第三十四話
「それで」
歩きながら、俺は騎士にそう尋ねる。どうしましたか、とこちらを見てきたので、惚けるなよと言葉を返した。
「どうしたもこうしたも。明らかに無茶な要求したり下手な挑発したり、最初からこの状況に持っていく気満々だったんだじゃないのか?」
「ははは。冷静だと直ぐにバレる、というのはあの方のおっしゃった通りのようですね」
そう言って騎士は笑う。じゃあやっぱりお前わざとかよ。そんな意味を込めた視線を向けると、その通りだとばかりに笑みを浮かべられた。
「まあ、あの方の作戦とはいえ、流石にこれは無理がありましたね」
「……さっきから言ってるけど、あの方ってのは誰だよ」
「私は主の護衛ですが、所属職としては教会騎士になります」
「了解分かった」
つまりあの脳筋翼腕女の差し金なんですね。まあ色々と杜撰なところとか確かに月の大聖女の作戦っぽい。
そんなことを考えていると、ちなみに、と騎士は言葉を続けた。
「貴女達を挑発する際の監修は、傀儡人形様が行ってくれました」
「出会いたくない奴がセットでちょっかいかけてきやがった」
あの手の甲に口付けとかそういうことかよ。まあ月の大聖女ならやらせないようなことではあったけど。
「ああ、勿論主は承知の上です。彼も教会所属の人間ですので」
だから俺達を挑発している間にセフィに事情も説明していたのだとか。まあつまりセフィもある意味グルなんですね。視線を向こうに向けると、申し訳ありませんと苦笑しつつも頭を下げられた。いや、そう素直に謝られるとこっちとしてもこれ以上責めれない。
ちなみにこのお見合いは、元々月の大聖女が持ってきたものだったらしい。教会所属の若いもの二人が独り身、しかも人柄も悪くない。じゃあくっつけようぜ、という脳筋極まりない理由でセッティングしたのだとかなんとか。村にもいる世話焼きのおばちゃんか何かか。
「それはまあもういいけど。それで、どういう理由でこの決闘をすることになったんだ?」
「あの方――月の大聖女様は、護衛に貴方が、エミル殿が来ることを知ってこう思ったそうです。成長したエミル殿が見たい、と」
「はた迷惑にもほどがある」
見合いをセッティングした時点で、でないところがミソだ。多分そこら辺の予想をしていなくて、直前になって決めたんだろう。もう少し考えたほうがいい。傀儡人形ほど胡散臭くなくてもいいけど、それでももうちょっとくらいは教会の上に立つものとしての自覚を持って。
「いや、何で俺こんな無駄な心配してんだ……」
「月の大聖女様は万人に愛されるお方ですので」
「それは絶対に違う」
セフィといいこの騎士といい、あの脳筋翼腕への信頼の大きさなんなの? 教会所属だとそういう風になるの? じゃあスロウは?
「なあスロウ」
「どうしましたいきなり」
「お前、月の大聖女のことどう思ってる?」
「え? 別に何も。あ、でも今回の黒幕が月の大聖女さんだって話なんで、今度ちょっと文句言いに行くつもりですけど」
「良かった、スロウはスロウだ」
「何の話ですか?」
こっちの話だ気にするな。よし、と確認をしたのでスロウとの会話から騎士の方に向き直る。とはいえ、まあこの経緯は大体分かったので、もう既にこいつと話すことはない。もう後は戦う相手というだけだ。
じゃあもういいや、と俺は再びスロウ達へと合流する。いいの、とアリアが聞いてきたので、もう話すこともないからと素直に返した。
「そう、それならいいけど。ちなみに、勝算は?」
「正直分からん。いや、普通に考えれば俺が勝てる可能性は低いとは思うんだけど」
「エミルならいけますよ」
「スロウがこう言うからには、まあ頑張らないといけないし」
「そうなの……そうかなぁ……?」
「まあいつものことでしょ」
いや、流石にスロウも絶対勝てない相手にはそんなことは言わんぞ。こいつは俺の実力をきちんと認識してくれてるから、スロウがいけるっていうならいけるはずだ。
まあ向こうの実力を過小評価し過ぎていないという条件が付くけど。
そんなこんなで到着である。向こうもこちらも、元々二人の散歩についていくはずであった護衛の面子くらいしかいない。大勢がゾロゾロと移動するのも面倒そうだったからまあいいが、俺達が戦っている間の護衛は大丈夫なんだろうか。
