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第二十話

 衝撃的な出会いを果たした翌日。結局あの後は普通に夕食をご馳走になり公爵の城で一泊することになったが、ぶっちゃけその辺りはその直前の衝撃で殆ど覚えていない。

 朝起きたら起きたで、一体全体これからどうするかと頭を抱えているくらいだ。


「別に、何かされるわけじゃないんじゃないですか?」

「そうか? あの流れだと絶対何かされる気がするんだけど」


 スロウとそんな事を言いながらアリアとシトリーの二体とも合流、セフィのいる場所へと向かい、では改めてとお茶会の用意されているらしい中庭へと向かった。

 どうでもいいが、ほぼ朝食も兼ねるお茶会ってどういうやつだ? 俺が知らないだけで、お嬢様ってそういうもんなのか?


「ご心配なく。普通はもう少しきちんと準備を行い手順に則って始めるものですわ」


 スコーンを齧りながらアンゼリカ嬢がそう述べる。だからこんなはしたない真似もするのです、と微笑んでみせた。まあお茶会、なんてのは名目で実際は会談に近いということは分かっているのでそこら辺のマナーはどうでもいいと言うのは分かるが。

 だとしても非常識では?


「思ったよりもお固い性格をしているのかしら?」


 そういってクスクス笑うのはアンゼリカ嬢の横にいる彼女の先生だとかいう水属性頂点の魔物、傀儡人形だ。本来の姿は殻を身に着けたタコのような魔物だとセフィから聞いたが、今の状況ではちょっと怪しげな雰囲気を醸し出している少し年上の女性にしか見えない。優雅に紅茶を口に運ぶ所作は、アンゼリカ嬢と同じく貴族のお嬢様に見えるほどだ。

 ちゃぽん、とまたどこからか音がした。


「そう言われても、これは普通の感覚からしても」

「朝食を取りながらちょっとしたお話。それのどこに問題が?」


 そう言われるとそんな気もする。何だか一瞬にして丸め込まれたような気がしないでもないが、まあ一応そういう感じで話を進めるんならこちらとしても別段言うことはない。

 いやそうか? ちょっとしたお話レベルの会話するのか今から? 割と重要な話するんじゃないのか?


「エミル、もう諦めたほうがいーんじゃないですか?」

「そうね。多分一々反応してたらきりないわよ」

「美味しいよぉ」


 約一名全然こっちに対する反応ではなかったが、まあそうかと半ば諦めた形で俺は口を噤んだ。話進むならもうなんでもいいや。


「ふふっ。ごめんなさい。でも、実際の問題として、きちんと食事に招待すると色々と窮屈になるのは事実ですの」


 アンゼリカ嬢がそう言って微笑む。窮屈というのは間違いなくマナーとかその辺の問題だろう。確かに田舎の村出身の俺もその辺は明るくないので、変なことをしてセフィの立場が悪くなるのはよろしくない。

 ついでに残りの面子も見る。この変則的お茶会でのお菓子を食べる仕草からすると、スロウは大体俺と同じ感じ、アリアは流石というべきかきちんとした所作である。問題はシトリーで、別に食べ方が汚いとかポロポロ零すとかそういうわけではないのだが、とにかくバクバク食べていてマナーもへったくれもない。

 うん、よく分かった。この形式で正解です。


「では、納得してもらえたところで話を進めようかしら」


 傀儡人形がそう述べる。当事者は、と視線をシトリーに向けたが、微笑みを浮かべたまま忙しそうねとそこからこちらに移動させた。

 そう、まず話すのはこの間の野盗団についてだ。シトリーと他のトラップレシアを引き連れてフォーマルハウト公爵領からベルンシュタイン公爵領まで移動してきた連中のことである。それらを見つける際、アンゼリカ嬢からの手紙が大いに役立ったことがそもそも今回ここに来ることになった発端だ。まあつまりお礼しに来たということだ。


「もぐ……でもぉ、ごっくん。お礼に来たのに、おもてなしされてるよぉ……?」


 ちゃんと飲み込んでからシトリーがそんなことをのたまう。まあ確かに、というかそもそもこの手のお礼って手紙で済ませたりするものだったりしないんだろうか。


「さあ、どちらだと思うかしら?」


 俺の思考を読んだように傀儡人形がそんなことを問い掛ける。どっちだって言われても分かるわけがない。

 そう言いたかったが。いかんせん目の前の胡散臭いというか怪しいというか、そういう雰囲気を醸し出している水属性頂点の魔物を見ていると、片方の答えに行き着きたくなってしまうわけで。


「エミルさん。お礼を言いにこちらまで来たのは間違いありません」

「あ、そうなんだ」


 どうやら答えるまでもなく顔に出ていたらしい。そんな俺を見てセフィがそう言葉を紡ぐ。ですがと前置きし、ごめんなさい、これは失念しておりました。そう続けながら頭を下げた。


