僕の婚約者は口よりも肉体での語り合いのほうが好きなんですよね
次々と貴族令嬢、貴族令息たちの悲鳴が響き渡り、蒼い火花とともに赤黒い鮮血が飛び散る。
地面には拳や蹴りで身体中をめった打ちにされた、この惨状になるきっかけを作り出した侯爵令息と子爵令嬢が伏していた。
だが誰一人として、彼らに視線は向けていない。
僕を含めた気絶していない人たちの視線が向いているのは、パーティー会場を鮮血で朱に染まったドレスを揺らしながら優雅に飛び回っている一人の銀髪の少女⋯レイファ・エストロイだ。
言い方を変えてみるのならば、僕⋯イスカ・フォン・ロディアスの婚約者でもある。
嗚呼、どうしてこんなことになっているのだろうか?
今日はただ、婚約者であるレイファの卒業をこっそりと観に来ただけだったのに。
いや待てよ⋯ある意味これも晴れ舞台と言えるんじゃないのか?
まぁなんでもいいかな、レイファが楽しそうだし。
呑気にそんなことを考えていると、隣に立っている学院長先生ことマリィ・ソルハがあごに手を当ててブツブツとつぶやいていた。
「あの娘は⋯ほんとにあのエストロイ嬢なのでしょうか?まさかあんなに強かっただなんて⋯信じられません。そもそも、なぜ今になってこんな事をしたのでしょう?あれだけの強さがあるのなら、嫌がらせを受けた時にやり返せばよかったというのに。イスカ様はエストロイ嬢があれだけ強いことを知っていたのですか?」
ふと疑問に思ったであろうことを学院長先生は僕に投げかけてくる。
「まぁ、はい。これくらいは強くなっているだろうなぁとは思っていましたよ。レイファは昔から戦いが好きだったので。でも卒業パーティーでこんなことが起きるとは思っていませんでしたよ。あっ、別に学院長先生を責めてるわけじゃないですから、安心してください。コレは地面にのされている彼らが悪いことだと分かっているので。」
「いえ。少なからず私にも責任があります。まさかエストロイ嬢を集団で貶めるなんてことを計画してるとは思っていませんでしたから。学院での愚行は少なからず知っていましたが、彼らに対して理解が足りていなかった私の落ち度です。まさか反論に拳で出るとは思っていませんでしたが。」
普通はそう思うよね。
まぁ学院長先生なら教えてもいいかな⋯そこまで重要な情報でもないし。
「実はレイファは⋯僕の婚約者は口よりも肉体での語り合いのほうが好きなんですよね。」
苦笑いとともに、僕はそう告げた。
✚✚✚
時間はだいたい三十分ほど前にも巻き戻る。
「お久しぶりです、イスカ様。ご留学から帰ってきたばかりでお疲れであろうはずなのに、お越しになさっていただきありがとうございます。」
大陸統一国家⋯ロディアス王国。
その王都にある国立の学校⋯王立アステリア学院。
その学院長室で、僕は大陸最強の魔術師である学院長⋯マリィ・ソルハと対面していた。
「そんなに畏まらなくて良いよ。貴女はそうは思っていないようですが、僕たちは対等な立場なんですから。」
「いえ。これは私の気持ちのようなものなので、気にしないでください。」
「そうですか。まぁ貴女がどうしてもそうでいたいのなら止めはしませんけど。」
この人がそうしたいと決めたのなら、それをやめさせる理由がない。
それが間違ったことじゃないのならなおさらのことだ。
「それじゃあさっそく行くとしましょう。今日の主役たちが待ってる人を僕の都合で長々と引き止めるのは忍びないですし、僕も早くレイファの晴れ姿が見たいので。」
そうして、僕たちは王立学院卒業パーティーが行われる講堂へと、学院長先生しか知らない隠し通路を通って歩き出した。
王子である僕が来ていることは内密な話なので、誰かに見つからないように隠し通路を通るのである。
とまぁそんなふうにさまざまな要因が重なって、僕たちはぜんぜん気づくことができなかったのだ。
講堂であんなことが起きているだなんて、この時の僕は微塵も想像していなかった。
数分ほど歩き、僕たちは静かに誰もいない講堂の二階のベランダへと降り立つ。
そして、そこから生徒たちのいる講堂の一階を覗き────驚愕した。
「冗談でしょう?いや、冗談と言ってくださいよ。アレだけ見張りの先生たちに気をつけろと言ったはずなのに⋯⋯彼らは減俸ですかね。」
隣で、諦めのような感情を滲ませた声音でそうつぶやく学院長先生。
