02. 自分の後始末
セラフィは、田舎に領地を持つアークライツ伯爵家の一人娘である。
アークライツ領にはこれといった特産品はないが、風光明媚なことに加えて温泉がそこかしこに湧いているため、貴族の保養地として人気が高く、お陰様で田舎にしては豊かな領地だと自負している。
アークライツ伯爵家は中立派で、派閥争いには縁がなく、距離的に王都から離れていることもあってか、領地も人もおおらかでのほほんとしている。
野心は乏しく、身の丈に合わない発展も贅沢も求めてはいない。癒しを求めてアークライツ領まで足を運んでくれるおじいちゃんおばあちゃん(※主に貴族のご隠居さま)がいて下さればそれで十分であり、社交に勤しむ意欲もない。
まあ、他家から「自陣に取り込みたい」と切望されるほどの魅力的な何かがあるわけじゃないってことなんだろうし、毒にも薬にもならない家と言っていいだろう。
セラフィ自身はと言うと、成績は良い方なのだが才媛と呼べるほどではなく、このジャンルならと胸を張れるほどキラリと光るものを持っているわけでもないという、何につけても『下位入賞』みたいな微妙なポジションにおり、どうにも印象の薄さは否めない。
ルックスの方も、副会長である公爵令嬢・フリデリカのような高貴で華やかな美しさもなければ、件のピンクブロンドの男爵令嬢・ミーナのようなパッと目を惹きつける可愛らしさがあるわけでもない。加えて色味は、髪も瞳もこの国では最も一般的な茶系という、見事なまでの地味っぷり。
つまり、『これといった特色のない垢ぬけない田舎娘』と言うしかないだろう。
強い肩書や高い能力、特筆すべき個性があるわけでもないのに、なぜ自分が生徒会役員に抜擢されたのか、さっぱり分からないまま本日に至っていたわけだが、ここに来てやっとその理由がわかった。
ズバリ、特に意味なんかなかったのだ。
完全にテキトーの産物だったのだ。
戦隊ヒーローってものは、五人編成がセオリーである。その都合上、生徒会役員も五名である必要があった。
庶務なんて、あってもなくてもいいような役職と言っていい。ちなみに前世のセラフィが通っていた学校には、庶務はいなかった。
だけど「四人じゃポーズがいまいち決まらないからね!」というしょーもない理由で、五人編成にしたいがために無理矢理設けた役職…それが庶務だったに過ぎず、早い話が単なる数合わせだったのだ。
「庶務なんて一言で言うなら雑用係なんだから、高位すぎる人が着く役職じゃないとして、あんま低位すぎても活動上不便がありそうだから真ん中くらい…高位貴族感のない田舎の伯爵令嬢でいっか」
くらいの感覚で、つまりは小間使いとして都合がよさそうな子として何となく配置されたのがセラフィだったわけだ。
(自分が転生するって分かってたら、もっと丁寧に慎重に、チート設定盛り盛りとかにもできたのになあ…。まあ別に貧乏なわけでも家族仲が悪いわけでもないし、これといって困ってるわけでもないから、贅沢は言わないでおこう…)
何と言っても、アークライツ伯爵領は、都会の喧騒から離れたくつろぎの温泉地みたいなものなのだ。それだけで、前世(※東京育ちの純日本人)の感覚からしてみたら、ラグジュアリーな毎日と言っていい。
パーティーで夜がな踊り明かすよりも、温泉でゆったり解されてる方が、心身ともに癒されるに決まっている。
ちょっと当面は戦隊ヒーローもどきをやらなきゃならないかもしれないが、それが終われば、セラフィにはまったりぐでぐでな日々が待っているのだ。モチベーション上げるための理由付けとして申し分ない。
「なあなあセラフィ、キホンのポーズはこうらしいんだけど、好きなようにアレンジしてもいいんだってさ! 俺ら両端じゃん? やっぱ左右対称が格好いいよな? こんなんどう思う?」
騎士団長の息子・書記のオーガスタは、ノリノリで名乗りポーズを研究している。どうやら彼は、この黒歴史確定の陰の任務に何の不満も引っかかりも覚えていないらしい。このおふざけ世界に綺麗に馴染める逸材だと思っておこうと思う。
