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第七話

「でっかーい街ですね~」

「そりゃ、城下町だからな。隣町とも規模が違うだろ」


 冒険者生活三日目。一日目が村、二日目が隣町。そして今日は城下町と舞台のレベルがどんどん上っているような気がしないでもないが、まあ街の規模と問題の規模は比例しないだろうから。

 そうは思うのだが、現在の問題は目下スロウの聖女認定である。セフィが、ベルンシュタイン公爵家の令嬢セフィーリアが色々と期待していることもあり、適当や程々、という感じでやるのには中々難しい。というかそうする気がない。

 なので、必然的にちゃんと頑張って聖女認定をクリアしなければならないのだが。スロウが、である。これに関しちゃ俺は応援しか出来ない。


「エミルに応援されればそれだけでわたしは最強になれますよ」

「ふふっ。だそうですよ、エミルさん」

「いやだから応援はしてるっつってんだろ」


 ここで落ちればいいとか言うのは捻くれ者を通り越してただの逆張り馬鹿野郎だ。流石にそこまで落ちた覚えはないので、俺は二人の言葉に素直に返す。

 それよりも、だ。問題なのはその過程で、俺も月の大聖女との遭遇に巻き込まれないか、ということだ。いや、違う、巻き込まれないか、じゃない。絶対巻き込まれるのでどうすればいいのか、だ。


「そんなに心配なさらずとも。月の大聖女様は穏やかなお方ですよ」

「これについては流石に信用出来ない」


 すぐ横で鼻歌歌ってる、その手の印象と実際がかけ離れている実例がいるので、セフィ相手でもはいそうですかとはいかない。横で若干不満げな芋虫はガン無視した。


「私としても、スロウさんがその実例だといわれましてもいまいち理解が」

「じゃあ聞くけど、こいつの見た目だとどんな感じの性格だと思う?」

「優しく素直な可愛らしいお方だと思います。実際もそうでは?」

「実際もそーでは?」

「何だお前。いや実際は別に優しいとか素直とかそういうのが出てくるような言動とか行動してないだろ」

「してますぅ」

「まとわりつくな鬱陶しい」


 あと何か微妙に芋虫っぽい動きを人型ですると、目立つのとセフィがトラウマ刺激されるからやめろ。俺の言葉に、はーい、と体勢を元に戻したスロウは、そのままドヤ顔でほら素直じゃないですかとか抜かした。


「セフィの言う素直ってこういうのか?」

「……返答は差し控えます」

「セフィちゃん先輩まで!?」

「ほら見ろ。そういうのは素直って言うより子供っぽいっていうんだよ」

「むー。でもまあ成体とはいえ年齢的にはエミルと同年代ですし、まだ子供でも間違ってないじゃないですか?」

「ああ言えばこう言う。素直じゃないな」

「むー。むー!」


 ぽかぽか、というより割とゲシゲシと俺をぶん殴ってくるスロウに一発チョップしてから、まあ性格についてはこの辺にして、と話題を変えるような戻すようなジェスチャーをした。

 そうしながら、俺はセフィに問い掛ける。じゃあこいつの正体については? と。


「……見た目と、種族は確かに一致しません」

「別に、擬態ですよ?」

「ミミックロウラーにしては完璧過ぎるのです。ここまで可愛らしい少女になれる個体など、聞いたことなどありません」


 そう、セフィはそういう風にスロウを結論付けた。だから結局見るまで俺も結論付けられない。だから不安だ、というわけで。


「ただの屁理屈では?」

「エミルは捻くれ者だから」

「ほっとけ!」







 そんなこんなで城下町を歩き、一際大きな、というか城に辿り着く。城下町と銘打っているこの都市は、この国の王都というわけではない。国王が住んでおられる王城のお膝元の街が王都、そしてそれとは別に国の領地の管理を任せられた大貴族が構える城のお膝元が城下町、というような区別がされているのだ。正式に、というより俗称に近いけどな。正式にはどこどこの公爵、あるいは侯爵とか伯爵の直轄地の何々町みたいなのがあるが、まあ大抵の人は自分の村だの隣町だのでっかい場所は城下町だの言うわけだ。

 ともあれ。そういう意味合いではここはベルンシュタイン公爵家の直轄地であり、俺達の周囲では一番でかい街だ。公爵様の建物はまさしく城で、だからこそここが城下町と呼ばれるわけで。


