第三話
ミミックロウラーの特徴は擬態。物や動物などに擬態して奇襲してくるのである程度の注意が必要だ。が、本当にある程度、である。よく見れば物体なら擬態しているものだと分かるし動物はぶっちゃけ動きが変だ。
だから、本来ならばミミックロウラーの擬態はその程度の能力なのだが。
「それで、どうします?」
「その前にその姿がどうかしてる」
「いつもの姿じゃないですか」
「それがどうかしてるってのを改めて確認できたんだよ」
クルリと一回転してふわりと舞い上がるフレアスカート、ブラウスを着ていてもしっかり分かる胸部の膨らみ、セミロングの金髪と青い目、三つ編みハーフアップは蛾のリボンでまとめられていて。中身が芋虫だと知っている俺でも、どこからどう見ても人であると思ってしまうほどだ。実は本物の人間にからかわれていた、とかでもおかしくない。
なのだが、こいつ人型でも糸吐くし芋虫にもちゃんと戻れるしで、本当にミミックロウラーなんだという事実が突きつけられる。突きつけられたことで、その姿はどうかしていると改めて思ったわけだ。
目の前のミミックロウラーの死骸を眺めながら、である。初めての同族殺し、いや俺の同族ではないから正確には違うが、まあスロウと一緒に行動しているのでそちらに寄せて、といったところだ。
ともあれ、スロウと同じ種族のミミックロウラーの討伐依頼を受けた俺達は、今まで人に擬態する修業をしていた森の一角とはまた別の場所へと足を踏み入れていた。こちらはきちんとモンスターの出るそこそこに危ない場所だ。冒険者の資格かそれに準ずるものを持たないものだけで立ち入ることがしっかりと禁止されている。
そこで擬態する芋虫を倒そうと歩いていたわけだが、そこで見つけたのは木に擬態しているミミックロウラー。成程パッと見では結構分かりづらい。が、よくみると微妙に動いているので本物の木ではないことが分かる。
「こっちから攻撃しましょう」
「なあいいのかそれ? というか何で俺の方が気にしなきゃいけねぇんだよ」
「いーですいーです。気にせずバッサリいきましょう」
「……やりゃぁいいんだろやりゃあ!」
いつぞやの見習い未満の連中とやり合ったときとは違う、ちゃんとした剣を振りかぶる。しっかりとした重さが、これが生物を殺す武器であることを自覚させてくる。だからこそ、余計に、ぶった切って緑の汁を撒き散らしながら悶えて死ぬミミックロウラーを見るのが嫌だった。一歩間違えると、スロウがこうなっていたかもしれない、とほんの僅かに頭をよぎり、思わず横のあいつを見て。
そしてこいつどうかしているという結論になった。
「おかしなところがあるなら言ってください、直しますから」
「……ねぇよ。完全無欠の美少女だ」
「わ、エミルが素直に褒めた。すごーい」
「お前俺のこと何だと思ってんの?」
「捻くれ者?」
「やかましい」
ごす、とスロウの頭にチョップを叩き込むと、そういうところですよという文句が返ってきた。そう言われると確かにそうだとしか言えないのだが、まあ俺は捻くれ者なので聞かなかったことにする。コホン、と話題を変えるように咳払いをすると、それで何がどうするなのか、と問い掛けた。
「あ、話題をそらした」
「いいだろ、俺は捻くれ者なんだから」
「そーですね」
「力強く頷くんじゃねぇよ……。で?」
「あ、はい。この死骸ってどうするんです?」
これ、とさっきぶった切ったミミックロウラーを指差す。すげぇ、微塵も心が揺らいでない。本当に心の底から元いた群れの連中はどうでもいいと思っているんだな。
まあモンスターの倫理観でもあるし、爪弾きで群れから追い出されていたような状態だったし、薄情っていうのも違うだろう。
ともあれ。倒したモンスターは素材になる場所を剥ぎ取ったり、討伐の証になるような部位を剥ぎ取ったりとまあ何かしら剥ぎ取るのが基本だ。ただ無闇矢鱈に殺せばいい、というわけでもない。冒険者にしろ勇者にしろ、そして魔王にしろ、それなりのルールが、理があるのだ。
