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硝子の月  作者: まりす
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side.K 2

お互い、時間を合わせてベランダに出るわけではなかった。

どちらから言い出したわけでもなく、同じような時間にそこにいる。そんな感じだった。


彼女と過ごす穏やかな時間。

今までほかの誰と過ごしてもこんな穏やかな時間を持つことは出来なかったと思う。


何気ない会話の中で、彼女が笑う。

心の中に湧いてくる愛しい気持ち。

そのことが俺を戸惑わせる。


たった一時間程度の逢瀬。

それでも毎日会っていれば、思いは募る。


彼女と過ごす2度目の満月。

天気予報は快晴を告げていたはずなのに、外にはどんよりとした雲が広がっている。

ベランダに出ると間もなく、雨が降り出す。


これじゃあ、今日は月光浴は無理だな。

思わずため息が出る。


そういえば、彼女と月光浴をするようになってから、雨が降るのは初めてだった。曇っていても、雨粒が落ちてくることはなかった。

以前、お互い晴れ男、晴れ女なんだろうか、なんて話題に上がったこともあったな。


さすがに雨が降れば彼女は出てこないだろう。

そうは思うがそこから立ち去ることも出来なくて、無為とも思う時間を過ごす。


いい加減に部屋へ入ろうと思った矢先、隣のベランダの窓が開く音がした。


「いるはずないよね…。だって、月出てないもの」

彼女の自嘲気味の声が届く。その声に混じって聞こえるかすかな音。

泣いている…?


身を乗り出すような形で、彼女に声をかける。

彼女の瞳が涙で濡れている。


「なんで、泣いてるの?」


雨の日には俺がいないと思ったんだろう。少し驚いた顔をして俺を見ている。


「なんで、菊池さんがそこにいるの…?」

彼女の想いがそのまま言葉になる。


「きみが…高橋さんがいるような気がして」

少し正確ではないけど、でも彼女がここに出てくるような気がしていたことは事実だ。

泣いている彼女の心を少しでも和ませたくて、笑ってみせる。


「ねえ、なんで泣いてるの?」

黙り込んで何も言わない彼女。もう一度、同じ問いを繰り返す。


俯いたまま、涙を拭くように顔をこすっている。

「泣いてなんかいない…」

か細い声でそういう彼女がとても頼りなく見えて…。


「本当に?」

覗き込むような形で彼女に問いかける。彼女の体がまるで俺から逃げるように後ろへ下がる。


「俺、何かした?」

そんな彼女の行動が俺の心を寂しくさせる。

今までのここでの二人の時間が、無駄になったような気分にさせられる。


「…菊池さんは何もしてないよ」

俺から顔を背けたまま、小さな声で言う。


声をかけようとする間もなく、彼女の口から言葉が出る。

「ごめん。今日はもう部屋に戻るね」

ほぼ同時に彼女が身を翻そうとする。


「待って!」

反射的に声が出る。

彼女を引きとめようと必死な自分。


「俺じゃあ、きみの役には立てない?その涙を止めることはできない?」


彼女が部屋の方へ踏み込んだせいで顔は見えなかった。けれど、窓が開く音は聞こえない。

彼女はまだそこにいる。


「どうして、そんなこと言うの?」

震えている声。きっとまた泣いているんだ。


「高橋さんのことが気になるんだ…」


そのときはっきりと自覚した。

俺は彼女が好きなんだ。

03.05.11(初出)

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