ゲーム世界で傍観生活その後!
「私もあんたが大好きよ……っ」
ぱっちりとしたつぶらな瞳を歓喜の涙で潤ませ、胸元まである胡桃色の髪を靡かせてとある美形に抱き着く美少女。相手もまた、嬉しさを抑え切れないのか華奢な背中に腕を回してかき抱いた。
一方、彼等のやり取りを近距離で眺める羽目となった数人の男達の内半分以上が美少女に対する失恋の悲鳴をあげ、二人を引きはがさんと慌てて行動し出す。
「やっぱゲームと現実はちょっと違うか……」
そして、それら一連の流れを高みの見物していた私。
近々校舎裏で行われることを知っていたため、あらかじめ二階準備室窓際で張っていたのだが正解だった。ぎゃーぎゃー騒ぐ美形どもはなんとも滑稽で、口許が皮肉げに釣り上がる。
なんとまあ青春してるよね。端から見ればおつむの弱い連中がやんややんやしているようにしか見えんけど、学生生活二度目のお姉さんには眩しすぎるよほんと。
天野美子、十七歳。
中身は三十路過ぎて人生二度目高校生活を送っています。
○
「ゆぅちゃん失恋したみたいだねお気の毒様。愚痴とか聞いてあげるから私にお茶をいれるといいよ」
「慰めとか微塵も期待してなかったけど通常運転過ぎるから!」
青春組が解散した後、私は目的地に赴き、やはり戻ってきていた失恋組の一人に早速茶をせびった。保健室の主である我が幼馴染殿は、ぶつぶつ文句を言いながらも従順にお茶の準備をはじめる。長い付き合いは伊達じゃないということだ。
鏑木譲二十五歳独身愛称ゆぅちゃんは、家がお隣同士という接点で兄妹みたいに育ってきた仲である。同時に私がいかに捻くれた小娘かよく知る理解者(笑)でもある。
私達は入口付近の対面ソファに座り、煎れたての緑茶を啜る。ゆぅちゃんは猫舌だからふーふーと息を吹き掛けていた。放課後の時間帯、部活動に勤しむ生徒達の喧騒に遠く耳を澄ませながら、程よく苦い熱湯を味わう。
生徒が駆け込んでこない限り、ここは静かで心地好い。だから保健委員に所属しているのにかこつけて、ちょくちょく足を運んでは幼馴染とお茶をしている。しかしそんないつもどおり過ぎる光景が今日までも続くとなると少々不思議に思い、小首を傾げた。
おっかしいなぁ。私の予定ではフラれて落ち込むゆぅちゃんを更にどん底に突き落とした後で適当な話題でちょろまかすつもりだったのだけど、あまりに普段通りだからゆったり空間に浸ってしまったぞ。
これはいかんと思い、口を開く。
「ゆぅちゃんってさぁ」
「うん? 何」
「ホントにあの娘さん好きだったの? それにしちゃーあんまし落ち込んでないとゆーか貶める隙がないとゆーか」
「娘さんてみぃと同年代なんだけど。と言うかやっぱりそのつもりだったんだな……んー、そうだな」
唐突の質問に慣れ切った対応で、ゆぅちゃんはぼんやりとした目で天井を振り仰ぎ、そっと嘆息をついた。
「好きは好きだったんだけどあの子といて物足りない自分もいて、さ。正直フラれる立場になってよかったと思ってる自分もいて」
「なんそれ、とうとうドM表明?」
「違うから!? しかもとうとうって何だ、僕はノーマルだぞ」
「はいはい。で、話を戻すと実はそこまで好きじゃなかったと。いいんじゃない? 一応聖職者に就いてるわけだしロリコンに堕ちなくて済んだとでも思えば。あっ、言っとくけど私ゆぅちゃんのことロリコンだと思ったことないよほんとだよ。年下より同年代好みだって知ってるしさ」
「そんな微妙なフォローいらないから。失恋直後になってピンポイントで痛いところ突っ込んでくる鬼畜仕様もいらないからな!」
滅多に寄らない眉間の皺を指で押さえる幼馴染に小さく笑う。
