第二十二話
というわけでフォーマルハウト公爵領城下町の外である。海岸沿いの道を歩きながら、はてさてどうすればいいのか、と俺達は悩んでいた。
「別に、さっさと採取してしまえばいいじゃない」
アリアがそう言うが、そのさっさと採取するというのが問題なのだ。この二ヶ月になるかならないかの間、色々と濃すぎる生活を続けていた俺だが、採取を全くと言っていいほどやらなかった。それこそ、冒険者になる際の講義で受けて以来だ。
つまりどういうことかといえば。
「採取……出来るのか?」
「どーなんでしょうか」
「知らないわよ……」
俺とスロウが顔を合わせる。最初から同族殺しで全速力だったあの頃の自分に言いたい。もう少しだけでもいいから堅実さを覚えろ、と。
「それで、何をとるのぉ……?」
シトリーの言葉に我に返る。傀儡人形から渡されたリストを見て、必要なもの三種類を確認した。ご丁寧に大まかな採取場所も書かれている。簡単な採取依頼とは言っていたが、それは知っている場所ならば。見知らぬ土地ではまず探すのが大変だろうということで、このようなメモをくれたのだろう。
じゃあ簡単な採取依頼じゃないだろうが。
「ちょっとした採取依頼じゃなかったですか?」
「簡単とは言ってなかったわけね」
ちくしょう。まあ考えていても仕方がない。メモを頼りに移動し、そこにあった薬草を規定の数だけ採取した。全然やっていなかったが、案外覚えているものだ。きちんとある程度の品質を保ったまま採取も出来た。
「この調子で、次も行くのかなぁ……?」
シトリーが若干不安そうに言っていたが、そこはまあ最初の採取を達成したことで少しはいけるんじゃないかと自信の付いた俺は大丈夫だろうとメモの場所に向かう。今度は街からそこそこ離れた場所。進みながら気付いたのが、これはスロウが《テレポート》を使えることを見越した、帰りの時間を計算に入れていない道程のリストだ。
そして採取といっても、別にそこに採取物以外何も無いのかと言えばそうでもないわけで。
「モンスターですね」
「まあ、こうなるよな」
オオカミのモンスター、マッドウルフ。土属性が主だが水属性も混じっている中々に厄介なモンスターだ。当然中級。間違いなく冒険者始めて二ヶ月経つか経たないかの奴が戦える相手ではない。なので、こういう採取依頼であれば戦わないように逃げながら採取をするという形になるのだろうが。
「で、どうするの? あたしは今回戦えないわよ。鱗粉撒くのも火を着けるのも採取物に影響あるでしょうし」
「あー、そうか。じゃあ俺と」
「ワタシが頑張るよぉ……」
「ということで、スロウ、支援よろしく。アリアは念の為スロウの護衛を」
「りょーかいです!」
「任されたわ」
自分も含めて血の気の多いこの連中がそんな手段を取るわけ無い。上級ならともかく、中級の中位くらいまでならいける。そんな考えで、マッドウルフに突撃をかました。
が、そんな風な浅知恵で振るった剣は泥の表皮によりズルリと逸らされた。げ、と思ったときにはもう遅い。向こうの反撃が思い切り突き刺さった。もんどりうって倒れた俺は、そのまま転がり仰向けに倒れる。
「エミル!」
「何やってんのよ馬鹿」
即座にこちらにやってきたスロウが治療してくれたのですぐさま立ち上がったが、自分が調子に乗っていたことを実感して思わず溜息を吐いた。剣を握り直し、ありがとうとお礼を述べ、そして。
「ちょっと手出しするの待ってくれ」
「はぁ?」
「回復無しってことですか。前のウッドベアの時みたいでいー感じです?」
何言ってんだこいつみたいな目で見てくるアリアに対し、スロウは即座にそう返してくれる。ああそれでいい、と告げると、俺はさっきのマッドウルフへ再度肉薄した。すっかり忘れていた。俺がこれまで上手い具合にやれてきたのは、あくまで仲間がいたからこそ。俺自身の力だけでは、どこかで自惚れて破滅してしまう。悪徳が、俺の背後から首に刃を突き立てる。
「スロウがいるのにそんなことになるわけには、いかねぇんだよ!」
マッドウルフの頭を剣の腹で打ち据える。衝撃で相手が怯んだところに、口の中を目掛けて剣を突っ込んだ。一歩踏み出し、えぐるように追撃をする。相手が動かなくなったことを確認してから、串刺しにしていた剣を抜いた。