そんなわけでミミックロウラーから素材を剥ぎ取る。この辺の剥ぎ取りスキルは冒険者の資格を取る際に講義が受けられたので、今の俺なら中級くらいまでのモンスターならなんとかなる。ミミックロウラーは勿論余裕。
「へー」
「ちなみに聞くけど、こいつお前の知ってる顔じゃないよな?」
「さあ? もう忘れちゃったんで全部知らない顔です」
「そうかい」
「あ、でも兄弟姉妹とかは一応覚えているんで、倒したら教えますね」
「倒す前に教えて!?」
幸いスロウの身内、身内? には遭遇せずに討伐を済ませた俺は、素材ポーチに何体かのミミックロウラーから剥ぎ取った素材を詰め込み帰路へとついた。別段危なげなく、スロウからの支援とかも別にもらわずに倒したので、俺の後ろでぶうぶうと芋虫が鳴いている。
「なあ、スロウ」
「なんですか?」
「お前は俺がこんなのに苦戦すると思ってたのか?」
「油断したらするかも、とは思ってました。あの時の乱闘もそうでしたし」
「素直でよろしい。うるせぇ」
実際の事例を出されると反論できないのでやめていただきたい。そんなことを思いつつ、というか言いつつ村の冒険者ギルドに戻る。討伐報告をすると、まずスロウのメンタルを心配された。そりゃ同族殺しだし、そうなるわな。が、そこら辺はもう既に俺が通った道である。行ってくる前と同じ反応で無理をしている様子もなかったことから、どうやら本当に大丈夫らしいとギルドの人が胸を撫で下ろしていた。
「何か過保護じゃないか?」
「人ってのはね、可愛い女の子には優しくなるの」
俺の問い掛けにそう答えるギルドのお姉さん。その可愛いって見た目の話だろうけど、それ擬態だぞ。そんな反論は、それがどうしたと返された。
「じゃあそもそもエミル君。スロウちゃんは可愛くない?」
「はぁ? ……いや、よく分からんけど」
見た目の話で言うなら、美少女の見た目になっているっていう意味ならそうだろう。そうでないのならば、ここに至るまでの過程を知っているので修業の成果という感じで、そこに可愛いと可愛くないとかそういうのはあまり覚えない。
「じー」
「なんだよ」
「可愛いって言ってくれると喜びます、わたしが」
「はいはい可愛い可愛い」
「よろしい」
「よろしくないでしょ!? スロウちゃんそれでいいの!?」
「いーですよ? だってエミル、今の状態じゃなくて芋虫状態とかその辺を思い浮かべて言ってくれましたし」
なんで分かる。いや違う、そんなことは思っていない。お前が可愛いって言えと言ったから言ってやっただけで、その辺は微塵も思っていない心にもない言葉だ。
そんな反論を込めてスロウを睨むと、えっへへ、と笑顔を返された。なんでだよ。
そんなやり取りをしている間に、依頼完了の手続きも終わったらしい。お疲れ様でした、と今回の報酬を渡される。素材はどうするのか、と聞かれたので、そのまま換金することにした。
当事者が気にしていなくても、なんとなく同族殺しの証拠を持っているのはいたたまれなかったからだ。
「それにしても、最初の依頼をこんなあっさりこなしちゃうのは凄いね、エミル君、スロウちゃん」
そうした諸々が終わった後に、ギルドのお姉さんがそんな事を言いだした。元々可愛げのないガキだった頃とは違い、ある程度年を取ると同じ性格でも受け取り方は変わる。同じ立ち回りでも、今だと年相応とか立派とかそういう風に見られるのだ。そんな感じでいつのまにか大人たちは俺と普通に接するようになった。このお姉さんなんかもそうだ。冒険者の講義を受けるようになってからは、何だか見守っている感を全面に押し出している。
別にそれ自体は悪いことではないが、なんというかめんどくさい。
「エミルは強いですからね。わたしもサポートしますし」
一方のスロウはその辺のしがらみがないので素直に受け取る。後可愛い子には優しくするとかさっき宣言していた通りやたらとスロウに甘い。使役モンスターの件も、もし何かあったらすぐに連絡するようにと真剣な表情だった。スロウに。そこはモンスター側じゃなくて俺に言えよ。
「うんうん。確かにエミル君、講義の成績も良かったしね。あの時の乱闘も結局三人相手にボコしたんでしょ?」
