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第十四話

 と、いうわけで。件の森の入口までやってきたわけだが、意外と広い。成程、これは確かに色々と苦労しそうだ。


「確かに、ある程度人員を割けないとちゃんとした調査は難しそうね」


 ふうむ、と眼前に広がる森を見ながらアリアが呟く。その隣では、スロウもなんとも呑気そうな声でそうですねと同意していた。


「お前その反応ってことは、何かあるな」

「何かってゆーか、多分アリアちゃんも出来ると思うんですけど」


 ふぅ、と糸を吐く。シュルシュルと人の二の腕位の大きさの芋虫を何体か作り出すと、そのまま森の中へとそれを解き放った。芋虫の後ろには糸がついており、それがスロウの手まで伸びている。


「スロウ二号でやったやつの応用です。あれでやるとアリアちゃんとエミルから文句が出るし」

「当たり前でしょうが!」

「まあ、そりゃなぁ」


 アリアにとっては当時友達なりかけだったスロウを消し炭に変えてしまったと誤解する羽目になったトラウマ事件のきっかけである。俺も言わずもがななので、今回は流石にアリア側だ。

 ともあれ。そうやって伸ばした糸を手にしたまま、じゃあ少し入ってみましょうかとスロウは述べ、俺達も同意した。少なくとも入口に入っていきなり、などという感じではなさそうであったからだ。

 少し進むと、木漏れ日よりも木々の影のほうが多くなってきた。別段危険は無さそうにみえるものの、あまり長居していいものでは無さそうな気配もする。ちらりとスロウやアリアを見ると、こちらは普段通りであった。


「スロウの糸じゃないけど、あたしも少量の鱗粉を飛ばして索敵出来るのよ」

「それで、周囲に危険はない、ってことか」

「一応だけれどね。相手がトラップレシアだった場合、そこには反応がないから今回はおまけ程度だけど」

「あ」


 そんな最中、スロウが何かに気が付いたように声を上げた。どうした、とそちらを向くと、手にしていた糸を一本ずつくいくいと手繰り寄せるような仕草を取っている。そうしながら、こいつですねと頷いた。


「わたしの模型が食べられました」

「食べられた?」

「まあ、芋虫を捕食する動物なりモンスターなりはいるでしょうけど、あのサイズを食べたやつがいるの?」


 目立つように結構大きめに作ってあったなそういえば。等身大じゃないからまだマシだったが、あれが眼の前で食われるのも個人的にはちょっと思うところはあった。まあ今はとりあえずそれは置いておいて。


「行ってみるか? それとも、そこを避けて進むか?」

「どっちも選択肢としてはありね」


 調査目的ならそこが危険の可能性があるとして報告するのもありで、他にも怪しい場所を探して何箇所か目星を付けるという結果でも問題ないだろう。が、セフィからの調査依頼なのだからいっそその場所に行って原因特定や排除を進めた方が、という感じもするわけで。


「今のところ他の場所には反応ないですね……あ」

「あったのか?」

「今度は普通に壊されました。さっきのところよりちょっと離れた場所です」


 どちらにせよ、その方向に何かがある、ということで間違い無さそうだ。となると、こちらの取る選択肢は自ずと一つに絞られる。

 行ってみるか。結局はこれだ。


「まあ、そうよね。セフィーリア様の期待にも応えないといけないし。……場合によってはフォーマルハウト公爵令嬢のアンゼリカ様ともお近付きに」

「おいアリアンロッテ強火ファン、欲望漏れてるぞ」

「おっと」


 咳払いを軽くして、アリアが表情を変える。どうやら暫くアリアンロッテモードでいくらしい。まあ相手がトラップレシアであればアリア個人のテンションを上げる行動でしかないが、そうでなかった場合ひょっとしたら何かの役に立つ場合もある。


「食べた方はトラップレシアかもしれないですけど、壊した方は違いそうですね」


 そんな俺の考えを読んだのか、スロウがそうやって俺に告げた。そうなるとまず向かうのは……どっちだ?


