第三十三話
スロウの修業も終わり、いよいよセフィのお見合いの日。
格好はどうするのかと聞いたが、別に普段通りでいいということなので別段何か特別に仕立てたとかそういう服を着てはいない。まあでも流石にある程度きちんとした服装にはしたけど。
お見合いの会場である庭園にて、俺達はセフィの後ろに立っている形になる。給仕や他の護衛も同じような状態なので、なんというか俺達だけ浮いているような気がしないでもない。
そう思っていると、他の護衛から、お嬢様の信頼が厚いからこそその位置なので胸を張ってくださいとか言われた。そんなに不安そうだったのか俺。
「エミル、結構挙動不審でしたよ」
「……作法とか分からないからどうしていいものかって迷ってたんだよ」
「気にすることもないわ。セフィーリア様が選んだ護衛なのよ、堂々と立っていればいいの」
「それが出来れば……ってちょっと待て、俺より酷いのがいるぞ」
ほれそこ、とキョロキョロガタガタのシトリーを指差す。視線を向けられたシトリーはぴゃぁと叫ぶと柱の陰まで逃げていった。
「別にフォーマルハウト公爵の城では普通だったよな」
「何か違うんですかね」
「というか、あんたが言うなあんたが」
いや、何か自分より挙動不審なのを見て安心したというか、ちょっと冷静になったというか。
そんなことを言うと、最初からそうなっとけとアリアにジト目で睨まれた。
「そんなこと言ってもなぁ……。というか、お前は何でそんな堂々としてるんだよ」
「アリアンロッテがこういう場で慌てるとでも?」
「さいですか。でも、それを言うならアリアンロッテが護衛になるのはいいのか?」
「アリアンロッテは自身が認めた相手には敬意を払うわ。最終的に主人公達も認めたからこそ、真正面からの勝負を選んだの」
悪役令嬢ってそういう感じだっけか? まあ、あの話のアリアンロッテがそうなだけなのだろうけど。俺も改めて最後まで見返すかな。
そんなことを考えていると、アリアはそれに、と言葉を続けた。
「そもそも、セフィーリア様はアリアンロッテのモデルであるベルンシュタイン公爵家のご令嬢。むしろ光栄でしょ」
「ああそうかい」
まあある意味ブレないのだからこれはこれで凄い。ともあれ、アリアが堂々としている理由は分かった。
じゃあこいつはどうなんだ。何も考えてないだけか。
「失礼な」
「じゃあ何だよ」
「何だも何も。わたし聖女なんですけど」
「そうだな、それで?」
「聖女って立派なんですよ? 偉いんですよ? 堂々としてても怒られないんですよ?」
「何も考えてないだけじゃねぇかよ」
そもそもそういうの面倒くさいっつってただろお前。どういう風の吹き回しだ。
そう尋ねると、迷宮の管理者さんが緊張しないコツとして教えてくれたと返された。まあ確かにこいつみたいな単純なやつにはそれは効果的だろうな。
「さて、まあそれを踏まえると」
「何か凄い勢いで馬鹿にされた気がするんですけど」
「シトリーをどうするか」
幸いまだお見合いの開始時刻ではない。もうすぐ来るだろうが相手もまだだ。だからそれまでに、シトリーをどうにか立たせないといけない。
「まあ真正面から行くか。シトリー、大丈夫か?」
「全然大丈夫じゃないよぉ……」
人が多い、とシトリーがぼやく。どうやら護衛は俺達だけくらいに考えていたらしく、思った以上の大人数に圧倒されてしまったらしい。
成程、状況は分かった。しかしそうなるとどうすればいいのか。
「シトリーさん」
そんなことを思っていると、セフィがいつの間にかこちらにやってきていた。お前は向こうでお見合い相手待ってなくていいのか? そんなことを尋ねると、まだ相手は来ていませんし、と述べ、そして。
「私には、シトリーさんの方が大事ですわ」
「……セフィさぁん」
「ええ。この際ですから、他の方達を呼ぶのと同じように、私もちゃん付けにしてみませんこと?」
「ふぇ!? せ、セフィ、ちゃん?」
「はい」
あうあう、と顔を真っ赤にしていたシトリーは、そのままセフィの手を借り立ち上がる。では行きましょうか、という言葉にコクコクと頷くだけになっていた。
「別のショックで緊張をぶっ飛ばしたなこれ」
「ふふっ。でも、呼ばれたかったのは本当ですよ」
