第四話
紆余曲折あったが、とりあえず隣町には辿り着けた。謎の芋虫ライダーのまま突っ込むのは流石に問題だろうと少し離れた場所でスロウは人型に擬態させたが、そこから今までの道中がなんというか面倒くさかった。
「エミルがちゃんと言ってくれないからですよ」
「だから、何を言えってんだよ」
「わたしに乗って気持ちよかったか」
「言い方ぁ!」
現在隣町の町中である。たまたまこの会話を聞いていた人がなんぞとこちらを見て、そしてスロウを見て、盛りやがってと言わんばかりの視線で睨むのが見えた。そうだよね、そういう会話に聞こえるよね。でもこれそのままの意味なんだよ。こいつは芋虫で、俺はその上に乗ってここまで来たから、その感想を求められているだけなんだよ。
ちなみに感想は。
「微妙」
「どーしてですか!?」
「乗った感触が凄くぶにぶにしてた」
「まあ、芋虫ですし」
「そういうことだ」
「むー」
芋虫の感触についてはフォローもクソもない。世の中の芋虫嫌いはあの触った感触が嫌だという層もいるくらいなのだから。あの時は流れだったが、別段嫌いでもなんでもない俺でも、ミミックロウラークラスの大きさの芋虫の上に乗るのは中々アレだった。
ともあれ。隣町に着いた俺達はまず宿の確保をし、一応話だけは聞いておくかと冒険者ギルドへと足を進めた。村のギルドのお姉さんからもらったリストバンドを見せると、将来有望株ということか、などと言われ応援された。村ではあまりこういう対応をされないので何だかむず痒く、そしてそんな俺を見るスロウの視線がムカつく。
「ほっこりしてるだけですから、気にしないでくださいよ」
「その返答で気にするなっていう方が無理だろ」
べし、と軽く額をひっぱたくと、スロウは分かりましたよと表情を戻す。そんなやり取りを見ていた隣町のギルドの人は、いちゃつくのは程々にな、と生暖かい視線を向けていた。誤解だ。そもそも芋虫といちゃつく趣味は今のところない。後々の予定もない。
そう言いたいが、まずそのあたりの説明をするのも面倒なので、今回はスロウの正体は省略した。時間も時間なので、明日改めてでも問題ないだろう。
そういうわけでクマ被害の見回りや畑の警備の手続きは完了。一旦さっきの宿屋に戻り、仕事は明日からだ。
「というわけで」
「ご飯ですね」
宿屋の食堂で夕飯を注文する。俺は普通に肉を食べ、そして対面に座っている芋虫も肉を食べていた。芋虫、と呼んではいるがこいつはミミックロウラー、立派なモンスターである。擬態して獲物を奇襲し、そして食らう。そういうタイプの芋虫だ。
「結局芋虫扱いなんですね、はむ」
「いやまあ見た目は芋虫だしなぁ。大きさは天と地ほども違うが」
「普通の芋虫は、ふぅ、このくらいですからね」
肉を飲み込んだスロウが糸を吐き、芋虫の模型を作る。だからそれお前の模型だろ、またなんか言われるからさっさと片付けろ。視線にそんな意味を込めると、分かってますよー、と出した芋虫を糸に戻した。
「あ、そうだ。ちなみに」
「ん?」
「自分の擬態なら出せるので、こんな事もできます」
ふぅ、と糸を吐いて出来上がったのは手のひらサイズのスロウの人型擬態。関節も動きますよ、と作ったスロウ人形をガシガシといじっていた。おもちゃで遊ぶガキかよ。
「言ってる意味はよく分かりませんけど、わたしはりっぱな成体ですよ?」
「ああそうかい。じゃあおもちゃは仕舞って飯を食べろ」
「むー」
不満げにスロウ人形を糸に戻すと、こいつは再び目の前の肉に取り掛かる。そうしながら、少しは凄いって言ってくれても良かったのにとぼやいた。
「……いや、まあ凄いのは確かにそうだけど」
「本当に思ってます?」
「思ってるよ。嘘ついてもしょうがないだろ」
「じゃあ、いいです」
「はいはい」
相変わらずコロコロ表情の変わるやつだ。そんなことを思いながら俺も食事を再開する。人も多くなってきたし、早いところ席を空けたほうが良さそうだ。
と思ったがどうやらもう遅かったらしい。席が見付からずキョロキョロとしている一人の少女が、こちらを見ると申し訳無さそうに歩いてきた。
