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第二十七話

「おやぁ? 随分と面白そうな面子がいるじゃないですか」


 そんな声が聞こえ、試験官も俺達もその方向へと振り返る。ロングコートを来たボサボサ髪の眼鏡の男が、笑みを浮かべこちらに歩いて来ているところであった。少し茶色掛かった黒髪をワシワシとさせながら、迷宮から出た後見上げた空のような青い目をこちらに向けている。年は俺達より上だろう、二十代くらいに見えた。


「あ、めい――」

「今の僕は試験官の一人なんですから、そこら辺は注意してもらわないと」

「す、すみません」


 俺達の照合をしていた試験官がその男を見て何かを言おうとしたが、それに先んじて男が言葉を被せていた。それを聞き、試験官は顔を青くして頭を下げている。

 どうやらやり取りからすると試験官の中でもお偉いさんみたいだな。そんなことを結論付け、そしてその男の最初この言葉を思い出した。つまり、今から碌な事が始まらない。


「まったく、ポップでキュートもいいですけど、そこら辺を勘違いしちゃいけませんよ。はい、ごめんなさいね新人冒険者諸君。じゃあちょっとミスった試験官に代わり、僕が君達を担当しようかな」

「え、いや別にそんな気にしなくても」

「遠慮はいらないよ。謙虚も結構だ。僕がやりたくてやるんだからね」


 そう言うと男は試験官から書類を受け取り、じゃあ改めてと俺達を照合し始めた。ふむふむ、と書類を見ながら、ああ君達が例の、と笑っている。


「まあ確かに似顔絵も魔道具での写真もない書類だったからしょうがないかもしれないけど、ちょっと驚き方が派手だったかな」

「す、すみませんでした」

「じゃあ次に活かしてね。というわけで、向こうの担当お願い」


 そう言って試験官を移動させた男は、ウンウンと頷きながら俺達を見る。そうしながら、声量を落として言葉を紡いだ。


「モンスターの集団のパーティーは、普通の試験官だと驚いちゃいますからね」

「……書類にはちゃんと書いてあるんじゃ?」

「書いてありましたよ? でもね、ここまで完璧に人間に擬態されてると普通は疑うんですよ。自分の情報隠すために適当書いているんじゃないか、ってね」


 スロウを見て、アリアを見て、シトリーを見て。うんうん、素晴らしい擬態だね、と男は満足そうに笑っていた。というかさっきから笑み以外の表情を見ていない。


「あ、これ? ごめんね、僕は君達みたいに上手じゃないから、別の表情作れないんだ。いや、いつも笑っているのは本当ですけどね」

「は?」

「表情が乏しいってよく言われるっていう話さ、気にしないで」


 男はそう言って、よし照合は終了と捲っていた書類を戻した。じゃあ続いて試験の説明を、と言い出したので、さっきその辺は聞いたと返した。というか照合も一応終わってたはずなんだけど、何で二度手間を。


「ごめんごめん。試験官が変わったからってことで勘弁してくださいね。じゃあ説明はいいか。質問は……《テレポート》の使用有無でしたっけ? それの騒ぎでこっち見たから知ってるけど、まあ今回は自分の足で戻るのが試験なんで勘弁してね」

「それも聞きましたよ」

「それはよかった。あ、ここだけの話、戻る時に発動する仕掛けとかもあるから注意してね。《テレポート》使われるとその辺すっ飛ばされて対応力の点数下がるからってのもありますよ」


 言っていいのかよそういうこと。そんなことを思った俺の表情を察したのか、そこは他の試験官も話しているから大丈夫だと男は述べる。なにせポップでキュートだからね、と笑っていた。


「さて、じゃあ君達の順番だけど。ちょっと特殊なパーティーだし、最後になっちゃいますね。何かこの後予定があるなら調整入れるけど」

「いや、大丈夫です。……だよな?」


 一応スロウ達にも確認を取る。セフィへの報告くらいだから、この辺は終わり次第なので問題ないだろう。三体も同じような結論に達したらしく、大丈夫だと頷いている。


「よろしい。じゃあ試験開始まで、もうちょっと待ってくださいね」


 そう言って男は去っていく。出番来たら呼びますよ、と言い残し、そのまま踵を返していた。

 なんだったんだあの男。明らかに怪しい存在を見て、とはいえまあお偉いさんなのだろうというくらいしか分からないのでこれ以上話が膨らまないのだが。

 そんなことを思っていたが、アリアが何かを思い出したようにああ、と声を上げた。


「どうした?」

「さっきの男。何か気になっていたんだけど、ようやく思い出したわ」

「知り合いですか? アリアちゃん」

「違う違う。話に聞いていて、魔道具での写真を見たことあるってくらいよ」

「有名な人なんだぁ……。あれ? 人ぉ……?」

「人じゃないわよ」


 シトリーが首を傾げているのに対し、アリアはそう返し、男が去っていった方向を見やる。何でこんなところで中級冒険者の試験官をやっているかは知らないけれど、と言葉を続けた。