まあ大丈夫なんだろうな。そもそもセフィが普通にちょっとした襲撃者ならしばき倒せるだろうし。
「では、始めましょうか」
そう言って構える騎士。そんな姿を見て、俺はちょっといいかと尋ねていた。そういえば聞き忘れていた、と問い掛けた。
「どうしました?」
「いや、これが月の大聖女と傀儡人形がコンビ組んでこっちに嫌がらせしてきたのは分かったけどさ」
「嫌がらせ、というのは語弊がありますけれどもね。少なくとも月の大聖女様は純粋に知りたがっておられました」
「俺にとってはそれが嫌がらせなんだけど、まあいいや。それで、あんた本人はどう思ってるんだ?」
「どう、とは?」
何を言っているのかよく分からない、という顔でこちらを見る騎士。そんな騎士に向かい、俺は、こんなその辺の冒険者とわざわざ戦うよう命じられてよかったのか、と続けた。
「こう言っちゃなんだけど、俺は中級になったばかりなただの田舎の冒険者だ。教会騎士が相手するようなもんじゃない」
「ご謙遜を。月の大聖女様が認めておられるのですから、ただの、などではありませんよ」
「スロウの、聖女のおまけとしてだろ」
そう述べると、騎士は何が面白かったのか笑い出した。そうした後、成程、これは重症だと呟く。何の話だ。
「そうですね……少し打ち込みます。いいですか?」
「へ? あ、ああ」
その言葉と同時に一足飛びで間合いを詰めた騎士が剣を振るう。俺も騎士も模擬剣での決闘とはいえ、当たれば当然痛い。俺は咄嗟に剣を構え、その一撃を受け流して息を吐いた。危ない危ない。
「今ので何が分かったのか知らんが、俺は」
「十分な実力を持っていますよ」
「は?」
向こうの反応をどうぞ、とばかりに騎士はセフィのお見合い相手の青年の護衛達、ギャラリーになっていた面々を指し示す。一体全体なんのこっちゃとそちらの方に視線を向けると、どうやら何か驚愕しているようであった。
「普通、中級冒険者になりたての田舎の少年は、あの一撃を防ぐどころか受け流すなどという芸当は出来ないのです」
これでも冒険者のランクで言うならば中級の上澄みに近いので。そう言って笑みを浮かべる騎士を見て、俺は目を瞬かせた。まあ言われてみれば教会騎士で護衛に指示を出せるような人間がその辺の冒険者と同レベルなわけもない。
「……受け流すので精一杯だった、って言ったら信じるか?」
「先程言いましたよ。普通は受け流すこと自体がそもそも出来ないのだ、と」
「ああそうかい」
「はい。ですので、私の先程の答えはこうなります」
再度距離を取って、武器を構える。同じように武器を構えた俺を見て、騎士はどこか楽しそうに笑っていた。
「望むところだ、と」
稲妻のような打ち込みを防ぎ、弾き、受け流す。そうした後距離を取り、俺はそこで呼吸を思い出したかのように息を吐いた。マズい、強い。
が、それは向こうも同じなようで。一度距離を取った騎士は、これほどとは、と目を見開いていた。
「月の大聖女様が興味を持つのも頷けます」
「そりゃ、どうも」
そうは言うが、向こうは割と余裕そうである。こっちみたいに全力で防御したのとは違い、攻撃は全力で行っていないように見えた。
かといって、真面目にやっていないわけではない。本気ではあるのは伝わってくる。
「ちっ」
「どうされましたか?」
「手加減されているのが腹立つ」
「これでもそれなりの実力者ですので。そう易々と越えられても困りますよ」
「俺も別に越えたくはないけど」
「その割には、負けてなるものかという気迫が伝わってきますね」
「負ける気でやるわけないだろ」
それはそうだ、と騎士が笑う。まあ正直、俺単体だったらこの通りだが、パーティーで向こうの連中と戦うってなったら勝負の行方は変わってくるだろう。まあ要は、仲間の存在って大きいんだなってやつなんだけど。
だとしても、ちっぽけな冒険者の意地を見せるくらいはしてやらないと俺としても気が済まない。
「行くぜ」
「ええ」
今度はこっちの番だとばかりに間合いを詰め、剣を振るう。一撃、二撃、三撃と繰り出したそれは全て受け流された。
が、そんなことは承知の上だ。受け流された状態のまま、俺はさらに追撃を繰り出す。その動きに一瞬騎士の顔色が変わった。
「中級冒険者成り立て、ですか」
「なんだよ」
「いえ、随分と詐欺がお上手なことで、と思いまして」
