第三十八話
流石にいつもの場所にいたのならば分かる。なので、道中、あるいはその付近に件のアンガービーがいるのだろうとあたりをつけて捜索を始めた。ガサガサと木々をかき分けながら、何かそれっぽい痕跡を探していく。
「ん?」
やがてそれはすぐに見付かった。明らかに人が通った跡がある。恐らくアンガービーの影響で怒りに任せて行動するようになった同級生であろう連中のものだろう。とりあえずそれを追いかけて移動してみると、やがてたどり着いたのは俺とスロウが二人でいたいつもの場所、のすぐ近く。
そこに、待っていたとばかりに多数の同年代の冒険者が集まっていた。
「うわ、たくさんいますね」
「まさかこいつら全員そうなのか? マジで言ってる?」
「あんた、結構な数から恨み買ってたのね」
「大変だよぉ……」
身に覚えがなさすぎて若干困惑する。いやまあガキの頃のことを考えれば多少そういうこともあるだろうとは思うけれども、流石にここまでとは思っても見なかった。
そんなことを考えていた矢先、そこにいた一人が待っていたぞと俺を睨んだ。
「俺はお前らに構ってる暇はないんだけどな」
「またそういう態度をとるのか」
よく見ると口火を切ったのはもはやお馴染みの馬鹿三人組の一人だ。やれやれ、と思っていたが、その言葉に呼応するように残りの連中もそうだそうだと沸き始めてなんだこれと思わず動きが止まる。
「大体だな、お前何だそのパーティーは!」
「いやそれさっきもやったぞ。何だも何も、こいつらは」
「全員俺に惚れてますとか言うつもりだろ! 何様だてめぇ!」
「話を聞け」
「村で同い年に嫌われていた俺、気付けば自分に惚れている美少女だらけのパーティーを作っていた、羨ましがってももう遅い。みたいな事言いだすんだろ! そうだろ!」
「娯楽小説の読み過ぎだ、落ち着け」
「というか、いつの間にかあたしこいつに惚れてることになってるわね」
「ワタシもそうだよぉ……」
「む。いくらアリアちゃんとシトリーちゃんでもエミルは渡しませんよ」
「いらないからあんたが持ってって」
「流石に邪魔はしないよぉ……」
眼前で凄くどうでもいい話、横でも割とどうでもいい話、とぶっちゃけ帰りたくなるような会話がそこかしこから飛び交っている。俺は確かアンガービーを退治に来たはずだったんだけど、何がどうなってこうなったんだ。
「とにかく。俺達はエミル、お前が気に入らない!」
「お前らが俺を気に入っていた時期が一瞬でもあったのかよ」
「そういう態度が気に入らないんだよ!」
がぁ、と叫ぶ眼の前の同級生たち。そう言われても、これは俺の性格なので直しようがない、こともないが直す気がない。スロウがそのままで良いって思ってくれてるなら、俺は別に、と思っているからだ。
「エミルはエミルのままでいいですよ」
「そうか。じゃあこのままで」
「イチャイチャするなぁ!」
眼の前の同級生どもがキレる。別にイチャイチャはしていない、というか別段何の変哲もない会話だろう。一体何を言っているんだこいつらは。
「……それについてはノーコメントでいかせてもらうわ」
「右に同じくぅ……」
何でだ、とアリアとシトリーを見たが、二体は露骨に俺から目を逸らした。何でだ。
いやまあそれはもうどうでもいい。今重要なのは、こいつらがアンガービーを討伐するのに邪魔だということだ。
「分かった分かった。アンガービーをぶっ殺した後に相手してやるから、とりえあえず解散してくれ」
「だからその態度が気に入らないって言ってんだろうが!」
その叫びに呼応するように、全員が戦闘態勢に入った。おい待て、まさか本気でやり合うつもりか。
そうは思ったが、アンガービーの影響で怒りに身を任せて周囲のことなど何も考えられなくなっている状態だ。まあそうなるのも必然だろう。
仕方ない、と俺は武器を構える。心の奥底でそう思っていたとしても、これまでそれをガッツリ表に出してこなかった連中だ、ある意味被害者とも言える。まあ馬鹿三人組はちょっと違うかもしれないが、でもあいつら突っかかってきたの冒険者になる前だからな。なってからはそんなことも無かったあたり、一応その辺の分別はついているのかもしれない。
「ぶっ殺します?」
「しないしない。というか物騒だな」
「エミルを馬鹿にしたやつなんか、問答無用でやっちゃっても」
「いいわけないだろ。……おいスロウ、もっかい治療魔法、アンガービーの幼虫追い出すやつ」
「へ? ……ぐべぇ」
繭再び。べちょ、と吐き出されたそれを即座に踏み潰すと、アリアとシトリーに周囲を警戒するよう呼びかけた。再びスロウが寄生されたということは、だ。
アンガービーも、この周囲のどこかにいる。
「でも、わざわざわたしに卵植え付けなきゃ気付かれなかったのに、何でこんなことしたんでしょうか」
