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第十一話

 なんか増えた、スロウが。自分でも何言っているか分からないが、実際増えたんだから仕方ない。


「で、このスロウ二号ですけど」

「お、おう」

「これを向こうに突っ込ませて、爆死させれば隙が」

「お前人の心――ないよな、モンスターだし」


 というかいいのかこれ、スロウ二号とか言ってるけど完全にスロウそのものだぞ。生み出しといて即殺すのは中々に。

 と、そこまで考えて、ああそうかと気が付いた。別に等身大になっているだけで、このスロウの姿した人形なのか。こうやって動かせますよ、とか見えないくらい細い糸でマリオネットしてたからなのか、自分をもう一体生んだのかと一瞬勘違いしてしまった。そうだよな、そもそも糸吐いて作ったもんな。


「さっきの話じゃないですけど。エミルの方こそ、わたしのこと分体を生み出して囮にするような外道系モンスターだと思ってました?」

「…………」

「そこはすぐに否定してくださいよ」


 いやだって。なんだかんだお前ってモンスターなわけじゃん。そういう倫理観ってモンスターごとにあるわけで、ミミックロウラーはそういうもんだっていう可能性だってあるわけじゃん。

 というかだな。お前最初の依頼で同族殺しを平然と受けたこと忘れてんのか。


「あれはもうわたしの仲間じゃないですし」

「そういう割り切りって、あんまり人間じゃ出来ないんだよなぁ」

「そうですか? 何か結構そーいうのある気がしますけど」


 それこそここに来る途中に死んでた野盗とか。そう続けられるとまあ、確かにその辺の割り切りはする人がそこそこいるような気もしてくる。まあつまりあの時のスロウは相手が野盗だと思ってたくらいなのか。

 群れ仲間だったような気もするが、もうその辺ツッコミ入れてるときりがないので話を戻すことにした。


「で? なんだっけ? それを囮にする、だっけ?」

「ですです。ちゃんとそれなりにしっかり出来てるんで、相手を騙すには割といーんじゃないかと思いますよ」


 そう言ってスロウ二号の胸をつついたりスカートを捲ったりするスロウ一号。やめなさい、はしたない。


「ちゃんと同じですよってのを見せたかっただけなのに」

「見せんでいい。どうせこれから爆死するんだろ? 情を湧かそうとするな」

「はーい」


 ではさっそく、とスロウ二号を起動させる。まあ糸で動かしているからなのか、大分もっさりとした動きでホールへと歩いていった。爆発の煙でちょうどいい具合に騙せたはずなので、俺達は向こうが二号に意識を向けているうちに背後へとこっそり移動する。


「あら? 貴女一人なの? もう一人の方はどこに?」

「…………」

「だんまり、ですか……。いいでしょう。ならば、力尽くでも喋らせて差し上げますわ」


 どうやらいい感じに騙されているらしい、自称アリアンロッテはそのまま鱗粉を二号の周囲に撒き散らし、そしてパチンと着火させる。再び爆発が起こり、そしてスロウ二号が炎上した。

 いや燃え過ぎじゃない? 火だるまになりながら悶えて消し炭になっていくスロウ二号は大分精神的によろしくないんですけど。思わず隣を見て、無事なスロウを見てホッとするくらいにはよろしくない。ちょっとだけ抱きしめそうになったので、全力で手に力を込めて抑え込むくらいにはよろしくない。


「次からはやめますね」

「そうしてくれ」

「ちなみに芋虫形態だったら」

「やめろ」

「はーい」


 どっちの形態だろうがスロウはスロウだろうが。同じ姿したものが壊れていくのを見るのは本当に駄目だ。この前の手のひらサイズの時は別に思わなかったのだから、まあ等身大っていうのが多分一番の理由だろうとは思うが。


「わたしと重ねちゃうんですかね」

「かもな」

「わたしがいなくなるのが嫌なんですね」

「……かもな」

「こういう時素直なエミルはずるい」


 そう言ってこちらに抱きついてくるスロウ。わたしもエミルがいなくなるのは絶対に嫌です、とこちらを真っ直ぐに見て言い切ったので、はいはい、ととりあえず頭を撫でておいた。


