第三十話
中級冒険者になったはいいが、別段やることは変わらない。ギルドで適当な依頼を受けて、あるいは何も無い日はダラダラしたりして。
そうして暫く時間が過ぎた頃、セフィから頼み事があるという話が来た。
「そういえば、中級になってからセフィちゃん先輩からの依頼は初めてですね」
「まあ、元々そんな頻度が多かったわけじゃないしな」
ベルンシュタインの城下町の中心、ベルンシュタイン公爵家の城を歩きながらスロウとそんなことを話す。アリアとシトリーも俺達の会話を聞きながら、各々の会話を行っていた。
そうしていつもの公爵家付き冒険者用執務室という名の談話室へと辿り着く。扉を開けると、セフィがいつものように待っていた。だが、様子はいつもと少し違う。
「お待ちしておりました」
「ああ、それで、今回の依頼は一体何なんだ?」
そう尋ねると、セフィはその前に、と控えていた侍従にお茶を用意させる。それぞれ席に着かせ、お茶を飲んで少し喉の滑りを良くしてから、彼女はゆっくりと口を開いた。
「……実は、私に見合いの話が来ておりまして」
「お見合い、ですか」
「セフィーリア様は公爵令嬢、まあそういうこともあるでしょうね」
「そう、なんだぁ……」
三体はそんな反応をしているが、俺はそれを聞いても別段なにか言うわけでもなし。間違いなくこれが話の前振りなのだから、ここから何かとんでもないことが出てくるのでは、と身構えたのだ。
その前に、あ、とスロウが声を上げた。最初こそただ聞いていただけだったが、これが依頼の話だということに気が付いて、そして何か感付いたのだろう。
「ダメですからね!」
「何の話だ」
感付いたのだろうが、何が何なのかさっぱりわからない。いきなり駄目だと言われても何が駄目なんだか。もしそれが依頼を受ける受けないの話だとするならば、こいつがそんな積極的に、しかもセフィからの依頼を断るなんて珍しい。他人にはけっこうドライだけど身内には大分甘いからなこいつ。
「落ち着いてくださいスロウさん。そういう依頼ではありません」
「そーなんですか?」
そしてセフィはなんだかそれで分かりあったらしい。普通にスロウの発言の意図を察して返答している。
じゃあ、とアリアとシトリーを見たが、シトリーはさっぱり分からないようで頭にハテナマークが何個も浮かんでいた。一方アリアはセフィの言葉で何となく察したらしくあー、と呟いている。
「そもそも、エミルさん達はベルンシュタイン公爵であるお父様も知っている仲、そんな依頼を出したところで即座に見破られてしまいますわ」
「それもそーですね」
「なあ、俺とシトリーが話についていけてないんでそろそろ説明してくれないか?」
そう述べた俺と、うんうんうん、と全力で頷くシトリーを見て、ああ成程と頷いたセフィは、ではまずスロウさんの誤解から、と言葉を紡いだ。うん、そうだな。依頼の前にまずそっちが知りたいな。
「お見合いがある、という前置きで、スロウさんは私がそれを断る口実を作りたいのだと推測したのでしょう。そして、その場合想い人がいることにするのが早い」
「……想い人。あー……つまり」
「はい。スロウさんは、私がエミルさんに恋人役を頼むという依頼をするつもりだと判断したのです」
「セフィちゃん先輩でもエミルはあげません。セフィちゃん先輩が本当にエミルのことが好きなら…………それでもヤダ!」
「ふふっ。心配せずとも、確かにエミルさんは魅力的な方だとは思いますし好意を抱いていますが、あくまで友人としてです。同じくらい好意を抱いている友達の、スロウさんの想い人を取るような無粋な真似はしませんわ」
そこまでの説明を聞いて、シトリーがそういうことだったのかと手を叩く。そうしながら、じゃあ今までのやり取りは勘違いだったのかと頷いていた。
「ったく。早とちりしやがって」
「しょーがないじゃないですか。だってセフィちゃん先輩すっごく可愛いですよね? そんな人がエミルに偽恋人を頼むとか。エミルが本気になったら困るじゃないですか!」
「ならんならん。というかお前の中で俺はそういう感じなのか」
「……だって、わたしが大好きって言っても、返事くれないし」
「いや、知ってるっていつも言ってるだろ?」
「エミルから大好きって聞きたい」
「口だけでいいのか?」
「やだ」
「あ、ひょっとして……これってそういう意味なのぉ……!?」