「セフィ」

「どうされました?」

「今更だが、俺達言葉遣いとか、あと服装や立ち振舞って大丈夫なのか?」

「服装? 服やアクセサリーは基本自分の吐いた糸で出来てるんで、何か問題なら作り変えますよ、わたしは」

「お前そういうとこ便利だな」

「えっへへ~。もっと褒めてもいいんだぞ、ですよ」

「調子に乗るな」


 そもそも俺の問題であって、お前自体の心配はしてないんだよ。スロウはセフィが聖女認定させたくて連れてきたので、まあ認定時に性格に難アリとかそういう部分で減点されても、基本的にはお咎めがないはずだ。だから問題は付き添いで来ているだけの俺になる。


「私の大事な友人です。そこに文句は言わせませんわ」


 そんな心配を真っ向から切って捨てた。そこに嘘は微塵もなく、そうは言っても他の誰かに何か難癖を、などという杞憂も挟ませない意志が見える。

 そうしながら、彼女はですので、と俺とスロウに向けて微笑んだ。


「門を通っても、これまでと変わらず接してくださいな」

「これまでと変わらず、ね。まあとりあえず公爵令嬢セフィーリア様とか呼ぶなってことでいいのか?」

「勿論」

「はーい。分かりましたセフィちゃん先輩」

「お前分かって、は、いるんだろうけど……なんかこう」


 まあそういうしがらみって人特有みたいなもので、その辺の森をもぞもぞ動いていた芋虫には関係ないか。そう結論付け、俺も改めてセフィはセフィでセフィーリアではない、と心中で反芻した。

 そんな感じで門を通り、そして客人と会話をするであろう場所に通され、やってきた公爵様にはこちらが何かを言う前に娘の命を救ってくれて感謝に堪えないと逆に頭を下げられた。何故に。


「あの、先程の会話を行っておいて何ですが。あなた方は死した私を《リザレクション》で蘇生回復して救ってくださった大恩人ですので」

「いやでも俺は指示しただけであれやったのスロウだし」

「エミルに言われて出来るからやっただけですし」

「……そういうところが、お二人の素晴らしいところです」


 ともあれ。娘の命の恩人で友人ならば何を遠慮することがあろうかと公爵様からのお墨付きも貰ったので、俺の肩の荷が一つ降りた。ちなみにまだでかいのが乗っている。


「ふふっ。先程のお父様との会話で、これからも同じように行くのではと気持ちも楽になったのでは?」

「なるか。むしろ余計に心配になったわ」


 揺り返しが来るんじゃないか。そういう不安が頭をもたげるのだ。眼の前でクスクスと笑うセフィにそんな事を言いつつ、それでスロウの聖女認定はどうやるんだと問い掛けた。もうここまで来てしまえば、やるならば早い方がいい。

 そうですね、と俺の質問に少々考え込む仕草を取ったセフィは、まずは、とスロウに向き直った。そちらの準備はどうでしょうか、と。


「準備と言われても?」

「主に心の準備ですが、まあ、スロウさんならば必要はありませんか」

「何かセフィちゃん先輩も段々わたしの扱いぞんざいになってません?」

「まさか。私はスロウさんを信頼しております。これまでの友人――友虫の中で誰よりも」

「スロウしかいないよなそのカテゴリ」


 俺のツッコミは微笑みで流された。まあ後半はちょっとふざけたものの、信頼しているというのは本当だろう。そこは俺も疑っていないし、スロウだってその辺は分かっているはずだ。

 どっちにしろこの芋虫に緊張とかそういうのは無縁だろうから、話をさっさと進めてしまうというのは別に不自然ではない。とりあえず聖女認定を済ませ、それから月の大聖女と話を付ける。多分そういう感じの流れになるはずだ。月属性頂点の魔物のコネが必要なのは、聖女になってからのスロウの立場の話なわけだし。


「変なところ楽観的ですよね、エミル。あ、違うか、現実逃避気味?」

「何でだよ」

「だって、流石にわたしも分かりますよ。ミミックロウラーが聖女認定を受けられるってなったら、ほら」


 そう言いながら案内された試験会場の広場にいる『何か』を指差す。一見すると俺達と同い年か少し年下に見えるような、夜空に輝く月を思わせるような金の髪をなびかせた修道服の少女が地面から少し浮いていた。その背中には、先端に鉤爪のついた猛獣の手のようなパーツのある翼が三対。その内の下の部分が、彼女の体を支えている。少し浮いているのはこのせいだ。

