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第十七話

 予想通りである。隣町に現れたらしいネクロマンサーは、そこで何やらアンデッドの生成をした後こちらへと進路を取ったとか何とか。いやそこまで分かってるなら倒せよ。そうは思ったが、案外呼び出したアンデッドの対処が面倒らしく、その隙を突かれたらしい。

 後、隣町で生成したアンデッドが異常個体である、という噂もあるとか。


「嫌な予感がする」

「隣町の異常個体のアンデッドって、まあ多分そーいうことですよね」


 まず間違いなく、セフィを一回殺した例のあいつだ。場合によっては俺達の戦っていないもう一体も引き連れている可能性がある。そうなると、流石に厄介では済まない。


「いくらアンデッド化してるとは言っても、当時のあんたが倒した相手でしょ?」

「遠い昔みたいに言うな、だからまだ一ヶ月経ったかそこらなんだっての」


 滅茶苦茶濃い冒険者生活の一端の始まりとも言える例のあいつが、もう一度平穏をぶち壊しに来る。なんとも皮肉で、そしてネクロマンサーをぶちのめしたくなる話なのか。

 そんなわけで村のギルドに行ってみると、普段と違い人でごった返していた。どうやらこれまでネクロマンサー討伐の依頼を受けていた冒険者が集まってきたらしい。ギルドのお姉さんはその辺の手続きでイッパイイッパイになっている。


「出直したほうがよさそうですね」

「そうだな」


 スロウの言葉に頷き、俺達は一旦外に出る。そして、時間があるのだから、とベルンシュタイン公爵家まで移動した。何だかんだ行った場所なら移動出来る滅茶苦茶便利な《テレポート》様様である。

 そうしてセフィに今回の話をすると、当然ながらこちらにも話が行っていたらしく難しい表情を浮かべていた。


「現状の冒険者でも討伐は可能でしょうが……出来ればもう少し戦力が欲しい、というのが正直なところです」

「ならもっと募集かければいいんじゃないのか?」

「既に募集はおこなっています。ですが、ギルドとしてもそれだけに冒険者を割くわけにはいかないのでしょう」


 まあ、そりゃそうか。実際俺達の村ではそっちに人員回されて他の依頼が溜まっていたからな。

 なので、とセフィが俺達を見る。もし討伐に参加したいのでしたら、こちらで手続きをおこなっておきます、と彼女は続けた。まあそりゃ分かるか。


「この一ヶ月、エミルさん達と関わってきましたから。エミルさんの『捻くれ者』もある程度は承知の上ですわ。勿論スロウさんには敵いませんが」

「えっへん」

「あーはいはい。じゃあとりあえず俺達もネクロマンサー討伐に参加しても問題ないってことだな」

「ええ。貴方達ならばそのまま討伐も可能でしょうが、それでもあまり無理はしないでください」

「しないしない」


 ただ単に村に来そうだから念の為に許可取りたかっただけだから。そう言うと、ええそうですね、とセフィは微笑みながらそう返してきた。

 そうして微笑んでいた表情は、しかしふと真面目なものに戻る。


「現在の騒ぎでフォーマルハウト公爵家に向かう話は延期になっています。ですが、勿論同行の依頼は今も継続中ですので」

「だから無理はしないっつってんだろうが。心配しなくても、ちょっとセフィの仇をもう一回討ってくるだけだよ」

「それを多分無茶って言うのよ、普通は」

「捻くれ者、っていうやつだねぇ……」


 うるさいわい。







 隣町。ドラ息子がいない方、アリアのいた廃屋敷のない方である。《テレポート》でさくっとここまでやってきたが、こちらはこちらでやはりドタバタしている様子であった。ウッドベアのアンデッドがうろついていて、町の人達は安易に外に出ることすら出来ないのだとか。冒険者が何チームか残って巡回し、討伐をしようとしているようだが、ネクロマンサーが討伐隊から逃れる際に湧かせたそれ以外のアンデッドも結構いるためままならない。

