第十三話
「成程、そういうことでしたら、良い品があります」
ベルンシュタイン公爵邸、というか城。城下町の街でない方にやってきた俺達は、まず依頼を受けるのが遅れてしまったことを謝罪した。次いで、その経緯。
話を聞いたセフィはまず気にすることなど無いと述べ、そして俺の剣が折れたままだということでそんなことを続ける。良い品、と言われると途端に身構えてしまう貧乏性の俺だったが、セフィはそれを見越していたのか、試験品のモニターをお願いしたいと言うような話も告げた。
「ベルンシュタイン公爵家は魔道具技師で成り上がった、という話は以前もしましたし、周知のことかと存じますが」
別に今はそれを行っていないわけではない。そう言ってメイドに持ってこさせた箱の蓋を開ける。中には大分立派な、というか俺の使っていた剣の何十倍は高価そうなものが出てきた。
「やっぱり用意してから来ればよかった……」
「そんなことを言わないでください。私としては、この程度は何の苦でもありませんのよ?」
スロウからどうせならセフィのところで剣を貰うのはどうだろうという提案を受け、遅れておいて剣の催促は最低じゃないのかという俺のツッコミを黙殺され。アリアにはでも多分今の予算であんたにピッタリの剣買えないわよと追撃を受け。
多数決の暴力により今の状況に至るわけだ。そして絶賛後悔中。
「そもそも、恐らくですが今のエミルさんの実力に見合う剣となると」
予算はこのくらい必要、とセフィが述べる。マジかよ、という額を提示され、そんな金は用意できない俺はがくりと項垂れた。だってつまりこの剣それ以上の値段するやつでしょ?
「ですから、これもサポートの一環です。公爵家令嬢肝いりの冒険者にして私の最高の友人達が、実力を出しきれないなどあってはならないですから」
それに、とセフィは少しだけ面白そうに笑う。これが本当にその価値を発揮するかは貴方次第ですから、と彼女に続けられた。
どういうことだと怪訝な表情を浮かべると、セフィはコンコンと剣の柄の部分を叩き、そのまま刀身を指差した。
「これは魔道具工房で作られた、持ち主の特性に合わせる剣です」
「え? じゃあエミルが使うと捻くれるんですか?」
「ひっぱたくぞお前」
いやまあ俺も思ったよ。俺みたいな捻くれ者に渡すと捻くれた剣になるぞって。でも自分じゃなくてお前に言われると腹立つ。ぐにぃ、とスロウのほっぺたを引っ張りながら、そういうわけならこれは駄目だろとセフィに告げると、彼女は違いますよ、と笑った。
「この剣に反映されるエミルさんの特性は『非の打ち所のない悪徳』の方です」
「それもそれで駄目だろ」
「そうでしょうか? 月の大聖女様も言ってらしたように、スロウさんといる貴方ならばきちんと抑え込める。そう私は確信しています」
「まあ実際そんな感じよね、あんたら。一人と一体でワンセットというか」
「アリアちゃんやセフィちゃん先輩も入ってくださいよー」
「はいはい、じゃあ今はあたしもセットよ」
「私はサポートなので一歩後ろが妥当かと」
何か向こうは向こうで完結しているが、要はつまり。一人きりでいるもしもの俺ではなく、スロウやアリアといる今の俺ならばその剣は特別な一振りになる。とまあつまりそう言いたいわけですね。俺の問い掛けにその通りですと頷いたセフィは、現状はただの丈夫な剣でしかありませんのでと微笑む。俺を心配させないように、というのもある程度はあるのだろうが、その口振りから考えるとどうやら本当らしい。
「……じゃあ、遠慮なく使わせてもらう」
「はい。遠慮なくどうぞ」
むしろ食い気味にずずいと差し出された。強っ、力強っ。冒険者やめて公爵令嬢に戻ったって言うけど、この分だと鍛錬はずっと続けてるなこの人。まあスロウに先輩ってずっと呼ばれてるからにはっていうちょっとした意地とか、アリアにアリアンロッテ様って尊敬されてるからにはっていうちょっとした見栄とか、そういうのもあるかもしれないけど。
えっと、うちの二人がすいません。
「ご心配なく。サポート、の中に臨時メンバーと言う選択肢も作っておこうという自身の勝手な行動ですので」