律儀に突っ込む頭の回転の良さと言い大抵の悪態を受け入れる懐深さと言い、この人を選ばない女の見る目のなさはどうしたものか。まあいいのだけれど。
「しっかし、みぃには僕らの恋愛事情筒抜けだよな。ついさっきの出来事も何故か知ってるし。どこでそんな情報仕入れてくるんだか」
「くははは、企業秘密というヤツだよワトソン君」
このところ聞かれる質問に、人差し指を揺らしながら答える。
だって信じるわけがないから。というか言ったら今まで築き上げた関係がぶち壊しになること請け合いだからね、ゆぅちゃんには特に教える気にはなれないよ。
私はあんたらの恋愛事情がゲームになってる世界から来たんだよ、とか。
どこの電波女だ。
○
そもそも第二の人生がゲーム世界だと気付いたのは、幼馴染に出会ったからだ。
綿毛のようにふわふわした茶髪に優しげな微笑み。基本スペックはかなり優秀なのにたまに物凄く空回りする不憫体質。
一時期嵌まりに嵌まった人気恋愛ゲームの主要キャラの一人だから気付けたようなものだ。現実とゲームを重ねてしまう痛過ぎる頭じゃないとは、名前を聞いてすぐに実証されたけど余計に混乱した。
しかし同時にこうも思ったわけだ。
面白い展開がこんなに近くに転がっていたぞ、と。
どうせなら好きだったゲームが現実ではどのような収拾をつけるか傍観すればいいんじゃないの、と。
いやまあゆぅちゃんに関しては、その後色々やらかしてフラグをばっきばきに壊したかもしれないけどしょうがないよね、幼馴染だもの!
で、あっという間に年月が過ぎて高校入学同時に本編プロローグがはじまり、約一年掛けて主要キャラの一人と恋愛ENDを終えて今に至るわけだ。
○
「ゆぅちゃん、私人の恋路を邪魔する役割なんてする気ないんだけど、私が認められるような子じゃないととお付き合いは許さないよ」
「なにそれ。みぃは僕のお母さんか?」
「いやいや、大切な幼馴染ですよ」
緑茶を飲み終えて、後片付けをしている背中に声をかける。
落ち着いた佇まい。柔らかな物腰。どれもこれも一級品で、流石主要キャラだと無駄に称えてしまいそう。食器を洗う白衣姿ですら妙に様になっている美形爆発しろ、いや違った。褒めているはずが習性でつい貶してしまった。
それにしてもここ一年、なかなか愉快な時間を過ごしたものだ。
覚えているゲームの流れ通りにおおよそ進行していき、主人公が数々の美形を落としていく様はかなり笑えた。なにぶん現実だから流石にあからさまなハーレム展開にはならなかったけど、美少女に振り向いてもらいたくてあれこれ試行錯誤している恋する男達の姿は涙を誘ったよ。笑いで。そのなかゆぅちゃんは主人公に惚れていても普段とあまり変わりなくて安心したなぁ。
私は鏑木譲が好きだ。
恋愛感情じゃないけど身内みたいなもの。はじめは主要キャラという括りで物みたいに見ていた自覚はあるけれど、今は一人の人間として大事にしたいと思っている。
よってハーレム体質の主人公とくっつかないよう切実に願っていたわけだ。馬に蹴られたくなかったから邪魔しないよう気を配りはしたが、祈るくらい有りだろうきっと有りだ。ゆぅちゃんがフラれる側なのは気に食わないが仕方ない。
だってゆぅちゃん元々幸薄なとこあるし、主人公なんかと付き合ったら益々トラブルに見舞われそうじゃない。遠くない未来で蓄積したストレスでぶっ倒れる姿が目に浮かんで、とてもじゃないが応援出来ない。するならもっと穏やかな幸せをもたらしてくれる相手がいい。とてもお似合いだ。
「あの子にはフラれちゃったけどゆぅちゃんが優良物件なことには変わらないんだからさ。群がるハイエナから逃れられない草食動物みたいなもんだし。だから最終判断は真紀子さんとタッグでしてあげるから任せて!」
