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どうやら私は婚約破棄を言い渡されたようです

作者: シャル爵
掲載日:2026/04/07


 目の前に広がる青白い炎。彼女は己の知恵と勇気のすべてを尽くした。


(お母様……ごめんなさい、私、ここまでみたい……)

 

 彼女は静かに目を閉じ、炎を受け入れようとした。しかし、その炎が彼女に到達することはなかった。


 ゆっくりと目を開けるとそこには、漆黒の軍服に身を包み、銀色の髪を風に靡かせた男性がいたのだった。







「お前とは婚約破棄させてもらうぞ」


(どうやら私は、婚約の破棄を言い渡されたようだ)


 群衆の視線が突き刺さる中、エレーナ・ヴァレンティスは感情の波に飲まれることなく、極めて冷静に現状を分析していた。

 目の前に立つレオンハルトは、勝ち誇ったような冷笑を浮かべている。


「聞こえなかったのか、エレーナ! 貴様のその冷酷で傲慢な振る舞い、そして何より、我が王家の威信を傷つける横領の罪! もはや王太子妃として迎え入れることは到底不可能だ!」


 エレーナは姿勢を崩さず、静かに王子を見据えた。彼女の深い海のような青い瞳には、一切の動揺がない。


「殿下。冷酷な振る舞いについては私の不徳の致すところかもしれませんが、『横領』とは聞き捨てなりません。私、ならびにヴァレンティス公爵家はそのような不義理を働いたことは一度たりともございません」

「しらばっくれるな! 領地救済のための王家からの助成金、それを貴様が着服し、自身の贅沢なドレスや宝石に注ぎ込んでいることはすでに調査済みだ!」


 レオンハルトが書類の束を床に叩きつける。

 エレーナは視線を落とした。確かにそれはヴァレンティス領の財務報告書の一部に見えたが、数字が明らかに改ざんされている。助成金はすべて治水工事と備蓄米に回っているのだ。


 ここで感情的に反発するのは愚か者のすることだ。エレーナは頭脳をフル回転させた。

 この場で嘘の証拠を否定するには、客観的で公的な証明が必要である。公爵家の威信と領民の命を守るため、彼女は最も正当で、理にかなった「正しい選択」をした。


「殿下。もし私が横領をしているというのであれば、王宮の『財務監査局』による正式な特別監査を受け入れます。公爵家の帳簿、金庫、すべてを中立な監査官に開示いたしましょう。それで私の潔白は証明されるはずです」


 堂々たる宣言。それは自身の清廉潔白さを知る者のみが取れる、勇気ある正当な判断だった。

 しかし、レオンハルトの口角が歪に持ち上がったのを、エレーナは見逃さなかった。


「……いいだろう。そこまで言うなら、ただちに監査局を動かしてやろう。貴様のその余裕がいつまで続くか見ものだな」


 翌日、ヴァレンティス公爵邸は物々しい雰囲気に包まれていた。

 武装した近衛兵と、財務監査局の役人たちが土足で邸内に踏み込んできたのだ。


「すべての金庫と書類を差し押さえる! 公爵家の人間は一歩も外に出るな!」


 監査局長であるグレイ伯爵の冷酷な声が響く。彼らは帳簿を調べるどころか、領地運営に必要な実印から、当座の運転資金すらもすべて箱に詰め込み、封印の蝋を垂らしていく。


「お待ちください、グレイ局長! 監査とは事実確認のはず。これでは領地への送金が滞り、治水工事が止まってしまいます!」

「黙りなさい、横領の容疑者め。これは証拠隠滅を防ぐための正当な『手続き』だ」


 エレーナは奥歯を噛み締めた。

 監査局長は、レオンハルト王子の派閥の人間だったのだ。彼女の「公的な監査で潔白を証明する」という極めて正当で論理的な判断は、権力という網の目によって「公爵家の全財産と権力を合法的に凍結させる」ための絶好の口実として利用されてしまった。


 屋敷は実質的な軟禁状態となった。


 「すまないな…エレーナ。迷惑をかけて」

 「いいえ…お父様。私の方こそこんなことになってしまってごめんなさい。ゆっくり休んでください」


 父である公爵は心労で倒れ、エレーナは使用人たちに暇を出さざるを得なくなった。

 さらに恐ろしいことに、領地からの急使がもたらした手紙には、「工事が止まったことで川が氾濫の危機にある。至急資金が必要だ」と記されていた。


(母様が愛した民を見殺しにはできない……!)