 一見すると美少女であろうその双眸はまるで閉じられるように細められており、少し垂れ目気味なのも相まって、受ける印象は成程確かにセフィの言う通り穏やかに思えた。ほんの少しだけ見えた瞳の部分、というか目玉全体が夜の海のように真っ黒なのを除けば、だが。


「あそこにいるのが、月の大聖女さんっていう魔物ですよね?」

「お前もうちょい言い方考えろ」


 さん付けしてはいるが、なんかこう、ちょっと違うんじゃないか、と首を傾げたくなる。まあ、幸いというべきか月の大聖女は俺達のその会話を聞いても穏やかそうな笑みを消さず、ただただこちらを見ているだけだ。

 それにしても。八属性の一つの頂点だけあって、そこにいるだけでも存在感が半端ではない。これに比べれば昨日のウッドベアなんかカスだ。まあ木属性の下級の上澄みモンスターと月属性頂点の魔物を比べること自体がそもそも間違いなのだが。


「月の大聖女様。お久しぶりでございます」


 そんなことを考えている間に、セフィが月の大聖女に丁寧な礼と挨拶を述べた。そのまま、お忙しい中お呼び立てしてしまい申し訳ありませんと続ける彼女に向かい、月の大聖女はゆっくりと首を横に振る。


「構わないわ。どうせ、最近は暇だもの」


 その姿に違わぬ穏やかそうな声。それより楽にして頂戴、と続ける言葉で、セフィは体勢を戻すともう一度頭を下げた。


「あ、やっぱりあれくらいのレベルだと当たり前みたいに喋れるんですね」

「お前は黙ってろ」

「だって、わたし今みたいに喋るのに滅茶苦茶苦労したんですよ」

「普通のミミックロウラーは苦労した程度では話せないわ」


 俺達の大分失礼な会話に割り込んでくるその声は、失礼なことを言われている当事者である月の大聖女。お前芋虫と月属性頂点を同列に扱うんじゃない。向こうはそこまで気分を害していないみたいだけど、場合によってはこちとら一撃で沈むんだからな。


「……セフィーリア」

「はい、どうされましたか、月の大聖女様」


 そんな頂点様は、割り込みツッコミを一発入れてから何故か黙り込んでしまった。そうした後、視線をセフィに向けて彼女を呼ぶ。

 そして、少しだけ考え込んだ仕草を取った後、口角を上げて言葉を紡いだ。


「そこのスロウという少女の虫の聖女認定、少し変則的に行ってもいいかしら?」

「え、っと。……私の大事な友人に害が及ばないのでしたら」

「あははははっ。何、随分とそこの二人を気に入っているのね」


 月の大聖女の質問を理解すると同時にはっきりきっぱりと答えるセフィはかなりかっこよく、なるほどこれが公爵令嬢かと思わせる気概があった。が、いかんせんその言葉で何となくこれから起きることが予想出来てしまったので、俺は彼女を称賛するより先に自分の身を案じ絶望した。


「大丈夫。貴女が言う通りの力を持っているならば、何の問題もないわ」


 ねぇ、とこちらを見る月の大聖女。いや問題大有りですが? これ絶対ちょっと腕試しする流れでしょ? 頂点と一戦交えるやつでしょ? 次々とツッコミなのか質問なのかわからないそれらが思い浮かび、しかしそれを口にして肯定されたらもう逃げられないと必死で飲み込む。


「嫌がるエミルを巻き込むならわたしはやりませんよ」

「スロウ!?」

「エミルがやりたくないって言えば、わたしはさっさと認定を諦めて帰ります。元々わたしはエミルと一緒にいたいだけですし」

「認定を受けるとやれることが広がる、としても?」

「エミルと一緒にいる以上にやりたいことはないです」


 ちょっとした悪巧みを言いかけた月の大聖女に向かい、スロウはそうはっきりと言いきった。そこに嘘偽りは何もなく、そして月の聖女の問い掛けにも勿論一歩も引く気はないとばかりの表情を浮かべている。セフィはまあそうなりますよね、と肩を竦めつつもどこか嬉しそうだ。そして、先程私は申し上げましたよ、と月の大聖女に釘を差した。