「えっへへ~。っと、今はそんな場面じゃなかったですね」

「いや、案外そうでもないかもしれんぞ」


 ほれ、あれを見ろ、と俺はスロウに自称アリアンロッテの方を指差した。そこには、倒れて消し炭になってしまったスロウ二号を見て顔を青くしている姿が。


「うそ……なんで……威力は弱めたはずよね? ミミックロウラーは火に弱いけど、この程度じゃここまで燃えないわよ、燃えないはずよ……ねえ、待ってよ……嘘だと言ってよ、お願いだから……」


 というか思った以上に絶望している自称アリアンロッテの姿が。なんというか、あいつ下手したらスロウより感性が人に近いんじゃないのか? そう思って、まあそりゃそうかと思い直した。アリアンロッテを完璧に演じようとしているんだから、そうならないはずがない。

 ともあれ。


「出辛ぇ……」

「やっちゃいましたねー」







「ぐす……酷い、あんたら外道よ……何でそんなこと出来るの……馬鹿よ、馬鹿、バカ!」


 その通りなので自称アリアンロッテの説教を甘んじて受ける。やったのはスロウだが、それに同意したのは俺、だから当然どちらも悪い。自前の捻くれ者はこういう時発動しないのが逆に我ながら捻くれていると思う。

 まあとはいえ、結果としては向こうの怒りを消し去ることには成功したので良しとしよう。いたいけな少女、かどうかはまあ不明の蛾だが、その心にちょっぴり傷を付けてしまったこと以外は、だ。


「……それで、何の話をするの?」

「だから、えっと……」

「何の話でしたっけ?」


 さっきのインパクトのせいでやろうとしたことが頭から飛んだ。まずい、このままではもう一度自称アリアンロッテにブチギレられてさっきの二の舞いだ。そう思った俺は必死で記憶を辿る。必要なのはアリアンロッテを馬鹿にしたとか誤解される前にしていた会話。

 そう、あれは確か。


「そうだ、住処の話だ」


 この廃屋敷に住み続けるわけにはいかないから、それをどうするのか。そういう話をしている最中に、確かこいつスロウと似たようなタイプなんじゃないかって思って。

 そこから先はもういいとして。とにかく、と話を元に戻すようなジェスチャーをしつつ、俺は自称アリアンロッテにこれから先のことを尋ねた。新しい住処を探すだけ、とか言ってた気がするが、その当てはあるのか、と。


「ないわよ。まあアリアンロッテは旅も似合うから、少しウロウロしてもいいかもしれないけど」

「基本それが基準なんだな……。いや待った。うろつくのは不味いだろ、場合によっては討伐されるぞ」


 完璧なアリアンロッテではあるが、完全な擬態ではない以上、どこかでそれを見破られて危険なモンスターだと討伐される恐れがある。流石にここまで話した相手がそうなるかもしれないと知っていて何もしないのは寝覚めが悪い。


「そうですね。友達が死んじゃうのは嫌ですね」

「はい?」

「え? わたしとアリアンロッテちゃんって友達ですよね?」

「いつそうなった!? 別になるのが嫌ってわけじゃないけど、急過ぎない?」


 別にそうでもないだろう、と俺は思う。スロウ基準だとここまで和気あいあいと話せるモンスターという時点で間違いなく友達認定終了している。セフィの時だって夕飯一緒に食べた時点で友達判定だったからな。

 そういうわけなので、諦めてくれ。そう述べると、いや諦めるとかじゃないけど、となんとも微妙な表情を浮かべていた。


「まあいいわ。でもまあ、その心配は無用よ。そもそも、この廃屋敷にだって結構色々厄介なのが来てたもの」

「俺達に調査を依頼したドラ息子とかか」


 そう言うと、自称アリアンロッテは首を横に振る。あれは別に大したことなかった、と言葉も続けた。


「一応アリアンロッテのことも知っていたから、話は通じたし。でも、悪役令嬢は悪役で惨めにやられてこそとか抜かしたからついボコボコにしちゃった」


 どうやらドラ息子は地雷を踏んだらしい。その過程でスカートの中もちょっとばかし見えてしまったことで、物理ダメージと精神ダメージを同時に食らってあの有り様になったようである。