 エレーナは凍える手をさすりながら、次なる一手を考えた。

 公的な資金が凍結された今、頼れるのは民間しかない。


(中立の立場である『商業ギルド』へ行きましょう。公爵家が秘密裏に保有している北の銀山の採掘権を担保にすれば、莫大な融資が引き出せる。それで領地を救えるわ)





 エレーナはメイドの質素な服を借りて深夜の屋敷を抜け出した。王都の裏通りにある商業ギルド本部へと向かう彼女の胸にあるのは、私欲ではなく、ただ領民を救いたいという正義感と勇気だけだった。


 ギルドマスターは、エレーナの提示した銀山の権利書を見て目を丸くした。


「……確かにこの採掘権があれば、望むだけの金貨を用意できますぞ。しかし、監査中の身でこのような取引をしてよろしいので?」

「法的には、個人の資産を抵当に入れることは禁じられていません。どうか、急ぎで手配をお願いします」


 エレーナの判断は、法を熟知した上での完璧な救済策のはずだった。

 しかし、彼女が金貨の引換証を受け取った瞬間、ギルドの扉が蹴り破られた。


「そこまでだ、逆賊エレーナ・ヴァレンティス!!」


 松明の炎と共に雪崩れ込んできたのは、王室特務隊だった。


「な、なぜ……」

「ギルドマスターからの通報だ。お前が、我が国の重要資源である銀山の権利を、隣国の商人に売り渡そうとしているとな!」

「違います! これは領地を救うための融資の担保で……!」

「黙れ! 王家の監査を逃れ、国家機密の資源を他国へ売り渡す行為は『国家反逆罪』に他ならない!」


 エレーナの「領民を救うために民間の力を借りる」という勇敢で賢明な決断は、敵の周到な罠により、「国家反逆の現行犯」という最悪の濡れ衣へとすり替えられてしまった。

 冷たい鉄の手錠が、彼女の細い手首に無情にも食い込んだ。






 王城の地下深く。光すら届かない冷たく湿った牢獄。

 エレーナは藁の上に座り込んでいた。ドレスは汚れ、頬は痩せこけているが、その瞳の光だけは決して失われていなかった。


 鉄格子越しに現れたのは、レオンハルト王子とリリアナだった。

「惨めなものだな、エレーナ」

「レオンハルト殿下……。あなたは何故、ここまでして私を貶めるのですか」

「貴様のその、常に自分が正しいと信じて疑わない目障りな態度が気に入らなかったのだ! 私にはリリアナのように、ただ私を敬い、愛らしい女が相応しい。数日後にはお前の国家反逆罪の裁判が行われる。お前の首が落ちれば、公爵領はすべて私の直轄地となる手はずだ」


 人間の裁判官が裁く法廷では、彼らの息がかかっている以上、エレーナに勝ち目はない。


 だがエレーナは諦めていなかった。絶望的な状況下で、エレーナは自身の命をチップにして、最後の、そして最大の決断を下した。


「……殿下。私は法廷での裁判を拒否します。王国の古き法典、第十三章七項に基づき、『女神の天秤』による神明裁判を要求します!」


 レオンハルトの顔から余裕が消えた。


 『女神の天秤』――それは、建国王が遺したアーティファクト。告発者と被告人が天秤の左右に立ち、嘘偽りがある者、罪深き者の皿が沈み、沈んだ者は女神の業火に焼かれるという古代の神聖な儀式。