「あれ、土属性の頂点よ。確か名前は、『迷宮の管理者』」







 ダンジョンの中を歩く。試験会場とされるだけはあって、石造りのいかにもな構造になっている。


「……今思ったんだけど」

「どーしました?」

「いや、基本的な知識は講義でやってるから、ある程度分かってはいるんだけど。やっぱり実践してないと上手い具合にいかないと思うんだよな」

「まあ、それはそうでしょうね」

「つまり……こういうことなんだよぉ……」


 俺達は、そこで思い切り罠に引っかかっていた。そうだよな、経験が豊富って言ったってそれは偏った経験であって、こういう本来やっとくべき経験をすっ飛ばしている俺達じゃ無理がある。


「まあでも、引っかかった罠を解除したんだから上出来じゃない?」

「解除、って言っていいのかこれ?」


 試験会場なので流石に死ぬような罠ではない。今のところは、というただし書きがつくが。

 それらにバシバシ引っ掛かってはスロウの回復や支援で無理矢理突破するという失格そのものの行動を続けている現状は、多分どうしようもない。


「まあでも実際、罠の探知や解除をするような面子がここにいないのよね」

「あ、探知とゆーか、発見ならやれないことはないですよ。ふぅー」


 ミニ芋虫再び。それらをばら撒いて片っ端から罠を発動させているスロウを見ながら、これは探知と言っていいのだろうかと少し不安になる。というか、発動させたら普通にマイナスなのでは?


「その辺も踏まえて試験でしょ。発動させるだけでマイナスなんて極端なことはないわよ、きっと」


 アリアが肩を竦めながらそう述べる。それならいいけど、と罠の発動し終わったダンジョンの道を歩きながら、俺達はさてでは次は、と視線を動かした。


「モンスターですね」

「これって……試験用、なのかなぁ……」

「だとしたら事前に説明はあるだろ。特にあの試験官――迷宮の管理者なら」


 土属性の頂点だというあの魔物の男なら、試験用モンスターなので殺さないように仕掛けがありますくらいは言っているはずだ。つまり、罠などの仕掛けは多少いじってあってもモンスター自体は野放し。

 眼の前にいるのはダンジョンによくいるネズミのモンスター、サンドラット。名前の通り土属性の下級モンスターだ。大体ミミックロウラーよりちょっと上くらいの、中級冒険者にとっては雑魚敵である。


「そういう油断がよくないってのは知ってる」


 が、俺はそもそもこいつとの戦闘経験がない。恐らくそういう点で、他の下級冒険者や今回の受験者よりも数段劣っている。だから、教本で知っているだけでなんとかなる、なんて自惚れをする気はない。


「うおっ」


 眼の前のネズミが砂を吐いた。思わず目を手で防ぎ、そして即座に横っ飛びをする。三体いたネズミが全て俺のいた場所に纏めて突進してきていた。


「気を付けなさいよ。この手のネズミは複数いると厄介なんだから」

「了解!」


 即座に体勢を立て直し、一体のネズミをぶった切る。最近は思うように切れるようになった悪徳の剣は、見事サンドラットを真っ二つにした。


「一匹くらい食べても、大丈夫だと思うんだよぉ……」


 疑似餌の背中からガバリと飛び出たアリジゴクが、そのまま一匹と俺が倒した死体をまとめて捕食した。討伐の証はここでいいかなぁ、と尻尾が二つぽぽいと吐き出される。なあ、これ食ってもいいやつ?


