第二話
タイトルにちょっとだけ近付いた
「さて、どうしたもんか」
あれから程なくして十五になった俺は、無事に冒険者の資格を取った。ついでに魔物使いのスキルも取得した。なので、後は横にいる芋虫を使役モンスターに登録するだけなのだが。
「何がどーしたもんなんですか?」
「お前をどうするかって話だよ」
「使役します、使役されます。じゃ、駄目なんですよね?」
「普通はそれでいいんだけどなぁ」
いかんせんこいつが完璧に擬態できてしまったことで、事態は中々に混沌を極めている。村の冒険者ギルドの人には一応説明をしたのだが、滅茶苦茶渋い顔で保留とされた。そりゃそうだろう。美少女連れてきてこいつ使役します、は間違いなく犯罪者だ。
そもそも、亜人、というか人の形をしていたりある程度独自の文化を持っている魔物はモンスターみたいに基本的には冒険者の討伐対象にはならず、当然魔物使いの使役の対象外なわけで。
「でもこいつは基本的に討伐対象になるタイプのモンスターなんだけどなぁ」
「まあ確かにそうですね、わたし芋虫ですし」
ふぅ、と口から糸を吐いて小さい芋虫を作り出す。人によっては大分精神的ダメージを受けそうなそれをしながら、こんな感じですからね、とスロウは笑った。
「確かに討伐対象かもな」
「酷くないですか!? ちょっと芋虫出しただけじゃないですか」
ちなみに、世の中には芋虫が大嫌いな人間が割といる。この村にもそれなりの人数は芋虫が大の苦手で、ミミックロウラーの討伐は冒険者ギルドの常時依頼に貼られっぱなしだ。
そういうこともあり、基本的にこいつを芋虫状態で使役しておくのはリスクが高い。
「って、そういえばお前、擬態色々出来るようになったのか?」
「え? 出来ませんよ」
「じゃあその芋虫なんなんだよ」
「これはわたしの本体の偽物ですよ、あの被り物と一緒ですね」
へー、とスロウの手に置いてあった芋虫を掴む。成程、触った感じが思い切り模型みたいだ。被り物の時もそうだったが、どうやら擬態が完璧なのは今の人型のみで、後は精々がこうやって本来の姿を作るくらいらしい。
「あの……エミル」
「ん?」
「それ、わたしの裸の模型みたいなものなので、あまりそういうとこ触らないでもらえると」
芋虫の裏側を眺めてツンツンしていると、唐突にそんな爆弾発言をされた。何言ってんだお前、と思わず手に力が入ってしまい、芋虫の裏側に指が貫通してしまう。糸で出来ているから芋虫を潰すような感触こそなかったが、眼の前の光景としては大分気持ち悪い。
「あぁ、エミルが裸のわたしの模型に指を突っ込んだ!」
「ぶん殴るぞ」
きゃぁ、と顔を赤らめて頬に手を当てるスロウの頭にチョップを一発叩き込むと、壊れて糸に戻った芋虫をゴミ箱に捨ててもう一度考え込んだ。
ちなみに今の場所は自宅である。このやり取りが他の場所であったら、先程の発言で俺が間違いなく警察の詰め所へと連れて行かれただろう。
「気を取り直して。芋虫状態が一番楽だけれど、それは嫌なんですよね」
「お前と俺の修業のあれこれが無駄みたいだからな」
「確かにそれは嫌ですね~」
えっへへ、となんか突然ニヤニヤし出すスロウをガン無視し、どうにかこうにかいい感じに折衷案を出せないかと頭を捻った。これでも同年代よりかは聡明なはずだ。最近こいつといることで段々ゆるゆるになっているような気がしないでもないが。
そんなタイミングで、あ、とスロウが声を上げた。
「どうした?」
「芋虫状態は嫌だ、人だと駄目。とゆーことはですよ」
そう言ってスロウが口から糸を吐く。しゅるしゅるとそれはこいつの顔全体を覆うと、あっという間に芋虫ヘッドが形作られた。