「……ちなみに、そういう意見とか全部潰すタイプなのか?」

「言い方によるわね。明らかにこちらを、アリアンロッテを馬鹿にするような物言いならキレるわ」

「そうか」


 まあよっぽど言わないとは思うが、一応こいつのキレるポイントが何なのかは心に留めておこう。余計な火種を作りたくない。

 そんなことを思っていると、自称アリアンロッテは話を戻すわよ、と指を一本立てた。


「それでもまあ、話せただけマシだったわね。他にやってきた連中は本当に碌でもないのばかりだったもの。野盗なんかあたしを見るなり襲ってきたし」


 襲う、とぼかしているがまあ、そういうことなんだろう。そしてその野盗とかがどうなったのかは、ここに来る途中のスロウの言葉で大体想像つく。

 そんな俺の思考を呼んだのか、直接殺ってはいないわよ、と自称アリアンロッテは口角を上げた。


「あたしは幻覚を深く掛けて追い出しただけ。多分勝手に自滅したんじゃない?」


 トリックモスの鱗粉を解毒出来るような実力があればまあ、野盗なんかにはなっていないだろう。どちらにせよ、こちらとしても別段その野盗を直接だろうと何だろうと殺したかどうかで態度も対応も変えるつもりはない。


「なあ」

「何よ」

「俺達の村に来るか?」

「……はぁ?」

「いや、スロウも村に住んでるし、多分もう一体くらいモンスターがいても問題はないだろうから」

「本気で言ってるの?」

「勿論」


 ふうん、とそんな俺を見て、そして自称アリアンロッテはゆっくりと頭を振った、横にだ。申し出はありがたいけれど、と言葉を続けた。


「わたくしはアリアンロッテ。アリアンロッテ・フォーベルシュラウト。たとえ流浪の身と成り果てようとも、誇りは、心は、捨てるわけにはいかない」

「……そうか」


 セリフこそアリアンロッテだが、いや、アリアンロッテのセリフだからこそ、こいつの中ではそれは譲れない部分なのだろう。そうなってしまうと、もはや説得できるのは本物のアリアンロッテくらい。


「ん?」

「どうしたんですか?」

「……フォーベルシュラウトって家名、元ネタあるのは知ってるか?」


 スロウにそう聞くと分かりませんよ、と返ってくる。まあろくに読んでいなければそうだろう。なら、しっかり読み込んでいる奴ならば?

 視線をスロウから自称アリアンロッテに向ける。愚問だ、とばかりの表情で、自称アリアンロッテは自慢げに口を開いた。


「この国の二大公爵、フォーマルハウト公爵家とベルンシュタイン公爵家を混ぜたものよ。そんなの、この小説を読んだことがあれば誰だって」

「ああそうだな。つまり、フォーマルハウト公爵家かベルンシュタイン公爵家の令嬢がアリアンロッテの元ネタに一番近いと言ってもいいよな?」

「それがどうしたのよ。会わせてくれるとでも?」

「ああ」

「………………え?」







「ああああああああアリアンロッテ様ぁぁぁぁぁ!!」

「えっと? これは、一体どういう状況なのでしょうか?」

「セフィちゃん先輩が悪役令嬢らしいんです」

「……エミルさん?」


 笑顔だけど明らかに怒りが見えている表情でこちらを向く。いやまあいきなりあなたは悪役令嬢ですって言われれば普通はそうなる。なので、誤解、というほどでもないがセフィに一応説明をした。小説のキャラの元ネタがこの国の二大公爵家で、その令嬢がほぼそのキャラの元ネタと言ってもいいだろうという流れで。


「アリアンロッテ様だ……生アリアンロッテ様だぁ……本物だぁ……」

「あの、私はセフィーリアという名前があるので、出来ればそちらで呼んでいただけると」

「は、はい! セフィーリア様!」


 説明が終わってある程度納得が済むと、後は滅茶苦茶目をキラキラさせた自称アリアンロッテがセフィを拝む光景が残るのみとなる。

 というか、悪役のキャラに名前を使わせるのを了承するとは、この国の公爵家は懐が広いというかなんというか。


「ふふっ。……元々ベルンシュタインは魔道具を生業としていたところから成り上がってきた貴族。当然それを良く思わない者も多数いました」

「だから悪役の名前に使われた、最初はもっと直接的に。でもベルンシュタイン公爵家はそれを許した。そして、楽しんだ。その気概に同調したフォーマルハウト公爵家も乗っかって、そして」


