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ヴィラとフェルネ  作者: Ono


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6/6

名前

 出会った時、名前を尋ねたら「知らない」という答えが返ってきた。ヴィラと名づけたのは私だ。そして彼女はすんなりと受け入れた。

 まだ幼いが故に、何も知らないが故に、その名に何の疑問も感じず「じゃあそう呼べばいいわ」と彼女は言った。

 旅に出て以来ヴィラは好奇心というものが発達したらしく、今になって自分の名前の由来は何だったのかと気にし始めた。何からとったのか、どんな意味があるのか、と。

 それも自分自身ではなくどうやら私が見ているもののほうにこそ興味があるらしい。

 ……私には、本当のことなど言えないというのに。


「お前はもうその名前で馴染んでくれたんだろう? だったら気にしなくてもいいじゃないか」

「べつに気に入ってないわけじゃないわ。ただ知りたいだけよ」

「言いたくないなあ」

「だから、なんで? もしかしてバカとかアホとかって意味があるんじゃないでしょうね」

「そんな名前をつけるわけがないだろう」

 実のところヴィラという言葉の意味など私にも分からないんだ。本来その名を誰がつけたのかも知らない。

 私はただ、私の知る名をつけただけだ。ヴィラ……強く、孤独な魔獣の名前。もう決して会うことのない者の名前を。


「どうしてそんなに知りたがるんだ?」

「どうしてそんなに隠したがるのよ」

 ああ、やれやれ。最近は妙に口が達者になってきたというか、性格が悪くなってきたというか。人の言葉尻を掴んで厭味なんか言ってくるのは誰に似たのやら。

 それに対して「この子も成長したものだ」と喜んでしまう私も大概親馬鹿だと思うが。


 いや、私は親馬鹿と言うに相応しいのか。

 ろくに意思疎通もしてくれなかったヴィラが、だんだん懐いて……くれているのかは不明だが、ともかく打ち解けてきたのは確かだ。そのことを喜ばずにはいられない。

 たとえそれが、叶わなかった過去の想いに縋っているだけだとしても。


 誤魔化すのも難しそうだ。ため息を吐いて開き直るとしよう。

「お前がいくら聞いても私は答えないよ」

「だったら魔法であなたの頭の中を覗いてやるんだから」

「どうぞ。自力で聞き出すのを諦めるならそうすればいい」

 にっこり笑ってやれば負けず嫌いのヴィラは言葉に詰まる。挑発されると乗らずにおれないのだ。やっぱりまだまだ若いな。


 結局、私に言われるがまま魔法を使うのは腹立たしいようで、ぶつくさ文句を言いながらも彼女は引き下がった。

「なんでそんなに隠すのよ」

「言わなければよかったと後悔したくないからだよ」

「後悔するようなことなの?」

「さあ、どうかな」

 打ち明けたら彼女は何を思うのか。ヴィラという名前を捨てるだろうか。私を憎むだろうか。一度考えれば、もうそこにしか答えがないような気がしてしまう。


 お前の名前は魔獣からとったんだよ。お前にそっくりの美しいハルピュイア。村のすぐそばに棲みついたヴィラと呼ばれる強大な魔獣は、私たちの手で狩られた。

 あれの縄張りが村の近くだったために、多くの犠牲を払いながら村人総出でようやく殺したのだ。最後の息を止めたのは私だった。

 そうしてすぐに現れたハルピュイアの幼体が、今度は私の夫と子供を殺した。

 お前の親を殺したのは私だ。私と出会ったあの時にお前が殺したのは私の家族だった。すべてを吐き出したところで彼女にその意味が分かるのか。

 私がどうしてお前と共にいるか、分かってくれるのか、ヴィラ。私にさえ分からない心の内を。


「そこに憎しみがあったとして、それだけでないのは確かだ」

「何の話?」

 そして愛情だけでないのも真実だ。

 嘘はつかない。ただ私は本当のことを語らない。黙りこくって凍りついて、ああ、騙していることに変わりはないな。

「ヴィラ……」

 誰の代わりでもなく彼女を抱き寄せて頭を撫でる。私は彼女に語る言葉を持たなかった。


 生の流れが因果ならば、あれを殺さなければ私の子は死なずに済んだのだろうか? そんなことは考えても仕方がない。

 病で死んでいたかもしれないし、他の魔獣に殺されたかもしれない。あるいは彼女ではなくあの子が私と共に旅していたかもしれない。

 やがて育った幼体を連れて、私たちの村ごと滅ぼされていたかもしれない。それらすべてが“起こらなかった事象の想像”だ。

 かもしれない。かもしれない。かもしれない。考えるだけ無駄じゃないか?


 同じ姿をしていても、同じ名前を持っていても、お前は他の誰でもない。ただ私と共に旅をしているヴィラという魔獣だよ。

「いつか、後悔する気力さえ尽きた頃に話してやる」

「……」

「……かもしれない」

「なによそれ。ちゃんと言いきりなさいよ」

 私が年老いて、もう後悔さえもできなくなったら。それでもヴィラが私のそばにいたら。きっと何もこだわらずに話せるようになっているだろう。

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