「スロウが手伝ってくれたからだよ。そうじゃなきゃ危なかった」
「わ、珍しい。エミルが素直に」
「そのやり取りさっきやっただろ」
「やりましたけど、一日に何回も素直になるのは珍しいなーって」
「捻くれてるからねぇ、エミル君」
そう、こうやってもう大人は今では笑い話にしてくれる。まあ俺は捻くれ者なのでうるせぇよと返しますけどね。
いいから本題、何かあるんだろう。そんなことを言いながらジロリとギルドのお姉さんを見ると、はいはいと彼女は一枚の紙を取り出した。
「なんですかこれ?」
「隣町でクマが暴れてるらしくて、戦える冒険者を募集してるんだって」
クマ。通称である。実際の動物であるクマによく似たモンスターで、何が問題かって属性を持っていることだ。基本四属性・応用四属性の八属性の内の一つ、木属性持ちの正式名称ウッドベア。下級の上澄み、中級にもちょっと入る程度の相手だ。
いや無理だろ。
「そうかな? エミル君とスロウちゃんのコンビなら、なんとかなるんじゃないかなってお姉さんは思うんだけど」
「そうですね」
「そうですねじゃねぇよ。最初の依頼をこなしただけでいきなりこれは死ぬぞ」
「あ、なんか勘違いしてるみたいだけど、別に二人で戦えっていう話じゃないよ? 見回りとか、畑の警備とか、そういう意味合いのほうが大きいし、何よりこれ付近の町や村に募集かけてるから人は結構いるはずだよ」
そうやって説明をするお姉さんの話によると、村でも何人かがこの依頼を受けているらしく、まだ募集に余裕があったのでよかったらどうだと誘ったらしい。何がよかったらなのかは分からないが、まあこちらの実力を認めてくれているということなのだろう。
では受けるかと言うと話は別。と言いたいが、隣の芋虫は既に行く気満々である。ここで俺が嫌だと言えば、駄々をこねるが最終的には分かりましたと言って折れる。そしてしばらく拗ねる。それが分かりきっているので、しょうがない、とばかりに俺は溜息を吐いた。
「で、手続きってどうやるの?」
「受けるならこのリストバンド持ってって隣町のギルドに行けば説明してくれるよ」
はいこれ、と文字の編み込まれたリストバンドを手渡される。受けるんですね、とウッキウキでそれを受け取ったスロウが、じゃあ早速行きましょうと俺の手を取った。おい待て、俺達さっき依頼を終えたばかりだろ。
「隣町に行くくらいならいいじゃないですか」
「嫌だよ。馬車は今日はもうないし、歩きは疲れる」
「むー。あ、じゃあこれならどうですか?」
そう言ってスロウはしゃがみ込むと、そのまま体をぐいっと伸ばす。反るような体勢になったおかげで胸部の膨らみがガッツリ強調され、ギルドのお姉さんがいいねいいねとはしゃいでいた。
が、そのはしゃぎが止まり、そして今度は驚きに変わる。俺は知っているが、まあ実際生で見ると中々なショッキングな映像ではあるのだろう。美少女がぐねぐねと芋虫に変わっていく様は。
そういうわけで、スロウは人型からさっき俺達が討伐していたのと同じような、体長が大体十代の女性くらいの芋虫へと変化、じゃない、戻った。
「乗ってください。運びますよ」
「本気で言ってる?」
「当たり前ですよ。さーどーぞ」
「……」
ここで断ると多分歩きになる。そう察した俺は、盛大な溜息を吐くと芋虫の背に乗り込んだ。身長自体は俺の方が大きいので、抱き枕とかクッションとかにまたがっている気分になる。
それじゃあ行ってきます、とスロウは我に返ったギルドのお姉さんに挨拶をすると、扉を出て村を走り始めた。村の連中が何だあれ、とこちらを見るが、乗っているのが俺だと分かると視線を外す。まあエミルだし、みたいな空気が流れていたのが非常に腹立つが、実際そうなので反論も出来ないので歯がゆいことこの上ない。
「というかスロウ、お前はどうしたんだよ」
「隣町行ったことないですもん」
「……そりゃそうか」
「そーゆーわけなので、道案内もお願いしますね」
「ふざけんなバカ。次の道右だ」
「りょーかいです!」
一週間ほど芋虫ライダーの噂が立ったとか立たなかったとか