第二十六話
傀儡人形と勝負、とも言えないほど一方的にやられてから。もうその後はほぼ消化試合だ。公爵の権限を一時的にアンゼリカ嬢に譲渡するという委任状が用意された時点でアレは詰みである。腐っても公爵に連なる人間だったのか、何かこちらが行動を起こす前に謝罪文を置いてトンズラしていた。俺には直接関係ないことなのだが、後日そのアレの実家から正式に謝罪の品も送られてきたらしい。まあ実害らしい実害はなかったとのことなので、それによって手打ちということになったのだとか。ちなみにアレは大層実家で絞られたらしく、当分は自領から出られないだろうとのこと。貴族のあれこれはよく知らないが、まあ色々やらかしたんだし生きてるだけで儲けものだろう。
そんなわけで。フォーマルハウト公爵家とも何だかんだ縁を作ってしまった俺達は、ようやく問題も解決したということで村に戻ってきていた。アンゼリカ嬢は、もしよければまた遊びに来てくださいとも言ってくれたが、傀儡人形がいる以上積極的には行かないと思う。まあなにか頼み事があれば、あるいはスロウ達が行きたがればその限りではないが。
「成程ねぇ」
村のギルドでお姉さんが今回の話を聞いて頷き、楽しそうに笑う。随分大層なコネが出来たことで、と俺の方をバシバシ叩くが、正直別に英雄とか成り上がりとかそういうのを目指していない俺にとって、そんなもんあったところで何か変わるものではない。まあ行動に制限が掛からなくなったという意味ではプラスに働くが、そこ以外の恩恵は余計な問題が増えるという部分と合わせて相殺される。
「まあそんなエミル君にとっておきの提案があります」
じゃじゃーん、と言う言葉とともに差し出されたチラシ、そこにはでかでかと『中級冒険者になろう』という謳い文句が記されていた。なんじゃこりゃ。
いや分かる。言わんとしていることは分かるし、お姉さんが何をさせようと思っているのかも分かった。分からないのは何だこのチラシ、という部分だ。
「ギルドも最近昇級試験の盛り上がりがイマイチらしくて、ポップでライトな昇級試験を目指そうと迷走してるみたいね」
「ポップでライトな昇級試験ってなんだよ。というか試験に盛り上がりとか関係ないだろ……」
「お姉さんみたいな下っ端にそんなこと聞かれても分かるわけないじゃない」
えっへん、と胸を張られたので諦めた。それで、このチラシを俺に渡したってことは、そのポップでライトな昇級試験を受けさせようという魂胆なんだよな。
そう尋ねると、その通りとドヤ顔をされた。分からないはずがないだろうに。
「それはいいけど、俺達まだ冒険者始めて二ヶ月くらいだぞ。流石に中級冒険者になるにはまだ早いんじゃないのか?」
「まあ期間はね。でもその成果はどうかな?」
「何だよその顔」
「中級モンスター討伐多数、月の大聖女との戦闘記録、傀儡人形との戦闘記録、ベルンシュタイン・フォーマルハウト両公爵家との繋がり。……ぶっちゃけ上級冒険者の資格取りに行ってもいいんじゃないかなって思うくらいなんだよね」
「いやどう足掻いても上級は無理だって、それこそ英雄とか勇者とかの領域だろあれ」
なにをどうトチ狂ってもそんな領域に自分はいない。これは間違いなく断言出来るし、そんな事ないと言われようが断固否定する。
そんな俺の顔を見たお姉さんは、まあそれはいいけど、とあっさり引き下がった。無茶して怪我とかされても嫌だしね、と続けた。
「後、ちなみに英雄や勇者は上級冒険者の上澄みだからね。みんながみんなそうじゃないんで」
「ならないってば」
「それは分かってるけど、誤解しないように」
そんな事を言いながら、お姉さんはというわけではいこれ、と先程のチラシを再度押し付けてきた。どうやら彼女の中では俺達はもう中級冒険者昇級試験を受けることが確定しているらしい。
「さっきも言ったけど、まだ二ヶ月の新人が昇級は早いって」
「まだ二ヶ月なのにありえない成果を上げているから渡したんだってば。中級モンスター討伐数はこの村の同年代ではぶっちぎりだよ? まあ倒してるのがエミル君しかいないんだけど」
お姉さん曰く。あの時ケンカでぶっ飛ばしたあいつらを含めた、講習を受けた同年代で冒険者になった連中は、まだ中級モンスターに挑めるほどの実力を満たしていないとのこと。
「そもそも二ヶ月の経験じゃウッドベアだって倒せるか怪しいものなんだけどね」
「あの当時はまあ、スロウあっての成果なんで」