「わたしはエミルについてきますよ」


 スロウの言葉を聞き、じゃあアリアはと意見を聞こうとしたが、アリアンロッテ語録が返ってくるだろうからと判断して同意を求めるだけにしておいた。が、同意も何も俺自身がどっちに行けばいいのか迷っているわけで。


「いや、先に反応が出た方へ行こう。トラップレシアならまだ多分そこにいるはずで、そうでないなら後から行ったら無駄足になるだろうし」

「りょうかーい」

「よろしくてよ」


 そういうわけで、俺達は反応があった順に向かうことにした。どちらにせよ、あれを食う相手なんぞ碌でもない可能性が高いだろうけど、などと思いながら。







 森を進んでいる最中、スロウの糸は他には大した反応がないことから異常の原因はおおよそ特定したと判断しつつ、警戒度を高めて足を踏み出す。アリアの索敵には反応がなし、かと思えば、少々怪訝な表情を浮かべた。


「おっかしいわね」


 素に戻ったアリアが首を傾げる。どうしたんだ、と尋ねると、大したことじゃないけれどと前置きをしてから、いややっぱり大したことかもと即座に前言を撤回した。


「トラップレシアの反応があるわ」

「それじゃあ、って、ん? お前さっき」

「そう、反応は出ないはずなんだけど」


 つまりそこのトラップレシアは隠れて罠を張っているのではなく、思い切り外に出ているというわけだ。アリジゴクがその辺歩いていたら大分アレだが、まあ植物のモンスターでもあるので問題ない、のか? いやそうでもないか。


「もうすぐですよ。気を付けてくださいね」


 スロウの言葉に気を引き締める。スロウとアリア、二体の索敵から恐らくトラップレシアが堂々とそこにいるはずだ。つまりは、こいつがスロウの予想していた異常個体。もう一つの方が気にはなるが、当初の予定からするとこちらが本命だ。

 そうして見付からないようにゆっくりと森を進んだ先には、少しの木漏れ日。そして、思い切り外に出ている一体の巨大なアリジゴク。ミミックロウラーやトラップモスでデカい虫は見慣れたと思ったが、こいつはまた別の不気味さがある。

 が。


「ううぅ……美味しくない……虫だと思ったのに……糸だったよぉ……」


 滅茶苦茶情けない声を出しながらぺしょぺしょしているのを見ると、何と言うか別方向にアレな気分になってくるというか。


「今なら奇襲できますね。どうします?」

「どうするって言われても……いやまああれがそうなんだろうけど、でもなぁ」

「燃やすなら今よ。トラップレシアは植物モンスターの中でも耐久力と再生力がかなり高いわ。総合的な強さもあるからこそ、中級でも厄介な部類に入っているんだもの」


 アリアにもそう言われて、確かにと俺は頷く。が、何と言うか、スロウもアリアもどこか俺にそれを言わせようとしているフシがあるような気がしないでもない。いや実際俺も思っているけど。


「なあ」

「わたしはエミルを信じますよ」

「あんたのそういうところは確かだからね」


 信頼が重い。スロウはともかく、アリアにまでそう言われると勢いで行動してもいいのかと若干不安になる。俺の行動如何で色々と決まってしまう、というのは捻くれ者には中々キツイものがあるのだ。


「親分さんに怒られるのも嫌だけどぉ……人は食べたくないしぃ……お腹すいたぁ……」


 ん? と全員で顔を見合わせた。今あいつ親分って言ったぞ。つまりは誰かに使役されているモンスター。ということはつまり。


「なあ、そこのトラップレシア」

「え? ……ひぃぃぃぃぃ!?」


 いやまだ俺声を掛けただけなんだけど。何でそんなビビりながら後ずさりしてるんだよ。あ、木にぶつかった。


「ごぉめんなさぁい……ワタシぃ……親分の仲間食べちゃった時に人は不味くて食べられないって……だから、最近はその辺の動物やモンスターを」

「いやだから俺まだ何も言ってない――お前、もう人食ってるのか」


 ビクビク怯えながらガタガタ震えるトラップレシアをどうしたもんかという目で見ていた俺だったが、そこに含まれた言葉で表情を戻す。剣を抜き放ち、その切っ先をモンスターに向けた。

