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05. 適切な距離感モンダイ

 今般のピンクブロンドの男爵令嬢・ミーナの一件により、セラフィは意外な事実を知るに至った。


 何と、第二王子・ラインハルトには、まだ婚約者がいなかったのだ。


 セラフィはラインハルトの婚約について、「内々にお話が進んでいる」といった噂を小耳に挟んだことがあったので、てっきりそのまま整ったものとばかり思っていたのだが、よくよく思い返してみれば、確かに正式発表がされた記憶はない。

 リーンハルト曰く、「情勢の変化により、次兄の婚約はしばらく様子を見ることになっている」とのことだった。


 だからラインハルトがミーナと「ちょっと親密すぎるのでは?」って距離感で接していても、ガンガン苦言を呈されることはあっても大きな問題にはなっていなかったし、聞く耳をもたないからといってお灸を据えられることもなかったのだ。


 さすがにラインハルトも自分の立場は理解しているらしく、今のところミーナと二人っきりで会ったり食事したりしたことはなく、誰かしらを同席させているのだという。

 ちょっとしたボディタッチはあれど過度なものとまではいかず、一応クリーンな関係性を保っている以上は、強制的に関係を断たせるには決定力に欠ける部分があり、周囲としても歯がゆい思いをしているらしい。

 もちろん、未然防止の観点からもラインハルトの判断に委ねるわけにはいかないので、くどくどくどくどオカンばりに言い続けているとのことである。


 (う~ん…? でも、前世の私が書いたあの小説の中に、男爵令嬢と婚約者の女の子とのトラブルも絶対あったはずなんだけど…)


 前世のセラフィが書いたあの小説はベッタベタのど定番だったので、婚約者がいる男性との適切な距離感がうんぬんかんぬんというお約束の揉め事もフツーに起きていたはずである。

 その揉め事の対処に、レンジャーが出動したはずなのだから。


 だけど、第二王子・ラインハルトには婚約者がいない。『婚約者がいる男性』に該当しない。

 そして「適切な距離感を」と忠告してくる婚約者の女の子もまたいないのだ。


 これはどういうことなんだろう。


 セラフィが頭を捻っていたところに、一人の生徒が生徒会室のドアを叩いた。

 こういう時の窓口は庶務が担当することになっているので、まずはセラフィが話を聞くべく対応に出る。


 「中庭で揉めている男女がいます。暴力沙汰に発展しかねない剣幕なので、お知らせした方がいいかと思って…」

 「中庭ですね。揉めている方がどなたなのか、お分かりになりますか?」

 「第一学年の子爵令息と、そのご婚約者の子爵令嬢だと思います。あの…最近ちょっと噂になっているピンクブロンドの男爵令嬢のことで揉めてるみたいで………」

 「―――――あ~………。承知いたしました。お知らせ頂き、ありがとうございます」


 どうやら、レンジャーが初出陣することになる「適切な距離感」に関するトラブルが、思わぬ方向から降りかかって来たらしい。

 第二王子・ラインハルトの婚約者でも何でもない、子爵令息の婚約者が相手だというのが、何気にひっかからなくもないが。


 だけどセラフィは、そこでふと思い留まる。


 (………あれ…? 生徒が揉めてるからっていちいちレンジャーが出動する必要ある…? このくらいの揉め事なら、今までだってあったと思うんだけど…)


 強い口調で言い争うことくらい、学園ではちょいちょい見かけることと言える。

 剣術のライバル同士が、エキサイトして木剣が折れるまで叩きあったり。恋のライバル同士が、思い人への贈り物のクッキーを叩き落とし合うという無言の戦いを繰り広げたり。

 そのくらいのトラブルは今までも起こってきているし、生徒会も、別にレンジャーに扮するまでもなく対処してきていることである。


 (じゃあ、これも別に普通に対処すればいいだけだったりしない…?)