「こちらで起きている問題の手助けをして欲しい。そうアンゼリカ様に頼まれておりました」

「ええ。その通り。セフィーリアさまが今回のお礼に何か出来ることはないか、とおっしゃってくれましたので」


 遠慮なく頼らせていただきました。そう言って頬に手を当てながら微笑むアンゼリカ嬢。こっちもこっちでわりといい性格をしていそうである。まあ傀儡人形を先生って呼ぶからには、そこら辺似るのはそりゃそうだろうという感じだが。

 しかしそうなると、わざとではないとはいえ、セフィが頼まれている以上俺達もなし崩し的に手伝う羽目になりかねない。流石にそんな騙し討みたいな状況はちょっと。


「ご心配なく。現状手伝うのは私一人だけです」

「へ?」


 そう思っていた矢先、セフィはアンゼリカ嬢にそんな事を言いだした。元々久しぶりに公爵令嬢セフィーリアとしてアンゼリカ嬢と会うのが不安だから、と言う理由で、要は緊張をほぐすための役割として同行をお願いされたのが俺達である。だからというわけではないのだろうが、基本的に今回のお礼について以外の部分の裁量はこちら任せという話らしい。


「スロウさんは《テレポート》も使えますし、私がどうこうせずとも帰路には付けますので」

「成程、断らせない理由はきちんと潰してあるわけですわね」

「大切な友人ですので」


 そうは言うけど。ここでじゃあやらない、って言えるほど俺も薄情じゃないわけで。そんな事を言いながらセフィを見ると、驚いたような表情で目をパチクリとさせていた。なんでだよ。


「あのなぁセフィ。俺達だってお前のこと大事な友達だって思ってんだから、お前だけおいていくとかやるわけ無いだろ」

「そーですそーです。帰るならセフィちゃん先輩も一緒ですよ。《テレポート》なら追いかけてこられないでしょうし」

「あらあら」

「ふふっ。中々破天荒な芋虫さんね」


 ぐい、とセフィを引っ掴んでアンゼリカ嬢と傀儡人形を睨むスロウを見て、そのどちらもどこか楽しそうに微笑んだ。そうしながら、そもそも、と一人と一体は口を開く。


「今回の手助け自体は、もう終わっていますわ」

「は?」

「ベルンシュタイン公爵領からの物資を少し送って頂いたの。セフィーリアさんの言う手伝い、というのは、その物資の確認作業よ」

「……」


 おい、とセフィを思わず睨む。が、セフィはセフィでこうでもしないと巻き込まれかねなかったので、と俺に返した。

 巻き込まれる? と一瞬疑問が浮かんだが、なんてことない。この二人、多分油断するとあれよあれよとこっちを上手い具合に操ってくるタイプだ。成程、傀儡人形とはよく言ったもんだ。


「そんなに警戒しなくてもいいわよ。出来ないことはやらせないわ。効率が悪いもの」

「その言い方が既に胡散臭い」

「ふふっ、言ってくれるわね。あと、私の名前の由来はそこだけではないのよ」


 そう言って自身の首のチョーカーをトントンと指差す。それがどうした、と思った矢先、ぱちんと音を立ててそれを外し、そして。

 ぽとりと、首が落ちた。


「んなっ!?」


 思わず椅子を倒しながら後ずさる。が、反応しているのは俺だけで、アンゼリカ嬢はともかくセフィすら別段驚いていない。


「あの時、スロウさんがミミックロウラーに戻るのを見て気絶した私を見たエミルさんも、こんな感じだったのでしょうか」

「何の思い出語りだよ。って、ん? てことは」


 セフィのそれで、ふと人外連中を見る。スロウとアリアはその行動には驚いていたが、そうなった事自体には驚いていないようであった。シトリーは知らん、食ってるから。


「酷いよぉ……ワタシだって、ちゃんと驚いているんだよぉ……」

「一応聞くけど、何にだ?」

「あの殻……色々外れるんだぁ、って」


 ああそうかい。でもって、あの殻、ね。スロウとアリアに視線を向けると、まあそういうことだとばかりに頷かれた。そういえば言ってたな、傀儡人形の正体は、殻を纏ったタコの魔物だって。


「ええ、正解よ。はい、これを持ってみて頂戴」

「そんな手軽に首を差し出されても……」


 よく見ると、これは人形だ。そしてどういう仕組みなのか、中に水がこぼれずに入っている。首から向こうの残りの部分に目を向けると、こちらもそうよ、という言葉が返ってきた。

 同時に、首の切断面からタコの足が何本か飛び出てくる。


「はい、これが本体。そしてこの人形が私の殻。この水を蓄えた殻に入って、こうして陸上で活動しているのよ」


 だから、傀儡人形、か。いやこれ絶対他にも理由があるな。一瞬納得しかけたが、この胡散臭さで種明かしをしているとは信用出来ない。タコの足に首を返却しつつ、俺はそんなことを思いながらああそうかいと生返事をした。