「落ち着きなさい、多分違うから」
勝手に謎の興奮をしているシトリーにツッコミを入れたアリアが、話進まないから後にしてくれる? と俺達をジト目で睨む。いやそんなことを言われても、俺だって好きでやってるわけじゃないんだけど。
そうは思ったが、口にするとまた面倒なことになるので噤んだ。了解、とだけ答えて素直に引き下がる。スロウは微妙に納得いってない様子だったが、まあ仕方ないと思ってもらうしか無い。
「申し訳ありませんでしたセフィーリア様。それで、エミルを偽恋人にするわけではないということは、依頼は別にあるということでよろしいのですか?」
「はい。皆様には、私のお見合いの際の護衛として参加していただけないか、と思いまして」
「護衛?」
なんか物騒だな。まあ貴族の体面とかそういうので何もなくても必要なのかもしれないが。あるいは公爵の大事な娘(一度死亡経験あり)だからか。
「ええ、お察しの通り。貴族同士のお見合いですので、護衛自体は別段通常にも用意されるものですが。その、いかんせん私は一度死んで蘇生した身ですので、念の為、と」
やっぱりそうか。ということはセフィ自体の依頼というよりは、公爵家の依頼という方が正しいのかもしれない。
そしてそうなると、まあ断る理由も元々無かったが、余計に断れないわけで。どうでしょうか、とセフィは尋ねてくるが、これについては答えは一つだ。
「俺達でいいんなら。遠慮なく使ってくれ」
「そーですそーです。もしお見合いで毒殺されても、セフィちゃん先輩だけは絶対助けますから!」
「出来ればお見合い相手も助けていただけると……」
「そもそもそんなお見合いあってたま――いやでもアリアンロッテならありうるし、モデルのセフィーリア様もひょっとして……?」
「多分……ないと思うよぉ……?」
ごめん前言撤回していい? こいつらで本当に大丈夫?
というわけで。やってきたのは王都である。ついにここまで来たか、といった感じがする。田舎者にとって王都に来るのは一種の目標みたいなところがあったからな。まあ城下町に行くのもその前に立ち塞がる壁みたいなもんだったが。
「でっかいですねー」
「あたしは来たことあるからそこまでだけど、やっぱり王都の規模は相当ね」
「わぁ……うわぁ……」
この中で大丈夫そうなのはアリアくらい。後は思い切り田舎者丸出しである。まあ実際田舎者なのでしょうがないのだが、それでももう少し何とかならないかと我ながら思う。
「しかし。こういうのって馬車でタウンハウスまで移動とか、そういう感じじゃないのか?」
俺達を微笑ましく見守っていたセフィに問い掛ける。そう、王都を現在ベルンシュタイン公爵家のタウンハウスのある場所まで徒歩で移動中である。王都自体が相当の広さなので、流石に入口からそこまで全部徒歩、というわけではなかったが。
それでも公共馬車で移動して残りは徒歩という大分一般人の移動方法を行っているお嬢様を見ていると、やっぱり気になってしまう。
「皆様が王都を見て回りたいのでは、と思いまして」
「いや、それは確かにそうだし助かるが。いいのか? お嬢様」
「お忘れかもしれませんが、私は元々冒険者をしていたのですよ? むしろこちらの方が性に合っていますし」
す、と腰を落とすと今ぶつかった男へとあっという間に距離を詰める。ワンテンポ遅れて動き出した俺よりも素早く男に追い付くと、そのまま綺麗に踵落としを叩き込んでいた。
「このように、まだ動きは鈍ってはいませんので」
「いや鈍っているというか……キレが増してないか?」
そもそも聖女って踵落とし決めるものだっけか? そうは思ったが、上にいるのがあの脳筋翼腕モンスターだということを思い出して、そうかもしれないと思い直した。
ちなみに説明するまでもないが、今叩きのめした男はスリである。油断も隙もありませんね、と言いながらシトリーの財布を回収すると、追い付いてきた三体にお騒がせしましたとセフィは頭を下げていた。
「セフィーリア様、一応あたし達が護衛なんですから」
「ありがとうございますだよぉ……」
もう、と苦笑するアリアと財布が戻ってきたので感謝するシトリー。そんな二体とは別に、スロウはううむとセフィを見ていた。
どうしたんだ、と俺が問い掛けると、いや大したことじゃないんですけど、とスロウは返す。
「ひょっとしてセフィちゃん先輩のパンツ見ました?」
