第二十九話
ボスを倒し終わったので、後は階段で一階に戻り脱出するだけである。階段の入口ともいうべき場所にあった台座から青い宝石を取り、そのまま一階へ。
既に攻略済みの場所なので問題ないかと思ったが、スロウが一応念の為、ともう一度糸で作った小さい芋虫をばら撒いたところ、新しいトラップが何個か用意されていたらしく引っ掛かった。それも、どうやらルート的に真っ直ぐ最短を目指す道に設置されていたらしい。
まあ帰りに《テレポート》禁止というからにはそれくらいやってあるよな。そんなことを思いながら、発動させ終わった罠を躱しつつ入口へと戻っていった。
「着きましたね」
「なんだか凄く長かった気がするわね」
「お腹すいたんだよぉ……」
ふぃー、と体を伸ばすスロウと、小さく溜息を吐くアリア、そしていつも通りのシトリー。そんな三体を見ながら、俺はやれやれと肩を竦めた。
そのタイミングで、お見事、と眼鏡の男が近付いてくる。笑みを貼り付けたような表情のその男は、土属性の頂点の魔物の。
「迷宮の管理者……」
「今は試験官ですよ。というか、バレちゃってたか」
「そういうのに詳しい仲間がいたんでね」
「仲間が。なるほどなるほど」
うんうん、と笑顔のまま頷く迷宮の管理者。そうしながら、素晴らしいものを見せてもらいました、と拍手をした。
「何の話だ?」
「それは勿論、試験の話ですよ。君達の中級冒険者昇格試験の内容の話」
迷宮の管理者は笑みを浮かべたままそう続けるが、何のことやらよく分からない。まるでさっきまでの俺達の様子を見ていたかのような。
そこまで考え、そうかと気付いた。のような、ではない。見ていたんだ。そりゃ試験なんだから、道中の様子も見ていて当然だ。そもそも罠に引っかかりすぎて減点にならないかとか思ったりしたが、見てないとそういう判断出来ないじゃないか。
「察する能力も高いと。冒険者としてはそういうところ高得点ですね」
「そりゃどうも。……でも、俺達そんな言われるほどのものだったか?」
さっき思考の中で例に出していたが、結構罠とかに引っ掛かっていたような気がしたんだけど。そんなことを思っていると、まあ確かに減点部分もあったかな、と迷宮の管理者は笑う。
「でも、加点部分も多い。途中から罠を囮を使って発動させることで回避したね。ああいう機転は中々いいよ」
「やったのは俺じゃないんで、向こうを褒めてやってくれよ」
そう言いながら、気が付いたらしくこちらにやってきた三体に今の会話を説明する、そういうわけだからスロウはお手柄だ、というところまで行くと、もっと褒めろと言わんばかりに俺を見た。
「よくやった。これでいいか?」
「それでいいです」
「いいんだぁ……」
「じゃあ採点、というか話を続けようか」
迷宮の管理者がそう述べる。マッピングや戦闘、支援やそれぞれの役割、それらはきちんと纏まっていて中々だ。そう続けると、ただ、とスロウを見た。
「ザコ戦では、彼女の支援に頼り切りな部分がちょっと見えたね」
「まあ、確かに基本スロウの支援ありきで戦ってるわねあたし達」
「パーティーなんですから、当然ですよ」
「うん、それは勿論当然だ。だからパーティー全体の評価としては高得点。個人個人としてはちょっと減点、になる感じですね」
とは言っても、と迷宮の管理者は俺達を見渡す。俺と、アリアと、シトリーを順に見て笑顔のままうんうんと頷いていた。
「遊撃も兼ねた前衛をこなすパーティーリーダー、デバフと遠距離攻撃のサブアタッカー、盾役と攻撃を同時にこなせるタンク。突出した支援役である彼女を抜きにしても十分の実力だ、評価に値するよ」
「それはどうも」
どうやら今のところ目立った問題はないらしい。ということは、このまま試験は合格ということでいいんだろうか。そんなことを思っていた矢先、では本題に入ろうと迷宮の管理者が言ったことで俺達は眼の前の男に注目する。
「さっきまでは道中の話。でもこの試験の重要な部分はその後だ」