お姉さんのジト目にそう答える。そう、俺がここまでトントン拍子に進んでいるのはだいたいスロウのおかげである。あいつの支援と回復があるからこそ、無茶苦茶な行動をしても何とかなってきたのだ。アリアとシトリーもスロウがいなければ決して仲間にすることも出来なかった。そしてこの二体を含めた仲間がいることで、俺はようやく一人前の冒険者として生活出来ている。この間のカニでそれをよく実感した。
そんなわけで、俺だけでは決して中級冒険者の試験を受けられるような実力ではない。そうお姉さんに告げると、なるほどね、とウンウン頷いた。
「じゃあパーティーで申請しておくね」
「そういう問題じゃなくない!?」
「だってみんながいれば一人前なんでしょ? そう言ったじゃない」
「言ったけど……」
よし試験者ゲット、とはしゃぐお姉さんを見ながら、俺はこの人には多分これからも勝てないんだろうな、などと考えた。
「んで、どうする? 大丈夫か?」
「エミルがいーなら問題ないですよ」
「横に同じ。あんた次第よ」
「ワタシも問題ないよぉ……」
いつものようにくつろいでいるスロウとシトリー、ギルドの手伝いをしているアリアにそう尋ねたが、答えはこの通り。となるとまあ、ほぼ決まりである。
というわけで試験会場である。俺達の地域だと試験をする場所は付近でもっとも大きな街、まあつまりベルンシュタイン公爵の城下町だ。勝手知ったると城下町を歩きながら、中級冒険者の試験会場へと足を進める。
前に、ついでなんでセフィにその辺の話をしておくことにした。
「エミルさん達も中級ですか」
「早い早い。今から受けるんだからな。受かってないからな」
何か感慨深げにそんなことを言われたので思わずツッコミを入れた。が、セフィはそうでしょうかと首を傾げている。何がどうなってそうでしょうかなの?
「エミルさん達で受けるのですよね? パーティー単位の試験ならば、落ちることは九分九厘ありえません」
「そこまでか?」
「はい。これが例えばエミルさん一人ならば、悪徳の存在もあり少々危うい可能性もありますが」
それは分かる。多分俺一人だとどこかでミスをして駄目になる。正直言ってそういう意味では中級冒険者を名乗るような実力をしていないのだ、俺は。
そんな考えが顔に出ていたのだろう。セフィは苦笑しながら、そんなことはありませんよと俺に述べた。
「あくまで悪徳の存在があっての話です。実力の話で言うならば、エミルさんは間違いなく中級冒険者です」
「そうかな……」
自分ではその辺りよく分からない。そもそもとしてセフィが中級でないのに俺達が中級になるというのも変な話だ。
「そういえばそうですね。セフィちゃん先輩が先輩じゃなくなっちゃうんでしょうか」
「まあ、セフィーリア様は冒険者を引退しているようなものだから、今の時点でその呼び方ならずっとそのままでいいと思うわよ」
「冒険者生活の……先輩だから、でいいと思うんだよぉ……」
ううむ、と実にアホなことで悩むスロウにアリアとシトリーが声を掛けている。とはいえ、確かにスロウの言いたいことも分からないでもない。先輩より先に行く、というのはなんというか寂しいものがあるのだ。
「アリアさんの言う通り、私は既に半分引退している身です。鍛錬は欠かしていませんが、本来ならばもうエミルさん達についていける実力ではないのですよ」
「それはちょっと信用出来ないけど」
フォーマルハウト公爵領ではベルンシュタイン公爵令嬢としての面を強く出していたので俺達の冒険には参加しなかったが、それでもその立ち振舞を見ていると腕が鈍っていないのはすぐ分かる。
「なあ、この際だからセフィも受けないか? 中級冒険者の昇級試験」
「……いえ、私は遠慮しておきます」
そう言ってセフィは微笑む。既に引退しているような人間が、試験を受けに行くのは流石に巫山戯ていると思われても仕方がない。そんな悪印象を与えるわけにはいかない。そう言って、彼女は俺達のメンバーになることを断った。
「心配なさらなくとも、ベルンシュタイン公爵令嬢として恥ずかしくない振る舞いをするつもりですので」
「何となく言いたいことは分かった」
俺達のついで、で受かるような真似はしたくない。そういうことなんだろう。俺達が既に受かることを確信しているからこその意見なわけだが、そうなるとますます下手にミスをするわけにはいかなくなった。