ふう、と息を吐く。この場にいたマッドウルフは二体。もう一体はシトリーが対応しているはずだが。そう思って視線を向けると、中々上手い具合に掴むことが出来ずにじわじわと攻撃を受けていた。
「シトリー、大丈夫か!?」
「痛いよぉ……。けど、もう駄目ってほどじゃないよぉ……」
ぼこり、と俺の隣にアリジゴク花が這い出てくる。疑似餌を盾代わりにして一旦態勢を立て直すつもりらしい。
「なあ、あれって」
「疑似餌はやられたらちょっと痛いよぉ……」
「ちょっとで済むのね」
俺の疑問に答えたシトリーの言葉を聞いてアリアが思わずツッコミを入れる。まあちょっとでも痛いのは駄目ですよね、とスロウは言うが、この感じからすると本当にちょっとの可能性があるぞ。ちょっと足ぶつけた、くらいのやつ。
まあいいや。それならそれで、向こうが囮になってくれている間に倒してしまおう。マッドウルフがシトリーの疑似餌に攻撃しているタイミングを見計らい、俺は一気に距離を詰めその足を切り裂く。死角からの攻撃だったからか、泥で逸らす事も出来ず、オオカミは移動力を奪われた。
「これならいけるだろ。シトリー」
「お任せあれだよぉ……!」
飛び退るのと同時、流砂が生み出されマッドウルフがハサミのような顎に捕らえられる。ズルズルと泥で滑り切り裂かれないように抵抗しているが、正直あれならば。
とか思っている間に地面から生えた花弁に頭からいかれた。がぶりと食われて暫く悶えていたオオカミは、やがて動かなくなりもぐもぐと飲み込まれていく。あれアリジゴクでも花でもなくヘビだろ。そんなツッコミを思わず入れたくなったが、まあモンスターなのであまり同じように考えても意味がないのだろう。
「ごちそうさまだよぉ……」
食事を終えたシトリーが疑似餌を被り直す。お腹を擦りながら、それで採取はどうしようと俺に問いかけてきた。
どうしようも何も。そこまで派手に暴れてないから、まだ残っているはず。
「ありましたよー」
スロウの言っている場所へと向かう。先程と同じように品質をなるべく落とさないように注意しながら採取してポーチに詰め、では最後の一つ、とメモを見た。
「海か……」
三つ目の薬草は海藻らしい。海岸沿いの道を再度歩きながら、これひょっとして最初にこれを採っていたほうが良かったのではなどと思ったりもした。
メモを頼りに海岸に下りる。もの自体は砂浜にも生えるものらしいので、海に飛び込むとかしないでもいいのかもしれないが、しかし。
「見付からないですね」
「やっぱり海の中を見るのが一番手っ取り早いのかしら」
暫く砂浜を回ったが、成果は得られなかった。となるとアリアの言う通り、海の中、水中を探す方がいいのかもしれない。
とは言っても。
「俺はともかく、お前らは大丈夫なのか?」
「あたしは羽の鱗粉が落ちるから水の中に入るのはちょっと嫌ね」
「わたしはいけると思いますよ」
「大丈夫だよぉ……」
まあアリアはそうだろうしシトリーも予想通りではあるが、スロウはお前本当に大丈夫なのか? そう尋ねると、まあ大丈夫でしょうと何も考えて無さそうな答えが返ってきた。
そうして、おもむろに服が糸へと戻っていく。
「何やってんのお前!?」
「何って、水の中でこれ動きにくいから」
「それでも! 服は! 着ろ! せめて下着は着けろ!」
分かりましたよ、とシュルシュルと糸を吐き再度服を形作る。そうしながら、あっちは大丈夫ですか、と向こう側を指差した。
服が無くなった疑似餌のシトリーが海に飛び込もうとしているところであった。
「お前も服を着ろぉぉぉ!」
「えぅ!? いきなりどうしたのぉ……?」
「どうしたもこうしたもあるかぁ! 一応人の世界で生活してるんだから、そこら辺は本当に気を付けてくれ……」
「力尽きたわね」
言ってる余裕あるならシトリー止めてくれよ。そんな視線をアリアに向けたが、知らんとばかりに首を横に振られた。
「……ちなみに聞くけど、お前は流石に脱がないよな」
「当たり前でしょ。アリアンロッテがそんな簡単に裸になるとでも?」