「えっと、学院長先生⋯どうしてこんなことになっているんですか?あの黒髪の子はあんなことを本気で言ってるんですか?」
僕の耳が異常でなければ、一階にいる黒髪の男子生徒はこう言っていたはずだ。
“私は我が婚約者、レイファ・エストロイとの婚約を破棄し、ここにいる心優しき子爵令嬢⋯エリアと婚約する!!”と。
そう告げられたレイファは何言ってんだコイツという眼を男子生徒のへと向けているように見えた。
「えっと⋯簡潔に言うと、あの男子生徒はエストロイ嬢を自身の婚約者だと勘違いしているんです。どうしてそんな状況に陥ったのかは分かりませんが。」
なるほど。
まったくわかんないや。
「イスカ様、とりあえず中に入りましょう。干渉するにしても、ここにいてはなんにもできません。」
その言葉に従って、僕たちは講堂の中へと入る。
「レイファ、彼らにだいぶストレスが溜まってるみたいだね。学院長先生、止めなくていいよ。僕が責任を取るから、ここは存分に暴れさせちゃってほしい。」
ひと目見ただけで分かってしまった。
レイファの中に怒りの炎がくすぶっていることを。
それも、かなり大きな怒りである。
僕のいない三年間の間に一体何があったのだろうか?
「勇気ある生徒たちよ!!諸君らの知っているエストロイ嬢が行ってきた悪行の数々を、知らない者たちにも教えてやってほしい!!」
その言葉を皮切りにして、野次馬たちから次々と非難の声が出てくる。
僕は今にも暴れ出してしまいそうな身体を抑えて、静かに講堂を見下ろす。
僕がここで暴れてしまったら、レイファの怒りの矛先がなくなってしまうからね。
「ここまでの彼らの言葉になにか異論がある者はいるか?なければ、エストロイ嬢の言い訳を聞こうと思うが。」
あぁ、ヤバいな。
今すぐにでもレイファをバカにしている彼らを殴り飛ばしてしまいたい。
「ないようだな。それでは聞こうか、エストロイ嬢。貴様はどんな愚かなことを言うのだ?」
「そうですね⋯⋯まず一つ目ですが、私はそのことをしておりません。貴方がたの中には私の実家をバカにした御方もいましたよね?その方々はエストロイ公爵家を敵に回したことを覚悟してください。」
ニコリと美しい笑みを浮かべ、強気な口調でレイファはそう告げる。
その言葉を聞き、一部の生徒が顔を蒼く染めた。
今後は社交界に出れなくなるかもしれないけど、まぁ自業自得だね。
「次に二つ目ですが、私はスコル侯爵令息の婚約者などではありません。私の婚約者は王族の方です。ですので婚約破棄もなにもありませんし、スコル様は私の婚約者だと騙ったことになります。」
そして、レイファを非難していたほとんどの生徒が顔を青白くさせた。
王族の婚約者に手を出してしまったことに対する後悔だろう。
だがそれでもスコル侯爵家の子息らしい黒髪の男子は勇気⋯いや、蛮勇で声を荒げて告げる。
「だ、だが!!貴様がエリアを虐めていたに変わりはあるまい!!そのことが公になれば、貴様は婚約破棄されるに決まっている!!」
「そうですぅ。エリアはエストロイ様に虐められてたんですよぉ。」
スコル侯爵令息に抱き寄せられているピンク髪の少女が媚びを売るような甘ったるい声でそう言う。
現れた希望の灯の影響で、再び勢いづく非難の声。
だが、その希望の灯は仮初めにすぎない。
「貴方がたは、もし私が虐めを行っていたとしたら、王家に伝わって婚約破棄されると思わないのですか?だとしたら、相当おめでたい頭を持っているようですね。」
希望の灯はいとも簡単に刈り取られた。
レイファを非難していた者たちに残ったのは絶望と後悔、そして与えられるべき報いのみ。
「最後に三つ目ですが⋯⋯貴方がたと会うのはこれが最後になると思うので、徹底的に闘論しましょうか。」
直後、エリアと呼ばれた少女が後頭部を掴まれて、顔面から地面に叩きつけられた。
ソレを行った人物⋯レイファは身体に、蒼い火花を迸らせている。
「さぁ⋯闘論開始です。みなさん全力で抗ってくださいね。」
可愛らしく笑いながら、スコル侯爵令息に回し蹴りを叩き込む。
そうして、レイファ・エストロイ式闘論という名の蹂躙劇が始まった。
✚✚✚
そうして時は今へと巻き戻る。
「ふぅ。これくらいですかね?」
拳に付着した血を分家の同級生に差し出されたハンカチで拭い取るレイファ。
そういえば彼女は闘論をした後にどうするのかを考えているのだろうか?