 俺達はとりあえずギルドに向かい、許可は既に取れていることをベルンシュタイン公爵家の印付きの書状で伝え、じゃあ早速とアンデッドのいるであろう場所に向かった。


「頑張れよ、未来の英雄」


 やっぱり将来有望株だったな、などと続けながらサムズアップする隣町のギルドの人は気にしないことにしながら、向かう先は以前も来たことのある畑。アンデッドになった場合、何かの残った思いがあればそこに執着するという話も聞いたことがある。そして俺の予想通りならば。


「よう、久しぶりだな。つってもまだ一ヶ月くらいしか経ってないけど」


 腹から臓物が飛び出たままのウッドベアが、生気のない目でこちらを見た。そして、その口を歪めるとグルルと唸り声を上げる。そんな唸り声を上げている口には、剣で突き刺されたような穴がぱっくりと開いていた。


「あれ、エミルが倒した異常個体のウッドベアですね」

「成程、異常個体だけあって、そういう恨みが残ってたわけね」

「すっごく、怒ってる……感じがするよぉ」


 そりゃあ、一回仕留めた獲物を蘇生させられた上に自分は倒されたんだから、まあ恨み骨髄なのは間違いない。間違いないが、しかしじゃあその恨み晴らさせてあげますとはならないわけで。

 悪いが、もう一回死んでもらうぞ。


「エミル!」

「っとぉ!?」


 咄嗟にしゃがみ込み、そして左に横っ飛びで追撃も躱す。振り返ると、体中傷だらけで頭が四分の一ほど潰れたウッドベアのアンデッドがもう一体立っていた。こいつはどうやら俺が倒した方じゃない、向こうで倒されたもう一体の方らしいな。


「何でこっち来てんだよ、自分殺した奴のいる方に行けっての」

「多分ここにいないから、関係のある匂いのする方に来たんじゃないですかね」

「なるほどな。めんどくせぇ」


 ということは今ここに残っているのはあの時にいた冒険者以外ってことか。成程、通りでこいつらがなかなか討伐されないわけだ。アンデッドになっても異常個体なのは変わらず、一度適度に暴れた後は身を隠して反撃の機会を伺っていたわけか。ネクロマンサーも相当厄介なクマを蘇らせやがったな。

 そんなことを思っていると、二体のアンデッドベアが挟み撃ちするように襲いかかってくる。逃げ場をなくして確実に仕留めるつもりらしい。成程確かにあの時の俺達ならば、まあスロウの全力支援でもしなければ防げなかったであろう。

 だが、生憎と今の俺達は冒険者始めて三日目の時とは違う。自分で言ってて何だが三日目ってなんだよ。


「アンデッドに毒麻痺は通用しないから、搦め手なんかしないわよ!」


 ともあれ、その違いの一つがこいつだ。羽を見えるようにしたアリアが飛び上がり、そしてコルセットの辺りから虫の節足を飛び出させた。人間に擬態させている手を合わせて計六本、蛾の形態との時と同じ手足の数だ。そのまま風でも生み出すかのように羽ばたき、心做しか複眼気味になった目で一体のアンデッドベアを睨み付けている。


「燃え、尽きろ!」


 鱗粉をアンデッドベアの周囲に巻き付かせ、そしてそのまま着火。炎の渦巻きがクマを包み込みそして一気に炎上させた。いつぞやの、スロウ二号が消し炭になった時くらいの勢いがあるなあれ。


「よし、これで、って」


 燃え尽きたはずのアンデッドベアが腕を振り上げる。空中にいるアリアはそれを躱せたが、しかし地上にいる俺達、スロウはそうもいかない。まずい、と思わず口にしているのが目に入って、俺は無意識のうちに飛び出していた。


「エミル!?」

「大丈夫か? スロウ!」

「わたしは大丈夫だけど、エミルが!」

「この程度で死んでたまるか!」


 悪徳の剣で受け止めたアンデッドベアの一撃はスロウの支援のお陰でパワー負けはしなかった。しなかったが、押し返せるほどではなかったのでそのまま吹っ飛んでしまったのだ。即座にすっ飛んできたスロウが俺を回復させる。いやだから大丈夫だってば、そんなことよりもう一体の方を。