その話をする前に、と迷宮の管理者は手を突き出す。目的の物をちゃんと手に入れたかどうか。それを尋ねられたので、これでいいのかと青い宝石を手渡した。見ていたなら知っているだろうに白々しい。
「はい、ありがとう。いやいや、これは重要だよ。高価なアイテムをきちんと依頼主に渡せるか。冒険者としてのモラルとかも評価の対象ですからね」
見られてたのに懐に入れてたらそれはそれで中々の剛の者だと思う。そんなことを思ったが、そもそも見られていることに気付かない可能性もあるのかと思い直した。見ていた方法などの説明は一切されていない。
「話を続けていいかな? それで、この宝石だけど、強力なボスが守っていた。君達はそう思っているよね?」
「ん?」
何だ今の言い方。まるで別にボスは宝石を守っていなかったかのような口振りじゃないか。スロウも首を傾げているし、シトリーも頭にハテナが浮かんでいる。
ただ一人、アリアだけがまさか、と目を見開いていた。
「お、君は分かったのかな?」
「その宝石、ひょっとして最初からあそこに置いてあった……?」
「うん、大正解」
は? 思わずそんな声を出した。そんなはずないだろう。あれはボスを倒したから出現したアイテムで、そもそも階段の入口の台座とか。
あったかなかったか覚えていない。ボスを倒したから出現したと思いこんでいるだけだと言われても、そんなこと無いと言えるほどあの台座の記憶がない。
「あのゴーレムは僕が用意したものなんだけど、本来は、今の実力では倒せないであろうボスを避けつつ出口の道に置いてある宝石を手に入れる、という感じの攻略方法なんですよあれって」
「えぇ……? でも、ワタシ達ぃ……」
「そう、倒してしまった。これはもう、快挙と言えるでしょうね」
変わらず笑みを貼り付けたまま、迷宮の管理者はおめでとう、と再び拍手。そうしながら、そしてなにより、と俺とスロウを見た。
「仲間を大切にする熱い思い。うん、これぞパーティーの醍醐味だよね」
ああ、そうか。ダンジョンでの行動を見てたってことは、当然俺がスロウを痛めつけられたと思いこんでキレたのをバッチリ見られているわけで。いやまあ恥ずかしいと言えば恥ずかしいが、別に悶えるほどではない。いや恥ずかしいんだけどね。
だって熱い思いとか言われたんだぞ。そりゃこっ恥ずかしくもなる。
「ええと。それで、結局わたし達ってどうなるんですか?」
「元々の試験は及第点、それに加えてパーティーの絆で追加点も与えられるから、優秀な成績で合格ですね。おめでとう、これで君達は中級冒険者パーティーだ」
はいどうぞ、とカード状の証明書を手渡してくる。それを受け取り、改めておめでとうと言われると、じわじわと合格した実感が湧いてきた。何だかんだ、半ば無理矢理受けさせられたようなものであった中級試験であったが、しかしこうして合格すると、嬉しさが勝ってくる。
「とはいえ」
そんな俺達に、迷宮の管理者は声を掛ける。まあこれは合格者全員に言っていることなんですけど、と前置きすると、変わらず笑みを貼り付けたまま言葉を紡いだ。
「中級冒険者の証明書を手に入れたからといって、即座に中級冒険者の仲間入りが出来る、なんて都合がいいものじゃない。あくまでその入口から入る許可をもらっただけなんだ。下級冒険者とは違う、なんて自惚れるとあっという間に骸の仲間入りさ」
まあ、君達はそんなことにはならないだろうけれども。そう呟いた迷宮の管理者は、だからくれぐれも、と念を押した。
「無茶はしないように。強力な相手と戦った経験があるからといって、それ以下の相手なら勝てる、だなんて考えるようなことは……しないよね?」
「するわけない」
「しませんよ」
「しないわ」
「やらないよぉ……」
俺達の返事を聞いて、口だけにはならないようにねと迷宮の管理者は言葉を返す。そうしながら、ではお疲れ様と言葉を続けた。
「疲れただろうから、帰ったらゆっくり休んでくださいね」
そう言って踵を返して去っていく。そんな背中を見ながら、俺は思わずこんなことを思ってしまった。
え? 終わり?
