第二十八話
というわけで、一階に戻る階段捜索である。構造自体は一階と大体同じで、スロウの罠感知、というか囮を使った強制発動で罠を潰しながら歩く。別段問題もなく、マップを全探索する勢いで歩き回った。というか、多分全マップ回った。
「階段が無い!」
「おかしいですね」
「これだけ回って無い、というのもおかしな話ね」
「ちょうどそこだけ見てない……ってことは流石に無いと思うんだよぉ……」
ううむ、と悩む。そして悩んだ結果、こういう結論に達した。というかそれ以外に考えられないとなった。すなわち。
ボス倒さないと階段が出ない。
「他の受験生も同じ仕掛けなんだろうかこれ」
「どーなんでしょう。何となく違う気はしますけど」
スロウの言葉に、そうね、とアリアも頷く。その理由としては勿論、俺達の試験官の存在だ。
土属性の頂点、迷宮の管理者。あの男がわざわざ俺達を最後に回したということは、何かしら仕掛けをしていると見て間違いないはずだ。流石に命に関わるほどの何かを用意しているとは思えないが、そうでないギリギリくらいまでならやっていてもおかしくない。
「あんた、属性の頂点に対する偏見が凄いわね」
「今んとこ出会った頂点が両方アレだぞ? 普通に考えればそうなるだろ」
教会の守護者とかいう肩書と見た目だけ穏やかな脳筋と、見た目から言動から何から何まで胡散臭いタコ女。月属性の頂点と水属性の頂点の二体がこれだ。どう考えても間違いなくやっかいな相手でしか無い。
そもそもとして、わざわざ特別な仕掛けを用意している時点でもうアウトである。
「向こうがやったとは……限らないんじゃないかなぁ……」
「そうか? 全員がこの仕掛けってのは流石に」
「まあ仕掛けはランダムであたし達が酷いのを引いたっていう可能性も、ないことはないけど」
その可能性は大分低いと思う。その場合俺達みたいな運のない受験生は他の受験生に比べ大分不利になる。わざわざ《テレポート》禁止にするくらいなのだから、ある程度条件を同じにしていると考えるのが普通だ。
いや、ポップでキュートとか言い出してるからその可能性もなくもないが。いやでも流石にな。
「まあ、その辺は後回しにしましょう。どっちみち、階段を見付けるにはボス倒すしかないんでしょうし」
「それもそうか」
スロウの言葉に頷きを返し、よしじゃあ行くかとダンジョンを進んだ。階段を探す過程でいかにもな扉は見付けてある。ボス部屋があるとしたら、間違いなくこれだ。
その場所まで歩みを進め、さあいくかと扉に手を掛けた。ギギィ、と音を立て、石造りの扉が開いていく。
そうして見えた中の部屋には、上りの階段と、それを守るように佇んでいる石で出来たオルトロス。
「……」
いや、何だあれ? 見たこと無いモンスターが帰りの階段守ってるんですけど。いや、オルトロス自体は知ってる。教本の習っていない部分に記載されていたモンスターだ。まあつまり、上級のモンスター。今の俺だと勝てるはずもない相手だ。
「うわー、なんか凄いのいますね」
「言ってる場合か! あれが本当にオルトロスだった場合」
「まあ間違いなく全滅ね」
「流石に食べられないよぉ……というか、食べられちゃうよぉ……」
迷宮の管理者の仕業だろうか。中級冒険者に上がるための試験を受けに来た下級冒険者に上級のモンスターをぶつけるのがあの男のやり方だったのならば、まあ間違いなく碌でもない。
「落ち着きなさい」
「いや、落ち着くも何も」
「だから、よく見なさい。あれは本当にオルトロス?」
アリアの言葉に、どういうことだとよく眺める。が、どこからどう見てもオルトロスである。
そこまで考えて、ああなるほど、と気が付いた。
「石で出来てるな」
「本物のオルトロスはもっと生物よ。でも、こいつは違う」
「とゆーことは、偽物ってことですか」
「石……ゴーレム、かなぁ……」
ゴーレム。強さがピンキリのモンスターである。ただ言えるのは、見た目通りの強さではないということだ。オルトロスの見た目であっても、上級だとは限らない。
迷宮の管理者の種族が何かはよく知らないが、まあこれは間違いなく向こうの用意したものだろう。試験官を名乗っている以上、見た目通りの上級のゴーレムではないとしても、まあ中級の強さはあると思っていい。
「覚悟、決めました?」
「まあ、ここまで来たらやるしかないだろ」
スロウの言葉に俺は剣を構える。じゃあやりますか、とスロウも支援を掛け始めた。それに合わせるように、アリアとシトリーも戦闘準備に入る。
「じゃあ、行くわよ」
「石は頑張らないと食べられないし美味しくないけど、頑張るよぉ……」
その頑張るって、食べるってことじゃないよな?