 そうだよな。スロウとかアリアとか、そんなふうに都合のいいような状態で話の通じるやつなんか普通はいない。言葉が通じても、モンスターはモンスター。こうやって既に人食ってたりするのが当たり前だ。そしてそれを聞かなかったことにして見逃すのは、流石に違う。


「エミルエミル」

「何だよ」

「真面目なところごめんなさい。でも、今の話、もうちょっと聞いてもいーんじゃないです?」

「もうちょっとって、だってこいつどんな理由だろうと人食ってるんだし」

「いや、その理屈から言うとあたしも何人か殺ってるわよ。それはいいわけ?」


 そう言われて俺は押し黙る。まあ確かに野盗やらの犯罪者を幻覚掛けてぶち殺している経験持ちのアリアが仲間にいる以上、人を食った、というだけで判断するのも少し違うかもしれない。ここで正義感の溢れた人間ならどんな理由があっても、とか言うんだろうけど、あいにく俺は捻くれ者だ。この程度の意見の捻じ曲げなんぞヘでもない。


「おい、トラップレシア」

「はいぃ!? ワタシは一回刺されたくらいじゃ死ねないので……出来れば強力な一撃の方がぁ……」

「やらんやらん。いや、場合によってはやるかもしれんが、今はまだだ。とりあえず、話を聞かせてもらうぞ」

「お、おお話ですかぁ!? ……今日食べたのは……森を歩いていたウッドベアを少々とぉ……さっき偽物芋虫を」

「そこじゃない。いや、方向性は合ってるが違う。お前が人を食ったって話だ」


 そう言うと、トラップレシアは再びぴぃぃと怯えだした。既にぶつかっているのに更に後ずさりをしようとする。あ、木が折れた。ミシミシ音を立てながら折れた木がそのままトラップレシアに直撃し、そしてそのまま下敷きになった。


「……死んじゃいました?」

「流石にこの程度じゃ死なないでしょ」

「うぅぅぅ……痛いぃ……」

「ピンピンしてるな」


 もぞもぞと木の下敷きから這い出してくる。まあ大きさからすると下敷きというほどでもなかったとはいえ、それでもほとんどダメージを食らった様子もないことから、アリアが言っていたように耐久力と再生力は目を見張る物があるな。


「……話を続けていいか?」

「ど、どどどぞう!?」


 噛んでる。まあその辺は聞かなかったことにして、俺は眼の前のトラップレシアにその親分とやらとその仲間を食べた時の話を尋ねた。

 言葉自体は流暢な割に普段喋り慣れていないようで、話があっちこっちに飛んだり戻ったりしながら、それでもポツポツとトラップレシアは言葉を紡いだ。親分、というのは野盗の親分、フォーマルハウト公爵令嬢の言っていた連中のことで恐らく間違いないだろう。ここまで来た理由については不明。まあこいつのこの感じからするとそりゃそうだろうとは思う。


「親分の仲間を食べた……っていうのはぁ。他の、トラップレシアに親分が食べさせてた時に、たまたま……通りかかって」

「ちょと待て、他のトラップレシアに野盗の親分が仲間を食べさせてた? なんだそれ?」

「テイム? とか、言っていたけれど……確かに、一応使役? みたいなのされてるから……そうなのかも?」

「中々にふざけたことやってるわね、そいつ」


 魔物使いの使役モンスターは、通常はテイムというスキルでこちらとの友好度を上げさせて仲間に引き込む。俺も当然持ってはいるが、いかんせんスロウ相手にそもそも使う必要がなかったので正真正銘死にスキルになっていたやつだ。