 カチリ、と首がはまりチョーカーが戻ると、先程まで人形だった首が普通の人間のように感じられるようになった。これもある意味擬態の一種なのだろうか。


「タコのモンスターは体表を周りに合わせることが出来るの。人形の殻を人間に合わせる、なんてことも応用すれば可能なのよ」


 そう言って微笑む傀儡人形。スロウの擬態ともアリアの擬態ともシトリーの擬態ともまた違うそれを見つつ、俺は思わずアンゼリカ嬢に視線を向けて。


「ご心配なく。わたくしは正真正銘人ですわ。もっとも、こちらについては証明する手立てがありませんが」


 いやまあそこは別に構わないんだけれども。でも、これを先生としているのなら実は別人に変装しているとかであってもおかしくはない、くらいには思っている。疑い深いね、とスロウは言うが、この状況で疑わない理由がない。

 話が逸れに逸れた。元々は俺達が厄介事に巻き込まれる可能性があるとかないとかそういう話だったはずだ。


「信用がないのね」

「悪いけど、この流れで信用されると思っていたらおかしい」

「ふふっ、そうでしょうね」


 クスクスと笑う傀儡人形は、いい加減出張るのをやめようかしらなどと言いながら椅子に座り直し、アンゼリカ嬢に任せるような仕草を取った。いやだから現状どっちにしろ胡散臭いんですけどね。


「あら、師匠に近付けていると評価されたのならば、嬉しい限りですわ」

「ああそうですか」

「エミル、いい加減落ち着きなさいって。話を進めるんでしょ?」


 アリアに言われ、俺はそこで我に返る。そうだ、完全に向こうのペースに嵌まっていた。悪い、助かるとアリアに述べ、俺は深呼吸を一つ。そうしながら、改めて話の続きを促した。


「物資の確認作業を後でセフィーリアさまには手伝っていただきます。滞りなく確認が終われば、それでおしまい」

「それからは?」

「自由に行動していただいて構いません。もしフォーマルハウトの城下町に逗まるのであれば、この城でのお部屋もお貸ししますし、宿が良いのであれば手配もいたしますわ」


 破格だ。破格過ぎて凄く胡散臭い。これがセフィからの提案だったのならば、ベルンシュタイン公爵領の城下町での話だったのならば、まあ分かる。ちゃんとそうなるだけの理由も思い付きはする。

 だが、フォーマルハウト公爵領の城下町でその待遇をされる理由が無い。俺達は別にここの人を助けてなどいないし。


「あら、同じ公爵令嬢でもあり友人でもあるセフィーリアさまの命を助けた方達ですもの、ということでは納得出来なくて?」

「流石に少し弱い」

「フォーマルハウト領で取り逃がした野盗団を討伐していただいた報酬、では?」

「分からなくもないが、だとしてもこっちが貰い過ぎだろ」


 アンゼリカ嬢の言葉にそんな返しをしていると、彼女はなんとも楽しそうに笑った。そうしながら、セフィを見て、話に聞いていた通りの御仁ですねとか語っている。


「セフィちゃん先輩、エミルのことなんて言ったんですか?」

「私に対等に接してくれる、冒険者としての実力もあるかけがえのない友人の一人だ、と」

「評価高過ぎない!?」

「勿論、スロウさんも、アリアさんも、シトリーさんも。皆私のかけがえのない友じ――友達ですわ」


 流さないで。俺の評価高過ぎの部分流さないで。そう抗議したが、しかし実際に二ヶ月も経たない間にかなりの成果を挙げているのだからと言われると、まあそれはそうかもしれないんだけどと言い淀んでしまう。が、それでも俺一人の成果じゃないんだから、やっぱり分不相応だとは思うぞ。

 まあ、俺の評価云々はともかく。向こうの待遇がおかしいのは間違いない。話を強引に戻しながらそう結論付け、まあつまりはそういうことなのだろうと続けた。


「何か手伝って欲しいってことですよね。エミル、どうします?」


 流石にこの流れで分からないはずもなし。スロウもそんなふうに俺に意見を求めてきたが、しかし。


「まあ、セフィはこの次の手伝いもするんだろ?」

「そうですね……。――いえ、エミルさんがやるのならば、でしょうか」


 俺の問い掛けに、何か凄く聞き覚えのあるフレーズを返してきた。おいどういうことだ、とスロウを見ると、うんうんと何か共鳴するように頷いているのが見える。


「アリアは」

「セフィーリア様がやるならやるわ」


 そうなるよね。ということは回り回ってやっぱり俺次第。そして残るシトリーは論外、と。


「扱いが酷いんだよぉ……」

「じゃあお前の意見はどうなんだよ」

「手伝えることなら、なるべく手伝うよぉ」

「え?」


 迷うことなくそう述べたシトリーに、俺は思わず素っ頓狂な声を上げた。視線を動かすと、スロウもアリアも、セフィですら目をパチクリさせている。

 だから、なんでだ、と思わず聞いてしまった俺はきっと悪くない。


「なんでもなにも……ここ、ワタシの故郷だよぉ……」

「俺が悪かった」


 訂正。そうだよね、そりゃそうなるよね。



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