「王子たるあなたが、王国の法を否定なさるのですか? それとも、真実が暴かれるのが恐ろしいと?」


 エレーナの挑発。これが唯一、権力の介入を許さない「絶対的な真実」を暴くための論理的な一手だった。己の潔白に絶対の自信がある彼女だからこそ選べる、究極の選択。

 レオンハルトは一瞬怯んだ後、酷薄な笑みを浮かべた。


「……いいだろう。貴様が自ら焼け死にたいというのなら、三日後、中央広場で神明裁判を行う!」






 三日後。王都の中央広場は、前代未聞の神明裁判を見届けようとする群衆で埋め尽くされていた。

 広場の中央には、巨大な白亜の天秤が設置されている。


 粗末な罪人服を着せられたエレーナは、神官長の合図と共に天秤の皿に乗った。向かい側にはレオンハルトが乗る。


 ギギギ、と古びた金属の音が鳴り響き、天秤が動き始めた。

 次の瞬間、エレーナの目が見開かれた。

 清廉潔白であるはずの彼女の乗る皿が、急激にガクンと下へ沈み始めたのだ。対するレオンハルトの皿はふわりと上昇していく。


「な、なぜ……!?」

「ハハハハ! 見たか愚民ども! 女神はエレーナが逆賊であると証明されたぞ!」


 エレーナは沈みゆく皿の上で、天秤の支柱を凝視した。かすかに、黒い靄のような魔力が支柱に絡みついている。


(暗黒魔法……! 殿下は、神聖なアーティファクトに細工をしたのね!)


 エレーナの「神の裁きに委ねる」という最も正しく純粋な判断すらも、相手の底知れぬ邪悪さとルールの破壊によって、彼女自身を処刑台へと追いやる決定打となってしまったのだ。


「さらばだ…エレーナ。地獄で詫びるといい」


 足元から、ジリジリと熱い炎が立ち昇り始める。女神の業火を装った、殺戮の炎だ。


(お母様……ごめんなさい、私、ここまでみたい……)

 己の知恵と勇気のすべてを尽くした。後悔はない。エレーナは静かに目を閉じ、炎を受け入れようとした。


「そこまでだ!!」


 空気を切り裂くような、低く絶対的な威厳を持った声が広場に響き渡った。

 群衆が海が割れるように道を開ける。

 そこに現れたのは、漆黒の軍服に身を包み、銀色の髪を風に靡かせたサイラス・ヴァンガード辺境伯だった。


「さ、サイラス辺境伯……!?」


 サイラスは迷うことなく大股で広場の中央へ進み出ると、腰の長剣を引き抜き、天秤の支柱に向かって一閃した。


 ガァン!!


 凄まじい金属音と共に、支柱に絡みついていた黒い靄が霧散する。途端に、エレーナの足元で燃え上がろうとしていた炎がスッと消え去った。


「な、何をするサイラス! 神聖な儀式を邪魔する気か!」

「神聖な儀式? 笑わせるな、レオンハルト殿下」


 サイラスは冷たく言い放ち、背後を振り返った。そこには、サイラスの部下たちに連行されてくる二人の男の姿があった。

 一人は、財務監査局長グレイ伯爵。

 もう一人は、エレーナを裏切った商業ギルドマスターだった。


「グレイ伯爵の屋敷から、殿下が王室の助成金を横領し、リリアナ嬢への貢ぎ物にしていた裏帳簿を発見した。さらに、ギルドマスターからは、殿下からの脅迫によりエレーナ嬢へ反逆罪の濡れ衣を着せたという自白も得ている。すべて、ここに証拠がある」


