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第九話

 冒険者人生の半分くらいは埋まっただろうと思うような三日間も終わり、俺とスロウはようやく普段通りの生活に戻れた。

 などということはなく。


「いやぁ、大盛況だね」

「全部断っておいて」

「はいよ」


 ふんふんふん、と鼻歌を奏でながら村のギルドのお姉さんが持ってきた書類の束をビリビリに破いていく。その様子を見ながら、紙がもったいないな、と別方向の心配をした。

 ちなみに隣ではスロウがほえー、と間抜け面である。


「何かよくないこと考えたでしょ」

「間抜け面」

「はっきり言えば許されるわけでもないですからね!」


 そういうとヌヌヌと音を立てながらスロウが俺に乗り上げてくる。そう、現在こいつは芋虫状態である。状態っていうか本体か、ともかく、人型に擬態していない。理由は簡単で、今人型だと疲れるからである。


「というかミミックロウラーの表情変化とかよく分かるね」

「いや、ミミックロウラーのは分からないって。俺が分かるのはスロウだけ」

「あー。そういうことね。はいはい、お姉さんコーヒー飲みたくなったわ、ブラックの」


 俺の背中で多足をわしゃわしゃさせているスロウに一発チョップをお見舞いしつつ、意味がよく分からないお姉さんのげんなりしたあれそれをスルー。

 そうしながら、それで、いい加減周知は出来たのか、と問い掛けた。


「まあ流石に公爵令嬢様が直接来たら諦めるしかないでしょ」


 いやぁ、あの時のドラ息子の顔は最高だった、とギルドのお姉さんは机をバンバンと叩く。どうやら今回の件だけで当分は笑いに困らないらしい。

 さて、それで何がどうなったのかと言えば。まあ単純なことで、こんな田舎に聖女なんていうエリートが誕生したもんだから、そりゃもう村全体で大騒ぎ。これで村の住人だったり、あるいは俺だったりすればまた話は違ったのだが、聖女になったのはスロウである。村のほぼ全員が既に知っているとはいえ、村に住んではいるものの住人として登録されているわけではあらず、登録書類は俺の使役モンスターというものだけ。

 当然この使役モンスターと聖女は別人だという噂が流れに流れて、聖女様はこっちの村にいるべきだの町に来るべきだの言い出す連中がぽこじゃかあらわれた。そしてその都度ギルドのお姉さんが、この人達公爵家のお付きの冒険者だけどそういうことしてええんか? ん? と脅しをかけて退散させていたりした。まあそれもあって俺達はこの人に大分頭が上がらない。ついでにスロウも大分懐いた。今こうして芋虫の本体でだらけるくらいには。

 ともあれ。そんな感じで撃退していた中に、厄介なのが混じっていた。隣町――この間のウッドベアの出た方とは違う方向の隣町に、なんというかいかにもなドラ息子がいたのだ。聖女、美少女、という二つのキーワードを聞いて、何としても自分のものにしたいと色々圧力を掛けてきたらしい。地方のドラ息子の出来ることなんざ高が知れてるが、しかしされる方も地方の田舎者だ。別段地位とかコネとかそういうのと無縁な生活を送っていたうちの両親は、その辺の圧力でちょっと困ってしまった。

 ちょっと、で済んだのは、即座にセフィがすっ飛んできたからである。公爵家所属の冒険者であり、また公爵家令嬢セフィーリアの命を救った聖女に、そしてその保護者に何をする気だ? とまあそんな感じの圧を逆に掛けられた結果、半泣きになりながら土下座して逃げていったドラ息子の出来上がり。会合はギルドで行われたのでお姉さんはその光景をバッチリと目撃して、そしてドラ息子が逃げた後に笑い過ぎて呼吸困難で倒れた。スロウの回復魔法が必要なほど笑い転げるって相当だぞ。