良かった、本当に良かった。ガクリと項垂れた俺を、アリアは何やってんだこいつみたいな目で見てきているが気にしない。しばらくそうしてから俺は立ち上がり、服を着たというか水着みたいな格好になったスロウとシトリーを見た。
「これなら問題ないですね」
「問題ない、だよぉ……」
「まあ、そうだな」
本当に水着か若干怪しいが、まあそういうことにしておけばギリギリ大丈夫だろう。シャツを脱いでズボンだけになった俺は、じゃあ行くぞとスロウとシトリーに告げる。場所はあっているはずだから、水の中に入ればそこまで面倒なく見付かるはずだ。
そう思っていた矢先、ざぶんと大きな水音がした。
「カニだよぉ……!」
「お前さっき食ったばっかだろ」
「もうちょっとだけ食べられるよぉ……」
いつぞやの寝言みたいな事を言いながら目をキラキラさせるシトリーを見て、はてさてどうするかと考えた。さっきと同じように倒すべきか、倒すにしても誰で行くべきか。
そんな事を考えているよりも早く、アリアが俺達の前に出ていた。
「海に入らないあたしがそこのカニどうにかしておくから、あんた達は採取してきなさい」
「ありがとうございますアリアちゃん、支援掛けときますね」
その言葉に動いたのはスロウ。支援をアリアにぶっこんでから行ってきますと海に入っていった。
「カニ……」
「シトリー、悪いけどあたしは追い払うだけよ」
「それじゃぁ……仕方ないんだよぉ」
行ってきます、とシトリーも海に入っていく。そうして残った俺は、任せて大丈夫だよな、ともう一度アリアに尋ねた。
その問い掛けに、アリアはふん、と鼻を鳴らす。
「わたくしを誰だとお思いになって? アリアンロッテは、この程度容易くこなせて当たり前でしてよ」
そう言ってクスリと笑ったアリアンロッテモードのアリアは、貴方に罪はないけれど、などと言いながらカニに鱗粉をばら撒き麻痺と幻覚を与えているようだった。この調子ならば問題はないだろう、そう判断して、後は頼んだと俺も海に入る。
カニ以外に現状障害は無さそうで、海の中は思ったより穏やかであった。ただ、思っていたよりもちょっと冷たい。
エミル、とスロウが俺に近付いてきた。俺の手を取り、そのまま見付けたらしい場所まで引っ張っていく。シトリーもそこにおり、これこれ、と水中の海藻を指差している。
どうでもいいが。スロウもシトリーも、その、浮くんだな、そこの二つ。
「エミルがえっちなこと考えている気がする」
「んなわけあるか」
そんなことを言いながら、そういえば、と思い出す。一日一回はなっていた本体に、フォーマルハウトに来てからスロウがなっていない。別にどっちの姿でもスロウはスロウだが、冒険者になってからは割と両方バランスよく見ていたので、芋虫を見ていないと少し寂しい気がしないでも。
思考が逸れた。そんなことより今は海藻の採取だ。
「エミル」
「何だよ」
「今日、一緒に寝ます?」
「ああ、じゃあ、そうする」
「告白だよぉ……!?」
何でだよ。シトリーの言葉にそんなツッコミを入れつつ、俺は潜って海藻を採る。
結局これで一日掛かってしまったので、戻っても公爵に会うことは難しいだろう。というわけで、待っていてくれたセフィと話し合い、俺達は城ではなく宿屋に泊まることにした。
初日はともかく、既にアレに認識された状態の二日目だと、夕食も何かしら文句を付けてくる可能性があるからな。
そうして、夜。
「はい、エミル」
俺と同じ部屋に泊まることになったスロウが、ぐねぐねと体を揺らしながら芋虫に戻る。そのまま、てーい、と俺にダイブをしてきた。多足がわさわさと俺の腹をくすぐる。
「何だかんだ、わたしの本体の方もエミルは愛でてくれますよね」
「もしそうだとしたら、それは多分ペット的な扱いだな」
「む。そんな事言う人には、こうです」
がばり、と俺の上に覆い被さったスロウは、そのまま俺の腹の上で丸くなった。重い。
「女の子に重いは禁句ですよ」
「お前くらいにしか言わんぞ」
「アリアちゃんやシトリーちゃんにも、ですよ」
「……へいへい」
そんなくだらない会話をしつつ。結局そのまま、俺はスロウが上に乗ったまま眠りについた。