「どうしましょう⋯。感情に流されて、闘論をしてしまいました。これじゃあお父様たちに怒られてしまいますね。」
⋯⋯考えてなかったみたいだね。
まぁでも今回はさすがにしょうがないか。
あんなことがあったら、感情が爆発しちゃうのは仕方ないだろう。
「学院長先生。申し訳ないですけど、収拾をつけるために姿を出しときますね。」
「えっ?ちょっ、待ってぇ!!」
学院長先生の必死な静止を振り切って、僕は二階から一階に飛び降りる。
突然現れた僕の姿に誰もが警戒を露わにする⋯⋯が、レイファの一言でソレはすぐに霧散した。
「あら?お久しぶりです、イスカ様。」
今度はざわめきが起き、好奇の視線が僕に突き刺さる。
まぁ第二王子が突然こんなところに現れたら、普通はこうなるか。
「もしかして見ていたのですか?」
「あぁ。見させてもらっていたよ。レイファのストレス発散の邪魔にならないよう隠れて、ね。」
「ふふっ。それはそれは⋯。恥ずかしいところを見られてしまいましたね。それで、どうして姿を表したのですか?お忍びで来たのでは?」
親しげな様子の僕らに、さまざまな推測を周囲が立て始める。
「愛しい婚約者のために、大変な後処理をしようと思ってね。そういうことだから、申し訳ないけど卒業パーティーは中断してもらうよ。その代わりとなるものを、今度僕と学院長が企画するから、それで手を打ってくれ。まぁ来れない人は少なからずいるかもしれないけど。」
反論は起きない。
起きるはずができない。
王族とは、そういう絶対的な権力を持つのである。
そうして、後に愚者と拳と鮮血の卒業パーティー語られる事件は終わりを迎えた。
✚✚✚
「まったく⋯どうしてお前はそんなに問題を起こすのか。早めに止めてくれれば、こんなめんどくさいことにはならなかったはずなのに。」
額を押さえてため息をつく父上こと国王陛下。
結論から言おう。
僕たちの行動は少しのお咎めと謹慎だけで済んだ。
なんでも殴られた側の子どもの貴族家の当主たちが、被害を訴えなかったかららしい。
まぁ訴えて、王家と公爵家に目の敵にされたらたまったものじゃないからね。
「まぁまぁ陛下。イスカ殿下は婚約者である私の娘のために動いてくれたのですから、そんなに責めないであげてください。それに、この国の膿を少なからず洗い流せたので、良いではありませんか。」
父上をなだめるのは、レイファのお父さんことエストロイ公爵。
そんな彼らを傍目に見ながら、僕とレイファは仲良くお茶を楽しむ。
ちなみに父上は先ほどまで、どこかの学院長と同じように後処理のための書類をすごい勢いで片付けていた。
「父上。今くらいはお茶を楽しんだらどうですか?せっかくの淹れたてが冷めちゃいますよ。」
「誰のせいでこうなったと思っている!!」
「えっと⋯申し訳ありません、国王陛下。」
「父上、レイファをいじめないでください。」
「わしはエストロイ嬢じゃなくて、お主に文句を言っているのじゃが⋯。」
そんな和気あいあい?とした雰囲気でお茶を僕らは楽しんだ。
愛しい愛しい婚約者とともに。