そっちかよ。いやまあスロウがアレなだけで普通は聖女見習いってだけでも十分な戦力だから滅茶苦茶助かるけど。月の大聖女戦でもあれだけやれるって時点で見習いって自称だろうとも思ってるし。
ともあれ。無くしかけた自信も取り戻した。新しい武器も手に入った。これでセフィからの依頼を受ける準備は万端だ。
「はい。では改めて。依頼の大まかな内容はそちらの依頼書に書かれたそのままなのですが」
城下町から少し離れた場所にある森での異常調査。それだけ聞くと最初に彼女と出会ったウッドベアのアレコレを思い出すが、セフィはそれをあははと苦笑することで流していた。
「とはいえ、あながちそれも間違いとは言えないかもしれません」
「どういうことですか? セフィちゃん先輩」
「この調査依頼ですが、おそらく何かしらのモンスターが関わっていると思われます」
「何らか、というのは。特定は出来ていないという意味でいいのでしょうか、セフィーリア様」
アリアの問い掛けに、セフィは少しだけ難しい表情を浮かべる。そうしながら、一応これだと思われるモンスターはいるのです、と続けた。
「トラップレシアはご存知でしょうか?」
「一応は。確か中級のモンスターで、割と厄介な植物の……あれ植物って言っていいのか?」
「モンスターはモンスターよ、普通の動物や植物とは違うわ。ミミックロウラーとトリックモスの話も前にしたでしょ?」
「まあな。じゃあ植物のモンスターでいいんだな」
「……ぶっちゃけあれはあたしも虫なのか植物なのかよく分からないわ」
「なめんな」
今の会話なんだったんだよ。セフィが爆笑しているという滅茶苦茶珍しい物を見れたのでまあよしにしておくが。
何だよスロウ、その目は。自分相手だったら絶対よしとしないのにというその目は。その通りだよ、分かってるじゃないか。
まあそれはともかく、話を戻すと。トラップレシア、強さの分類は中級の中頃、トリックモスより少し厄介な位置にいる植物なのか虫なのかよく分からんやつだ。何が分からないって、こいつの姿の説明は単純に言うと動く花。なのだが、基本花弁を閉じて行動する特性があり、その状態がアリジゴクそっくりなのだ。捕食時にアリジゴクの体がバックリと割れて巨大な口のついた花になる姿は中々精神にも来るものがある。
が、こいつが厄介なのはそういう見た目の部分だけではない。
「トラップレシアの疑似餌の目撃情報があります。ですが、これが異常の原因かどうかはまだ不明、と言わざるを得ません」
アリジゴクから伸びる雌しべ、そこの子房・胚珠部分を作り変え疑似餌として獲物を待ち構えるのがこいつの主な捕食や戦闘の方法だ。油断を誘う、あるいは手軽に襲いやすいよう見せかけるためなのか、疑似餌は基本的に幼い子供か可愛らしい少女の姿が多い。勿論それ以外にも小動物や小鳥などの姿を取ることもある。そうやって罠を張って待ち構える様はまさにアリジゴク。やっぱりこいつ虫なんじゃないのか。
ちなみに初見殺しに近いので、ある程度の知識があれば疑似餌だとすぐバレる。絶対そんなところに子供や若い女性はいねぇよ、というのは勿論だが、疑似餌の小動物や小鳥もこいつの生息域だとまずいない。とはいえ、逆に言えば知識がなければ引っ掛かるともいえるわけで。
「目撃情報の場所が問題、ってことか」
「その通りです」
とまあそういう情報を踏まえて今回の件を考えるとだ。とりあえず思い付くのはそれとなる。セフィも俺のその意見に頷き、こちらがその目撃された場所ですと地図を広げて印をつけた。
「ここが問題なんですか? セフィちゃん先輩」
「はい。これまでこの近辺にトラップレシアは発見されていません。というか、そもそも公爵領にトラップレシアの生息域がないのです」
直轄地以外の近辺の領でもそれは同様。たまにはぐれものが目撃された例はあったので、今回もそれではないのか、という結論にギルドの方ではなっているらしいが。
「どうにも嫌な予感がしまして。具体的には、自身が潰されて死んだ時のような」
「うん、まあ。そりゃそうだよな」