「さいですか。んじゃ、行きますかセフィーリアお嬢様」
「もう、エミルさんったら」
そう言ってクスクス笑うセフィを見ながら、俺もシトリーと一緒に最初の位置へと戻っていった。
そうして皆緊張もほぐれてきたタイミングで、見合い相手が到着する。同じ貴族ではあるものの、流石にセフィよりかは家格は低い。だが、それでも結構な家名であるその青年は、ぶっちゃけると思ったよりはいい人そうであった。
この手のお約束としては、お見合い相手の男がクソ野郎でそのまま俺達でお見合いをぶち壊しに掛かる、というパターンだ。スロウもちょっと期待していたのか、思ったよりちゃんとした人ですね、と大分失礼なことを呟いていた。ほら見ろ、向こうの護衛の騎士が聞こえたのかこっち見てる。
そんな護衛騎士の視線に気付いたのか、お見合い相手の青年もその視線の先、すなわち俺達を認識したらしい。あの方達は、とセフィに尋ねている。
「私の大切な親友達の冒険者ですわ。今回は護衛をお願いしてまして」
ここで、冒険者風情が、みたいなことを言い出したら最初に思っていた展開になるのだが、まあそんなこともなく。そもそもセフィが冒険者をやっていたんだから、それを言う相手は最初から見合いに来ないだろう。
お見合い相手は俺達にも別段不快感を示す様子もなく、親友とは羨ましいなどと笑顔で返している。なんか普通にいい人そうだな。まあそうでなきゃセフィのお見合い相手にならないか。
そのまま話題はセフィの親友、つまり俺達へと移っていく。冒険者として生活していた時に出会い、そしてそこで一度死亡して《リザレクション》で復活したことを笑顔で語るセフィに、向こうの護衛の騎士の一部はちょっと引いていた。お見合い相手は無事で良かったと返答している。無事、でいいのかなこれ。まあもう過ぎた話だからどっちでもいいけど。
そのまま話題は《リザレクション》の使用者、スロウに移動した。聖女として月の大聖女に直接認められた話とか、その時に俺とスロウとセフィで一緒に戦った話だとか、冒険者を引退してからも鍛錬は怠っていないとか。
なんかこう、お嬢様ってもっとこう、ふんわりふわふわしてるものじゃないのだろうか。話題が大概血なまぐさい。
だというのに、お見合い相手の青年はそれを笑顔で聞いているし、興味を示している。これが演技で内心馬鹿にしているなら大したものだが、そういうのは多分スロウやアリアなら見破るだろうし、なんならセフィも分かるだろう。
「どう思う?」
「いー感じの人ですね」
「まあ、セフィーリア様のお見合い相手としては合格じゃない?」
この二体がそう言うってことは、まあ多分見た感じ通りの人物なのだろう。そういうことなら、俺達としてはこのまま控えているだけで話は終わりだ。
そう思っていた矢先のことだ。少し庭園を散歩しませんか、というお見合い相手の提案により、セフィと青年が移動することになった。流石にぞろぞろとついていくわけにもいかないので、お互いに少数の護衛を連れて行くことになるわけで。
「どうする?」
「わたし行きます」
はいはい、とスロウが手を上げた。まあ確かに、いざという時に一番役に立つのはスロウだ。最悪見合い相手が死んでも《リザレクション》出来るしな。
じゃあ頼む、とスロウに言うと、任せてくださいと胸を張った。そういうわけなので、アリア、我慢してくれよ。
「分かってるわよ。……でも、一人でいいの? 向こう二・三人用意しようとしてるけど」
あ、そうなのか。だったら別に全員で行けばいいか。どうせ四人だし。そんなことを思いながら、そこで思い出して残りの護衛に視線を向けた。当然そっちが行くべきだ、と返された。
「よしじゃあ、俺達が引き続き護衛ってことで」
「お待ちを」
ん? と視線を向けると、向こうの護衛騎士の一人が、こちらに声を掛けてきた。何か用だろうか、そんなことを思っていると、護衛はこちらで十分ですので、と言葉を続けられる。
「まあ、そりゃそうだろうけど。こっちも一応セフィ――セフィーリアお嬢様の護衛として呼ばれてるんでね。出番がなくてもついていくさ」
「では、そちらの聖女様お一人で十分では?」
「へ? わたしですか?」
騎士はそう言ってスロウを見る。そうしながら、可憐な方だ、と笑顔を浮かべていた。おおっと?