「ダンジョンのモンスターに手を加えてないなら、大丈夫なんじゃないですかね」

「それでお腹壊したらこいつ自身の責任でしょ」

「その辺りは、大丈夫だよぉ……」


 何で大丈夫かは聞かないことにする。ネクロマンサー騒動の時に腐ったもの食べてたような口振りだったから、多分そういうことなんだろう。だからこれ以上踏み込まない。

 最後の一匹はアリアがこんがりと焼きネズミにし、とりあえず戦闘終了だ。まあ試験というだけあって、受験者ならそうそう命を落とすような危険さはない。やられても丸薬の魔道具があるのでその辺りのフォローもきちんと出来ている。


「そう考えると、緊張感が薄れる奴もいるんだろうな」

「今のエミルみたいにですか? なんちゃって」

「アホ」


 そう、緊張感を薄める理由が俺にはない。わざわざ迷宮の管理者が俺達を最後に回したんだ、何かあると思って間違いないのだ。

 スロウを見ると、まあ流石にそうですよね、と顎に手を当てて考え込んでいた。能天気芋虫でもここまであからさまだと気付くらしい。


「エミルって、時々わたしのことただの馬鹿だと思ってる節ありますよね」

「違うのか?」

「酷くないです!? こー見えて、回復と支援を全部覚えた才女なんですからね!」


 えっへん、と胸を張るスロウ。まあそこら辺全部覚えているのは素直に凄い。この間完全に忘れている破魔呪文に関してはついに主張すらしなくなった辺り頭から抜け落ちているのだろうと予想出来るが、その時点で才女とはなんぞやになる。


「そもそも才女ってのはセフィとかアリアとかみたいなのを言うんだよ。お前は色々一点特化過ぎる」

「何でいきなり褒めてるのよあんたは」

「いや、これに関しては事実だし」

「ふ、ふぅん。まあ、褒めても何も出ないけど」

「ずーるーいー。アリアちゃんだけ褒められてずるいですよ! わたしもほーめーてー!」


 ぶーぶー、と文句を言いながら俺にぐいぐい迫ってくるスロウ。いやだからお前は一点とかで凄いって話はしたじゃないか。そう説明しても、なんだか気に入らないらしくもっと素直に褒めて欲しいとか言い出してくる。


「いや素直に褒めてるだろ?」

「そうですけどぉ。なんか違うとゆーか」


 そんなこと言われても。ううむと頬を掻いているそのタイミングで、再びサンドラットが飛び出してきた。しまった、油断した。

 ダメージを受けるのを覚悟で身構えたが、その間にシトリーが割り込む。自分の体で攻撃を受けながら、こちらに大丈夫かと声を掛けてきた。


「俺達は大丈夫だ。それよりもお前は」

「大丈夫だよぉ……。ワタシ、植物モンスターで結構頑丈だから、こういう時は頼ってくれていいよぉ……」

「悪い、ありがとう。こういう時のお前は本当に頼りになるな」

「えへぇ……」


 まあでも無理はしないように、と付け加えて、俺はシトリーが防いでいるサンドラットを纏めてぶった切る。そのタイミングで突っ込んできたもう一体はスロウの支援で防御を跳ね上げられた俺に弾かれた。


「ふぅ……。ダンジョンだもんな、気を抜いてるとマズいな」

「その辺りの経験ないですもんね、わたし達」

「流れるように仲直りしてるんだよぉ……」

「犬も食わないわね」


 何の話だ何の。そうやって余計なことを考えているとどんどん時間が過ぎていくぞ。いやまあ俺のせいでもあるんで棚には上げないけど。

 そうして暫く歩くと階段が見付かる。この試験用ダンジョンは地下二階だという話だから、この先に向かって奥のアイテムを取って戻って来れば終了だ。階段を下り、再度同じような景色が続くのを確認して、そして。


「階段が天井まで上がってる!?」

「帰りの仕掛けって、そういうことね」


 来た道が消滅した。多分別の場所に新しい階段が出現したんだろう。まずはそれを探してから攻略するか、それとも攻略してから探すか。


「探してからの方がいいと思いますよ」

「まあ、そうだよな」


 奥に何が待ち構えているか分からない以上、帰り道を確保することが最優先だ。試験だからまあいざとなったら帰れるので大丈夫だろう、だなんて考えでは間違いなく本当のダンジョンアタックで死ぬ。いくら本当は駆け出しの分不相応な受験生だとしても、最低限のことはやれるだけやっておかないと。


「まあ本当のダンジョンアタックの実践だと《テレポート》で帰りますけどね、この場合」

「そういう身も蓋もないことを言うな」



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