「何不満そうな顔してるのよ」
「いや、不満とかそう言うのじゃなくて。属性の頂点と出会うと大抵なんか戦ってたから、てっきり今回もそうなるのかと」
「エミル。それこそさっき迷宮の管理者さんが言ってたことじゃないんですか?」
「うぐ」
「無茶は、だめだよぉ……」
「いや無茶っていうか……はい、ごめんなさい」
これは俺が全面的に悪い。まあもし他に悪いのがいるとしたら、月の大聖女と傀儡人形が悪い。もっとあの迷宮の管理者を見習ってまともな性格になれ。
「まあ、ギルドの昇格試験で試験官やってたりダンジョンにボスモンスター配置したりとかやってることは大分おかしいですけどね」
言われてみればそうかもしれない。やっぱり頂点はどこか変なんだな。
「おめでとうー!」
村に戻った翌日。ギルドのお姉さんに証明書を見せると、まるで自分のことのように喜んでくれた。まあ推薦した冒険者が合格すると特別手当が出るらしいので、そういう意味合いもあるんだろうけど。
「失礼しちゃうわね。私はエミル君達の成長を純粋に喜んでるのに」
「そうですよ。エミル、こういう時は素直にどういたしましてって言わないと」
スロウに怒られた。いやだって、お姉さん相手だとどうにもちょっと疑うというか。傀儡人形ほど怪しくはないけど、何か企んでそうな気配がする時もあるというか。
「田舎の村のギルド職員捕まえて水の頂点と張り合わせるのやめてくれる?」
こちとら出会ったことすらないわい、とお姉さんがジト目で俺を見る。まあ確かに今のは失言だったので素直に謝った。こっちは素直なんだ、と文句を言われた。
「まあでも実際、冗談抜きでエミル君の成長を喜んでるのよ? あのクソガキがこんな立派になってって」
「クソガキは余計だ。いやまあ確かにクソガキだったけど」
というかその頃のお姉さんまだギルド職員じゃなかっただろうに。そんなことを言うと、そうそうそうだった、とケラケラ笑った。
「懐かしいなぁ。冒険者やってたけど全然上手くいかなくて、転職考えようかなって思ってた時にエミル君を見たんだよ」
一人ぼっちで、同年代と遊ばずに森の方にほぼ毎日向かっていく大人びたクソガキ。まあそんな評価だったであろう当時の俺を見たお姉さんは、こっそりと後をつけて。
「途中で見付かって、『俺なんかに見付かるとか才能ないよ』って言われて」
「当時の俺酷いな」
いやまああの時はスロウ以外心を許せる相手もいなかったし、周りみんな俺のこと嫌ってると思いこんでたからな。まあ実際両親以外は無関心か嫌いの二択で好きとか言ってくれるのはそれこそスロウくらいだったからしょうがないか。
「子供にそんなこと言われちゃもう駄目だ、ってその日に冒険者引退したんだよね」
あっはっは、と笑いながら話すが、それは大分大事ではないだろうか。俺の一言で一人の人生がえらいことになっているぞ。
「いいのいいの。実際もう辞めるきっかけ探してたから、丁度良かったのよ」
「だとしても、って感じはしますけどね」
横で書類の整理をしているアリアがそう述べる。うん、それは当事者の俺もそう思う。というかお前試験した次の日なんだから今日は休んでいいとか言われてなかったっけ? そう尋ねると、だから簡単な仕事しかしていないと返された。
「アリアちゃん見てると私ダメ人間だって自覚するわ……」
これ終わったら休みますよ、と苦笑したアリアは、話の続きはどうなんですかと空気を変えるように言葉を続けた。ああそうそう、と笑みを浮かべたお姉さんは、でもまあその後は簡単なものだよと述べる。
「冒険者の才能は無かったけど、冒険者自体は結構好きだったからね。これに関わる仕事をしたいなって思って、ギルドの職員試験を受けたのよ」
何回か落ちたけど、無事に受かってこうしてこの村のギルド職員になって。そこまで言うと、お姉さんは改めて俺を見た。
「そうして暫くしたら、何と立派に成長したエミル君が冒険者になろうと講義を受けに来たではないか」
その頃っていうと、スロウが大分擬態出来るようになってきて、魔物使いのスキルを覚えて使役モンスターにするだのなんだのってのを実践するようになった頃か。たかだか一・二年前なのに、なんだかもう大昔な気がしてくる。
「そうして講義が終わって冒険者になるだけ、って状態のエミル君がケンカ騒ぎを起こして、その横には美少女がいて」
そうして、冒険者エミルが爆誕して。そこまで続けると、お姉さんはもう一度俺を見た。俺を見て、スロウを見て、アリアを見て、シトリーを見て。
「本当に、立派になったなぁ、エミル君」
心の底から、嬉しそうにお姉さんは笑った。