「これならいいんじゃないですか?」
「……試してみる価値はあるな」
「出来ちゃいましたね」
「出来たな」
ギルド側としても、スロウがミミックロウラーであることをこちらで証明をした以上、保留にしたのは書類作成の見た目上の問題のはずだ。芋虫状態で生活することはない、と俺達が言い切ったのがまあ悪いといえば悪いのだが、しかし実際そうなのでしょうがない。実際少し前に芋虫に戻ったスロウは、なんか動きにくいとか言いやがった。お前そっちが本体だろ。
ともあれ。芋虫顔の人型ならばまあミミックロウラーの範疇に収まるので、書類は無事作成終了。これから何かの手続きで確認されるときは芋虫ヘッドを用意すれば良し、となった。
「意外と簡単でしたね、解決方法」
「まあな。でもそんなんでいいとは盲点だった」
付き合いも長い。俺にとっては顔が芋虫だろうと美少女だろうとぶっちゃけどっちもスロウだ。そこに大した違いがそこまで感じられなかったのが今回の敗因と言える。
「エミルにとってはどっちも一緒、ですか」
「何だよ。美少女の方が可愛いから好き、とか言って欲しかったか?」
「それは別に、というかどっちも一緒のほうがわたしを見ていてくれるからいいかも、って」
「あっそ」
「あ、でも。好き、は言って欲しいです」
「アホ」
「好・き!」
ぶー、とぶうたれるスロウを流しつつ、さてではどうするかと足を止めた。冒険者の資格は持った、魔物使いのスキルも習得した、スロウを使役モンスターに認定もした。
そこまで考えたタイミングで、じゃあ冒険ですね、とスロウが飛び付いてくる。やめろ鬱陶しい。
「え? でも冒険するんですよね?」
「しないしない。冒険者の仕事はするけど、村の依頼を受けるくらいだ」
「そーなんですか!?」
「そうだよ。何で驚いてるんだよ」
どうやらこいつは冒険者になった俺と色々旅をするつもりだったらしい。冒険者という名前の意味からすればたしかにそれは正しいが、どっちかというとそれは旅人寄りだ。そして俺はあまり旅人に憧れていない。
「やっぱりお父さんやお母さんと離れたくないからなんですか?」
「何でその二人が出てくる。そもそもあの二人は俺が旅するのを勧めてくる方だ」
ぶっちゃけ今のスロウと同じ反応をした。別にこっちのことは気にしないで全然旅してくれて構わないとまで言った。それはそれで大変ありがたいお言葉ではあるのだが、いかんせん本人である俺がその気にないのが重大な欠点だ。
「大体、旅っつったって色々大変だし、ここに帰ってこられるかどうかも分からないんだから」
「帰ってくることなら出来ますよ」
「……は?」
「わたし、《テレポート》使えますし」
空間移動の支援魔法である。中位を超えて上位に片足突っ込んでる魔法である。少なくともミミックロウラーが、下級の芋虫が使える呪文ではない。
がしり、と俺はスロウの肩を掴んだ。急にそんなことをされても心の準備が、とかよく分からないことを言っているのでアホ、と一言だけ述べて正気に戻すと、聞きたいことがあると言葉を続けた。
「お前、俺と冒険するために何を覚えた?」
「何って……支援魔法と、回復魔法と、後その過程で破魔呪文を」
肩から手を離し、そして俺は項垂れた。何だこいつ。なんでそんなわけわからん事が出来るんだ。それも俺と冒険するというそのためだけに。支援と回復と破魔呪文まで――
「破魔呪文!?」
「あ、はい。範囲によっては使うと自分もダメージ食らうからやらないですけど」
「なんでそんなもん覚えた?」
「支援魔法と回復魔法を全部覚えるのに必要だったんで」
しれっとそんなことを言い出す芋虫。今お前全部って言ったか? 全部って全部か?