オルトロスのゴーレムの目に光が灯る。身動き一つしなかった双頭のオオカミがゆっくり動き出し、咆哮を上げる。一歩踏み出すごとにズシンと音がして、その重量の大きさを否が応でも実感出来てしまう。
「来るぞ!」
一気に突っ込んでくる。その質量からして食らうとアウトだ。それぞれ横に飛んで躱すと、そのまま反撃とばかりに攻撃態勢に入る。
そのタイミングで、オルトロスのゴーレムが二つに分離した。双頭のオオカミから、普通の巨大な石のオオカミ二体に変わる。急なそれに思わず足を止めてしまった俺を、同じ方向に躱していたシトリーが突き飛ばす形で回避させてくれた。シトリーは吹っ飛ぶ。
「シトリー!?」
「疑似餌だよぉ……」
ちゃっかり俺の横にいるアリジゴク。が、吹き飛んで転がった疑似餌の方はボロボロであった。腕とか足とか変な方向に曲がっている。パット見シトリーが轢き殺されているように見えるので非常によろしくない。
「とりあえず、呼び戻すよぉ……」
手足が変な方向に曲がったまま立ち上がった疑似餌が、ヨロヨロと揺れながらこちらにやってくる。ほぼゾンビである。何かシトリーがアンデッド化したみたいで非常によろしくない。
「文句が多いよぉ……」
「んなこと言ったって、仲間のズタボロな姿が見たいなんて変な趣味は持ってないんだよ俺は」
「それも、そうかぁ……」
ボロボロの疑似餌をシトリーがヨイショと被る。大分壊れてるとぼやいているが、とりあえずゾンビのような状態から服がボロボロなだけの人型シトリーにはなった。モンスターな上に疑似餌の皮なので当事者は気にしていないが、上も下も下着が見えてる。見た目のダメージのせいで色気とかそういうのが微塵も出ていないのがせめてもの救いか。
「まあそんなことより」
「そんなことぉ……?」
「スロウ! アリア! そっちは大丈夫か!?」
「何とかなってますよー! エミルはどうです?」
「シトリーの疑似餌がボロボロになった以外は大丈夫だ」
「何やってんのよあんたら……」
デカい石のオオカミが二体いるせいで視界が遮られ、向こうの様子がイマイチ分からない。口振りからすると大丈夫なようだが、まあスロウとアリアを信じるしかないか。
それより問題は俺達だ。スロウの支援は貰っているが、現状追加支援や回復は望めない。なので、なるべくダメージを受けないようにしながら戦わないといけない。
「ワタシはある程度までは自己回復出来るから、あんまり心配しなくていいよぉ……」
「そういう問題じゃないが、まあ了解。自分の方に集中しとく」
間合いを詰める。ゴーレムのオオカミに剣を叩き込むが、切れずに刃が僅かに食い込むだけで終わった。悪徳の剣が切れ味を鈍らせているわけでもないのにこれということは、どうやら見た目通り、相当の硬さを持っているらしい。
「シトリーも顎壊すなよ」
「うん……。固くて食べられそうにないよぉ……」
試しにちょっと削ろうとしたらしい。頬を両手で擦りながらシトリーがぼやく。しかしそうなるとこちらの近接組は打つ手がほぼ無くなってしまう。どう頑張ってもジリ貧だ。
「合流するか」
「了解だよぉ……」
向こうが二体になったからといって、こちらもそれに付き合ってパーティーを二つに分離させる必要など無い。突っ込んできたゴーレムのオオカミを避けると、そのまま一気に向こう側へと駆け出した。
案の定ゴーレムのオオカミが追いかけてくる。そして眼の前にはもう一体のゴーレム。
「シトリー! 口開け!」
「え? あ、分かったよぉ……」
ズルリと疑似餌から抜け出たアリジゴク花が、俺の真下に流砂を作り疑似餌もろともそのままがばりと包み込む。俺達が地面から消えたことで目標が無くなったゴーレムのオオカミと、目前にいたもう一体のゴーレムのオオカミが大激突した。盛大な音を立てて向こう側へ転がっていく。
