side.K 3
彼女は俺の言葉を待っている。
意味もなくそう思った。
「今日は雨が降ってるから、きっときみはいないと思った。でも、もしかしたらって思って待ってたんだ。きみに逢いたかったんだ」
正直な気持ちを言葉に乗せる。
せいいっぱいの気持ち。きみに伝わればいい。
「うそだ…」
彼女の声が届く。
彼女の姿が少しでも見たくて、身を乗り出す。
「うそじゃないよ」
彼女が顔を上げる。二人の視線が絡み合う。
彼女の言葉を待つ。
「危ないよ」
心配そうな彼女の表情。
今ここで、彼女のことを抱きしめたい衝動に駆られる。ここがベランダじゃなければ!
そんな自分の気持ちがおかしくて、苦笑する。
「だって、きみが部屋に戻るって言うから」
また、彼女が俯く。
部屋に戻ってしまうのかと少し落ち込んだ気分になる。
けれど、彼女が一歩ずつベランダの端へ歩いてくる。
「そんなこと言うと誤解しちゃうよ?」
彼女は俯いたままだ。
「…誤解してもいいよ」
彼女の心を解きほぐしたくて、出来るだけ穏やかな声で告げる。
「ほんとに誤解しちゃうよ?」
顔を上げ、俺の目を見る。彼女の瞳は不安げに揺れている。
俺は心を決める。
「誤解してもいいよ。…きみのことが好きだから」
彼女の目を見つめ、自分の気持ちをこめる。
泣かせるつもりはなかったのに、彼女の瞳からは涙があふれて止まらない。
もしかして迷惑だったんだろうか?
ここで同じ時間を共有していたときに感じたきみの想いは勘違いだったんだろうか?
「ごめん、迷惑だったら聞かなかったことにしてくれていいから…」
彼女は何も言わない。
何も言わない彼女の態度に混乱する。
どうすればいいんだろう?
彼女の心が見えなくて、どうすることも出来ずにいた。
その時、彼女が動いた。
身を翻し、部屋の中に入っていく。
振られたな・・。
高揚していた心が沈んでいく。深いため息がこぼれる。
暗く重い心を抱え、部屋へ戻る。
不意にインターホンが激しく鳴らされる。
まさか…という想いが湧きあがった。
何かに急かされるかのようにドアを開ける。
ドアの外には彼女の姿。
そのまま迷うことなく、俺の胸の中に飛び込んでくる。
思っていたよりも細く小さいからだ。
けれど、確かにその温もりは俺の腕の中にある。
「わたしも好き…」
小さな声が俺への想いを告げる。
そっと壊さないように、彼女の背中に腕を回す。
雨はいつの間にか止んでいた。
空には硝子のような淡い光を放つ満月が浮かんでいる。
月には感謝しなくちゃいけないんだろうな。
彼女の温もりを感じながら、そんなことを考えていた。
2003.05.12(初出)