 サイラスが書類の束を掲げると、群衆からどよめきが起こった。


「で、でたらめだ! 天秤を見ろ! 天秤はエレーナを罪有りと判断したのだぞ!」

「ならば、呪縛の解けた『本当の天秤』にもう一度聞いてみようではないか」


 呪いを解かれ、本来の神聖な輝きを取り戻した白亜の天秤。

 ギィィィ……と、再び重々しい音が響いた。

 今度は、エレーナの皿がふわりと空高く舞い上がり――レオンハルトの乗る皿が、石のように急降下した。


 ガシャン!! と底に叩きつけられたレオンハルトの皿。

 次の瞬間、本物の女神の業火が青白い炎となってレオンハルトの足元から吹き上がった。


「ぎゃあああああっ!! 熱い! 助けてくれ、リリアナ!!」

 悲鳴を上げて転げ回るレオンハルト。しかし、リリアナは怯えきった顔で後ずさりし、そのまま踵を返して逃げ出していった。どうせ逃げ切れないというのに。


 炎はレオンハルトが「私がやりました! 私が横領し、罪を着せました!」と泣き叫んで自白するまで消えることはなかった。





 騒乱が収まり、レオンハルトは近衛兵によって地下牢へと引きずられていった。

 広場に静寂が戻る中、サイラスはエレーナの乗る天秤の皿の前に立ち、スッと手を差し出した。


「恐ろしい目に遭わせたな、エレーナ嬢。ギリギリまで動けなかった私の不手際を許してほしい」

「……いいえ。あなたが来てくださらなければ、私は今頃灰になっていました」


 エレーナが首を横に振ると、サイラスは悔恨を滲ませた表情で言葉を続けた。


「貴女が監査局に屋敷を封鎖された直後、北の国境で不自然な暴動と魔物の襲撃が相次ぎ、私は軍を率いて王都を離れざるを得なかったのだ。今思えば、私の目から貴女を遠ざけるための、レオンハルト殿下一派による卑劣な陽動だったのだろう」

「サイラス様……」

「数日前に王都へ戻り、事態を知った時には血が沸き立つ思いだった。すぐにでも武力で牢を破りたかったが……それでは、貴女の行動が『本物の国家反逆』として歴史に刻まれてしまう。貴女の誇りと、亡きお母上の願いを完全に守るためには、末端の兵を倒すのではなく、この首謀者二人を同時に捕縛し、誰も言い逃れができない『完璧な証拠』を水面下で揃えなければならなかった。……間に合って、本当に良かった」


 その言葉で、エレーナは全てを理解した。

 彼もまた血の滲むような焦燥の中、彼女の「正当性」を法と証拠の下で証明するために、裏で最善の選択をし続けてくれていたのだ。


「サイラス辺境伯……本当に、何とお礼を申し上げたら良いか」

 差し出されたその大きな手を取ると、温かな体温がエレーナの冷え切った体を包み込んだ。


「礼など不要だ。私はただ、どんな絶望的な状況に追い込まれても己の正義を信じ、民のために最善の選択をし続ける貴女の、決して折れない心に惹かれたのだ」


 サイラスの不器用だが真っ直ぐな言葉に、エレーナは長きにわたる緊張が解け、初めてポロポロと涙をこぼした。



     *



 数ヶ月後。

 王宮からすべての罪を免除され、名誉を回復したヴァレンティス公爵家は、再び活気を取り戻していた。レオンハルトは王族の地位を剥奪され、北の極寒の流刑地へと送られたという。

 領地の治水工事も無事に完了し、領民たちの笑顔が溢れている。


 色とりどりの花が咲き乱れる公爵家の庭園には、お茶を楽しむエレーナと、彼女を優しく見つめるサイラスの姿があった。


「エレーナ。私の領地は寒いが、貴女がいてくれれば、どんな厳しい冬も乗り越えられる気がする」

「ふふ、サイラス様。領地経営のことなら、私にお任せくださいな。絶対に赤字にはさせませんから」


 二人は笑い合い、そっと手を重ねる。

 何度理不尽な罠にかけられようとも、自らの頭脳と勇気で運命を切り拓いた令嬢は、今度こそ、心から信頼できるパートナーと共に真実の幸福を手に入れたのだった。

ここからは前日譚となります。



婚約破棄を言い渡されることから二年前。華やかなワルツの調べが遠く響く王宮の夜会から逃れるように、一人の令嬢が薄暗いバルコニーに佇んでいた。


 公爵令嬢、エレーナ・ヴァレンティス。王太子の婚約者として誰よりも美しく着飾っているはずの彼女は、月明かりを頼りに、分厚い羊皮紙の束と睨み合っていた。




「……やはり、王家からの助成金だけでは足りないわ。東の堤防を石造りに補強するには、あと金貨五千枚。公爵家の私財を切り崩すしかないけれど、今年の税収を考えると……」