ぺっ、と吐き出された俺は、向こうで激突して動かなくなっているゴーレムを一瞥してから、再び疑似餌を着たシトリーに視線を動かした。
「助かった」
「えへぇ……。でも、良かったのぉ……? そのまま食べられちゃう可能性だってあったんだよぉ……」
「いやお前は食べないだろ」
シトリーは人を食わない。そう信じ切っているからこそ、仲間だと思っているからこそ出来る芸当だ。まあだとしても流石に口に含まれるのを作戦にするのはシトリーにも失礼だったかもしれんが。
「別にエミルくんなら大丈夫だよぉ……」
「そうか?」
「うん……。大事な仲間で、友達だからねぇ……」
「そうか。それなら、良かった」
にへら、と笑うシトリーに笑みを返し、俺達はスロウとアリアに合流した。そっちはどうだったんだ、と問い掛けたが、なんとも微妙な表情を浮かべられた。
「相手がゴーレムなのが最悪ね。鱗粉が殆ど役に立たないわ」
「アリアちゃんを支援で底上げして、炎が効くかなーくらいですね」
石で出来たゴーレムは当然土属性。水属性とは別の意味で火が通りにくい。成程確かにアリアじゃ分が悪いな。
そこまで考えて、俺達のパーティーでは絶望的に相性が悪いということに気が付いた。
「どうすんだあれ……」
「さっきので倒せていればいーんですけど。まあ無理ですよね」
スロウの言葉の通り、ゴーレムのオオカミはゆっくりと立ち上がり、そして再び合体してオルトロス型ゴーレムに戻った。合体と分離のギミックを持ったゴーレムとか、これを用意したやつは一体何を考えてこんなもんを。
そんなことを考えている余裕もない。再度突っ込んできたオルトロスゴーレムを避け、しかし攻撃をしてもいまいち通らず。
「何か別の攻撃手段でもあればいいんだけど」
アリアが炎をぶっ放しながらぼやく。あの様子からすると、どうやら鱗粉の残量が心もとなくなってきたらしい。残っている鱗粉を全部炎に使っても、恐らく倒し切る事は出来ないだろう。
かといって、俺達の近接攻撃が聞くかと言えば。合間合間に剣を当てているものの、切れる感覚は微塵もない。それどころか、こちらの手がしびれてきたくらいだ。
そんなわけでアリアのぼやきに俺も賛同したいところである。何か他に、どこかに忘れているような攻撃手段でもあれば。
「あ」
「どうしたスロウ?」
「ありましたよ攻撃手段!」
「へ?」
そのタイミングでスロウが素っ頓狂な声を上げた。何だ何だと視線を向けると、思い出したとばかりに呪文を唱え、そしてその両手をゴーレムのオルトロスにかざす。
「これがありました! 破魔呪文!」
ゴーレムの真下に魔法陣が浮かび、そして光の渦が生み出される。その輝きに思わず腕で目を隠し、そして光が収まった頃にそれを外すと、先程とは違い所々がボロボロになったオルトロスのゴーレムが。
「下手すると自分巻き込むから完全に忘れてましたけど、これなら大抵のモンスターにも効くはずです」
えっへん、とドヤ顔で胸を張るスロウ。普段なら褒めつつツッコミを入れるところであるが、今回ばかりは称賛百パーセントでいかせてもらおう。
そんなことを思っていからだろうか。ボロボロだとしても倒せたわけではないというのを一瞬失念していたそのタイミングで。オルトロスのゴーレムが再び突進してきた。
その目標は。
「か、はっ……」
「スロウ!」
オルトロスの攻撃を食らってスロウがボールのようにバウンドして吹っ飛んでいった。そのままゴロゴロと転がり、しばらくすると止まる。
そして、ピクリとも動かなくなった。
「スロウ!?」
「スロウちゃん……!?」