このパターンで一回死んでるので、セフィとしては警戒するのも仕方がない。スロウもまあそうですよね、と頷いていた。直接その光景を見ていないアリアですら、まあ聞いた話だけでも相当だしという反応だったが。
「なので、トラップレシアの生息域がある場所――フォーマルハウト公爵領に連絡を取りました」
「遠いな」
片翼の名の通り、ベルンシュタインとフォーマルハウトは王都を挟んで反対側に自領がある。別に公爵家同士の仲が悪い、とかそういうわけでもないのでまあ国としての形の美しさとかそういうあまり大したこだわりではないのかもしれないが。理由は何であろうと、お互いの自領が遠いのは間違いないわけで。そんなところからこっちに来ていたとしても、それこそはぐれものなんじゃないのかと思わないでもないのだが。
「返答は、生息域に特に変わり無し」
「じゃあ」
「ですが、フォーマルハウト公爵令嬢アンゼリカ様より、情報提供をいただきました」
盗賊団が根城にしていた場所にいたはずのトラップレシアが数体見当たらない。それまで天然の罠として使用していたはずなのに、急にいなくなるのは奇妙である。そんな感じの話が手紙で届いたのだとか。
「そして、その根城はもぬけの空になっていた」
「食われちゃったんですかね」
「あるいは、引き連れてこっちに来たか」
にしては遠い。ここまでぐるっと来るのは中々に大変な気がするが、そこまでしないといけない理由でもあったのか、それともただ単に離れた場所じゃないと活動再開に支障が出るからなのか。どちらにせよ、確信は持てないしその手紙だけで冒険者ギルドを通したり騎士を動かすのは難しい。
「それで、俺達か」
「はい。もしこの手紙から考えうる予想が正しい場合、危険ではありますが」
「トラップレシアと盗賊団程度ならば、問題ありませんわセフィーリア様」
「お前、そういう油断がピンチを招くんだからな」
「分かってるわよ。そもそもアリアンロッテは常に優雅と余裕を持つための努力を怠らないの。油断なんてもってのほかよ」
ふふん、と胸を張るアリア。アリアンロッテモードの時はそうかもしれんが、素のお前は割とやらかしそうだからちょっと心配なんだよ俺は。
あ、スロウはまあ普段から油断しきってるようなもんだから。
「酷くないです!?」
「そうか? 妥当だろ」
「そんなことないですよ。今回だって色々考えてたんですからね」
そう言ってさっきのアリアのように胸を張るスロウ。ああそうかい、じゃあちょっと言ってみなさい。その場で考えるとかは当然無しだぞ。
「当たり前ですよ。さっきの向こうのお嬢様とセフィちゃん先輩の心配事を混ぜこねした意見がちゃーんとあるんですから」
「ほう。どんな?」
「多分ですけど、その消えた何体かのどれかに異常個体がいるんじゃないですか?」
んん? 思ったよりまともな意見、というか思っても見ない方向の意見が出てきたので思わず三人で顔を見合わせる。そして、セフィと俺は確かにそうだと頷いた。
「私の心配していた理由となったあの依頼。確かにウッドベアの異常個体でした」
「変な方向でも話が進むかも、の方に意識向けててそっちはそういや考えてなかったな」
そして俺達の話を聞いたアリアも、異常個体がいるならば確かに、と何かを考え込む。
ちなみに聞くけど、異常個体ってウッドベアのあれみたいなことだよな? アリアンロッテ強火ファンになった蛾とか、そういう方向の異常個体の話じゃないよな。
「誰のことよ誰の」
「お前以外に誰がいるんだよ」
「そんな、あたしを異常個体だなんて……いや、まあ、異常個体なのは間違いないけれども」
自覚あるんじゃないか。まあそれはそれとしてモンスターなのにこうして人の社会にきちんと適応しているところとか、異常ではあるが個人的にはいいとは思う。
スロウ? こいつは最初っから人の社会に適応して……こいつ本当に適応してるのかなってたまに心配になる。
そんなことはどうでもいい。今問題なのは、その異常個体がどんなものかということで。
「それを調べに行くんですよね?」
滅茶苦茶正論をスロウに返されて、俺ははいそうですねとしか言えなくなった。




