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第三十一話

「というか」


 チンピラを片付けた俺達は、ベルンシュタインのタウンハウスへの道を再度歩いていた。

 その道中、気になったことがあったのでセフィにそれを尋ねた。そう、あのチンピラは一体何だったのか、ということだ。王都の治安は相当悪い、というわけでもないはずだし。

 ないよな?


「はい、王都の治安が特別悪いというわけではありません。あれは、その」


 が、なんともセフィの歯切れが悪い。そこに何か嫌な予感がしたので、まあそういうこともあるよな、で片付けることにした。しようとした。


「ここ最近、王都にその手の輩を集めて一網打尽にするという作戦を提案した方がおりまして」

「あ、もういい。聞きたくない」

「実はアンゼリカ様は第四王子殿下の婚約者でして、その関係で傀儡人形様が」

「だからもういいってば。俺はあのタコ女と関わりたくないの!」


 実際のところ、一点集中させて一網打尽というのは無理がある。だから、チンピラを少しずつ集めてまともな冒険者に始末させようと少し試している最中らしい。なあ、あいつやっぱり新魔王の候補なんじゃないの?

 そうは思ったが、この追い込み漁は意外と上手くいっているらしく、近隣の村や町では野盗やチンピラの被害が少なくなっていると好評らしい。


「にしても、そんな追い込み出来るようなのがその辺にウロウロして――」


 待てよ、と俺は言葉を止めた。つい最近、その辺にウロウロしているやべーやつを見たばかりな気がしたからだ。

 そんな俺の様子でセフィも気が付きましたか、と苦笑する。追い込み漁の追い込み役をやっているのは、冒険者ではなく、と続けた。


「土属性の頂点、迷宮の管理者様です」

「くっそやっぱあれも碌でもない!」

「いやまあ、協力してるだけでしょ? まだマシじゃないの?」

「私が言っても信用されないかもしれませんが、迷宮の管理者様は本当に真面目で優しいお方ですよ」

「鵜呑みにするには大分ぶっ飛んでることやってたけどな……」


 とはいえ、あの中級冒険者試験のやり取りで抱いた感想としては、出会った属性頂点の中ではまあマシな方だ。確かにアリアの言う通り、そういう意味ではただ協力しているだけなら納得してしまうかもしれない。

 それはそれとして。何で傀儡人形はそんなことをやり出したんだろうか。あいつ公爵家の騒動も割と傍観者でいたくせに。


「ちょっと試したいことがあった、とかですかね」

「碌でもねぇ……」


 スロウの言葉に思わず納得してしまい、そんな言葉がこぼれ落ちた。でもまあ実際あれならそういう理由でもやりかねない。属性の頂点なのだから、もうちょっと調停の立場とかそういう感じな超越者っぽいことしてくれないかなほんと。


「平穏の調停、という意味では恐らく正しいのでは?」

「……認めたくない」


 結果としてそうなっているだけ、という方がしっくり来る。大体平穏の調停も何も王都の治安悪くなってるじゃないか。平穏乱してるぞ。


「そこは、まあ……王都は中級以上の冒険者や、実力のある騎士も多数いますので」

「ほらやっぱり碌でもない」


 あはは、と苦笑するセフィを見ながら、会いたくないけど今度会ったら一発殴ってやるあのタコ女と俺は心に決めた。







 そういうわけでタウンハウスに到着である。正直スロウの《テレポート》があるので見合いの日までここに滞在する必要性は微塵もないのだが、まあこういうのは雰囲気や気分が大事だ。

 ともあれ、ここでやることは見合いの準備、ではなく、スロウの体術の修業である。


「ではスロウさん。まずは貴女がどの程度動けるか、ですが」

「どの程度、と言われても」


 訓練用のターゲットに向かって駆け出し、えい、やあ、と攻撃を行う。ボス、ボス、とまあそうだろうな程度の音が鳴った。全然動けていない、などということもなく、最初から動きのキレが良い、とかいうわけでもない。まあ普通だ。普通に動いて普通に殴った。

 勿論モンスターとかの戦闘に使えるかというと使えない、というレベルだ。さっきのチンピラみたく。


「……では、スロウさん。支援を使った場合は如何ですか?」

「えっと、普段戦闘でやってる感じだと」


 支援魔法をスロウが自分にかける。よっと、と言う声とともに一足飛びで間合いを詰めたスロウは、そのままパンチを訓練用ターゲットに叩き込んだ。明らかに先程とは違う音が鳴り響き、ターゲットが吹き飛ぶ。

 こうして改めて見せられるとスロウの支援がとんでもない。確か自分がやられないように自身には強めに掛けてある、だったっけか。そのおかげといえばそうなのかもしれないが、逆に言うと支援があればここまで出来るという証拠でもある。

