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04. ランチタイム

 さて。そもそも本日セラフィがオーガスタをランチに誘ったのは、ピンクブロンドの男爵令嬢・ミーナが大体いつも中庭で昼食を摂っていることを知っていたからに他ならない。

 原作者チートってヤツである。

 ミーナは、日によって顔ぶれは変わるものの、ランチタイムは常々男子生徒と共に中庭で過ごしているのだ。


 そう。日によって相手が異なるということは、本日のお相手が誰なのかはまだ分からないということ。

 第二王子・ラインハルトである可能性もあるってことになる。


 セラフィとオーガスタの二人であれば、例え本日のお相手がラインハルトだったとしても、離れたところから一礼するくらいで済んだだろう。

 でも、側妃の子であり立場の弱い第三王子・リーンハルトはそういうわけにはいかない。正妃の子である次兄に挨拶をしないだなんて、後から何を言われるかわかったもんじゃない。

 かといって、言葉を交わしてしまえば相手に存在を認識されることになるのだから、その後の会話は当たり障りのない内容に留める可能性が高く、有益な情報は期待できなくなってしまう。


 まずは本日のお相手を確認しておかないことには動くに動けないと判断したセラフィは、リーンハルトとオーガスタには一旦待機しておいてもらい、一人で中庭へと向かった。


 本日は天気もよく、ベンチや木陰でランチを楽しんでいる生徒がそこかしこに見受けられる。


 空きスペースを探している風を装ってきょろきょろと周囲を見回し、男爵令嬢・ミーナの姿を探していたセラフィだったが、次第に困惑しはじめる。

 いつも中庭でランチしているはずのミーナの姿が、どこにも見当たらないのだ。


 (―――――え、あれ? えーと?? …まだ来てないのかしら…?)

 でも、そんなに悠長に構えていたら座る場所が確保できなくなるかもしれないし、ランチを楽しむ時間も短くなってしまう。


 (あ、もしかして、今日は体調不良か何かで学園をお休みしてるとか…?)

 セラフィがそんな風に考え始めたところに、オーガスタがすっ飛んで来てセラフィに耳打ちする。

 「セラフィ、ホシは屋上に向かってるぞ! 本日のお相手は第二学年の伯爵令息だ!」

 「え、ええ??」


 セラフィはぽかんとせずにはいられなかった。

 だって、ミーナはキホンいつも中庭でランチを摂っているという設定なのだ。原作者が言うのだから間違いない。


 (もし今日の天気がイマイチだったり、昨日雨が降ったせいで地面がぬかるんでたりするなら、中庭を避けるのも分かるんだけど…)


 前世のセラフィは、何故か「『いつも』って書くと『雨の日も』ってことになるよね?」って部分が妙に気になってしまい、一応「大体いつも」という、ざっくりした表現を採用していた。

 いい加減な作品なので、小説の中でわざわざ雨の日について触れた部分などあるわけもないし、そもそも一人でこっそり楽しんでいただけの作品なので誰かからツッコミが入るわけでもないのだが、完全に何となくながら『大体』を付け加えておいたのだ。

 いくつか例を挙げるときに『等』を添えて余白を作っといたりするのと同じ感覚である。


 そしてふと、セラフィはこの設定の粗に気がついた。


 前世のセラフィ的には、ピンクブロンドの男爵令嬢は『天気がいい日はいつも必ず』中庭でランチしている感覚でいた。

 『大体』は雨の日のための保険でしかなく、天気や地面のコンディションが悪くない限りは、気分や相手で場所を変えたりはせず、いつも中庭でランチと摂るものとしか考えていなかったのだ。

 

 だけど、『大体』は、天気にしばりをかける表現ではない。晴れだろうが雨だろうが関係なく、中庭以外の場所を許容する表現と言っていい。


 つまり、ミーナは別にイレギュラーな行動を取ったわけでも何でもなく、アバウトに表現されている部分から逸脱しない範疇で行動しているに過ぎないってことである。


 (ええ~…。前世の私が『天気がいい日はいつも必ず』っていうつもりで書いてるんだから、そこは原作者の意向を酌んだ補完をしようよ…)


 何やら不必要に自由度の高いこの世界に、早くもセラフィはげんなりしかけていた。



 何とも言えない疲労感に見舞われながらも屋上に到着したセラフィは、ミーナの後方…ギリ声は届くけど近すぎないくらいの位置に陣取ることに成功した。

 無事リーンハルトとも合流し、荷物持ちしてくれていたオーガスタからバスケットを受け取って蓋を開けると、中には数種類のサンドウィッチと、小さいカップに小分けされたオードブルやフルーツなどが所狭しと並べられていた。


