちぎろうとした。シオンにして
みれば戦闘訓練も受けおり、その戦闘力は決して低くない。
ペレス程度 軽くあしらう事もできるはずだが
シオンは 動くことができなかった。養父のこともあるが 何より この巨大な
欲望の塊のような男が恐ろしく、身を小さくし 抵抗するのがやっとだった。
その時、隣の部屋の扉が開く音がする。
「ナオキ様がお戻りになりました」
エリーの声だ。
「って、シオンさん 居ないじゃないですか?控え室ですかね、私 呼んでまいりますね」
ペレスは 慌てて 手を離し
「明日 また来るからな それまでに 覚悟を決めておけ」
言い放って 部屋から出て行った。
すぐに 部屋側の扉が開き
「シオンさん 居ませんか?・・・居るじゃないですか!ナオキ様が お戻りになりましたよ。って シオンさん どうしたんですか?真っ青ですよ?体調でも 悪いのですか?」
「だ、大丈夫です」
すると 扉から ナオキも顔を覗かせた。
「本当だ シオンさん 体調が悪いなら 今日はもう 休んで」
「いえ、本当に大丈夫ですから」
「だったら、いいけど・・・」
しかし 見れば 見るほど 顔は真っ青 体も小さく 震えている。
「と、思ったけど やっぱり駄目!今日は 自室に戻って 休んでください。えーと 主人の命令?ってことで ね?」
シオンさんは 無理に 小さく笑顔を作り ありがとうございますと、言い
自室に戻っていった
しかし、シオンが向かったのは 自室とは違う方向だった。
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「やはり、あの勇者 手に入れたいな」
呟いたのは ダリーン王 その人だ。
「それに、エリザも存外 不甲斐ない。何が 世界一の美妃だ。若僧 一人誘惑できないとは・・・グフタスよ 何か妙案はないか?」
「まあ お妃様については 他の国も同じ様なことをしていますので 勇者どのにとっては 誘惑に乗るわけにはいかなかったのでしょう。勇者殿を手に入れるためには 問題がいくつかあります」
王の問い掛けに答えるグフタスと呼ばれるこの男は
ダリーンの宰相だ。
「問題とは 何だ?」
「1つ目は 勇者殿がタラクシャへの帰属意識が強いこと。もう1つは 帰還を希望しそのための 召喚陣が タラクシャにしかないこと」
「それくらいのことは 儂でも わかっておるわ。だから それをなんとかできぬかと 聞いておるのだ!」
王は苛立ち声を大きくする。
「答えは簡単なのです」
「だから!」
グフタスは 手を差し出し 王を制止する。
「要は タラクシャを召喚陣ごと 潰せば良いのです」
王は その言葉に一瞬 驚くも すぐに 笑みを浮かべる。
「ただ、問題は タラクシャに勇者殿がいると言うことです」
「?」
「つまり タラクシャの王都に何らかの方法で攻めいるにしても 勇者殿がいれば簡単に阻まれてしまいます」
「なるほどな。ならば 勇者を王都から 引き離せば良いと言うことだな?」
「左様でございます」
王はしばし目を閉じ考え込む。そして、目を見開き
「うむ。では 地下牢に繋いでいる あの魔族は使えぬか?いや あいつには タラクシャを攻めさせた方が良いか?」
「あの魔族は使えるでしょう。ですが、やはり 誘き出すための餌に使った方がよろしいかと。しかも 表立って動かすより 影に潜ませ暗躍させるのです。直接対決となれば いくら魔族の将軍とは言え 簡単に勝敗はつき すぐに勇者殿は タラクシャに戻ってしまいます」
王はグフタスの言葉に納得し
「そうか。早速、奴を口説き落としに行くか」
王はグフタスを連れ 地下牢へと向かった。