 そんな経緯もあり、まだその事件が起きる前から用意していたのであろう依頼が手続き上は問題ないので回ってきたりして、それをその都度今みたいにお姉さんに処分してもらって。などとやっているうちにもう属性曜日の一回り、一週間の八日が経った。まあ一週間の最初三日くらいで騒動は終わったので後はほぼ事後処理だったが、それらでスロウは大分疲れたらしい。人間めんどくさい、と最近は芋虫でいる割合が若干増えている。


「まあでもセフィちゃん先輩も忙しそうでしたし」


 先程の会話でこの間のことを思い出したのか、机に乗り出した芋虫がそんなことを呟く。

 セフィはサポートをすると言ったからには、と何がどうなってもいいよう根回しなどを即座に進めたらしい。が、いかんせん重要な貴族関係の方を優先したせいで、田舎の謎ネットワークの速さに対処するのが一歩遅れてしまったのだ。申し訳ありませんでした、と謝るセフィは大分疲れていたのが目に見えて分かったので、そこまで無理しないでいいから、とその日はスロウを抱き枕にさせて強制的に休ませた。目が覚めた時、何か負けた気がします、と呟いていたのはまあ、聞かなかったことにしょう。芋虫抱えて気持ちよく睡眠って想像すると割と嫌よね。


「ところで」


 そんな感じでダラダラしていると、ギルドのお姉さんが俺とスロウを見ながら人差し指を立てた。そのままビシリとそれを俺に突き付ける。


「そろそろ新しい依頼受ける?」


 さっきのみたいなのじゃないやつ、と指を今度は依頼掲示板に向ける。公爵家所属になったとはいえ、じゃあそっちの依頼しか受けてはいけないかといえば勿論そんなことはなく、ただ向こうの要請を優先する、というだけの話だ。俺達の場合優先すらしないでもいいのだろうけれど、流石にそれはなけなしの良心が痛む。というか普通に友達の頼み事を優先するに決まってるだろ、となる。

 とはいえ、別に今のところセフィから何か依頼が来ている、ということもないので、俺はお姉さんに言われるまま依頼掲示板へと足を進めた。横にはもぞもぞと追従してくる芋虫がいる。


「ミミックロウラーでも討伐しておきますか?」

「何でだよ。お前同族に恨みでも……ないことはないか」

「別にそういうわけでもなかったんですけどね。こーゆー時って原点に立ち返るとか聞いたことがありましたし。他のがいいなら」

「あのな。俺達そういうの三日しかやってないんで、ミミックロウラー、ウッドベア、月の大聖女の三択しかないだろうが」

「三つ目が明らかにおかしいね」


 ギルドのお姉さんがツッコミを入れたら、そこは反論出来ないのでそうですねと返す。スロウは気にせず、じゃあウッドベアですか、とうねうねしていた。


「だから別に原点に立ち返りたくもないし、というかそもそも俺達原点から別に進んでないんだよ」

「そーなんですか?」

「そうだよ! だから受けるなら別の依頼、ほれなんか探せ」

「はーい」


 常駐依頼の芋虫退治を却下して、他の貼ってある依頼を眺めていく。まあいかにも村のギルドの依頼って感じで、下級のモンスターか、あるいはウッドベアくらいの下級の上澄みがちらほらといったラインナップだ。普通ならばここで他の下級モンスターと戦い経験を積むべきなのだろうが、あまりにも濃いあの三日のせいで、自分の心が刺激を求めている気がしてどうにも惹かれない。そういう考えが後々死を招く、というのは分かっているのに、だ。


「駄目ですよエミル。月の大聖女さんにも言われたじゃないですか」

「ぐぅ」


 あの時の、『非の打ち所のない悪徳』の件だ。俺の潜在能力は割と万能のセンスらしく、やろうと思えばある程度何でもこなせるらしい。が、悪徳、と言われるからにはそこには罠がある。まあ早い話が俺の性格の問題だが、そこで調子に乗るとあっさりと転落してそれまで、というわけだ。というか本来はそういう風に適当なところで転落して野垂れ死んでいたような才能だったらしい。