「そう緊張なさらずとも、エミルさん達ならば今の試験も問題なく合格するはずですわ」
「だといいけど……今の試験?」
そういえば、最近盛り上がりに欠けるからポップでキュートな試験にするとかいう迷走をしているんだったっけか。あれてっきりそういう謳い文句なだけで中身は別に変わっていないんだと思っていたが、ひょっとしてそうでもないのか。
「旧来の試験は筆記と実技でした」
「筆記? わたし無理ですよ?」
「ワタシも出来ないよぉ……」
「あたしはいけるわ」
だよな。予想通りの反応をしてくれた三体を見ながら、俺はセフィに話の続きを促した。よくよく考えれば、そんなことはギルドのお姉さんも分かっているはず。パーティー単位で試験を受けるというのも思えばよく分からない。
そんな俺の考えを見透かしたように、ええそうですと彼女は頷き。
「ですので、今は知識と実力を纏めて測る方法へと切り替えました。それが」
ダンジョンアタックです。そう、セフィは言葉を続けた。
というわけで、と案内された試験会場はいかにもなダンジョンの入口。ギルドが管理と運営をしているらしいこのダンジョンで、中級冒険者の昇級試験が行われる。
ルールは単純で、ここからダンジョンの最深部に辿り着き、そこにあるアイテムを持って帰ってくるだけだ。だけなのだが、そこにいたるまでに、下級冒険者としての生活で培ってきた知識や実力を使う必要があるらしい。
当然モンスターも出てくるので危険である。が、そのために緊急脱出用の魔道具が与えられる。装備品だと無くすから、という理由で丸薬タイプだ。二日で溶けてなくなるので安心安全らしい。滅茶苦茶怪しいがベルンシュタイン製だというので信用はすることにした。
セフィが受けなかった理由まさかこれじゃないよな? 自分とこの製品信用してなかったからじゃないよな。
「んなわけないでしょ。だとしたらセフィーリア様はあたし達も止めるわよ」
「その前に、セフィちゃん先輩が使用許可出してないと思いますよ」
それもそうか。いかんいかん、柄にもなく緊張しているのか、そんな余計なことを考えてしまう。
「ワタシが一番仲間になって日が浅いけどぉ……エミルくんは結構緊張してるんだよぉ……」
「……ああ、そうかい」
シトリーの言葉に項垂れる。そうかそうか、俺って結構こういう時緊張するタイプだったのか。まあいい。それならそれで緊張している前提でうごけばいいだけだ。幸い、俺には頼れる仲間が三体いる。
「では――」
試験官が試験を受ける面々の名前を照合していく。どうやら個人で受けた時はその面々の中でパーティーを組むらしく、その場合流石に試験の合格ラインはパーティー単位より低くなるらしい。俺達はパーティー単位で試験を受けるよう申請しているので、少しだけ厳しめ、ということになる。
「ええと、エミルさん、スロウさん、アリアさん、シトリーさんの四人パーティーですね」
俺達の番が来る。名前の照合が終わり、試験の説明を聞き。その間、なんだか妙に注目されているような気がした。まあそりゃそうか、他の受けている面々と違って、俺達は始めてまだ二ヶ月程度の新人だ。そんなのが中級受けるとか嘗めてるな、と思われてもおかしくはない。
「以上で説明は終わりですが、何か質問はありますか?」
「あ、はーい。質問あります」
そんなこんな説明終わり。その際にスロウが試験官に質問あると手を上げていた。はいなんでしょう、と試験官はスロウに尋ね、スロウはそこで言葉を紡ぐ。
「帰りって《テレポート》で帰ってきたら反則ですか?」
「え? ……出来るんですか?」
「出来ますよ」
「……本当だ、書いてあ――聖女ぉ!?」
各々の細かい能力部分を確認していた試験官がいきなり素っ頓狂な声を上げた。おいそういう驚きは事前にやっといてくれ。何で試験当日にやってんだよ。確認しとけよ。
「あ、いえ、その。ということは、貴女が噂の月の大聖女様が直接試験したとかいう異例の聖女……」
「噂とかよく知らないんで分かんないですけど、月の大聖女さんに聖女認定はしてもらいましたね」
ざわめきが大きくなる。だからそういうのは事前に確認しておいてくれってば。そうは思いませんか他の試験官さん。そんな風に別の試験官に視線を向けると、バツの悪そうに視線を逸らした。あ、これポップとキュートに全振りしたからだな。
ちなみに《テレポート》で戻ってくるのは無しらしい。そりゃそうだ。