「豪奢な夜会を抜け出して、美しい令嬢が何をしているのかと思えば……随分と色気のない紙束を眺めているものだな」




 唐突に降ってきた低く冷たい声に、エレーナは肩を弾かせた。


 振り返ると、そこには漆黒の軍服に身を包んだ大柄な青年が立っていた。銀色の髪と、氷のように鋭い金色の瞳。北方の国境を死守する冷徹なる武将、サイラス・ヴァンガード辺境伯だ。


 中央の貴族たちから「血も涙もない戦闘狂」と恐れられている男を前にしても、エレーナは一切怯むことなく、背筋を伸ばして凛とした視線を返した。




「お見苦しいところをお見せしました、辺境伯閣下。ですが、私にとってはこの紙束の方が、殿方とのダンスよりも重みがあるのです」


「ほう?」


「ヴァレンティス領の治水工事の図面と、見積書です。秋の長雨が来る前に着工しなければ、領民の命が危険に晒されます。ドレスの流行を語り合う暇などありませんわ」




 エレーナは堂々と胸を張った。サイラスの金色の瞳が、わずかに見開かれる。


 中央の貴族など、権力と虚飾にまみれた寄生虫だと軽蔑していた彼にとって、エレーナの言葉は衝撃だった。華やかなドレスの裏で、自らの頭脳を駆使し、民のために泥臭い数字と格闘する公爵令嬢。




「……王太子殿下は、貴女のその実務的な一面を評価しておられるのか?」




 サイラスが問いかけると、エレーナは少しだけ寂しそうに、けれど誇り高く微笑んだ。




「殿下は『理屈っぽくて可愛げがない』と仰います。ですが……私には、どうしても守り抜きたい教えがあるのです」


「教え、とは?」


「私の亡き母は、かつて大飢饉から領民を救うために自ら泥に塗れて奔走し、その無理が祟って病に倒れました。母が最期のベッドで、幼い私に遺した言葉があります」




 エレーナは冷たい夜風に銀糸のような金髪を揺らしながら、遠くの月を見上げた。




「『上に立つ者は、どんな困難な状況にあろうとも、決して民を見捨ててはならない。貴族の誇りとは、着飾るドレスの美しさではなく、民の命と笑顔を守る強さにあるのだ』と。……私に求められているのは、国を支える王太子妃としての責任です。愛嬌だけで、母が愛した民は救えませんから」




 一切の言い訳もせず、亡き母の願いを胸に己の正義を貫こうとする、その気高い横顔。


 サイラスはその瞬間、自分の胸の奥底で、冷え切っていた何かが熱く溶け出すのを感じた。


(……なんと、美しく誇り高い女性か)




 しかし、彼女は王太子の婚約者。一介の辺境伯が手を出せる存在ではない。ましてや自分のような血に塗れた男など。


 サイラスは静かに一礼すると、踵を返した。


「……貴女のような令嬢が中央にいる限り、この国もまだ捨てたものではないな。その図面が、無事に現実の堤防となることを祈っている」




 それが、二人の唯一の会話だった。


 以来、サイラスは中央の政治に興味を持たないフリをしながらも、彼自身の持つ強力な情報網を使い、陰ながらエレーナの誠実な領地運営を見守り続けてきたのである。

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― 新着の感想 ―
ゴミ王子がやった事に対して沙汰と補填が甘い気がするし、加担した者や派閥へどんな罰が下されたのか気になる。
王子はエレーナより一等下の罰の流刑だけど、慰謝料や加増等王族が臣下を嵌めた事に対する補償はきちんとしたんでしょうか。王子へのやや甘い罰だけに済ませたら王族自体が信用を失いそう。
どうなるのかとハラハラと楽しめました。 同じ罪なのに公爵令嬢は処刑で王子は流刑とは理不尽ですよね。 王家は反省しているなら彼女に国預りの領地を一部渡すべきですね。
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