 それをセフィも実感したのか、少し考え込むように顎に手を当てていた。成程、と頷いているところからすると、これから必要なものを何かしら計算しているのだろう。


「支援込みならば攻撃力はある程度確保されていると見ていいでしょう」

「まあわざわざ支援無しで戦闘するようなことはわたしはしませんしね」


 俺ならするみたいなこと言われた。そんな意味合いを視線に込めていたが、アリアがあんたは実際やるでしょ、とジト目で言われ引き下がる。はいそうです。前にやりました。


「やったんだぁ……」

「お前と出会う前にちょっとな」


 スロウとアリアの支援能力が高すぎて俺いらないじゃんと思い込んだ時の話だ。今はもうそんなことは思わないし、自惚れでなければこれまで俺が必要な場面も多々あった。だから、それも踏まえてもう流石にしない、とは思う。

 話が逸れた。というか俺が自分で逸らして向こうの話を聞いていなかった。まあ俺は見ているだけだから聞いていないくても別に問題はないんだけれども。

 どうやら体術の動きを身に付けることを重点的にやるらしい。確かにスロウの動きは戦闘の動きではない。パンチもキックもなんかそんな感じを見様見真似、みたいな動きだ。そこをしっかりとした動きにすることで、きちんと戦闘でも使える攻撃手段に昇華させようという話なんだろう。


「まずは」


 セフィの指導のもと、動きや型を重点的に行なっていく。武闘家とかのそれとは違うので、やはり聖女特有の体術なのだろう。聖女特有の体術ってなんだよ、自分で言ってて意味が分からん。


「威力を重視するならば蹴りの方が効果的ですわ」

「はいっ、セフィちゃん先輩!」


 勢いよく振り上げた足がターゲットに叩き込まれ、吹き飛んだ。さっきより効果的にダメージが入ったのか、訓練用ターゲットは吹き飛んだついでに当たった部分が破壊されていた。


「成程な」

「何が成程なのよ。スロウのパンツでも見た?」

「何でお前もその発想なんだよ。というか俺ってそんなスケベ野郎のイメージあるのか?」

「んー? まあ、そこそこ?」


 マジでか。いやまあ俺だって年頃の男子なんで、そういうのに興味がないと言えば嘘になる。むしろ興味津々ではある。けど別にそこまでそういうの全開で生活しているわけじゃないと思っていたんだけど。


「別にスケベ全開に見えるって話じゃないわよ。まあ普通にスケベよね、って話」

「それはそれで何か嫌だがまあ、それなら」

「シトリーの揺れる胸とかたまに目で追ってるし」

「……いや、でもあれ疑似餌だしって思い直すぞ」

「見てるのは確かなんだぁ……」


 シトリーがちょっとだけ胸を隠すような仕草をする。いや、まあ、はい、ごめんなさい。分かってはいるんだけど、ついという部分はありまして。


「エミルエミル! わたしのおっぱいも見ていいですよ!」

「大声で何を言っとるかお前は」


 ずずい、と修業を中断してこっちに突っ込んでくるスロウ。ほれ、と自身の胸を俺に突き出してくるが、いいから修業をちゃんとやれと追い返した。まったく何を言い出すかと思えば。そんなことを思いながら溜息を吐くと、アリアがジト目でこちらを見ていた。


「ヘタレ、とも違うわよね」

「何の話だ何の」

「スロウもああ言ってたし、遠慮なく触れば良かったじゃない」

「何でだよ。だから俺は、いやまあ程々にスケベかもしれんが、そういうんじゃない」


 そもそも、あいつとは芋虫の状態でも人型の状態でも一緒に寝る事が多いから、そういうのはもう慣れている。そこまで続けると、アリアのジト目が更に鋭くなった。ついでにシトリーもむぅ、と少し不満げな顔をしている。


「ねえシトリー。どう思う? これ」

「ダメダメだよぉ……」

「何でだよ」







 俺達がアホな会話をしているうちに、一日目の修業は終了。翌日は実践的な修業に入る、とセフィはギルドから適当な依頼を持ってきていた。

 相手はいつぞやに俺も戦ったウォーターラクーン。まあ確かに手頃な相手ではあるかもしれない。


「えいやー!」


 王都の近くの林で、討伐対象の水洗いクマと対峙する。俺もアリアもシトリーも、そして当然セフィもいるのだが、今回戦うのはスロウ一体のみだ。

 昨日は動かない訓練用ターゲットだったが、今回はちゃんと動くモンスター相手である。間合いを詰めて攻撃をするものの、どうにも上手く当たらない。


「わ、ぷ」


 そうして攻撃を躱したウォーターラクーンが水球を放つが、直撃したスロウは大したダメージを負っておらず、水洗いクマが驚愕なのかギギィと鳴いていた。まあオルトロスゴーレムの突進食らってボールみたいに吹っ飛んだのにかすり傷だったからな、支援の掛かったスロウにはこいつレベルじゃろくにダメージも与えられないだろう。