「その辺は考えなしなんだろ、虫の知能なんか所詮そんなもんさ」
「わたし、虫なんですけど」
「あたしも虫よ」
「一応、どっちつかずだけど、ワタシも虫といえば虫だよぉ……」
「……」
えっと、はい。すいませんでした。
ともあれ。現状はこの怒りに任せた集団を相手しつつどこかに隠れているアンガービーを始末する必要がある。これまでの相手と比べれば、などと考えるのは簡単だが、実際はそうもいかない。というか基本搦め手で戦ってくる相手との戦闘経験が少ないのだ、俺達は。
「傀儡人形様くらいかしら、そういうのって」
「あんまり参考にならなさそうだよぉ……」
アリアの呟きにシトリーがそう返す。そうだな、俺もシトリーの言葉に賛成だ。そもそもあれとの戦闘は戦いと呼べるレベルでもなかったし。滅茶苦茶悔しいが、一方的に俺がやられただけだった。
「でも、あの時と違ってちゃんとスロウも治療してくれるんだもの。全然状況は良いわよ」
「いやまあそうかもしれないけど」
はぁ、と溜息を吐きながら突っ込んできた一人の攻撃を剣で受け止めて押し返す。バランスを崩した相手に蹴りを一発ぶち込んで黙らせると、次、と俺は集団を睨んだ。
考えるのも面倒になってきた。とりあえずこいつらを全員ぶちのめして、それからアンガービーを探せばいい。そう俺は結論付けたのだ。
「月の大聖女様のことを言えないわよ、あんた」
「うるさい。いいからお前らは索敵」
勿論それをやるのは俺だけだ。残りの三体はアンガービーを探すことを優先してもらう。そもそも向こうのターゲットは俺だけで、残りは関係ないからな。
「エミルぅ! ちくしょう! うらやましい! 俺も美少女とパーティー組みてぇ!」
「うるせぇよ。大体こいつらはモンスターの擬態だぞ」
「美少女なら何でもいいだろ!」
良くはないだろ。そんなことを思いながら、二人目に踵落としを叩き込んで沈黙させた。悪徳の剣で攻撃してもいいが、もし間違って切り裂いてしまったら随分とマズいことになるだろうと判断したのだ。いやまあ最悪スロウに《リザレクション》してもらえばいいんだけど。
「……そうするか」
チャキ、と剣を構える。とはいえ本当にぶった切って殺す気はないので、悪徳の剣にもその辺りを言い聞かせるように、自分の中でカチリとスイッチを入れた。
まあとはいえ、死んだら謝るから気にしないでくれよ。
「その態度が気に入らないんだよ! いや、そういうのがモテるのか……」
「知らん」
相手の武器を剣で跳ね上げ、返す刀でぶった切る。よし、切れ味はないな。思い切り打撃武器を食らったような状態で倒れる相手を見ながら、俺は次、と再度集団を睨む。
「あれ、切れなくても大分ダメージが凄い気がするよぉ……」
うわぁ、とこちらを見ていたシトリーがそんなことを言っていたが、まあ死んでないので良し、ということにしておく。
それはいいんだが。
「スロウ、アリア、シトリー。アンガービーは見付かったか?」
「まだです」
「いるのは間違いないのに、見付からないのよ」
「何か、見落としてるのかもぉ……」
ううむ、と三体共に何かを考え込むような仕草を取る。まあ俺達に気付かれずにスロウに幼虫を寄生させるくらいだから、何かしら特殊な方法を使っているのは間違いないと思うんだが。
あるいは、何か盲点があるのか。
「このハーレム野郎!」
「黙れ。……ひょっとして周囲にはそう見られてるのかこれ」
まあ見た目は美少女なのは間違いない。見た目は。でも中身虫だぞ。擬態だぞ、人に変化したとかそういうのじゃなくて、虫が人の姿を真似してるだけなんだぞ。それでもいいのか。
いやこいつらの話を聞く限りそれでもいいんだろうな。まあ俺もこいつらが人でも虫でも大して変わらないと思っているのだから、そういう意味では同じなのかもしれない。最近芋虫のスロウにドキドキしてしまう時があるのがその証拠だ。
「何か葛藤してるけど、多分それは間違ってるわよ」
「何でだよ」
「いや、何でって……」
一瞬何か言いかけたアリアが、少し顔を赤くしてそっぽを向く。自分で考えろそんなこと、という捨て台詞付きだ。
「アリアちゃん、やっぱり」
「違うわよ。いや別に嫌いじゃないけど、少なくともあんたみたいな感情ではないわ」
ジト目のスロウに慌てて弁明しているアリアを目で追っていたが、どうやらこれ以上その会話を続ける気はないらしい。何だかよく分からないが、まあとりあえずアリアが俺に惚れているなんてことだけは妄言だと断言出来るのでよしとしよう。
「嘘だっ! 全員お前に惚れてるんだろ! そうだろ!」
「だから違うって言ってんだろ」
悪徳の剣で叩き伏せながら、俺はいい加減ツッコミ疲れたと肩で息をしながらぼやく。気付くと怒りに支配されていた連中はもう全員倒れ伏しており、その場に立っているのは俺達だけになっていた。