「スロウのおかげかしらね。彼女と出会ったことに感謝するのよ?」


 そんな愉快なジョークを言っていたが、まあスロウと出会ったことで確かに好転しているような部分もあるので、そこは素直に感謝しておこう。今の注意とかもな。

 ともあれ。じゃあまあ地道に行くかと適当な下級モンスターとかその手のあまり危険度の高くない依頼を選ぼうと思ったその時。


「ん?」


 一枚の依頼書が目に入った。危険度はそこまで高くないが、書いてあることが中々に不穏だ。が、俺が気になったのはそこではない。

 どうしたのか、と芋虫がぬるりと俺の横で上半身を持ち上げ視線の先にあった依頼書を眺めていたが、やはり同じところでんん? と首を傾げていた。


「これ、この間のドラ息子ですね」

「だよなぁ」


 依頼者、というか被害者というか。なんでも、向こうの町から少し離れた場所にかつて貴族の住んでいた廃屋敷が存在していて。町からそこに向かう途中の道でボコボコにされていたドラ息子を発見、目を覚ましたドラ息子が依頼を出した、らしいのだが。


「廃屋敷には美しい少女が住んでいて? しかしそこは呪われた屋敷で? 少女を守るために戦いを挑んだが惜しくも敗れて? 少女は救いの手を待ち続けているのだから、誰か助けて欲しい?」

「自分で行けばいいのに」

「多分ボコボコにされて怖くなったんだろ。あるいは、何か隠してる」


 ギルドのお姉さんに声を掛け、この依頼なんだけどと今の依頼書を見せる。それを見たお姉さんは、俺達と同じような表情を浮かべ、そしてドラ息子の名前を見て一瞬吹き出し、最後に少し真面目な表情に戻るとちょっと待ってねと事務室へと向かっていった。


「あったあった。うん、これやっぱりここに、というかエミル君とスロウちゃん用に出した依頼だね」


 近隣のギルドに通信魔道具で連絡を取ったところ、そんな依頼は出ていない、との返事が来たらしい。当のドラ息子がいる町ですら、だ。


「罠?」

「流石にそんな回りくどいことはしないだろ……多分」


 というか二度目は公爵令嬢セフィーリアも流石にキレるぞ。そんなことは重々承知だろうから、考えられるのは聖女を頼って出した依頼、ということになるわけだが。


「これまでのとはちょっと毛色が違う感じしますね」

「だよなぁ。どうする?」


 さっき断ってビリビリにしたのとは違い、文章こそアレだがどこか切羽詰まったものは感じられる。となると、やっぱり。


「わたしはエミルが行くならついていきますよ」

「……じゃあ、お前がついてくるなら、ちょっと行ってみるか」

「えっへへ~」

「あー、お姉さんまた急にブラックコーヒー飲みたくなったなー」







 そうして辿り着いた町で、依頼者であるドラ息子に出会ったのだが。


「なんか、随分様子がおかしかったですね」

「いやまあ、最初から様子はおかしい男だったけどな。でも」


 町中だからと流石に今は人に擬態し直したスロウの言う通り、様子がおかしいというのは確かにその通りで、俺達を見るなり助けて欲しいと言い出したのだ。やっぱり来てくれた、と泣きそうになっていることから、割と本気で困っているのは伺えたが。


「えっと? なんでしたっけ? 悪役令嬢に殺される?」

「娯楽小説の読み過ぎだろうか」


 曰く、廃屋敷には断罪され堕ちた令嬢が住み着いており、呪われた空間になっている。そこで少しでも令嬢の気分を害すれば命はない。


「生きてますよね、あの人」

「自分は特別だったってことじゃないのか?」


 なんだっけ、思春期特有の万能感のやつ。そんなことを思っていたらスロウに、エミルの『非の打ち所のない悪徳』みたいですね、と言われて盛大な心のダメージを受けた。え? ひょっとして俺の評価ってそういうこと?