「あははははっ。エミルくん、だったわよね。大層な愛され方じゃないの」

「幼馴染の腐れ縁だからですよ」

「あら、こっちは捻くれ者」


 悪いか、と抗議も込めて真っ直ぐに視線を向けると、月の大聖女は更に笑い出した。肝の据わり方が新人三日目じゃない、と凄く楽しそうにケラケラ笑う。もうここまで一気に訳の分からないことが起きると、いい加減感覚も麻痺してくるんだよ。

 ともあれ。そうしてひとしきり笑った月の大聖女は、人となりは十分に理解した、とセフィに視線を向ける。ミミックロウラーを聖女認定する前例は存在していないが、まあ資格取得でも問題ないだろうと言葉を続けた。正直な話、ここで何かを実践せずとも、セフィを《リザレクション》で蘇生回復した時点で試験などあってなきがごとしなのだとか。


「とはいえ。実際に見てみたいのも本音なのよ」


 ね、と月の大聖女は俺を見る。どうやら向こうはスロウの行動原理が基本的に俺であるということを見抜いたらしい。誰でも分かりますよ、というセフィのツッコミは聞かなかったことにした。


「ほんの少しだけ、勿論過度に傷付けることなどはしないわ。教会の守護者としても、月属性頂点の魔物としても、そこはきちんと約束します」


 どうかしら、と月の大聖女はそう言って微笑む。勿論ここで嫌ですと言ってもいいし、まあ断られるだろうけどダメ元で、みたいな感じなのも向こうの言葉から伝わってくるので、俺としては迷う必要もない。

 ないのだが、いかんせん俺は捻くれ者である。いいのか、八属性の頂点に立つ魔物の一体が手合わせしてくれるんだぞ。そんな、子供の頃ほんの一瞬だけ冒険譚に憧れた思い出が蘇ってきて。


「……土産話には、なるか」

「ほんとーに、捻くれ者ですね、エミル」

「うっせぇわ」

「あははははっ」


 俺達のそんなやり取りを聞いて月の大聖女が笑う。そうして、ありがとうと頭をペコリと下げると、じゃあ準備が出来たら言って頂戴と言葉を続けた。


「まあ、準備も何も認定って聞いてたから一応装備も持ってきてたし」

「特に問題はないですよね」


 スロウは最初から問題なし、俺も手早く装備を整えると、これで問題なしと月の大聖女に伝えた。


「ふふっ。では、お二人共、頑張ってください」

「え? あれ? セフィちゃん先輩は一緒に戦ってくれないの?」

「私はスロウさんに聖女を託しましたので、冒険者は引退も同然。見学に回らせていただきますわ」

「体よく逃げた、とかじゃないよな?」

「勿論。これはこの城に戻った時から決めていましたもの」


 その言葉に嘘はないのだろう。ほんの少しだけ寂しそうにそう微笑んだセフィは、では、と離れようと。


「セフィーリア、貴女も来なさい」

「……え?」

「引退するのでしょう? なら、卒業式も兼ねてあげる」


 そう言って月の大聖女は口角を上げる。それに、と向こうを指差すと、どうやらメイドさん達は彼女の装備を既に準備済みだったらしい。一瞬目をパチクリとさせたセフィは、ゆっくりと頷くと令嬢の服装から冒険者の装備へと着替えていく。


「そういえば、あの時は私は殺されていたので共に戦えませんでしたわね」

「そういや、そうだったな」

「ええ。ですので――」


 腰に差していたレイピア型の剣杖を抜き放ち、構える。聖女とはいえ、セフィは一人で冒険者をしていた身だ。つまりは戦闘も、アタッカーもこなせるタイプ。


「月の大聖女様、その胸、お借りします」

「なあ俺達おまけみたいじゃないか?」

「いーんじゃないですか? それでも」

「あははははっ。心配しなくても、勿論――」


 そういうと月の大聖女が前傾姿勢になる。これまで体を支えていた下側の翼に加え、真ん中の翼もまるで足のように地面に着けた。その表紙に、ズシン、と少女の質量にそぐわない音が響く。


「三人共にしっかりと相手をしてあげるわ。手加減するから、使うのはこの上翼腕だけだけれども」


 巨大な上側の翼、上翼腕が振り上げられる。その威圧感は、当たり前だがこれまで見てきたどの魔物よりも強大で。


「……やってやろうじゃねぇか!」

「了解、いきますよ~」

「はい! よろしくお願いします!」


 年甲斐もなく、いや、年相応か。どちらにせよ、ワクワクした。



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