「そういえばぁ……」
「ん?」
「スロウちゃんの治療魔法をかければ、怒りも解除されてたんじゃないかなぁ……」
「……」
全員倒してからそんなこと言われても。ガクリと肩を落とすと、シトリーも慌ててごめんなさいと謝ってきた。いや、謝らなくていい、気付かなかったのは俺も同じだから。
そういう意味では大なり小なり多少の怒りで視野狭窄に陥っていた可能性もある。あまり怒るイメージのないシトリーだけが平常運転だったから、その辺り真っ先に気付いたのだろう。いや、もう倒した後だけど。
「あ、じゃあ念の為この辺の周囲に治療魔法しときますね」
スロウが範囲で治療を行う。自身も含めてだったが、流石に繭を吐き出す三度目はなく、伸びていた連中は若干だが険しい表情が和らいでいた。多分気絶しても怒りに支配されていたのが解放されたのだろう。
そして俺も、少しだけだが頭の中がスっとしたような気分になる。アリアを見ると、どうやら似たような状況のようだ。シトリーは、あまり変わらなさそうだな。
よく見るとスロウも何か変わったのか恥ずかしそうに顔を覆っていた。アリアちゃんごめんなさいとか言ってるけど、よく分からないので触れないでおこう。
「まあつまりこの辺りで状態異常をばら撒いているってことでしょうから」
ともあれ。そんなことを言いながらアリアが周囲を見渡す。そうしながら、ああそうか、と顎に手を当て頷いた。
「そうよ。アンガービーを探していたら駄目なのよ」
「どういうことですか?」
「寄生してその中に潜むんだから、この場合探すのはアンガービーそのものじゃなくて、寄生された虫の方」
「あ、この辺だと、ミミックロウラーですね」
それならあの辺にいますよ、と木々を指差す。視線を向けると、成程確かに擬態しているミミックロウラーっぽい何かが見えた。相変わらず同郷の同族なのに何の躊躇いもないな。
「一応聞いておくが、あれお前の身内じゃないよな」
「多分違うと思いますよ。まあだとしても、もう中身食い尽くされてるから別物ですし」
「いやそりゃアンガービーに寄生されてたらそうだろうけど……」
「ひょっとしてわたしがそうなったのを想像しました?」
「……まあ」
もしスロウが寄生されていたのに気付けなかったら。あのまま中身を食い尽くされて、気付いたらスロウの見た目のまま違う何かになっていて。
スロウの姿をしたそれを、俺は。
「そういう時はちゃんと殺してくださいね」
俺の考えを見透かすようにスロウはそう述べる。えへへ、と笑みを浮かべながら、だってエミルに迷惑掛けるのは嫌ですから、と続けた。
「まあそうならないように気を付けるんですけど」
「いや本当に気を付けてくれよ。お前は俺の――」
「わたしはエミルの?」
「――大切な幼馴染なんだからな」
「ちぇ」
何がちぇ、だ何が。俺が何を言うと思ったんだ。思わず何かポロリと言いかけたとでも思っているのか。
「まあいいです。それより、ほら、さっさと片付けましょうよ」
「……分かってるよ」
擬態したミミックロウラーをぶった切る。悲鳴も上げずに倒されたそれは、しかし切り裂かれた場所から何かが這い出てくるように巨大な蜂が現れた。こいつがアンガービーだ。念の為に他にもいないかアリア達に確認してもらう。ミミックロウラーも他にはいない、ということは。
「こいつ単独ってことか」
「その割には結構な被害出ましたけど」
「っ! エミル、スロウ、向こうの死骸!」
アリアの言葉に目を向けると、先程切り裂いたミミックロウラーから、更にもう二体、アンガービーが這い出てくるところであった。成程、一匹の芋虫の中に何匹も寄生してたのか。どうりでスロウにも何度も寄生させてきたわけだ。
とはいえ。一匹が三匹になったところで、こちらには頼れる仲間がいる。この程度の敵相手に、遅れを取る理由はない。
「わたしは近付くとまずいかもなんで、支援に徹しますよ」
「ああ、行くぞアリア、シトリー」
「ええ。任せてちょうだい」
「了解だよぉ……」
悪徳の剣を構え、突っ込む。アリアは鱗粉を周囲にばら撒きながら、即座に一匹を消し炭に変えていた。シトリーもアリジゴクの顎で掴み、そのままバリバリと捕食している。食い尽くす側が食い尽くされるのはなんとも皮肉が効いていると言うべきか。
「まあ、同情はしないがな。なんせお前は」
俺の大事なスロウを、内側から食い尽くそうとしたやつだ。遠慮も、同情も、躊躇もしない。お前の状態異常で怒りが増幅するとしたら、それはむしろ。
「二度と現れんな。この虫野郎!」
悪徳の剣で一閃。真っ二つにした後に、更に一閃。そうした後にもう一閃。
それを続け、みじん切りにしてようやく一息ついた俺は、バラバラになったアンガービーを見て鼻を鳴らした。ざまあみろ、と呟いた。