 判断に迷ったセラフィが、背後にちらりと目をやると、嬉々としてマントを手にしようとするオーガスタを、リーンハルトと宰相の息子・ユング(会計)が諫めている。


 「待てオーガスタ早まるな。生徒会に対処をお願いしたはずの件で、何故か呼んでもいない妙なヤツがしゃしゃり出て来たりしたら、『我々は生徒会です』と名乗っているようなものだと思わないか?」

 「うっ…。確かに…」

 「それに、こんな些細な争いごとにまで切り札を切っていたら、ここぞという時には既に効力を失っている可能性もあります。ここは勿体つけていきましょう」

 「了解ですユング先輩。納得です」


 リーンハルトだけだったら振り払ってたかもしれないオーガスタだが、ユングの冷静な一言はすんなりと受け入れている。


 インテリ眼鏡枠、生徒会のブレーン・ユング。

 レンジャーに対して拒絶反応が全くないので、オーガスタ同様、この世界に綺麗に馴染むタイプの人間かと思いきや、冷静で常識的な一面を失わないでくれている。

 くだらないコメディ作品だからと言って、暴走する人種だけで構成されていなかったという事実に、セラフィとしては救われた気持ちになる。


 だけど、その一方で疑問も残る。


 だって、前世のセラフィが考えた原作では、ここはレンジャーが出動している場面なのだ。

 「あいつらは一体…?」みたいな数回の前振りを経て、満を持してクライマックスで名乗りとポーズをかますために、小さい揉め事にも毎回レンジャーが駆けつけていたはずなのだ。

 出し惜しみなんかすることなく。正体バレバレだろうがそこはご都合主義的にしれっとスルーで。


 適切な距離感系のトラブルばっかり何回も起こるわけがないので、ここで出動しないのであれば、もうこのケースで出動することはないと思うのだが…。


 果たしてこれでいいんだろうか。


 (ちょっと待って…。中庭でのランチひとつとっても、この世界の補完機能は、物凄い細かいところを突いてきたじゃない…? 今回だってそういうことなんじゃないの…?)


 セラフィは、前世の自分が書いたお話を事細かに思い返してみる。具体的には覚えていないことも多々あれど、前世のセラフィの思考回路から、おおまかに推察することはできる。


 その結果、「ピンクブロンドの男爵令嬢は、婚約者のいる男子生徒ともバグった距離感で接し続けており、男子生徒の方もそれを注意することなくデレデレしっぱなしだったため、とうとう婚約者の女子生徒がキレてしまい、トラブルに発展した」といったような、今更言うまでもなくアバウトな書きっぷりしかしてなかった記憶がうっすらと蘇ってくる。


 前世のセラフィのアタマの中では、当然、男爵令嬢といちゃこらしている第二王子を見かねた第二王子の婚約者が、立場的に止むを得ず男爵令嬢に注意するイメージでいたのだが、それは前世のセラフィのアタマの中でのことであって、文章においては、ちっとも具体的には表現していなかったのだ。

 「誰が」も、「誰と」も。


 そして今、「男爵令嬢といちゃついている子爵令息の、婚約者の女子生徒が」「自分の婚約者である子爵令息と」トラブっており、第二王子の婚約者という立ち位置の女性は存在すらしていない。


 (うわ~…。そんな馬鹿なと思いたいけど、一応原作の表現から逸脱してるわけじゃないみたい………)


 またしても原作の粗を突いてくるこの世界の補完機能。

 大部分を有耶無耶な形で誤魔化してしまったこのいい加減すぎる物語が、原作者が表現していない謂わばグレーゾーンの部分に何処まで切り込めるかという、補完の限界に挑んできているような気がするのは、是非とも気のせいであって欲しい。


 「それじゃ行きますよオーガスタ。いいですか? 当事者たちが冷静に話し合う場所を提供するのは我々の役目だとしても、話をどう決着させるのかは我々が関与すべきことではないので、そこを間違えないように」

 「えっ、そういうもんなんですか?」

 「ええ。婚約をどうするかは家と家との契約ですので、学園の自治組織でしかない我々が口出しすべきことではありませんし、元の形に落ち着かせることがベストとは限りませんしね。我々は暴力沙汰に発展しないように見張るだけです」


 宰相の息子・ユングは、まったくもってその通りな正論を吐くと、原作ではレンジャーお目見えとなるはずだった最初の山場をあっさりと潰し、素の姿のまま、オーガスタと二人で現場へと向かっていった。