「こっちは任されたよぉ……!」


 アンデッドベアの振り下ろしを食らいながら、シトリーがそんな事を言う。いや任されたも何も思い切り食らってんじゃねぇかよ。そう思ったタイミングで、振り下ろされていたクマの腕が切断された。しゅるりと潰されていた疑似餌のボディに戻ったシトリーが、その腕を持ち上げぽいっと捨てる。


「腐ってるのは、もう食べたくないよぉ」

「前食ったのかよ……」

「食べるもの……無かったからぁ……」

「俺が悪かった」


 とりあえずこいつら食っちまえとかそんな事は言わないので安心して討伐してくれ。俺がそう言うと、分かったとばかりに捨てた腕を片腕をなくしてよろけていたクマに投げ付けた。もんどりうって倒れるクマを見て、頑張ったとばかりに胸を張る。


「エミル。シトリーちゃんのおっぱい眺めてるとこ悪いんですけど」

「眺めてない! で、何だ?」

「あのクマ、腕くっつけてますよ」


 ぐちゃり、と腐ったものをぶつけ合うような音を立て、眼の前のクマが再び両腕になる。実際に見たことないから分からなかったが、アンデッドの再生能力ってああいう感じなのか。


「あたしも知らなかったわ、ほら、後ろの奴も」


 アリアの声に振り向くと、肉が焼け落ちてほぼ骨になったクマが、それでも気にしないとばかりに立っており、眼球の無くなった目で睨んでいた。再生っていうかもうただ動けるだけだなここまでくると。


「さて、どうします? こーなるとちょっとやそっとじゃ倒しきれませんよ」

「うぅ……臭いし不味いけどぉ……こうなったら」

「食べなくていいからな」


 スロウの言葉を聞いて謎の覚悟を決めかけたシトリーを止める。向こうの骨ならいけるかも、とか言っていたが、だから無理してまで食べなくてもいいし、別に役に立ってないなんてこともないので気にするな。


「でも実際どうするのよ。火が弱点のはずなのにあの炎で骨が残るってことは、多分もう一回やってもあたしの火力じゃ焼き尽くせないわよ」

「でも骨にはなるだろ?」

「向こうも、ってこと? いいけど、その後はちゃんとやんなさいよ!」


 そう言うとアリアは虫の下腹部が見えるほど体を深く曲げ、そしてそのバネで一気に大量の鱗粉を向こうのアンデッドベアへと流し込んだ。そのまま着火。さっきの炎の渦巻きとは違い、盛大に火柱が上がりあっという間にアンデッドベアをこんがりと焼いていく。

 が、やはり向こうのもう一体と同じように、アンデッドベアの種類がゾンビ系からスケルトン系に変化しただけだった。スケルトンベア二体になっただけで、状況は全く変わっていない。ように思えるが、しかし。


「肉と違って骨なら砕けばくっつかないだろ!」


 悪徳の剣が、骨を切り裂くより砕くように特化した切れ味へと変わる。まるでハンマーのごとく、スケルトンベアの足の骨を粉々に砕いた。

 片足を無くし立っていられなくなったスケルトンベアは、それでもまだ抵抗するようで、四つん這いの姿勢になると、残った膝から上の部分で体を支えつつ俺へと飛びかかり骨の爪を突き立てようとする。だが、そんな状態からの攻撃は普段より数段遅い。スロウからの支援で能力の上がっている俺からすれば、そんなものに当たるはずがないレベルだ。


「うおおおぉぉぉ!」


 そういえば、前回こいつをぶっ倒した時もこうやってゴリ押ししたっけか。結局同じ倒し方になってしまった。避けた爪を悪徳の剣で粉々にすると、片手片腕を失って転がったスケルトンベアの頭に向かって、俺は思い切り剣を振り下ろした。


「悪いな、お前の仕返しにはつきあってやれん」


 グシャリ、と音がしてクマの頭部の骨が粉々になる。頭部を失ってもまだ動くのかと一瞬身構えたが、少しだけのたうち回った後動かなくなった。念の為残りの腕と足も粉々にしておき、これで改めて討伐完了だ。


「で、もう一体は」

「大丈夫だよぉ……」


 攻撃を付け止めたシトリーがアリジゴクの顎でガリガリと砕いていた。やっぱり骨だけなら全然いけるよ、と言っていたが、いや本当に無理しなくてもいいんだからな?


