一日
わたしが散々「もっと相手をしろ」とか「明日もきなさい」とか引き留めて駄々をこね続けた結果かな。それとも他になにか理由があったのかもしれないけれど、とにかくフェルネはもう村に帰るのをやめたらしい。
その日いつも通りにわたしを訪ねてきたフェルネは、わたしを連れて村から離れ、わたしたちはそのまま旅に出ることになった。
フェルネは愛用の剣を腰に提げて、荷物の中にはその日の夜の食料と水しか持っていなかった。「本当はヴィラみたいに身一つで済むのが理想なんだがな」と言って笑う。
ねぐらに遊びにきているときは特に考えていなかったけれど、そういえばこいつは人間だったのだと思い出す。
旅に出るっていうのは初めてのことだ。いろんな場所を旅しよう。フェルネはそう言った。せっかく生まれたんだから世界を見よう、って。
どこから見たって世界が変わるわけじゃないのに。へんなの。
わたしの様子を見にねぐらを訪れていた頃のフェルネの行動から、人間というのが朝に起きて夜になれば寝るものだと知っていた。でも実際に何日か一緒に過ごしてたら、こいつの一日の動きはもっとごちゃごちゃしてるっていうことが分かる。
朝、目を覚ます。食事の準備をしながら身仕度を整えて、朝ごはんを食べたら昨日の夜営を片づける。フェルネは荷物をたくさん持ち歩くのが嫌い。鞄に突っ込むのは旅の始めに人間の集落で買った小さな鍋とナイフだけ。
それらを背負ってぶらぶらと歩く。魔獣が襲ってきたらわたしが戦って倒して、人間が襲ってきたらフェルネが話して追い払って、襲ってこない誰かとすれ違うときには、わたしはフェルネの鞄に隠れている。
太陽が頭のてっぺん辺りにきてお腹が減ってきたら、朝と夜よりも雑な食事を摂る。
だだっ広い砂漠を行くこともあるし、何日もかけて険しい山を越えたりもする。水場があったら飲み水を確保して、服や荷物を洗ったり、時にはフェルネも水浴びをする。
フェルネの旅は、何かをしようという目的地がない。ただただ気の向くままに歩いて行く。
なんやかんやと起きるから退屈はしなかった。ねぐらでひとり、ぼーっと過ごしてるよりはたぶんわたしも楽しんでいる。
そうしてフェルネの食料が尽きそうになったり、道具や衣服が駄目になりそうなときはまた人間の町に立ち寄る。わたしの姿を他の人間には見せられないから、人に気づかれないよう離れた場所で、隠れてフェルネを待っている。
日が暮れたらまた寝床の準備だ。簡単に食う場所と寝る場所を作ってから、火を起こしてフェルネが料理をする。話しながら食べて、終わったらまた話して、そのまま朝まで話したり、明日はどっちに行こうなんて言いながら眠りこけたりする。
寝るときにフェルネはなぜかわたしを抱え込んで眠った。それは昔から変わらなかった。わたしのねぐらを訪ねてきて、そのまま泊っていくときだってそうしていた。
以前は、たまにしか会わないからそうするのかと思ってた。でも買い出しに行くとき以外は毎日一緒にいる今でも、やっぱりわたしを抱え込んで寝る。なんでだろう?
夜は冷えるから、なんて言いながら、わたしの人とは違う体温でフェルネの体はもっと冷たくなる。ひょっとしてとんでもなく頭が悪いのかしら?
そうする理由についてフェルネに聞いたことはない。「寝てる間に逃げられたら困るからだよ」とか言われたら、反応に困るもの。何となくフェルネなら言いそうだと思う。たとえそれが本心じゃなくっても。
今また、近くの集落で食料を買い足してフェルネが戻ってきた。
「人間って、面倒ないきものね」
魔獣だったら簡単なのに。生まれたときにはもう死ぬまでに必要なすべてが備わってる。あとは強いか弱いかだけだ。
わたしも肉や草を食べることはできるけれど、食べなくたって餓えはしない。世界に満ちる魔力があれば魔獣は存在し続けられる。殺して食う、それで終わりだ。
毒があっても生でも腐ってても、わたしより弱いものなら糧にできる。まずいものは食べたくないけれど。
他のことだってそう。朝起きて夜眠るなんて繰り返しはなくて、好きなときに動いて飽きたら止まるだけ。じっとしていればすぐに体力は戻ってくる。そもそもそう簡単に疲れたりしない。服だって着なくていいし、誰かと話さなくても風が吹けばすべての情報が手に入る。
わたしが顔をしかめていると、フェルネはこっちを見つめて面白そうに笑った。
「命を惜しみたいから面倒を耐えて生きるんだろうな」
「分かんない。面倒なら捨てたいものじゃないの?」
「愛着があるふりをして、もったいないと思いたいのさ」
……わたしだって、面倒臭いフェルネを捨てようと思っていない。手間がかかるから関わる時間が増えて、だから愛着とかいうのが沸いてくるのかしら?
生きるのは簡単だ。ただそこに在るだけで済む。
わたしみたいな魔獣は、死んだら消える。何も残らない。残したいとも思わない。わたしがいなくなったら、わたしの存在を覚えてるやつなんかいない。フェルネ以外は。
そのことを何とも思わないくせに、フェルネがいなくなったあと、フェルネのことを覚えているのがわたしだけだという事実は、なんだかとても面倒に感じる。
生きるのは面倒だ。人間は面倒臭い。……わたしも最近、生きるのが面倒になってきた。
フェルネはわたしに、「人間みたいになれ」とは言われない。わたし自身がそうしたいのかも分からない。でもとにかく、ずっと一緒にいるせいでフェルネに馴染んでしまったんだ。