「なあ、セフィ」

「どうされました?」

「いいのか? 食らっても大丈夫な敵相手だと、回避が出来なくなる可能性があるんじゃ」

「確かにその可能性はありますが」


 俺の問い掛けに、セフィは頬を掻きながらそう述べた。そうして、苦笑しつつ言葉を続ける。


「正直なところ、今のスロウさんにダメージを与える相手を探す方が難しいので」

「そこまでか」

「支援・回復役は倒れてはならない。スロウさんはそれをしっかりと胸に刻んでいますので、あの状態ですと中級モンスターの上澄みか上級モンスターでなければ倒れないでしょう」


 そしてこのまま成長すれば上級モンスターが相手でも中々沈まなくなる。そこまで言うと、そういうわけですのでと話を締める。


「ダメージを受けるかもしれない相手と修業、となると……月の大聖女様にお越し頂くくらいしか」

「よし、まあとりあえずは攻撃が当たらなきゃ話にならんしな」


 やだよ、あの脳筋と会うの。傀儡人形よかマシだけどさ。

 そこまで考えて、待てよ、と俺は一つの考えに思い至った。セフィ、と横の彼女の名前を呼び、もし可能ならばなんだけど、と前置きする。


「迷宮の管理者に修業相手になってもらうことは、出来ないのか?」

「迷宮の管理者様に?」

「ギルドの試験官やってたり追い込み漁の追い込み役やってたりとかしてるってことは、多分この辺にいるんだよな? いやまあ自分でも無茶なことを言ってるのは分かってるんだけど」


 修業相手に月の大聖女を呼ぶ、が選択肢として出るレベルなら、そっちもひょっとして出来るのではないか。そう思ってしまって思わず聞いたのだ。が、言ってる途中でこれ大分無茶なこと言ってるし相当の我儘だぞということを自覚した。

 ので、段々言葉の勢いも無くなっていき、最終的には悪い忘れてくれと謝罪するまでにいたった。まあ当然だよな。

 そう思っていたのだが、セフィがそれを聞いて割と真剣に考え始めていた。成程その手が、とか言っているところからすると、ひょっとして俺は言ってはマズいことを言ってしまったのかもしれない。


「バカねぇ、ほんとバカ」

「分かってるよ。でも、スロウのこれが無茶じゃなくなるなら」

「まあ、そうね。選択肢としては確かにありだと思うわ。セフィーリア様に無茶を強いているというところを除けばだけど」

「そこは、はい、反省してる」

「エミルさん、アリアさん。そこは気にしないでくださいませ。実を言うと、その提案は言うほど無茶というわけでもないのです」


 曰く。ギルドの臨時顧問としてふらりとやってくる迷宮の管理者とは多少の面識もあるので、面倒見のいい彼ならば時間さえあれば引き受けてくれるだろう、とのこと。


「とはいえ、今のスロウさんの状態では少し厳しいので」

「せめてあいつらは倒せるようにならないと、ってところか」


 視線をスロウに向ける。大分相手の動きに慣れてきたのか、一体のウォーターラクーンに蹴りを叩き込んで仕留めるところであった。即座にもう一体の突進を食らい、あいたーとアホみたいな声を出している。

 ちなみに食らった状態のまま反撃して二匹目を仕留めた。お前はシトリーか。


「ワタシは、疑似餌だから出来ることなんだよぉ……」

「囮でもなんでもない状態でやるのはただのアホだよな」

「聞こえてますよ! しょーがないじゃないですかー!」


 すばしっこい、と三匹目に攻撃を躱されながらスロウがぼやく。相手の放った水球はもう知らんとばかりに無理矢理突っ込んで、全弾被弾しながら拳で叩き潰した。これで討伐終了、なのだが。


「どーですか」

「どうですかじゃねぇよ。駄目に決まってんだろ」

「セフィーリア様、どうします?」

「一応、討伐自体は完了していますが……」

「セフィ、無理しなくていいからな。というか攻撃の才能がないならないではっきり言ってやってくれ」


 俺の言葉に、いえそれは、とセフィは言葉を濁す。才能がないわけではない、経験が圧倒的に足りていないだけだ。そんな感じのことを言いつつ、なので、とセフィは言葉を続けた。多少の荒療治は必要かもしれない、と述べた。


「迷宮の管理者様と連絡を取ります」

「いいのか? スロウの才能の無さに呆れられないか?」

「エミルのばか!」

「今日の動きを思い出してもそれ言えるのかお前は」

「エミルのばか!」

「何で言えるんだよ」

「エーミールーのーばーかー!」


 よし、ちょっと迷宮の管理者にしばかれてこい。今回はもう知らん。お前がそういう態度ならば、勝手にしろ。


「そんなこと言いつつ、絶対心配するわよこいつ」

「ワタシもそう思うんだよぉ……」

「右に同じ、ですわね」


 何でだよ。今回はもう知らんって言ってんだろうが。



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