「本当の本気でついこないだ受かったばかりだっての!」
言いながら再度攻撃を行う。が、今度は受け流しどころかカウンターを繰り出された。その一撃を寸前で避け、相手の模擬剣の腹を殴って体勢を崩させた。そこに蹴りを一発。
その崩れた体勢に逆らわず倒れるような形でそれを躱した騎士は、即座に立ち上がり危ない危ないと苦笑した。
「今の当たらないのか……」
「月の大聖女様から貴方のことを聞いていなければ、恐らく食らっていたでしょう」
「ああそうかい。随分と評価してくれて光栄なことで」
「別に嫌味ではないのですがね」
「知ってるよ。ただの悪態だ」
盛大に舌打ちしながらそう述べた俺は、さてどうするかと思考を巡らせた。このまま真っ当に戦っていては恐らく勝てない。かといって搦め手もさっきのように対処される。正直に言って詰みである。
だが。それでも、俺はただ黙ってやられる気はないし、やれることをやるだけやってからボコボコにされるつもりではある。何より、スロウにああ言われたんだから、いけるってところを見せないと。
「……気配が変わった」
騎士がそんなことを呟き、剣を構え直していた。だが、俺はそんなことを気にする必要もない。相手のことを見ていてもしょうがないのだ。俺は俺の全力で。
「わ、何か悪徳の剣光ってません?」
「こいつ、エミルが持って無くても反応するのね」
「ふふっ、技師もここまでとは思っていなかったでしょうね」
「というかこれ、大丈夫なのぉ……?」
後ろから何か聞こえてくるが、それも気にしない。というか気にしていては集中が途切れる。
「成程。月の大聖女様の仰られていた『非の打ち所のない悪徳』というものですか。一人ならば悪徳は背後から牙を突き立て、その背を支える者がいるならばこれ以上無い力となる。なんともはや」
「行くぞ」
周りの景色がスローに見える。喧騒もどこか遠くから聞こえる。眼の前の騎士の言葉すら、まるで別の場所から発している気さえする。
騎士が剣を振るう。遅い、いや、遅く見えているだけだ。反応しようとする俺の動きも実に緩慢。だが知らん。遅いなら、早く動かせばいい。見えている動きより早く動けば。
「まさかっ!?」
向こうの方から騎士の驚愕する声が聞こえる。眼の前にいるはずなのに。まあどうでもいい。相手の剣を弾き、そして体勢が崩れたところにもう一度打ち込む。騎士に、ではない、武器にだ。二度弾く。一度の弾きでは体勢を立て直される。だから、立て直せないくらいまで、崩れるまで、何度でも。
剣を弾き飛ばした。これで、相手が己を守るべき盾であり攻めるべき刃である剣は無くなった。
「う、おぉぉぉぉぉ!」
己を鼓舞するように叫ぶ。気の利いた言葉とか、必殺技とか、決め台詞とか。そういう物は何一つない。俺が出せるのは、いつだってただ叫びだけだ。何の変哲もない叫び声。
その勢いのまま、思い切り剣を振るう。右から左へ、袈裟斬りを一発。俺が出来る全力の一撃が、多分これだ。
「か、はっ……」
当たった。咄嗟に出した相手の左腕ごと、しっかりと相手を切り裂けた。勿論模擬剣なので本当に切り裂けはしないが、それでもそのくらいの手応えはあった。
間違いなく、全力の一撃を叩き込めた。
「どうだ……!」
そしてそのまま、俺は力を失って倒れ込む。そりゃそうだ。ここまで集中していたんだ、体に相当の無茶が掛かっている。スロウの滅茶苦茶な支援を最初に貰った時、あの時の感覚より、ずっと自分の能力を使っている感じがしたくらいだ。
まあそうなると、勿論負担は相当なわけで。
「や、べ」
視界がチカチカする。もう指一本動かない、というレベルではない。息の仕方を忘れたくらい体が動かない。
「エミル!? エミル!」
あ、スロウが呼んでる。おいどうだスロウ。勝ったぞ俺、多分だけど。お前の言う通りだったぞ。そう言いたくても口は動かないし、視界も真っ暗なのでスロウの顔も見えない。
やばいな、これスロウに心配かけてしまう。大丈夫だって、少し寝れば問題ないって伝えなきゃ……。
「エミル! わたしが言ったからって無茶し過ぎですよ! そんなところも大好きですけど! あーもう、すぐ回復を」
だから、大丈夫だし俺も好きだって言ってんだろうが。そんなことを言う暇もなく、俺の意識はそこで一旦ブツリと途切れた。




