第二十三話
翌日。集めた材料は公爵の病に効く薬の材料となるという名目となり、それを人手不足の中集めてきた冒険者という触れ込みで公爵との面会を許される。まあ理由のでっち上げなんか何でもいいんだろうけど、傀儡人形がわざわざ言い出したということが重要なんだろうから。
そんなわけで、病気の公爵と面会を取り付けた。アレを野放しにしているくらいだから相当悪くて寝込んでいるんだろうくらいに思っていたが、意外にも椅子に座って出迎えてくれる。それなら別にアレを圧で潰すことくらい出来たのでは。
そんなことを思った思考を読まれたのか、こちらも色々と事情があると先んじて述べられた。事情、事情ね。
「まあとりあえずちゃっちゃと治しますね」
スロウの言う通りだ。話すにしてもまずは治療を終えてから。スロウが公爵のもとに近付き、ふむふむとペタペタ彼の体を触る。護衛が、聖女様一体何を、と訝しげな顔をしていたが、悪いが俺もよく分からん。
「念の為、余計なものがないか調べてたんですよ。あと聖女様とかムズムズするんでやめてください」
擬態解けちゃいそう、となんとも嫌そうな顔をするスロウを見て、まあそうだよなこいつ芋虫だもんな、と俺は一人頷いていた。他の面々も同じように納得している表情をしていたが、皆に揃って多分そっちの理由とは違うと言われた。解せぬ。
ともあれ。公爵に治癒の魔法を掛けたスロウは、ついでなんで腰も治しておきましたと続ける。その言葉に暫し目を瞬かせた公爵は、次の瞬間勢いよく立ち上がり、そしてありがとう聖女スロウ殿と深々と頭を下げた。
「えっと? そんなに腰悪いの大変だったんですか?」
「正直これのお陰でアレを追い出すのが出来なかったほどにはな」
そっちかよ。思わずそんなツッコミを入れかけ、相手は公爵だと飲み込む。が、傀儡人形様が用意してくれた材料も腰の塗り薬だしな、と笑って言い出した時は飲み込めなくて口に出してしまった。
「って、じゃあ元々内臓と水泡病はそうでもなかったんですか?」
「ん? いいや、それは違うぞ冒険者エミル殿。どれもこれも私を動けなくさせる理由ではあったさ。三つが揃うことが大問題だっただけだ」
そういや言ってたな、一つ一つは問題あるが影響は大きくない、重なることで影響が広がったって。まあスロウの魔法で治療するとなると、二つでも三つでも大して違いはないとは思うが、何で隠して。
「まあ確かに。スロウが調べたからついでに治してたけど、最初から言っておけば調べなくても治す対象に入ってたでしょうに」
「スロウちゃんの強さを……低く考えてたのかなぁ……」
「もしくは。それに気付くか、とこちらを試したか」
シトリーの意見にしろセフィの意見にしろ、どっちにしろこっちを信頼してるって感じじゃなさそうだなやっぱり。そんなことを考えつつ、話を進めようと公爵に視線を戻す。
とりあえずアレをどうにかしましょう。そう提案すると、そうだな、と公爵は頷いた。
「だが、見ての通り私は腰が悪くてな」
「さっき治ったでしょう」
「そういう流れだったのだ。傀儡人形様は底意地が悪いのでな」
「……成程」
つまり、答えはシトリーのでもセフィのでもなく。
「アンゼリカ嬢にやらせるための理由作りですか」
「そうなるな。というわけで、これは他言無用だ」
護衛にもそう伝えると、公爵は無くても全然問題ない杖を手に取り辛そうな演技をしながら再度立ち上がる。
「では改めて。だが、見ての通り私は腰が悪くてな。権限をアンゼリカに託す委任状を用意するので、それをあいつに渡してもらえるかな?」
「……承知いたしました、公爵様」
「うむ。では頼んだぞ」
俺と、スロウとアリアとシトリー、そしてセフィに声を掛けながら、公爵はそう言ってどこかいたずらを企んでいそうな顔で笑った。成程、フォーマルハウト公爵家は元々そういう性格なのね。
公爵との会話を終え、ではアンゼリカに委任状を渡しに行くか。と思ったそのタイミングで、俺はスロウの様子がおかしいのに気が付いた。さっきの聖女様呼びで擬態解けそうとモゾモゾしていたの時のように、どうにも落ち着かない様子。というより、何か安定していないようで。