 出来上がったのがフォーベルシュラウトか。というか自称アリアンロッテ、お前そういうのもしっかり調べてるのな。そんなことを口にすると、嗜みとして当然だと返された。ああ、そうなんだ。


「結果としてベルンシュタインは新しいことを取り入れる気風を持つ貴族として、様々な人々に受け入れられました。ですので、悪役令嬢の原点、というのも案外面白いものなのですよ」

「へ? でもさっき」

「こちらを頼るのが遅かったちょっとした意趣返しですわ。スロウさんの言葉で大体察しましたもの」


 そう言ってウィンクしてこちらに微笑みかけるセフィ。そしてそれを見てしまった自称アリアンロッテはその場で幸せそうな顔で倒れた。アリアンロッテ様の幸せなエンディングはここにあった、とか呟いているのでまあ多分大丈夫だろう。

 ところで、だ。


「……蛾、ですか」


 倒れたことでスカートに隠されていた虫の下腹部がちらりと見える。それを見たセフィは一瞬だけ目を見開いたが、しかしそれだけだった。どうやら大分耐性がついてきたらしい。


「いえ、スロウさんほど完全な人から虫に変わられるのでなければ、人型の魔物は月の大聖女様で慣れていますので」

「そう言われればそうか」


 そう考えるとやっぱりスロウは相当なんだな。当事者は呑気にお茶飲んでるけど。

 それはともかく。我に返った自称アリアンロッテが起き上がり、お見苦しいところをお見せしてしまいとセフィに謝罪する。が、多分出会った時から今までお見苦しくなかった場面がないぞお前。

 そんな俺の思考を読んだのか、うるっさい、とこっちを睨まれた。


「それで、所属の件でしたか?」

「ああ。こいつを俺達のメンバーに、というかセフィのところの所属に出来ないか、と思って」

「勿論可能ですよ。人となりも――虫となり? も問題なさそうですし、スロウさんがお友達だと紹介した時点でほぼ無条件合格ですね」


 そういやこいつ聖女だったっけ。それも月の大聖女お墨付きの。スロウといい今回のセフィの件といい、肩書ってこういう時に結構役に立つんだな。


「エミルさんも公爵家所属冒険者と公爵家認定騎士という二つの肩書がありますもの、存分に振るってもらって結構ですのよ?」

「……その時になったらな」


 クスクスと笑うセフィから視線を離し、俺は改めて自称アリアンロッテを見る。そういうわけだからこれでどうだ、と問い掛けると、どうだもなにもない、と返された。


「アリアンロッテ様、じゃなくて、セフィーリア様の冒険者になれるなんてさいっこうじゃない。勿論、こちらこそよろしくお願いするわ!」


 そう言ってガシリと俺の手を掴むと、自称アリアンロッテは嬉しそうに微笑んだ。アリアンロッテモードの時とは違う、純粋なこいつって喜怒哀楽が分かりやすくて好感が持てる。俺みたいな捻くれ者と違って、素直に好きを好きと言えるから、かもしれない。


「ん? どーしました?」

「いや、相変わらずの間抜け面だなって」

「またそーいうこと言う」


 ぶうぶう、と文句を言うスロウを見ながら、俺はぺしぺしとこいつの頭を軽く叩いた。そしてそのままゆっくりと撫でる。べへー、となんとも間抜けな声が出た。


「……」

「直に慣れますわ。それより、登録の名前はどうされます? アリアンロッテでよろしくて?」

「あ、いえ、流石に書類でそれを名乗るのはおこがましいので、アリア、でよろしくお願いします」


 握手の後、手続きをしていた自称アリアンロッテ、もとい、アリアとセフィの会話でなんか余計な一言が聞こえた気がしたが。ともあれ、これで晴れて俺のパーティーメンバーが増えた。

 メンバーは一人と二体、俺と、何だか聖女認定された芋虫と、小説悪役令嬢になりきっている蛾だ。

 自分で勧誘しておいて何だが、流石にこれ以上集まらないよな……?



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