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ヴィラとフェルネ  作者: Ono


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3/6

人間

 目の前には血溜まりが広がって、そこにふたりの人間が沈んでいる。もう事切れてるそいつらはフェルネと同じような大きさをした男と、フェルネよりもっと小さい子供だった。

 こういう光景を見るのは二回目だ。べつにわたしが二回しか人間を殺してないわけじゃない。でもこんな風に変な感じになったのは二回目だった。

 一回目は初めてフェルネに会ったとき。どうしようもなく飢えていた。抑えきれないほどにいらいらしてるところへちょうど人間がやってきたから殺した。血の中に顔を埋めて死肉を漁ると少し気分が落ち着いたのを覚えている。

 その後フェルネに連れ去られてからは、ああいう飢餓感に侵されることはなくなったけれど。


 今日、いつも通りにフェルネが町へ買い出しに行って、わたしは人間のこないところで待っていた。そこに二人連れの人間が現れた。わたしに気づかずに、あっちから近づいてきたんだ。

 そのとき自分が何を考えてたのか、今はもう思い出せない。フェルネの荷物からぼろ布をひっぱりだして被り、人間のふりをした。


「ねえ、あっちで誰か倒れてるの」

 口をついて出た言葉に大きな男のほうは焦っていた。どこだと慌てた声は、きっとその誰かを助けるつもりだったのだろう。誰も倒れてなんかいないのに。

 馬鹿なやつめと頭の中で嘲笑いながら、わたしもなぜか少し焦っていた気がする。

 わたしは二人を先導して、さも重大そうな顔をして走った。ぼろ布が鉤爪にまとわりつく。走りにくくて、何度か転ぶ内に男がわたしを抱え上げた。背中に自分の子供をおんぶして、こっちだな、すぐに助けるとか何とか言いながら。

「うん? 誰もいないぞ。一体、どこに――」


 気づいたらフェルネとの待ち合わせ場所からずいぶん離れていた。これなら血の匂いだってきっと届かない。

 ……なんでわたしは離れたんだろう? その場で殺してしまってもよかったのに。同類を殺されてフェルネが怒っても悲しんでもわたしには関係ないのに。

 わたしが殺したければそうすればいいだけなのに、どうして隠れようとしたんだろう。なんとなく、フェルネには知られちゃいけないと思っていた。


 自分に何が起きたのか分からないまま死んだやつらが地面に崩れ落ちたとき、わたしもよく分からないけれど笑い出したいような気分だった。

 人間を殺したらすっきりする。あの親子が、前にわたしを驚かせたあの二人のように見えたから、余計に。

 ずっと気持ち悪かったんだもの。わたしが殺した人間も、そこに現れたフェルネも。人間のくせにわたしを拾って、育てるなんて意味の分からないことを言い出したフェルネが。

 わたしが変なもの感じ始めていることを、分かってるくせに何も言わないあいつが気持ち悪かったから、だから。


 わたしは人間の気配を感じるくらい簡単だから、フェルネを探すときにはどんなに遠く離れててもすぐ見つけられる。なのにこうして意識がどこかよそへ向いてると、あいつが真後ろに立っていてさえ気づかない。

「襲われているようにも見えなかったな」

「……フェルネ、おかえり」

「ああ。ただいま」

 いつ戻ってきてたんだろう。いつから見てたのかな。確かなことは、フェルネが怒っても悲しんでもいないことだった。


 はあ、と大きなため息を吐いてフェルネはしゃがみ込み、返り血まみれのぼろ布を剥がしてわたしの頭を撫でた。

「誰が倒れてたって?」

「今、そこに倒れてるもの。嘘ついてないわ」

「お前が倒したんじゃないか。まったく、屁理屈まで覚えてしまって」

「騙されるほうが悪いのよ」

 人間を殺した。だからなんだ。それがどうした。そう思ってるのに、怒りもしなければ悲しみもしない、ただ少し寂しそうに笑うフェルネが、とてつもなく気持ち悪かった。


「もう殺さない」

「べつにいいんだよ、ヴィラ。お前は魔獣なのだから」

「もう殺さないから!」

 だから。……だから、何だっていうの?


 フェルネは人間の死体を放ったらかしたままわたしを連れて待ち合わせ場所に戻ってきた。

 枯れた大木に寄りかかり、町で手に入れてきたばかりの荷物を整理している。わたしはどうしたらいいか分からなくて、少し離れてそれを見守っていた。


 旅に出る前は、「必要もなく人間を殺してはいけない」と言っていた。さっきのは必要だったのかしら? わたしはあいつらを殺したいと思った。でも殺さなければいけない理由はなかった。

 近づいて見上げると、黙ったまま見つめ返してくる。謝ろうかやめようかと迷う。だって悪いことなんかしてないんだもの。フェルネが何を考えてるか分からないのが嫌なだけ。


「私が手を出したから、半端に人間らしくなってしまったんだろうな」

 不意に目を細めて苦笑しながらそんなことを言う。後悔しているわけではなさそうだった。

「誰かが怒っても悲しんでも、お前が気にすることはないんだよ」

 お前は魔獣だからという、いつもの言葉は続かなかった。フェルネは怒っても悲しんでもいないじゃない、そう訴えるわたしの視線が届いたせいかもしれない。


 フェルネがわたしの翼の下に両手を差し込み、抱き上げて膝に乗せられた。

 目の前の人間が内側に抱えた何かがわたしの中にまで流れ込んできそうで、ひどく居心地が悪いのに、逃げられもしない。きっと一緒にいるのに慣れすぎたんだ。

「私は、やっぱり人間だから、傷ついてしまうんだ。ごめんな、ヴィラ」

 よく分からないけれど、べつにフェルネが謝ることじゃないと思った。わたしと同じくらい、フェルネは悪いことなんかしていないもの。

「人間のようになってほしいなんて思わないのにな」


 でも……もしかしたら、わたしが悪かったのかもしれない。人間のふりをしてあいつらがそれにすっかり騙されてしまったから。まるでお互い近づこうとしているみたいに感じたのかもしれない。わたしも、こいつも。

「殺したいだけ殺せばいい。ヴィラが怪我をしなければそれでいいよ」

「わたし、そんなにまぬけじゃないわ」

「そうだな。ありがたいことに」

 人間を殺してはいけないとは思わない。殺したいとも思わない。フェルネ以外はみんな同じで、特別な存在じゃなかった。だから少なくともフェルネがわたしのそばからいなくなるまでは、もう他の人間を殺さないでおこう。

 また変な感じになってしまったら、気分が悪いもの。

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