「ってうちの母さんといつの間にそんな協定を!?」
「クックック、ゆぅちゃんの家族はとうの昔に買収済みさ」
わざとらしい笑い声をあげながらソファから立ち上がる。時刻は五時過ぎ、そろそろ帰らなくては夕飯が遅くなること必須だ。
愕然としている幼馴染に手をひらひら振りながら「アディオス」と去り言葉を投げて保健室を出ていく。明日もまたお茶をせびりに行くよ、と内心呟きながら。
こうして私の傍観生活は終わりを告げた。
――はずだった。
○
保健室から遠ざかる靴音が聞こえなくなった頃、入口左手に設けられた複数ベッドのうち、最奥のカーテンが開いた。そこから顔を出した黒髪の生徒は、野生味の強い面差しに愉悦を含んだ笑みを閃かせてベッドから下りる。そして立ち尽くす保健医に向かって気軽に声をかけた。
「はよッス、俺先生がそんな慌てるとこ初めて見たわ。他の連中と違ってそこまで相澤にのめり込んでなかったのって今の子が原因?」
「……佐伯、また勝手に無断入室したんだな。しかもわざと気配消してただろ」
「いつもの先生なら気付くのにな。いやぁ、まさか先生に幼馴染がいたとか予想外だったわ」
喉を鳴らして笑う相手に反して、顔が強張っていく。余裕なんて彼女の存在が知られた時点で取り払われていた。幼馴染が入学して丸一年、これまで隠し通してきたのがバレたのだから至極当然の反応だ。
鏑木譲にとって天野美子という少女は最も不可思議な存在である。
そもそも出会った当初から謎だった。
人の顔を目にした途端、両手で自分の顔を押さえ、
「ぐあああああ……!!」
と、ラスボスが倒された時のようなリアクションをしてみせたかと思いきや全力逃走された。アレは衝撃過ぎて一生忘れられない。繊細な思春期なりに自分はそんなにアレな(関わりたくないような)感じなのだろうかと本気で考えたくらいだ。
二度目はストーカーみたいに一定距離から観察されていた。
電柱から覗く目が草食動物に喰らいつかんとする野獣のようにぎらついており、今度は鏑木の方が逃げ出した。すると後を追い掛けられて、幼児のくせして妙に足が速いことも恐怖を駆り立てて乙女じみた悲鳴をあげた覚えがある。黒歴史だ。泣きたい。
三度目は鏑木家の面々が篭絡されていたことも知らず、ある日学校から帰るとリビングで母とお喋りしていた。
本能的悪寒から男の意地や年上の威厳などかなぐり捨てて自室のベッドで篭城戦に挑んだが、育ち盛りに空腹は勝てず数時間後には顔を合わせて一緒に夕食をとっていた。当時の自分の精神構造がわからない。
鏑木は数々の出来事を思い出すに比して、別の意味で頭痛を覚えた。
「先生、お茶煎れていい? 俺喉渇いてって、なに怖い顔してんの」
「いや、なんでも」
幼馴染の変人具合を改めて認識したなんて口にしたところで意味がない。十年近い付き合いですっかり順応している己れがいるからだ。そういう部分も全部纏めて、天野美子という少女であると。
相手はふぅん、と不思議そうに目をしばたたかせるも、特に気にした風でなく洗ったばかりのカップにお湯を注ぐ。
「でさ、先生の幼馴染って相澤並みに可愛いわけ?」
「はぁ? どうして」
「だって相澤とどっちを選ぶって言われたら迷いなく幼馴染とりそうなくらい仲良さげだったし、よっぽど可愛いんじゃねーのって思ってさ」
「そりゃあ、まぁ」
鏑木は否定しなかった。
一回りの年齢差であろうと精神面に置いて対等で、肩肘張らず付き合える相手なんぞ男女関係なく貴重だ。優先度は比べるべくもなく。
可愛いか、と問われると正直わからない。ほぼ毎日会っているのだ、客観視しようにも何割か私情が入り混じる。ただ学校での姿は地味を通り越して、みつあみ膝丈スカート眼鏡という三種の神器でかっちり決めているため、古風過ぎて判断がつかない。
