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硝子の月  作者: まりす
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ふと、空を見上げると、そこにはまあるいお月様。

久しぶりに見上げた夜空に満月なんてなんだか得した気分。


うきうきする心を抱えて、月の光のもと散歩・・といきたいところだけど、こういうときは女の体って不便だよね。さすがに夜中に出歩くのは危険かもって、ブレーキがかかっちゃう。

別に男に生まれたかったわけではないけど、こんな素敵な月の夜に気ままに散歩も出来ないなんて…憂鬱。


仕方ないからベランダに出て、月光浴でもするかな。


「うーん・・・気持ちいい・・・」

両腕を伸ばし強張った体をほぐす。

ついさっきまでパソコンの画面と格闘していた体に、新鮮な空気が流れ込む。


「やっぱり、月の光ってきれいだよね~」


…何気なくつぶやいたその言葉に、まさか返事が返ってくるとは思わなかった。


「そうですよね。月の光って癒されますよね」


驚いて声のしたほうへ振り向くと、そこにはここに引っ越してから初めて見るお隣さんの姿があった。


このマンションのベランダは部屋と部屋との仕切りが壁になっている、よくあるタイプのものだけど、前のほうの手すりまで行けば、もちろん隣の様子はうかがい知ることは可能…。


何気なく、ベランダの前の方まで出て、身を乗り出す格好になっていたわたしは隣の人からは丸見えだったかもしれない。


思わず、自分の格好を見てみる。思いっきり部屋着だけど、まあ普通かな…。


「初めまして…でよかったですよね?」

彼は穏やかな口調でそう続ける。



「…あの?」

そこで我に返る。


「…あ。えっと、初めてで間違いないと思います」

…我ながら間抜けな答え。


「ですよね。月光浴ですか?」

「ええ、まあ…。あなたも?」


彼は正面の月に向き直り、穏やかに微笑んでいる。

「月がね、好きなんですよ。どんな形の月でも、月夜に外に出てないのがもったいなくて」


初めて見るお隣さんは、こんな殺伐とした世の中じゃ生きていけないんじゃないかと思うぐらい、穏やかな雰囲気を醸し出していた。




それから時々、ベランダで二人で月光浴をするようになった。

月夜の晩にベランダに出て月を見ながらおしゃべりしたり、お茶したり…。

いい年した男女が何してるんだかって、友達に笑われちゃった。


お隣さんは菊池さん。

それだけは前から知ってた。

だって、表札に出てたから。


年齢は20代後半から30代前半かな?

ほわーっとした癒し系の人。

穏やかなバリトンの声で話をするから、聞いていてすごく気持ちいい。


こうやって、同じ時間を過ごすようになったのに、知らないことは多い。


既婚なのか、独身なのか、いまだに知らない。

どんな仕事してるのかも知らない。


二人で話すことって、本当にたいした事じゃないけど、でもお互いのことにはほとんど触れない。

お互いの年齢さえ、話したことはない。

でも、それを不満に思ったことはない。


二人で過ごす時間が、この殺伐とした日常の中でとても大事な時間だったから。


そんな日々を過ごすうちに、月の出ない夜でもついベランダに出てしまう癖が付いていた。

彼が待ってるんじゃないかって…。


2003.05.02(初出)

ほぼ1年ぶりの投稿です…(汗)

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