「申し訳ありません。相席をお願いしてもよろしいでしょうか」
「わたしはいーですよ。エミルは?」
「スロウがいいなら別に俺は文句ねぇよ」
「ふふっ、仲がよろしいのですね」
そう言って上品に笑った少女は、ありがとうございます、と俺達のテーブルの席についた。
まあ相席になったからには、というわけではないが。少女と俺達は食事ついでにそれなりに会話もした。どうやら彼女もクマの依頼を受けて来たそうで、それも俺達みたいな村からではなくもっと大きな、城下町からなんだとか。
そしてまあ分かっていたことだが、割と良いところのお嬢様らしい。さらりと綺麗な金髪や透き通る海のような青い瞳は、いかにもという感じがする。
そこについて話すと、貴族とそれらはあまり関係がない、と彼女――セフィは小さく笑った。
「髪の色や瞳の色で特性や長所も分かる、と教会では言われています。金髪と青い瞳は、回復や支援に長けた証。鮮やかなほど、よりその特性が――聖女の証が現れると言われていますの」
「へー……聖女、ねぇ」
ということは、セフィも聖女なのだろうか。そう尋ねると、まだ見習いですが、と恥ずかしそうに笑った。正式な聖女は、もっと高みにいるらしく、それを目指すために武者修業をしているらしい。今回のクマの依頼もその一環ということか。
「お嬢様なのに護衛とかそーいうのがいないのも、それだからですか?」
「はい。私一人で行えなければ、どのみち聖女になど成れませんので」
「ほぇー。大変なんですね、聖女って」
「えっと? スロウさんもそうなのではないのですか?」
「え?」
「へ?」
セフィの言葉に、俺とスロウが思わず素っ頓狂な声を上げた。何で彼女はそんなことを思ったんだ。そう思い、なにか理由を探そうと眼の前の芋虫を見て即座に理解した。
ああ、そういえばこいつの擬態、金髪碧眼だ。
「美しい金髪と透き通る海のような青い瞳。聖女としての特性を強く持ち合わせているのですから、勿論そうなのだと思いまして」
違うのですか? というセフィの問い掛けに、スロウは今のところその予定はないですね、と即答した。それを聞いた彼女は目を見開き、勘違いをしてすみませんと縮こまる。
ああ、そうか。俺達に相席を求めた理由は。
「聖女仲間がいるのだと思ってしまったので、ついお声を」
「そーゆーことでしたか。わたしは別に気にしませんよ。新しいお友達は大歓迎です」
「らしいんで、あんまり気にしないでくれ」
「……ふふっ。本当に仲がよろしいのですね」
相席をする時に言った言葉がもう一度。ただし、最初と違い、今度はもっとしっかりと実感がこもっているような感じがした。まあ仲が良いか悪いかで言えば間違いなく仲は良い。良いが、どうも泊町のギルドの人といいこのセフィといい、ちょっと仲が良いのニュアンスが違う気がする。
「一応言っておくが、別に俺はこいつと恋人だとかそういうのじゃないからな」
「……? 違うのですか?」
「どういう関係かって聞かれれば、幼馴染で今は相棒? ってくらいだ」
「わたしはエミルのこと大好きですよ」
「それは知ってるし好きか嫌いかで言えば俺もまあ好きだが、今はそういう話をしていないの」
「……違うのですか?」
誤解が加速している気がする。スロウが余計なことを言うからだ。そんな視線を眼の前に向けると、エミルも割と自爆していましたよ、という視線が返ってきた。ほっとけ。
まあとにかくそういう関係ではない、と念押しして、食事もそろそろ終わりだ。セフィも自分の部屋へと戻ると席を立ち、俺達も部屋に戻ろうと席を立つ。
そのタイミングで、セフィが少し気になったのですが、と俺達に問い掛けた。
「お部屋は、別々に?」
「一緒ですよ」
「………………違うのですか?」
