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「あなた、ダンジョンは向いてないわ」〜就職できないS級冒険者を導く敏腕マダムのキャリア相談所〜

作者: 毛布巻男
掲載日:2026/08/31

 名門の魔導学園を卒業し、華々しい魔道士ライフを開始した私コレットは、着任早々の冒険で足に怪我をしてしまった。長い休養の影響でパーティーからは外され、新しい所属先を探すために仕方なく立ち寄ったパーティー斡旋所『マッチングあなたのパーティー』(通称マチアパ)で思いがけない声掛けを頂いた。


「あなた、人をよく見れているし、物事を論理的に捉えられている。それから見た目も良い。うちで働きませんこと?」


「え、魔道士を辞めてここでですか!?」


 かくして敏腕アドバイザーのエレオノーラの下で冒険者をパーティーに導く仕事に就くこととなった。


 ◆


「失礼します」


 翌朝、事務所へ入ると、エレオノーラはすでに仕事を始めていた。黒い華やかな刺繍の入ったカーディガンを着て、首元には大きな宝石のついたネックレスをつけている。茶色く長い髪はきれいに巻かれていた。50代後半くらいに見えるが、歳相応の美しさを身に纏うその姿勢には上品さが窺える。

 彼女の座る席には、山積みの書類が並べられている。


「おはよう。ちゃんと来たわね。そっちの机を使ってちょうだい」


 エレオノーラが指差す先には立派な机と椅子が準備されていた。机の上には一枚の紙が置かれている。


「契約書……? え、こんなに貰えるの!」


 それは私の給与が書かれた書面だった。危険な冒険をしていた時より倍以上の金額だ。なにより歩合制ではなく固定給だった。


「期待してる。コレットちゃんだから、ココちゃんでいいかしら」


「はい! 精一杯頑張ります」


「早速だけど、今日一件来てるから同行して仕事の仕方を学んでちょうだい」


 ◆


 昨日、自分が客として訪れた場所に職員として座るのは変な気分だった。そわそわとしながらエレオノーラに尋ねる。


「エレオノーラさん、私は何をしていれば」


「何もせずにそこに座って聞いていてください。メモは好きにとってくれて結構。あと、エレオノーラは長いのでノラで良いですよ」


「わかりました。ノラさん」


 その時、部屋の戸を叩く音が聞こえる。ノラさんは一言「どうぞ」と言うと、その戸は開かれた。私は緊張しながら背筋をピッと伸ばす。


 入って来たのは40歳前後の男だった。髪はボサボサに伸び、無精髭を生やしていた。背はあまり高くなく、中肉中背という感じだ。


「そこにかけてください」


 ノラさんは先程までよりワントーン高い声で招き入れる。男はのそりと腰掛けた。

 手元の用紙を見ながらノラさんがスラスラと内容を読み上げる。


「スタークさん、42歳。今は一年半パーティーには所属していないと。特技は氷魔法で、威力と持続時間からS級スキル認定されていると……」


「そうですね」


「希望のパーティーの条件はありますか?」


「まあ、ダンジョン攻略をしたいので、それメインでやってるところっすかね」


 その瞬間、ノラさんの目つきが変わるのを感じる。


「氷魔法って具体的にどんなことできます?」


「視界の敵を瞬時に凍らせたりですね。かなり強いっすよ」


 男は少し得意げに話している。ノラさんの鋭い視線に気がついていないのだろうか。


「視界の敵ってどのくらいの距離? 五百メートル先も行ける?」


「いや、そんなに遠いのは無理ですね。うーん、十メートルくらいですかね」


「範囲は?」


「体ごと全部凍らせますよ」


「小さい範囲もいける?」


「……うーん」


「どのくらいの小ささで凍らせられる?」


 ノラさんは畳み掛けるように質問を重ねる。


「多分、二メートル四方くらいですかね」


「ふーん……」


 ノラさんの顔が曇る。


「他は?」


「へ?」


「他の魔法。使えます?」


「いや、戦闘で使えるのは氷だけですかね」




 しばらくの沈黙があった。ノラさんは書類を掴み机にトントンと当てて端を揃えた。そして座り直しまっすぐ男を見つめながら口を開いた。


「正直厳しい」


「え?」


「氷だけでしょ。しかも近距離でデカイ氷。これ瞬間に消せたりもしないですよね?」


「……はい。消せはしないですけど」


「ダンジョンってさ、だいたい狭いのよ。そこにさ、二メートルの氷出してごらん」


「……」


「邪魔」