「まあ元々代表で行くならわたしって決まってましたけど。でもそっちが人数いるなら一人は嫌ですねー」
「ご心配なく。こちらで貴女もお守りいたします」
そう言って、一歩踏み出した騎士はスロウの手を取って手の甲に軽く口付けをした。
おい。おい。おい。
「うひゃぁ!」
思わず一歩踏み出し、しかしその瞬間にスロウが思い切り飛び退ったので俺の動きは無駄に終わった。ひぃぃぃ、と悶えながら若干グネグネしているところを見ると、擬態が怪しい可能性もある。
「スロウ」
「うー。ぞわぞわってして思わず擬態解けるところでした。エミル、ちょっと上書きしてください」
そう言って自身の頬を指差す。何でだよ、百歩譲ってもやるのは手の甲だろ。
「向こうと同じじゃ意味ないじゃないですか」
「何の意味だ何の」
「いーじゃないですかー。エミルのケチー」
「ケチとかそういう問題じゃなくてだな」
そんなことを言っていると、失礼、とさっきの騎士が声を掛けてきた。何だ、と視線を向けると、お二人はどういう関係で? と尋ねてくる。
「どういう関係も何も、幼馴染だよ」
「エミルはわたしの大好きな人です」
揃わなかった。いやまあ分かってたよ、こうなるとは思ってたよ。でもここで俺が例えばスロウは俺の彼女だ、とか言ってみろ。言質取ったとばかりにスロウが行動を起こすに決まってる。いやまあそれが嫌とかそういうわけじゃないけど、でもなあ。
「……失礼ながら、貴女のような可憐で有能な聖女様に見合うような人物には思えませんが」
「わたしはエミルのために強くなったし、エミルのために聖女になったんです。わたしが、エミルに、近付いたんです」
苦言を呈する、そんなような口振りに、スロウが思わずムッとした口調でそう返す。珍しいな、こいつがそんな態度取るの。
「それに、エミルはとーっても強いんです。騎士さんなんかより、ずっと」
「待て待て待て。お前どさくさに紛れて何言ってんの!?」
今とんでもないこと言っただろ。誰が騎士より強いって? 俺が? 中級冒険者になったばかりの俺が、向こうのちゃんとした騎士より強い?
そんな俺の慌てようを見た騎士は、少しだけ鼻で笑うような仕草を取ると、御本人はこう言っていますが、とスロウに述べる。そんなこと言っても、スロウの中では多分答え決まってるから言うだけ無駄だぞ。
「そんなこと――」
「そんなに気になるなら、試せばいいんじゃないのか?」
だから、スロウより先に俺がその言葉を引き継いだ。何だと、とこちらを見る騎士に向かい、聞こえなかったのか、と俺は挑発するように言葉を紡ぐ。
まあどちらにせよ、今は護衛の仕事をしてからだ。そう会話を締め、行こうぜ、と皆に述べ踵を返す。
が、そのタイミングでセフィと青年がそれなら、と揃って提案していた。
「腕試しをするのはどうでしょうか」
「セフィーリア嬢、そう言うからには、あの少年の腕に自信があるのですね」
勿論、とセフィは青年に返す。そうだよね、セフィこう見えて脳筋で負けず嫌いだもんね。そして俺への信頼の厚さが痛い。あれ絶対エミルさんなら余裕ですわよ、の目だ。
「エミルなら余裕ですよ」
「こっちにもいるし」
「まあ、骨は拾ってあげるから、頑張んなさい」
「応援してるよぉ……」
どうやら止めようとしてくれるやつは何処にもいないらしい。念の為セフィ側の他の護衛や給仕にも視線を向けたが、みな揃って頑張れのポーズであった。
「まあ、俺が自分で言いだしたことだしな」
スロウに言われる前に、ってだけだったが、結果としては自分から喧嘩吹っ掛けた形になっている以上、ここでヘタれるわけにもいかない。
それに、何より。
「スロウに変なことしやがったからな」
「ただの幼馴染、ではなかったのかい?」
「うるさい」
何かを察したらしい騎士が生暖かい目で俺を見るが、多分それは間違いだぞ。
分かった分かった、と俺の言葉に肩を竦めた騎士は、そこで表情を変えると、しかし手加減はしない、と真っ直ぐに俺を見た。
「上等だ!」
「では」
戦っても問題ない場所へと移動する。結果的にそれがセフィと青年の庭園の散歩になったのは、いいことなのかどうなのか。




