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こういう気持ちを恋って言うのかな?
しばらく恋なんてしてなかったから、自分の気持ちに戸惑っている。
ベランダに出て、彼の顔を見ながら、とりとめのない話をする。
それだけのことがとても幸せで。
雨が降ってベランダに出れないときはとても寂しかった。
雨の音を聞きながら、壁の向こうにいるはずの彼のことを思う。
彼は…菊池さんはわたしのことをどう思ってるんだろう?
…こういうことを考えるってことはやっぱり彼のこと好きなんだ。
そう自覚した途端に涙が出た。
いろんな想いが混ざってあふれ出てくる。
雨が降っているにも関わらず、ベランダに出る。彼がいるような気がして…。
「いるはずないよね…。だって、月出てないもの」
自分の口から出てきた言葉も雨の音にかき消される。
ちょうど、今日は2度目の満月の日。
また、あのまあるい月の光がわたしたちを包み込んでくれるはずだった。
「なんで、泣いてるの?」
穏やかなバリトンの声が心配そうな音色を含んで、わたしの耳に届く。
彼の部屋のベランダの窓が開く音は雨にかき消されて、聞こえなかった。それとも、わたしが出てくる前からそこにいたの…?
涙を見られたことの恥ずかしさより、どうして雨の日に彼がそこにいるのかがわからなくて。
「なんで、菊池さんがそこにいるの…?」
思いついたままの言葉を口にする。
まだ泣き顔のままだなんてこと、気にしてなかった。
「きみが…高橋さんがいるような気がして」
穏やかな笑みとともにその言葉がわたしの耳に届く。
そんなこと言われると…勘違いしちゃうよ?
「ねえ、なんで泣いてるの?」
同じ問いが続けられる。
間抜けなわたしは自分が泣いたままだってことをすっかり忘れていた。
慌てて目元を拭う。
「泣いてなんかいない…」
今更遅いけど、でも泣いた理由なんて言えないから。
「本当に?」
訝しげな表情でこちらを覗き込もうとする彼から、まるで逃げるように体をひいてしまう。
「俺、何かした?」
寂しそうな表情。
自分のせいでそんな表情をさせているかと思うと、申し訳ない気持ちになる。でも、同時にどうして彼がこんなにわたしを心配してくれるのかわからなかった。
「…菊池さんは何もしてないよ」
彼から顔を背けて、そういうのがせいいっぱいだった。
「ごめん。今日はもう部屋に戻るね」
彼の前でそれ以上普通に話すのは無理だった。
部屋に戻ろうと身を翻した。
「待って!」
彼のいつもと違う強い声に立ち止まる。
「俺じゃあ、きみの役には立てない?その涙を止めることはできない?」
思わず振り返る。でも、ベランダの仕切りのせいで彼の顔が見えない。
胸がいっぱいでまた涙があふれてくる。
「どうして、そんなこと言うの?」
きっと、声でまた泣いていることは彼に伝わっていると思う。彼から見えなくてよかった。
「高橋さんのことが気になるんだ…」
2003.05.06(初出)