「スロウ」
「はい?」
「ちょっとどこかで休ませてもらえ」
「へ? でも私は別に」
「大丈夫じゃないだろ」
「むぅ」
これから色々やるのだろう、と視線で訴えかけてくるが、知るか。そんなもん、お前の体調より優先するようなもんじゃない。ひょいとスロウを抱きかかえると、セフィ経由で、使用人に部屋を一つ用意してもらい、そこに運び込んでベッドに寝かせた。
「こいつ、躊躇い無くやったわね」
「ラブラブだよぉ……」
「まあ、彼らにとってはいつものことなのでしょう。まったく」
何だお前ら。アリアもシトリーも、セフィまで何を言っているのか知らんが、そんなことより今はスロウだ。そう述べると、二体と一人はコクリと表情を真面目なものに戻した。
「スロウさんに一体何が!?」
そのタイミングでアンゼリカ嬢が戻ってきたらしい。借りた部屋に入ってくるなり、大丈夫かと慌てた表情でこちらにやってくる。成程、傀儡人形がまだまだ、と言った理由がよく分かる。よく分かるが、まあ別にそのままでいてくれた方が俺はいいと思う。あんな腹黒ド外道になってはいけない。
「随分な言い草ね」
少し遅れて傀儡人形も部屋にやってくる。公爵と面会する前は一緒にいたくらいの近さなのに、動き回っていたアンゼリカ嬢よりここに来るのが遅い辺り、あながち間違ってもいないと思うけどな。
俺の嫌味にも別段気にすることなく流した傀儡人形は、どれどれ、とベッドで丸まっているスロウを見やった。寝ているではなく丸まっている、である。本体の芋虫状態でベッドに寝ているからだ。
「話は聞いていましたが、本当にミミックロウラーだったのですね」
アンゼリカ嬢が少しだけ驚いた様子で言葉を紡ぐ。そういえば彼女はこいつの本体を見るのははじめてだっけか。そうなると残る二体の方も話は聞いているけれど、って感じなんだな。
「アリアさんとシトリーさんは、想像を超えてはいますが理解の範疇です。ですが、スロウさんだけは理解の範疇も容易く超えていますわ」
「まあ、あいつの擬態性能はあたし達も未だによく分からないですし」
「何だか凄い……しか分かってないんだよぉ……」
修業の成果、と俺は認識しているが、やっぱりそれだけでは説明できない何かがあるんだろう。まあそれがあるからといって何だというわけでもあるが。
それよりも今はスロウの体調だ。何だか気持ち悪そうで、一見すると船酔いでもしているような気さえする。が、それで終わりではない何かがあるようで、心做しか体色も色褪せているように見えた。
「これは……!」
人間の医者に見せられるものではないので、俺達で原因を特定するしかないと悩んでいた矢先、アンゼリカ嬢はスロウの様子を改めて見て何かピンときたようであった。
って、彼女がピンとくるってことはまさか。
「水泡病ではないでしょうか」
「え? でもアリアがモンスターは影響を受けないって言ってなかったか?」
「あんまり、よ。受ける時は受けるわ。だとしても何でスロウだけってのはあるけれど」
この三体でスロウだけが影響を受ける理由。となると、こいつだけがやっていた行動が原因である可能性があるわけで。まず出てくるのが水泡病を患っていた公爵に触れたこと。だろうけど、そんなことでモンスターに影響出るほどのものだったのならば公爵本人と周囲がまず大変なことになっているはずだ。
「いや、でも水泡病の大本が公爵だった可能性は?」
「確かに人から人へ感染はしますが、この病気の大本は水属性のバランスの崩れた海ですわ。最近ラクワームクラブが大量発生しておりまして、そのせいで海のバランスが少々」
「……待った、海? ラクワームクラブ……カニ?」
昨日の採取で行った海、あそこには確かにカニがいた。ひょっとしてあれがラクワームクラブで、あいつがいたから海のバランスが崩れていて。そして、その海に入ったスロウが、水泡病に。
「だとしたら、じゃあシトリーもなる可能性があるのか?」
「ワタシは疑似餌の中に入っているから、海には直接入ってないんだよぉ……」