「とにかく。まあその廃屋敷に『何か』がいるのは間違いない」

「悪役令嬢っていうのがいるんじゃないですか? それってどういうモンスターなんですかね、増えます?」

「モンスターじゃなくて、小説の登場人物の役割だ。主人公とかヒロインの敵役の女性、だから悪役令嬢」

「何か詳しいですね」

「お前の練習に付き合ってる時に小説ちょっと読んでたからな」

「あー、そういえば」


 途中からは冒険者の教本になったけど。そういえばスロウもその辺の本ちょくちょく読んでたような気がするんだけど、覚えてないんだろうか。

 そこまで考えて、こいつまさか教本読んで全部実践して覚えたとか言わないよな、と疑問が思い浮かんだ。まあだとしても今更どうした、である。まあいいや。

 とにかく、まずはその廃屋敷とやらに行ってみないことには始まらない。ドラ息子から貰った地図を頼りに、町外れの道を歩いていく。その道中、スロウがあれ? と声を上げた。


「どうした?」

「多分野盗とかその辺の犯罪者がどっか近場で死んでますね」

「さくっとアバウトに怖いこと言うな」


 モンスター特有の感覚というやつだろうか。そもそも何でそういう野盗やら犯罪者やらだって分かるのかと問い掛けたら、そういう人間は特有の匂いがするのだ、と返答された。


「獲物の選り好みするのに便利らしいんですよね。わたしは人食べたことないんで分かりませんけど」

「何か今お前が凄くモンスターなんだなって実感した」


 いやまあ割と普段から実感はしてるんだけど。とにかく、野盗が潜んでいるじゃなくて死んでるってことは誰かにやられたってことだろう。ここでそういうのが転がっているとするならば、殺ったのは誰かという話になり。


「悪役令嬢が殺したんですかね」

「何か段々モンスターの名前みたいになってきたな」


 どちらにせよ、その答えはもうすぐ分かる。足を進めた先には成程確かに廃屋敷だ、と一目で分かる朽ちた建物がある。人は辛うじて住めるかもしれないが、こんなところに令嬢が好んで住むとは思えない。

 行きますか、とスロウが述べ、ああ、と俺も答える。廃屋敷の門を進み、屋敷の扉をゆっくりと開けた。きしんだ音を立てて開いた先に広がるのは、当時であれば豪華であったであろう朽ちたエントランスホール。二階に続く階段もボロボロで、上がったらそのまま崩れてしまいそうだ。

 そんなエントランスの二階から、ゆっくりと人影が降りてくる。コツコツと音でもすればまだしも、その人影からは足音がしない。フリルの付いたゴシックドレスを着たその人影は、まさしく令嬢。膝や足首どころか足先すら見えないほどの長さのスカートを揺らしながら、薄く赤紫がかったウェーブロングの髪をなびかせ、ツリ目気味の黄色い瞳がこちらを見詰めている。その顔立ちは、成程ドラ息子が美しい少女と評したのも分かるような気がした。


「あら? お客様かしら?」


 鈴を鳴らすような声。思わずそれに身構えると、眼の前の令嬢はクスクスと笑った。別に取って食べるようなことはしないのだけれど。そう言いながら、一歩一歩階段を降りて、俺達のもとへと進んでくる。

 そうして、お互いの距離が縮み、会話をするのには十分な距離になったタイミングで。


「は? あんた、ミミックロウラー!? 嘘でしょ!?」

「エミル。この悪役令嬢、トリックモスです」


 令嬢は目を見開き、先程の余裕を持ったのとは全然違う口調で叫び。対するスロウはどこかあっけらかんと事実だけを述べるようにそんなことを言い放った。

 ああ、成程。人の選り好みするような感じで、モンスターの存在もある程度分かるのか。また一つ賢くなったな、うん。

 だからどうした。どういうことだよこの状況。



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