 で、そのテイムの効果を引き上げるのに手っ取り早いのが餌付け。そのモンスターが好むものならば尚良し、なのだが。


「人を餌にしたんですか、その親分」

「ワタシは通りすがりだったから……その辺よくわかんないよぉ……。あ、でも一つ分かったことがあるの」


 横にいたスロウの問い掛けにそう言いながら、トラップレシアはウンウンと頷きながらこう続けた。


「人間は全然美味しくないから……もう絶対食べないよぉ」

「……随分と偏食ね、このトラップレシア」


 トラップレシアが中級たる由縁の更に一つは凶暴性。割と好き好んで人や亜人系、言語や文化コミュニティを持っている魔物を食らう。罠にはめるのが動物より難しいことから、手間暇掛けた食材は美味いという考えでも持っているのだろう、とかそんなようなことがこの間読み返した教本の習わなかった基本部分以外の場所に書いてあった。

 ともあれ。この感じからすると人以外の対応が微妙に心配ではあるが、現状不可抗力気味に人を食った――この場合食わされたといった方が正しいかもしれないが――のが初めてで、しかもそれ以降は不味くて食わないと決めている様子。


「一応聞くけど」

「は、はいぃ?」

「食ってはいないが野盗の親分の命令で何人か殺してる、ってことは?」

「あ、あの……ワタシそもそも手違いでテイムされてるから……仕事、してなくてぇ」


 そもそもの問題として同族の中に仲間もおらず、いつものように一体でとぼとぼしている時に偶然テイム現場に居合わせてしまったせいで一緒くたにされて、向こうと連携も取れないからとりあえず連れられているお荷物みたいな存在。トラップレシアは若干涙ぐみながらそこまで述べ、そして言い終えたら泣いた。なんかごめん。


「エミル、どうします?」

「いやどうするって言われても。まずはその親分をどうにかしないと」

「それはもうどうするのか言ってるも同じよ」


 スロウの質問にそう答えると、アリアが呆れたように肩を竦めた。まあ自分もそういう流れで引き寄せられたし、などと言いながら、俺に向かってほれ、と言葉を促した。

 いや、そんな促され方してもどうしろと。


「トラップレシアちゃん。もしよかったら、エミルの仲間になりませんか?」

「はぇ?」

「人を食べたり、変なことをしたりしなければ、エミルはちゃんと優しいですから」


 そう言ってスロウがさあと手を差し出す。あーあ言われちゃったみたいな顔をするなアリア。俺も言おうとしてたんだよ。本当だぞ。


「えっとぉ……? いいの? 居場所、くれるの?」

「こいつも言ったが、変なことしなければな。で、どうする?」


 俺と、スロウと、アリアと。その順にアリジゴクの頭を動かして、そして再び俺を見た。

ミミックロウラーと、トリックモスだ。そう呟いているのが聞こえて、それなら、と頷くのが見えた。


「分かったよぉ。仲間に……なる。変なことも多分しない。人は元々食べないけど……ミミックロウラーもトリックモスも食べないようにするよぉ……」

「あ、別にそこは気にしなくてもいーですよ」

「あたしもそこまで気にしないわ」

「いやお前らはもう少し気にしろ」


 スロウはともかく、アリアもまあそういうところはモンスターなんだな。そんなことを思っていたら、違うと睨まれた。自身を生んだ個体はとっくに死んでいて天涯孤独だからなだけだ、とさらっと言われて逆に俺が謝った。


「とにかく。じゃあ行きましょう。さっさと親分を倒して、えっと」

「あ、な、名前? アミュー・シトリーだよぉ。シトリーって呼んでくれると……喜ぶよぉ」

「じゃあ、シトリーちゃんを解放しに行きますよ」

「おう」

「了解よ」


 スロウのその言葉に俺とアリアが頷くと、トラップレシア――シトリーはやったぁとアリジゴクの体を左右に揺らした。



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