そういえばこいつ疑似餌着て擬態してるんだっけか。とりあえずシトリーが無事な理由は分かった。あくまでそれが本当に原因だったとしたら、だ。俺がなっていない理由は薬を飲んでいたから、で説明がつくので、確定に近くはなってきたが。
「ではエミルさん。海の温度はいかがでしたか?」
「へ? 思ってたよりちょっと冷たいなって」
「フォーマルハウト公爵領城下町の海は、それほど冷たくはありません。もし冷たいと感じたならば」
ラクワームクラブが、ぬくもりを持っていったから。そう説明したアンゼリカ嬢は、では間違い無さそうですわねと顎に手を当てた。薬はまだあるが、人用のものがモンスターに効くかが分からないのでと続けどうしたものかと悩んでいる。
そのタイミングで、セフィがスロウに近付いた。
「水泡病だと分かれば、私の治癒でもどうにかなります!」
彼女の両手から光が溢れ、そしてスロウの体色も段々と良くなっていく。苦しそうだった声も、やがて寝息へと変わっていった。
ふう、とセフィが息を吐く。これで少しはお返しできたでしょうか、と呟いているが、そんなこと気にすることはないと思うし、スロウも多分気にしてない。そしてサポートでむしろ貰いすぎていないかと思う時があるくらいだ。
ともあれ。とりあえずスロウの体調は落ち着いた。原因もおおよそだが分かった。となると、後はやることは一つだ。
「セフィ、ちょっとスロウ見ててくれないか?」
「はい、構いませんが……エミルさん、まさか」
「いやちょっと無性にカニをぶちのめしに行きたくなっただけだ。気にしないでくれ」
やっぱり、と苦笑するセフィにそういうわけだからと告げ、アンゼリカ嬢に視線を移す。そうして、そのラクワームクラブ、どのくらいまで減らしていいんだ。そう尋ねた。
「水泡病の原因排除として、治療を終えた後行うつもりでしたが……よろしいのですか?」
「別にそっちの手伝いをするわけじゃないしな。ただの八つ当たりだ」
「……そうですか。ありがとうございます」
そういって頭を下げたアンゼリカ嬢は、では倒せるだけ倒して貰って構いませんと言い切った。どうやら向こうは向こうでしっかりとこのぬくもりガニにムカついているらしい。
了解、と返事をし、俺は部屋を出る。あの場所付近を探せば多分いるだろうから、後は片っ端からカニをぶち殺せば。
「一人で暴走するんじゃないわよ、まったく」
「カニ食べるなら一緒にいくよぉ……」
そんな俺の背後から声。振り向くと、アリアとシトリーが片方は呆れたように、片方は楽しそうにこちらに向かってきていた。お前ら何で、なんてまあ聞く必要はないか。
そりゃそうだ、と二体とも頷く。
「あの時あたしが追い払わずにぶっ殺しておけば、って思っちゃったし」
「食べておけばよかったんだよぉ……」
だから、一緒に行く。そんなこいつらに来るななんて返事はまあ出来ないし、しない。
ただ、その代わり、行くのはいいけど注意しろよ、とだけ伝えた。
「スロウがいないから、回復や支援がないからな」
「それ、多分あんたに一番刺さるわよ」
「ぐっ、分かってるよそんなこと」
何だかんだスロウの支援と回復に一番頼っていたのは俺だ。いつぞやに一人だけで戦うと宣言した時だって、支援も回復もしてもらわなかったが、そこにスロウがいるというだけで安心感があった。
だが、今回は違う。スロウは病み上がりで寝込んでいる。そして俺達はただ八つ当たりに向かう三馬鹿だ。何もかも状況が違う。
「何か途中から変になってたけど、まあそうね。そこんとこよーく肝に銘じときなさいよ」
「無茶は駄目だよぉ……」
「ああ。しっかりと刻んでおく」
寝込んでいるスロウを更に心配させるわけにはいかない。しっかりと八つ当たりをして、カニをぶち殺す。俺達がやることは、それだけだ。
「よし、じゃあ行くぞ、カニ退治!」
「ええ、行くわよ、カニ退治!」
「カニ食べに行こぉ……!」
シトリーだけなんか違うが、まあ誤差だろう。そんなことを思いながら、俺達はフォーマルハウトの城を飛び出し、海へと一直線に向かっていった。