「無理はしてないよぉ……。ウッドベアの骨って意外と甘くて、おやつにいいんだよぉ……」

「その情報はいらない」


 そんな会話をしつつ、肉のついている部分をぽぽいと外に捨てたシトリーは、アリジゴク花をガバリと開いて骨の部分を捕食した。コリコリと少し飴を転がすような音を立てた後、ガリガリと盛大に砕く音が聞こえてくる。別に嫌々食べているわけじゃないのならば、まあ、いいか。

 そんなことを思いながら、さっきとのクマとは逆、肉が少しついていたので残された頭部と左腕だけになったスケルトンベアを見やる。眼球のない目の部分は勿論何も映していないが、しかしそこにはもう抵抗の様子もなく諦めの表情が浮かんでいるようにも見えた。


「とどめ、刺してあげる?」

「そうだな……」


 こっちのクマには別段恨みはない。だからだろうか、ほんの少しだけ頭部に同情をしながら、俺は剣を振り下ろした。無理矢理起こされたところ悪いが、今度こそきちんと眠ってくれ。そんなこともついでに思う。


「厄介なのはこれで討伐完了だとして、残りはどうするの?」

「こいつが問題だって話だったから、これがいないって分かれば多分大丈夫だろ」


 討伐の証として砕いたクマの頭部を拾いながら、俺はそう言って戻る準備をする。別に勇者でもなければ英雄でもない。まだ冒険者生活を始めて一ヶ月程度の新人だ。だから、やれることなんかこのくらいでいいんだよ。


「新人のやることじゃないですけどね」

「やかましいわ。知ってるよ」


 スロウの軽口にそう返し、俺達はそのまま隣町のギルドへと報告に戻った。そうして仕事を済ませ、今度こそ村へと帰る。ギルドの騒ぎは大分収まっており、お姉さんも疲れた様子でお茶を飲んでいるのが見えた。

 あ、と俺達を見付けたお姉さんが手招きをする。まあ別に無視する理由もないし、とそちらに行くと、遅かったじゃないかと言われた。別に文句というわけでもなく、ただ単に来なかったのが気になっていただけらしい。


「いや別に俺達がいなくても大丈夫だろ?」

「それはそうだけど。ネクロマンサーもさっき討伐されたしね」


 だからギルドも報告が終わり次第帰っていく人達ばかりで、普段の静けさを取り戻しつつあるというわけだ。一応生成したアンデッドの討伐が何個か残っていたらしいが、ネクロマンサーの討伐に来ていた冒険者が後始末としてそれも受けていったらしい。なので、村のギルドにはアンデッドの討伐は現状なしである。

 別にそれは悪いことではないのでは。そう俺が尋ねると、それは勿論そうだけど、とお姉さんは述べ、でもさ、と続けた。


「せっかく聖女の破魔呪文が活躍すると思ったのに」

「……あ」

「あ」

「あ」

「あぁ……」


 そういえばそうだった。モンスターにもある程度効くが、何より活躍するのは対アンデッド。こういう時には一撃で沈められるほどの威力を持った聖女の破魔呪文は大活躍なのだ。

 というのをすっかり忘れたままアンデッドベアを倒してしまった。お姉さんがどうしたの、と聞いてくるが、まあ気にしないでくれと返すしかないわけで。


「まあ、あの状況だとわたしもアリアちゃんもシトリーちゃんもダメージ食らっちゃいそうでしたから、どっちみち無理だったと思いますよ。そーいうことにしときましょう」

「そうだな、そうするか」

「賛成」

「いいんじゃ、ないかなぁ……」

「何よ、何の話なのよー」


 だから気にしないでくれ。どうせ大した話じゃないんだから。



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