 セラフィが「遠慮せずにどうぞ」と勧めると、オーガスタはお行儀よく「いただきます」と手を合わせたあと、大きな口で齧り付き、「うまっ!」と満足そうに笑みを浮かべている。口に合ったようで何よりだ。


 オーガスタは好き嫌いもないだろうし見るからに頑丈そうなので何の心配もしていなかったが、王子であるリーンハルトはそういうわけにはいかないだろう。


 「会長、毒見のご担当の方はどちらに…」

 「毒見? 必要ないよ?」

 「ええ!?」


 リーンハルトはケロッとしているが、それにはセラフィの方が恐れ慄いてしまう。

 もちろん毒も何も入れてなどいないが、例えば運悪く食材の傷みが進んでいたりして、リーンハルトが体調を崩してしまうなんて可能性も絶対にないとは言いきれない。もし万が一にでもそんなことになれば、セラフィの家なんか簡単に消し飛んでしまう。

 セラフィとしては、プロの方のチェックを経て疑われる可能性そのものを潰しておき、是非とも心の安寧を得たいところである。


 「それじゃあほら、オーガスタが毒見したってことでいいんじゃないかな? 既に沢山食べてるけど何ともないでしょ?」

 「いえいえいえ! オーガスタは内臓も強そうですし、ちょっと怪しいくらいの食材なら克服できちゃう気がします」

 「え~…俺どんな扱い…? いや、何ともないし普通に美味いぞ? 特にこのチーズが絶品だな」


 オーガスタは、若干腑に落ちなさそうな口調ではありながらも大して気にした様子も見せず、休むことなく食べ進めている。

 そんなオーガスタを羨ましそうに眺めながら、リーンハルトは物悲しそうな表情を浮かべる。

 

 「ズルいぞオーガスタ…。それ、生産量が少なくてアークライツ伯爵領を訪れた人しか食べられないって噂の、幻のチーズだろう? 私も食べたい…」


 リーンハルトの言葉に、セラフィは目を丸くした。


 アークライツ伯爵領は風光明媚をウリにしているので、酪農や畜産は来訪者からは見えない山の向こう側などでこぢんまりと行っている程度であり、卵や乳製品などは領地だけで消費しきっており、出荷はしていない。

 保養に訪れている方々にはできるだけ領地の食材を楽しんでもらいたいので、チーズも領地のものを用意してはいるが、湯治目的の方を想定した体に優しいあっさりメニューが主流なため、チーズの出番は非常に少ない。


 セラフィは自領のチーズが大好きなのだが、目立たない存在だとばかり思っていたので、まさかリーンハルトが認識してくれているなんて思ってもみなかった。


 「会長、うちのチーズをご存じなんですか…?」

 「もちろん。さっぱりしていてクセがないし、胃にもたれないから体調がイマイチでも食べられると評判になってるって聞いてるよ」

 「あ、ありがとうございます…!」


 高貴な方に知って貰えていただけでなく、自分が好きなものを褒めてもらえるなんて純粋に嬉しい。

 セラフィは嬉々としてバスケットをリーンハルトに差し出した。


 「あの、あの、会長も是非召し上がってみてください! 毒見はオーガスタがしてくれたってことでいいんですよね? もし万が一のことがあったらオーガスタのせいになっちゃうかもしれないですけど…」


 オーガスタに責任を押し付けようとしてる気がしてきて、だんだん勢いが削がれていってしまうセラフィに気づいたオーガスタが、やんわりと気を使ってくれる。


 「何ともないから別に気にしないでいいんだけど、そもそも内臓に関しては、俺よりも会長の方が毒に慣らされてる分よほど頑丈だと思うぞ?」

 「オーガスタ、余計なことは言わないでおこうか。セラフィが怯えちゃったらどうしてくれるんだ。セラフィ、ありがとう! いただきます!」


 リーンハルトが小声でオーガスタに告げた内容は、セラフィにはよく聞き取れなかったが、空気を和らげてくれたオーガスタと、嬉しそうに食べてくれるリーンハルトの姿に、セラフィもほっこりとした気持ちになる。


 普通にランチを楽しんでしまっているような気がしないでもないが、もちろんセラフィは本来の目的を忘れているわけではなく、ちゃんと、背後にいる男爵令嬢・ミーナの会話にも聞き耳をたてていた。


 が、ミーナと本日のお相手君は、黙々と食べ進めるばかりで意外なことに会話は少なく、残念ながらこれといった成果は得られなかったのだった。





王子の名前は〇〇ハルトに揃えたわけですが、作者、

正しく書かれているのに「リーン」と「ライン」を読み間違えるという

謎のハルトマジックに悩まされております。

名前変えることも検討しましたが、私だけかもしれないと思い、

とりあえずそのままにしてみました。


もし混乱しそうでしたら、一文字目に着目してくださいね…。

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