 (……そういえば、木剣が折れるまで乱打し合った男子生徒達の一件も、この二人が対処してくれたっけ…)


 荒事はオーガスタが率先して対応してくれるが、一人じゃ厳しいときは、いつもユングが手を貸してくれている。

 ユングは、「リーンハルト殿下や女性に怪我などさせようものなら、自分の采配ミスとして人生の汚点になる」と言って憚らず、決してリーンハルトや公爵令嬢・フリデリカ、セラフィに行かせようとはしないのだ。


 ちなみにユングは腕っぷしが強いわけではないのだが、肝の据わりっぷりが尋常じゃないのでどんな相手にもビビることはないし、背後にブリザードが見えると噂の凍てつくオーラでヒートアップしていた面々を強制的にクールダウンさせ、容赦ない毒舌で圧倒し、鎮静化を図っているとのことである。


 学園内で起きるちょっとしたトラブルなら、生徒会として普通に対応すればいいだけのこと。

 だから昨年は、レンジャーの存在が役員に明かされることはなく、生徒会の力だけで問題を解決して行っていたようだ。

 昨年も生徒会役員だったフリデリカ(副会長)とユング(会計)が、今年はじめてレンジャーのことを知った様子だったことから考えても、歴代生徒会が漏れなくレンジャーとして出動してきたわけではなく、「これはもうレンジャーが出るしかなかろう」というケースを慎重に見極めた上で決定されているのだろう。

 その判断は生徒会長に一任されているそうで、代々生徒会長に秘密裡に引き継がれているとのことだ。


 冷静になって考えてみると、もし前世のセラフィが(文章化はできていないけど)想定していた通りに、第二王子に婚約者がいたとしたら、王族の婚約が壊れるかもしれないなんて状況、もはや国が本腰入れて対応にあたるべき事態のはずである。


 そもそも、素人学生の『戦隊ヒーローもどき』に、学園の自治と呼べる範疇を越えるような事案を丸投げすること自体がおかしい。

 対処すべきは『学園内の問題』の部分だけだからこそ、戦隊ヒーローもどきに託されたのだと考えれば、まだ説明がつく気がする。


 いい加減な小説の中であればテキトーなままで済んでいたことも、描写していない部分も含めて世界として成り立たせるためには、それなりにきちんとした建付けが必要になるのかもしれない。

 だからこの世界は、びっくりするくらい徹底的に補完しまくって来ているのだろう。


 (そっか…。戦隊ヒーローと言えば世界を救うために戦ってるイメージが強いから、何となく自分達も強大なものに立ち向かわなきゃいけないような気分になってたけど、私達はしょせん学生だもの。子供同士のトラブルを解決する程度のことでよかったのね)


 ちょっとした問題であれば、レンジャーに扮するまでもなくただ生徒会として真っ当に対処すればいい。 

 だけど、相手の身分が高すぎたり、派閥の力関係などにより、おいそれとは口出しできないケースもあり得るだろう。

 それでも対応しなければならない場合に、生徒会役員が不利益を被ることがないようにとの配慮から、先人のどなたかが捻りだした苦肉の策が、このレンジャーだったのではないだろうか。


 前世のセラフィがふざけていたから、この世界のレンジャーも当然のようにふざけたものとして扱ってしまっていたが、この世界の先人はきっとめちゃめちゃ苦労したんだろうと思う。


 (前世の私が、もっとちゃんと考えてたら…)


 …いや。

 それ以前に、何でこの世界は、あんなテキトー作品を元ネタに採用したんだろう。

 勝手に使われたことに関して、作者としてクレーム入れてもいい気がしてきた。


 まあ何にせよ、レンジャーはそうそう簡単には出動しないってことが確認できたことだし、機と見ればホイホイ出動しそうなオーガスタのことも、ユングがしっかり封じ込めてくれたので、結果としては上々なのではないだろうか。


 色々思うところはあるものの、とりあえずまだ未来には希望がありそうだと、セラフィはちょっとだけ胸を撫でおろしたのだった。



 尚、子爵令息とその婚約者のご令嬢は、ユング必殺のブリザードにより見事クールダウンし、冷静に話し合っていたとのこと。


 お見事である。



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