悪戯
夜になると、わたしはとてつもなく退屈だ。フェルネは眠ってしまって相手をしてくれないし、勝手に遠くへ行ったら怒られるし。あいつが起きるまでひたすら待っていなければならない。
一人でぼーっと過ごすのは平気なのに、隣で誰かが寝てると途端につまらなく思えるのはなぜかしら? 何となく、わたしだけが損してるような気持ちになる。
だけど前に一度「わたしだけ待ってるのはずるい、理不尽だ」と文句を言ったら、フェルネは「それも一理あるな」と頷いて寝るのをやめたことがあった。これで夜も退屈じゃなくなると思ってわたしは嬉しかったんだけど。
三日くらい経つ頃にフェルネの足取りがふらふらし始めた。それから怒涛のように疲れがきたらしくて、顔はいつも強張ってるし、動きは鈍いし、わたしが話しかけてもゾンビみたいな反応しか返ってこなくてつまらなくって、十日と経たずに「すまんもう駄目だ」と言い残してフェルネは倒れた。
回復魔法をかけても起きないほどぐっすりと、ずーっと眠りこけていた。
フェルネが寝込んだ時間はもちろん普段の睡眠時間の比じゃなくて、わたしはもう退屈すぎて死にそうだった。
今でもときどきフェルネは一日徹夜して相手をしてくれることもあるけれど、あくまでも無茶はしない、させないとお互いに約束を交わすことになった。
今夜のキャンプの準備が完了した。あとはフェルネがごはんを食べたら寝るだけだ。またつまらない時間がくるかと思うとすでに気分がくさくさする。
「ヴィラ、ちょっと水を汲んでくるから待っててくれ」
今日は久しぶりにいい肉を手に入れたとかで、フェルネは上機嫌だった。自分だけ寝るくせに贅沢して、なんて、それすらむかつく。
近くにある泉に向かうフェルネの後ろ姿を見送って、ちょっとからかってやろうという気持ちになった。
ちょうどよさそうな隠れ場所を探す。森の中なら隠れ場所はいくらでもあるけれど、フェルネの視点よりも低いところはすぐに見つかるからだめだ。
ふと見上げると、近くに切り立った崖がある。そんなに高くはない。あの上にいれば見つからないんじゃないかしら? わたしは飛ぶのがへただから、あいつがわたしを探すときには下ばかりを探すんだ。
足音がゆっくり戻ってくる。水を汲んだから歩くのが遅くなっている。フェルネの視界に入る前に浮遊魔法で崖の上にのぼって、一気に高くなった視点からフェルネの姿を見下ろした。なかなか気分がいい。
「お待た……せ? ヴィラ?」
水を鍋にあけて火をつける。刻み終えた野菜を見つめ、しゃがみ込んだまま何も言わない。……つまんない。無反応じゃ面白くないじゃない、顔を出してそんな文句を言おうとした瞬間、フェルネがはっと顔を上げた。
「まさか……さらわれた!?」
馬鹿みたいな言葉を発して勢いよく立ち上がる。フェルネの膝が鍋にぶつかって水が零れ、せっかく大きくなりつつあった焚き火を消し去った。フェルネはそんなことにも気づかない。
剣を抜き払ってあたふたと辺りを見回しながら、立ったり座ったりわけの分からない行動をとっている。風で葉っぱがざわめいて、フェルネの肩がびくっと震えた。
「なんだ!? ゆゆゆ誘拐犯か!?」
普通は思わないんじゃないの、魔獣が誰かにさらわれたなんて。薄々そうじゃないかとは思ってたけれど、やっぱりフェルネって人間の中でもかなり馬鹿なんじゃないかしら。
「くそッ、私が目を離したばかりにヴィラが危険な目に……出てこい! その子に妙なことをしたら鼻の穴に腐葉土を詰め込んでやるからな!」
地味に嫌な脅し文句ね。っていうか、本当にさらわれたと思ってるの? フェルネの体が怒りか絶望かで震え始めて、姿を現すタイミングを逸してしまった。今出たら怒られるかな。
「ヴィラ……どこにいるんだ……もうここにはいないのか?」
ついにフェルネは剣を胸に抱きしめて涙目になった。なんか変。存在しない誘拐犯に怒っているだけじゃないみたい。
首を傾げつつさらに観察してみると、さっき零した水を自分で踏んで、妙な音と感触にフェルネは情けない悲鳴をあげた。
……もしかして、夜の森に一人で取り残されたから怯えてるとか。……お化けが出たらどうしようって。
「ああ……金ならいくらでも払うから、ヴィラを……返してくれ!」
もうちょっと待ってたら本当に泣くかもしれない。なんだか楽しくなってきて、つい崖から身を乗り出したら。
「わ、あああッ!?」
落ちた。咄嗟に翼を広げるのも忘れて転げ落ちた。
突然崖から落ちてくる何かに仰天するフェルネの姿を見そびれちゃった。あーあ。
やっと落下が終わって翼の隙間から顔を出したら、失神寸前で逆さまになってるあいつがいた。いや、逆さまになってるのはフェルネじゃなくてわたしのほうだ。
じたばたともがいているわたしをしばらく呆然と見つめてから、いい加減に手足が疲れてぐったりしてきたところで、やっと立ち直ったフェルネが口を開いた。
「おかえり、ヴィラ……」
「た、ただいま」
ショックが大きすぎてうまく思考が働いてないみたい。どうやら怒られずに済みそうだけれど、そんなことより早く起こしてほしい。
「……よかった。お前は誘拐されるし、お化けは出るし、私はもうだめかと思った……」
「ぐえっ」
仰向けの体勢のままフェルネがわたしを抱きしめる、というかのしかかってくる。フェルネの腹に顔が埋まって息ができない。
わたし、誘拐なんてされてないし! お化けも出てないし! 大体わたしは魔獣なんだからフェルネにとってはお化けみたいなものだし。
どうやら本気で泣いているらしい顔も、この体勢じゃ見られない。
「んもーっ、わたしが悪かったから、どいてよ!」
これじゃ割に合わない。いくら退屈だからって、フェルネで遊ぶのはほどほどにしよう。……そう決意させられる出来事になった。




