二・昔と今
長くなりました。
先に言うと、あんま面白くありません。
ただ思った事をずかずか書いてるだけです。
なので、読まなくていいです。自分もメモ程度だと思ってますので。
そこだけご理解ください。
「俺が若い頃はなぁ・・・」「あの時代は・・・」
YouTubeでもなんでも、たまにこんなコメントを見る。かったるいこといえば、その言ってる時代ってやつはもう終わったのに、二度と戻ることはないのに、だけどなんかこう、少し悲しいってもんがあるんだよなぁ。
んで気になったのがこの、"あの時代"って奴の事だ。
もしその良かったで定評な"あの時代"ってやつと、今の時代を、見比べ比べしたらどーなるんだ?って思っちった訳なんよね。
まぁ自分さんはさ、随分頭が弱い訳。だから全くトンチンカン情報を平然と流す奴だから、あんま当時の情景わからんな。できる限り頑張ろ。
まーずは"あの時代"やな。
・・・つっても、あの時代っていつだ?って思うな。
ここではまぁ、想像しやすい十、二十年。
つまり平成ぐらいにするわ。 ら○すたくらいかな?
あの時代はねぇ、要するに
"ネット隔離自由の時代"
って感じかな?多分だけど。
時は天下のガラケー時、動画も、ゲームもできひん。たーだの通信手段。
だから暇、すっごく暇になるわけ。
通勤中とか信号待ちとかバス、電車移動の時とかも。
そこで当時企業、考えます。
「暇時間をわくわく時間にしたらええやん。」
結果、ウォークマンっつう音楽流すイヤホン型プレーヤーが大流行したのよ。それで好きな音楽流して移動中ちまちま楽しんだり。好きな時に好きな音楽が聴けるっつー強みが、多くの人を虜にしたんやね。
実際、自分も欲しいし。
でもシカし、いざ路上に出てみれば、耳をイヤホンで塞いでる人はまぁいたはいたな。けど、それ以上に 信号待ちん時とか、店の開店待ちん時とか、みんな連れの友達と楽しそーに、面白おかしくくっちゃべってんだわ。大人も子供もカンケー無くよ?
今じゃ邪魔で仕方がない待つ時間は、昔は楽しみの一つでもあった事実。
いまじゃあ簡単にできるゲーム、当時は新作発売の日には、店には終わりの見えない列があった。
手に入れられるかわからない緊張感、手に取った時の高揚感、
あの待つ時も、楽しみの一つだったから。
忘れられん。
学校帰りのゲーセンにわざわざよ、なけなしの札を引っ張り出して、崩して、ゲーム台にチャリンって。
まぁ要するによ、
「少しくらい不便だったから、楽しかった時代。」
それが"あの時代"の特徴だと思うなぁ。
では、"今の時代"いくか。
うーん・・・否定したり、悲しんだり、悔やんだりする気持ちは微塵もないんだけどさ。
ただ、正直に言う。今は、
"ネット頼りの、つまらない未来創造時代"
やな。
電車もバスも、路上に出ても、
昔は大切だった待つ時間は、皆下を向いてるんだ。
歩く時も下をずっと見てるの。スマホを見るために。
誰かと喋る時もスマホに集点がゆくし、睡眠を撮る時にもやっぱり、スマホがいるんだ。
今やスマホあればなーんでもできる。ゲームも通話も計算も、ましてや方位翻訳だって。こーやって文体かけてんのも、スマホさんのおかげだしね。
前までの不便な楽しみも、いつしか消えてなくなっちゃった。これらは時代変化の一因として、受け入れ流すことしかできない。帰ってこいといって、ただいましてくるもんではない。
もう、
不便=効率ではない、
不便<効率の時代だ。
不便が邪魔と見下され、効率を軸に回り始めた、今の時代なんだよ。 カナシー( ; ; )
私は、昔が良くて今が駄目とか、あの頃は良かったのに今なんて、とか好き嫌いで区別したりしないな。
だけれど、少しでいいから記憶の片隅に置いてて欲しい。成人になった人は思い出してみてほしいな。"あの時代"を。
無くなったあの楽しさを。
あの熱をもってた子供時代を。
もう戻んない不便さを。
テトリスやってみたいなぁ。
読んでいただいたかどうかはわかりませんが、誠にありがとうございます。
また今度。




