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「高橋さんのことが気になるんだ…」
一瞬聞き間違いかと思った。でも、彼は確かにそう言った。
どういう意味だろう。気になるってどういうこと?でも、気になるってことがイコール好きってことじゃないぐらい、もう子供じゃないからわかる。
「今日は雨が降ってるから、きっときみはいないと思った。でも、もしかしたらって思って待ってたんだ。きみに逢いたかったんだ」
逢いたかったなんて言われると誤解しちゃいそう…。
「うそだ…」
でも口から出た言葉はそんな言葉で。
「うそじゃないよ」
はっきりとした口調で彼の返事が聞こえた。
ふと顔を上げると、彼はベランダから身を乗り出すようにして、こっちを見ていた。
「危ないよ」
彼の姿を見て、思わずそう言った。
いつの間にか雨はやんでいた。
「だって、きみが部屋に戻るって言うから」
彼は困ったように笑う。
部屋に帰ろうとした足をベランダ側に向ける。
彼に少しでも近づこうと足が動く。
「そんなこと言うと誤解しちゃうよ?」
彼の顔がまともに見れなくて、つい俯いてしまう。
「…誤解してもいいよ」
わたしの好きな穏やかなバリトンが少し震えている。
顔を上げる。
彼が穏やかに微笑んでいる。
心拍数が跳ね上がる。顔が赤くなっているのが自分でもわかる。まるで、初恋のような甘くて切ない気持ち。
「ほんとに誤解しちゃうよ?」
今度は彼の目を見て言ってみる。
「誤解してもいいよ。…きみのことが好きだから」
彼は確かにそう言った。
乾いていたはずの涙がまたあふれてくる。
もう初恋しか知らない少女じゃない。
告白したことも告白されたこともあった。
でも、泣きたいくらい嬉しくて、泣きたいくらい切なくて…そんな告白は経験がない。
視界の中の彼の姿がぼやけてる。
彼が何かを言っているのはわかってる。
抑えきれない気持ちが後から後からあふれてくる。その気持ちを抑えきれなくて…ベランダから身を翻す。
…そして、目の前に彼の部屋のドア。思い切ってインターホンを鳴らす。
ガチャッと言う音とともに彼が現れる。
驚いた彼の表情。
その彼の胸に飛び込む。彼が戸惑っているのがわかる。
初めて目にする彼の全身。そして、彼の匂い。
そのどれもがわたしを安心させてくれる。
「わたしも好き…」
少しだけ驚いたように彼の体が反応する。
でも、その数秒後、わたしの体に回される確かな温もりがあった。
空にはいつの間に雲が晴れたのか、まあるいお月様。
まるで硝子細工のように美しい光を放っている。
こういう場合、キューピッドはお月様なのかしら?
彼の温もりに包まれながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。
2003.05.06(初出)