翌朝。体に重みを感じたので目を覚ますと、巨大な芋虫が俺の腹に張り付いていた。絶叫こそしなかったが、しかしうわぁと声を上げてそれを横に放り投げてしまう。べち、とベッドから落ちた巨大芋虫は、もぞもぞと動きながらグニグニ体を左右に振り、そして体を丸めるようにしながらゆっくりと形を変え、擬態をしていく。まあスロウなのは分かっていた。分かっていたが、寝起きにあれは中々にショッキングだ。だから今のは不可抗力だ。痛い、と不満げにこちらを見てもそこは知らん。あと服を着ろ。
そんな慌ただしい朝の準備を終えた俺達は、早速今日の仕事を行うために割り当てられたクマの被害があったという畑に向かう。そこには数人の冒険者の姿があり、その中には昨日色々と誤解をさせてしまった少女、セフィもいた。
「おはようございます。同じ割当だったのですね」
「らしいな。まあ俺達は新人に毛が生えた程度だから、その辺りは先輩に頼らせてもらうぞ」
「そーですそーです。セフィちゃん先輩、よろしくお願いしますね」
俺達のその言葉に照れくさそうに笑ったセフィは、こほんと咳払いを一つ。そうしながら、その前に、と他の冒険者の面々に何かを確認しに行っていた。
「許可が降りたので、では改めまして。今回のウッドベアですが、基本的な動きをしている時と、そうでない時の二種類の動きが観測されています」
「基本的な動きって言うと、畑を荒らしたり野菜を食い荒らしたり?」
「はい。そちらの行動が主で、稀に畑を荒らさず徘徊するだけの状態がもう一つの動きとなります」
「それって、二体いるとかそーゆーやつなんですか?」
まあ動きが違う、となるとその考えにもなるよな。スロウの疑問は俺も思っていたので、黙って聞いていたが、セフィは現状は一体であると言われていますと返した。
「というのも、二体でなければ出来ない動き、というものを全く行っていないのです。二種類の行動も、範囲も移動距離も、二体であるとするには小さすぎるのです」
ウッドベアは基本単独行動で、縄張り意識が結構強い。二体いるのならば、それ相応の行動範囲というものがあるはずだ、というわけである。これが資料です、とセフィに見せられたそれは、なるほど確かにこれで二体は無理があるな、という大きさの行動範囲だった。
「それはそれで、何だか逆に変ですね」
「確かに俺も気になるが、スロウの場合は何か理由があるのか」
「理由、というほどではないですけど。ほら、わたしも分類的には似たようなもんですし」
「似たような?」
スロウの言葉に何か引っかかりを覚えたのか、セフィが首を傾げていた。一体全体何が似ているのだろうか。そんな感じのことを多分考えているのだろう。
そういえば言ってなかった、と俺とスロウは顔を見合わせた。朝のドタバタで、色々と忘れていることが多いなこれ。
「わたし、ミミックロウラーなんです」
「御冗談を」
即答された。うん、そうだよね、まあそうなるよね。眼の前の美少女が擬態した芋虫です、と説明されたところで、何言ってんだこいつにしかならないよね。ここまで来ると慣れきっている俺の方が逆におかしいんじゃないかとも思えてくる。いや、多分実際俺の方がおかしい。
「えーっと。エミル、どうします?」
「見せた方が早いだろ」
「はーい」
まあ俺がおかしいとして、だからなんだというわけで。こちとら十五年間捻くれ者やってるんだ、今更だ。
そういうわけでスロウの問い掛けにはそうやって即答した。それで同じく即了承する方もする方だが、まあこのあたりは付き合いも長いから仕方ない。
そんなわけで、よいしょ、とまるで体操でもするかのようにぐねん、と体を捻ったスロウは、そのまま一回転して芋虫の姿に、本体に戻った。論より証拠とばかりに、セフィの眼の前で。
「とまあ、こんな感じでわたしはミミックロウラーなんですけど」
「…………」
「あれ? セフィちゃん先輩? どーしたんですか?」
「………………きゅぅ」
「あぶねぇ!」
「きゃっち!」
貴族のお嬢様にはショックが大きかったのか。立ったまま気絶したセフィがゆっくりと倒れていくのを慌てて背中でぶにっと音を立ててキャッチしたスロウは、はてさてどうしましょうかね、とこちらを見た。
いやどうもこうも。セフィの目が覚めるまで一旦待機だよ待機。
さもありなん