「ほんっとうに大したことじゃないな。見てねぇよ」
「それはよかった。それでセフィちゃん先輩」
「はい。どうされました?」
「やっぱりわたしも戦えた方がいいんでしょうか」
そっちが本題だとしたら割と大したことだぞ。そんなことを思いつつ、俺はスロウに別にそんなことはどっちでも、と言おうとした。
が、それはセフィに遮られる。ゆっくりと首を横に振られ、それは言ってはいけない、と釘を差された。
「これはスロウさんが自分で決めることです。ですので私からはアドバイスしか出来ません」
「そうですか……そうですよね」
「しかし、どうして急に?」
セフィのその問い掛けに、今の動きを見ていたらちょっと、とスロウは述べた。そう言ってから、この間の中級試験のダンジョンアタックを思い出して、と続ける。
「ぶっちゃけわたし今破魔呪文くらいしか攻撃手段がなくて。あれもこのメンバーだと基本的に自分も味方も巻き込んじゃうんで使えないんですよ」
まあ俺以外モンスターだしな、このパーティー。オルトロス型ゴーレムとの戦いの最中あのタイミングがたまたま有効だったが、ああいう機会もそんなにはないだろうし。
「なので、ちょっとそういう手段も持っておきたいなー、なんて」
「成程」
ふむ、とセフィが顎に手を当てる。そういうことでしたら、と頷くと、確認のためと俺を、正確には俺とアリアとシトリーを見た。
「お見合いの日自体はまだ日数もありますし、少しスロウさんをお借りしても?」
「構わんけど、俺達は見たら駄目なのか?」
「ああ、そういう意味ではありませんわ。スロウさんに攻撃手段の指導をしても構わないでしょうか、という意味合いでしたの」
「そういう意味ならまあ」
「いいの? あんた。スロウが前線で戦うと傷付く可能性高くなるわよ」
アリアの言葉に、俺はそれはそれだと返す。そりゃまあ、出来れば傷付いて欲しくはない。が、それは別にスロウに限ったことではないわけで。
「ふうん? じゃあこの間のスロウみたいに、もしあたしが死にかけても怒ってくれるわけ?」
「そりゃそうだろ」
「…………ほんっと、こいつは」
はぁ、と盛大に溜息を吐いたアリアは、もういいと俺を追い払うような仕草を取った。何だ、俺今何か悪いこと言ったか? というか似たようなやり取りはそもそもゴーレム戦でシトリーとやったぞ。
「うぅん……多分だけど、違うと思うよぉ……」
何故かシトリーからもダメ出しが入った。なんでだ。
ともあれ。俺としてはスロウがやりたいなら止める気はない。大して効果もないような修業ならともかく、セフィならきちんと戦闘出来るように仕込んでくれるとも信じているからだ。
「お褒めに与り恐悦至極。では、まずは」
そこで視線を俺の後ろに向ける。うん、そうだな。さっき叩きのめしたスリ、いつのまにかいなくなってたからな。
仲間を呼んできたらしいスリの男と、数人のチンピラが俺達を取り囲むように立っていた。さっきはよくもやってくれやがったな、と喚いているところを見ると、あの踵落としはお気に召さなかったらしい。
「スロウさん。貴女は武器などを使われますか?」
「武器、ですか……。んー、あんまりピンときませんね」
「成程。では体術を教え込むのがよろしいでしょうか」
「おい、なにをくっちゃべって――」
一歩踏み出したチンピラがセフィのハイキックでぶっ飛んだ。いや、やっぱり絶対キレ増してるって。今の状態だとウッドベアの攻撃食らっても何かしましたかってケロッとしてそうだもの。
「エミルさん達が中級になったのです。それに相応しい支援者でありたい、そう思うことに何か問題でも?」
「いや、ないけど……何かそれは違わないか?」
ううむ、と頭をボリボリ掻きながら、突っ込んできたチンピラの攻撃を躱す。そのまま悪徳の剣で相手をぶっ叩いて一撃で沈めた。段々馴染んできたお陰で割と使いこなせるようになったが、そうなると便利だなこいつ。
「アリア、シトリー、手を出すなよ」
「はいはい」
「わかったよぉ……」
「スロウさんは、まずは私の動きを見ていてくださいませ」
「りょーかいです」
いきなり二人がのされたことで少し及び腰になったチンピラだったが、しかしそれも一瞬、なめんなよ、と再びこちらに襲いかかってきたので。
「というかこれ護衛の役に立ってんのか……?」
「ふふっ。勿論ですわ」
さくっとぶちのめし、警察に引き渡しに向かうのだった。