以前、自由な校風に合わせて着崩している生徒達の中で、異様に堅苦しい恰好をする理由を尋ねたら、
「ピチピチ肌なうちに化粧なんてして将来後悔したくないし、お洒落するにしてもベースは同じ制服に変わりないんだから無駄じゃない?」
と、なんとも微妙な答えをもらってから放置している。お洒落自体は人並み程度の関心はあるようなので特に問題視していない。
鏑木は眼鏡の奥に隠された幼馴染の素顔を思い浮かべながら腕を組む。あまりに真剣に悩まれて困ったのは相手の方だ。苦笑を滲ませて先生、と呼ぶ。
「そんなに考えるような質問してないつもりなんだけど」
「まあ、顔の造作は相澤の方が整ってると思うし愛嬌とか可愛げも相澤の方が断然上なんだ、けど」
「けど?」
鏑木は男子生徒の方を見遣った。
佐伯駿一郎、美子の一つ上の高校三年だ。鏑木が失恋した少女、相澤美月の恋人となった生徒会長桐生院雅近の前任者である。野性味の強い顔立ちに大柄な体躯は制服を着ていても高校生に到底見えず大人びている。
美子に負けず劣らず、いつの間にか作られていた合鍵を使ってまで訪れるベッドの住民のため、いつ顔を合わせるか冷や冷やしていたものだが、こうなっては致し方なかろう。他の連中よりはマシだ。厄介度はさほど高くない。
そう思い込むことにして、正直な感想を告げる。
「傍にいて楽しいのは、幼馴染の方」
「楽しい」
「恋愛抜きにして考えても、飽きないのは幼馴染の方だな」
そうじゃなければ長い年月の間、縁が切れるどころか強固な繋がりを保っていられるはずがない。年の差なんて関係ないと思わせるほどに、鏑木にとって天野美子は大切な存在である。美子は鏑木の相手を見定めると宣言していたが、こちらも同様だ。むしろ余計な虫は全力で排除する方針で固めている。
娘を嫁に欲しいなら自分を倒していけと言わんばかりに無駄な闘志を燃やす男の傍ら、台に寄りかかりお茶を啜る佐伯は口の端を上げて笑う。
「そっか、なら会ってみないとな」
興味を引かれた言葉は、生憎とその耳に届くことなく。
傍観者の知らぬところで、今度は巻き込まれる形で新たなゲームが始まらんとしていた。
唐突に思い付いた短編。
久々に書き終えられて超ハッスルしちゃいましたよ。
ここで終わりかよ! と突っ込み所満載の終了だけど今後をまた妄想するのも有りだと思うんだ。
ここで無駄な設定公開。
■天野美子
傍観者。転生者。捻くれ。口が悪い。愉悦を求める些かズレた思考回路。自分事になると途端に鈍い。
平凡眼鏡。口許の黒子が色っぽい(友人談)。
恋愛より傍観に有意義を感じるお年頃。
■佐伯駿一郎
主要キャラの一人。ただし本編ではなくファンディスクEXTRAで攻略可能。
ワイルド兄貴系。前生徒会長。モデル《SAHAKU》。
鏑木の自慢に煽られて傍観者に興味を持つ。
■鏑木譲
主要キャラの一人。本編では幸薄に拍車掛かっていた。
不憫な優男系。年上幼馴染。保健医。ゆぅちゃん。美子がゲーム世界に気付いたきっかけ。
主人公に失恋した一人。けど美子に日々精神的に辛辣に鍛えられていたためか主人公の真っ直ぐさに物足りなさを覚えてしまっている(無自覚)。
■相澤美月
ゲーム主人公。
明るく元気な美少女。美形を虜にするスキルが備わっているに違いない(美子談)。
■桐生院雅近
主要キャラの一人。
傍若無人の俺様系。現生徒会長。数々の男を出し抜き主人公とくっついた幸運者。
続きが気になる人がいれば、もしかしたら続編を書くかもしれないけれど、一先ず満足しました。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
ではでは。