 はっきりと物申すノラさんに、見ているだけのこちらがドキドキと緊張してきた。目立たないようにゴクリとつばを飲み込む。


「自分たちも通れないし、後続のパーティーが来た時も、ここは通れない所なの? って思っちゃうでしょ」


 男は言葉が出ずに、口をパクパクさせたまま、小さく頷いている。


「どうしてもダンジョン攻略じゃなきゃ駄目?」


「そう、すね。昔からの憧れではあったので、まあ歳も結構歳なので今くらいが最後のチャンスかなと思ったんですけど」


「遅いよ。普通ダンジョンって20代、早い人だと10代で経験してるもん。あなたダンジョン歴もゼロでしょう。何で今なの?」


「それは、前の仕事が無くなっちゃって、いい機会だなって思ってこの一年半で魔法のレベルを上げてたんですけど」


「前の仕事は?」


「魚の管理です」


「ふーん……。じゃああれね、隣国の海域侵略の影響で仕事が無くなった?」


「そうですね」




 ノラさんは手元の用紙を見返しながら、色々と考え事をしているようだった。私も男も、ただただノラさんを見守った。ノラさんは黙って軽く頷く。考えがまとまったのだろうか。


「ぶっちゃけ、ダンジョンは向いてない」


「む、向いてない、すか……」


「42歳で未経験でしょ。パーティーのどのポジションに入れるかだけど、氷のみだと耐性のある魔物相手には太刀打ち出来ないから火力としても心許ない。で、デカイ氷しか出せないとなると邪魔でしょう。行けるダンジョンも限られるってなると、採ってくれるパーティーは無いと思う」


 男は黙って俯いていた。


「うーん、どうしても戦闘に参加したい?」


「男に生まれたんで、やっぱり戦いたいです」


「あのさ、そういうのはさ。中学生くらいが言うのよ。40過ぎたいい大人が今から言うセリフではないよ」


 そう言いながら、横の棚から一枚の用紙を取り出した。そしてそれを男の前に差し出す。


「王都の東側の防衛拠点なんだけど、拠点衛兵を募集してて、魔法使えればオッケーなのね。経験も不問」


 男は身を乗り出し用紙を覗き込む。


「住み込みだから、実家からの通いってあなたの希望とは違うけど、このくらいしないと戦いには身を置けないわよ。それで、これ東側だから戦闘が基本草原でしょ。氷との相性がかなり良いので、多分採用も通ると思う」


「草原は氷と相性いいんですか?」


「良いわよ。だって見通し良いから相手も飛び道具使ってくるでしょ。氷で防げるじゃない。それに日当たりも良いからだいたい一日経てば溶けて邪魔にならないし」


「やっぱり、邪魔かどうかは大切なんですね」


「当たり前です!」


 ノラさんはピシャリと言い放った。

 結局、男は納得した様子で、拠点衛兵の募集に応募してみるらしい。その中で、氷の距離を遠くしたり、小さくしたりとコントロール能力を養っていくことを目標にするそうだ。


 ◆


「あの、今日は凄かったです。てっきり希望通りダンジョン攻略パーティーにマッチングさせるのかと思っていたので驚きました」


 ノラさんは手元の事務処理を止めて、こちらに向き直った。


「あなたから見て、彼はダンジョン攻略に適していると思いましたか」


「……いえ」


「何故?」


「出来ることが少なすぎるからですかね」


「と言うよりね。弱すぎるんです。あなた氷魔法使えるでしょう?」


「……はい」


「魔物の体のパーツをピンポイントで凍らせられる?」


「まあ、手でも足でも、何なら体内の心臓でも、出来ますね……」


「そう。あなたは優秀だけど、そういう器用さが無いのよ彼は」


 器用さと聞いて少し理解出来た気がした。もしかするとノラさんが私をこの仕事に雇ってくれたのはそういう理由かもしれない。


「本当は魚を保存しておく仕事を続けられたら良かったんだけど、このご時世だものね。まあ戦闘職が優遇されているのもあるし。やってみるのも良いんじゃないかしらね。あそこの拠点なら優秀な指揮官もいるし早々に死ぬこともないでしょう」


「そこまで考えていたんですか?」


 ノラさんは少し驚いた顔をした。


「当たり前でしょう。少し戦闘を経験してもらって、『あぁ、俺には向いてなかった』って辞めて他の仕事に就いてもらうくらいが彼には丁度いいでしょう」


 自分はそんなところに至れるかわからないが、少しだけこの仕事のやりがいをわかった気がした。初めてのマチアパでの仕事を終えて、夕方の町を歩く足取りは軽い気がした。

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