念の為に聞き直すと、全部は全部ですよと返された。お前人に擬態する修業ついでにそんなことやってたのか。という問い掛けもそうですよと言いやがった。
「だってエミルと冒険するんですよ。なんでも出来るようにしておかないと駄目じゃないですか」
なんでだよ。そうツッコミを入れたかったが、ふざけている様子は欠片もなかったので思わず口を噤んだ。どうやらこいつは本気で、俺と冒険するにはそこまでする必要があると思ったらしい。なんでだよ。
飲み込んだ言葉は結局出た。が、スロウは首を傾げるだけだ。
「……一応聞くけど、何か魔王的なやつを俺が倒しに行くと思ってる?」
「思ってますよ」
「思うなよ! 何でだよ! そもそもちゃんとした魔王とかいないだろうがよ!」
「いないんですか!?」
「そうかこいつモンスターだった」
そういう立場の何かしらは確かにいるが、明確に魔王、としてドンと構えるような存在はもういない。人の中では常識ではあるが、いかんせんこいつは森に生息する芋虫だ。群れの中での常識とかでは多分まだ魔王のいる状態だったんだろう。
しかしそう考えるとスロウの準備もまあ理解が出来る。魔王と戦おうというのならば、支援役として支援回復コンプリートくらいになるのはまあ妥当か。妥当か? まあいいや。肝心の俺が勇者でもなんでもない上にそういう気が微塵もないのでこれ以上考えてもしょうがない。
「というかお前、群れの落ちこぼれとか言われてなかったか?」
「擬態全然出来ませんでしたしね。ミミックロウラーの強さの基準はまず擬態力ですよ」
「なるほどな」
元々ただの芋虫として森のその辺うろついてたと考えると、物凄いまでの宝の持ち腐れだ。もうちょっとでも擬態力があれば、きっと適当な冒険者に出会って、そして剣なり斧なりでバッサリと斬られて緑の汁を撒き散らしながら死んでたんだろう。
そこまで考えて、なんかモヤッとしたので考えるのをやめた。まあなんだかんだ付き合いも長いし、死なれると後味が悪いのは間違いないからな。
「ともかく。俺はそういう魔王的なやつを倒しには行かないから、倒したいなら勇者志望の冒険者にでもついていけ」
「え? 嫌ですよ。エミル以外とは冒険しません。とゆーかわたしエミルの使役モンスターなんですから、他のところにいくわけないじゃないですか」
「……そういやそうか。じゃあお前は魔王的なのを倒しに行かなくてもいいんだな?」
「エミルが行かないなら、わたしは行きませんよ」
これだけの能力を持っているのならば、きっともっと強力な冒険者パーティーとかに入った方がいいのだろう。本物の魔王はもういないが、自称魔王の中には色々やらかしてるのもそこそこいるので、勇者志望が倒しに向かっていたりもするからそこに合流するのもいい。どっちにしろ、その方が絶対に活躍できる。
が、こいつは芋虫である。本物の村娘とかならその道を選んだ方がとか後押ししてもいいが、いかんせん目の前のこれは美少女に擬態しているだけの芋虫なのだ。なにかの拍子に擬態がバレたら即殺、そしてパーティー崩壊、みたいなオチが待っていてもおかしくない。
そうだよな、と結論付けた俺は、スロウが俺と一緒にいることを前提に自身の行動を決めているのを改めて確認し、じゃあまあテキトーに冒険者をやろうということになった。当初は予定していなかった遠出も、スロウの支援のおかげで出来そうなのでその辺は頼りにしながら後々考えることにして、とりあえずは近場の依頼。
そんな風に決めると、村の冒険者ギルドの依頼の張り紙を二人で、じゃない、一人と一匹で眺めた。が、今あるのは常駐依頼のみだ。つまりは。
「ミミックロウラーの討伐ですか」
「別の依頼が来るまでやめとくか」
同族殺しである。どれがどれだか俺は分からないが、スロウにとっては兄弟姉妹とかと殺し合う可能性もなくはないわけで。
とか考えている俺が馬鹿みたいに、スロウはその張り紙を手に取るとカウンターへと持っていった。お願いします、と差し出されたそれをギルドの受付の人が読み、そしてスロウを見て、最後に俺を見て。
「……人の心無いの?」
「俺が選んだんじゃない! こいつが勝手に選んだんだよ!」
「はい、大丈夫です。元々わたし爪弾きでしたし、碌な扱いもされてなかったんで、何の思い入れもないですから」
「それはそれでどうなんだよ……」
俺がガクリと肩を落とすのを見て、ギルドの人も心中察するとばかりに苦笑していた。
そういうわけで、俺達の冒険者としての最初の依頼は、スロウの同族殺しである。