慌てて駆け寄ろうとしたアリアとシトリーに向かい、オルトロスのゴーレムが前足を振り上げる。危ない、とそれを躱した隙を狙い、改めてとどめを刺さんとスロウに向かい再度突進を。
「させるわけねぇだろ!」
その顔面に剣を叩き込んだ。よくもやってくれたな。よくもスロウを痛めつけたな。
一瞬怯んだのを見て、どうやら破魔呪文で大分弱っているのを確認した。だからスロウを狙ったのか。
まあなんでもいい。スロウを傷付けたお前は俺が絶対にぶっ壊す。
オルトロスが吠えた。眼の前の俺を脅威だと思ったのか、ターゲットを俺に変え先に倒そうと突っ込んでくる。
「あたし達を忘れてもらっちゃ困るのよ!」
「反撃だよぉ……!」
その足をアリジゴクの顎が削り、バランスを崩したところに炎の渦が巻き起こる。突進の勢いが弱まったが、それでもまだゴーレムは健在。だがそれがどうした。
「お前は! 俺が! ぶっ潰す!」
真正面から思い切り剣を叩きつけた。明らかに巨体にパワー負けするはずの俺が、しかし当たり勝ち、そのままオルトロスのゴーレムの頭を逆に両断する。片方の頭を無くしたゴーレムがぐらりと揺れ、しかしまだだともう片方の頭をこちらに向けた。
だが、知るか。アリアとシトリーに援護も貰った。だから俺一人とは厳密には言えないが、まあそんなことは置いておく。
「うおぉぉぉぉ!」
もう片方の頭もそのままぶった切る。悪徳の剣が普段よりこころなしか輝いているように見えたのは、俺の気のせいだろうか。
ともあれ、頭を両方とも失ったオルトロスのゴーレムは、そのままガラガラと崩壊していった。
が、俺はそんなことは知ったこっちゃない。即座に踵を返すと、倒れているスロウに向かって。
「ふー。びっくりしました」
行こうと思った瞬間、ムクリと起き上がったスロウを見てそのまますっ転んだ。変なところをぶつけて悶えつつ立ち上がると、俺はそのままスロウのもとへと歩いていく。それに続くように、アリアとシトリーもスロウへと駆けていった。
「スロウ、あんた、傷は?」
「え? 別に大丈夫ですよ」
「あんなに吹き飛ばされてたんだよぉ……?」
「あー。わたし、支援と回復役がやられるわけにはいかないと思って、基本的に自分にはしっかりめに掛けておくんですよ」
だから、あの突進を食らってもそう大したダメージにならないで済んだ、というわけらしい。それでも衝撃はあるので暫く立てなかったのを、俺達は大ダメージで気絶もしくはそれ以上の状態になったのだと勘違いしたのだ。心配かけちゃいましたね、と頬を掻くスロウを見て、アリアとシトリーはでも良かったと安堵の溜息を吐く。
そして俺は。
「エミル」
「何だよ」
「心配してくれて、ありがとう」
「当たり前だろ馬鹿」
「えっへへー。そーですね、当たり前ですね。エミルわたしのこと大好きですもんね」
「……ああ、そうだな」
「ふぇ!?」
別に嫌いなわけはないし、好きだろうと言われればそりゃそうだと答えるくらいには付き合いが長い。だからこの返答は当たり前である。勿論恋愛的な意味ではないが。
それを覚ったのか、スロウもまあそうですよね、と驚いていた表情を戻す。そうしながら、まあでも、と俺の手を取った。
「今日はエミルに守ってもらったから、良しとします」
「守れなかったけどな」
「いーんですよ。わたしにとっては守ってもらったんです」
「ああ、そうかい」
「そーなんです。えっへへー」
そう言って笑うスロウを見ながら、俺は小さく溜息を吐く。そして、俺の手を握っているスロウの手を。ぎゅっと握り返した。
「今度は、ちゃんと守る」
「はい。期待してますよ」
「告白だよぉ……」
「いつものことでしょ」
そこ、茶々を入れない。そもそも違うっつってんだろ。