「ごめんねオーガスタ…。私、体が凄く硬くて、そのポーズはとても再現できそうにないの…。私に合わせると地味なポーズになっちゃうと思うから、左右対称はいったん保留にしない?」
柔軟性に物を言わせた謎ポーズをキメるオーガスタに、セラフィはやんわりと断りを入れる。
「そうか~。まあ女子はスカートだからあんまアクロバティックなポーズは出来ないよな~」
「そうねえ。オーガスタはせっかく身体能力高いんだから、全力でキメに行っていいと思うよ?」
「おっそうか?」
まんざらでもなさそうに顔を綻ばせるオーガスタを横目に、セラフィは密かに胸を撫でおろしていた。
(うん。これで私のポージングが超絶無難なものでも大目に見て貰えるはず…。面白味も何もない、誰の印象にも残らない地味ポーズで、レンジャー引退のその日まで逃げ切ろう…)
いや、それ以前に、全ての問題を水面下で速やかに解決してしまえば、ポーズを披露する機会すら訪れずに終わるはず。
それを狙っていかなければ、第三王子・リーンハルトと公爵令嬢・フリデリカが大惨事(※名乗りポーズのこと)に巻き込まれてしまう。
となれば、とにかく一刻も早くピンクブロンドの男爵令嬢・ミーナを何とかせねばなるまい。
(前世の自分が考えた設定では、もちろんミーナは玉の輿を狙って意図的に男子生徒に近づいてたわけだけど……)
前世のセラフィが考えたあのお話は、顔面偏差値の高い高貴な皆様が、戦隊ヒーロー的な名乗りとポーズを真面目にかます姿を楽しみたいがための作品と言っても過言ではなく、話の内容自体は何の捻りも伏線もない極々オーソドックスなものだった。
もちろんピンクブロンドの男爵令嬢も、異世界ものの定番として何の衒いもなく登場させたわけだが、その行動原理なんてベッタベタのお約束になぞらえることに何の躊躇も抵抗感もなく、安直街道を驀進していたもんである。
何なら「異世界モノでピンクの男爵令嬢と言えばのアレ」の一文でさらっと流したような気さえする。
ピンクブロンドの男爵令嬢と言えば、イコール『転生負けヒロイン』と言っていいと思うが、セラフィの考えたお話では単なる『荒らし』でしかない。
そもそも乙女ゲーム転生系のお話ですらないのだが、男爵令嬢が転生者である可能性もあったりするんだろうか。
セラフィが書いた作品は完全非公開だったので、作者であるセラフィ本人しか内容を知っている人間はいない。
もし男爵令嬢が転生者だったとして、「異世界転生したらしい」ってことに気づいたとしても、原作に思い当たることは決してない。
ただ、「原作はわからないけど、王子様といい雰囲気になる男爵令嬢って乙女ゲームの王道パターンだし、わたしってば何某かの作品のヒロインなんじゃない!?」とか勘違いしてしまって、乙女ゲームでありがちな攻略方法を片っ端から実践している可能性はあるのかもしれない。
だって、生徒会には、生徒会長の王子様、王子の婚約者の公爵令嬢(悪役令嬢っぽい物凄い美人)、インテリ枠・宰相の息子(美形イケメン)、脳筋枠・騎士団長の息子(カッコイイ系イケメン)と、乙女ゲームではテッパンの顔ぶれが勢ぞろいしているのだ。(※庶務は特に触れるべきことがないので割愛)
…まあ、男爵令嬢といい雰囲気なのは生徒会長ではない王子だったり、公爵令嬢は学園にはいない王子の婚約者だったりと、「うん?」って部分は多々あるのだが、誤差の範囲と言ってしまえばそれまでのこと。
前世のセラフィは『ざまあ』が書きたいわけじゃなかったので、レンジャーによるお裁きの内容自体を重要視してなかったと言うか、名乗ってポーズをキメたところで満足しちゃったと言うか、「お後がよろしいようで」じゃかじゃん! と、「誰がこの後を受けるんだよ!」と言うしかない、大変おざなりなカンジに幕を引いた覚えがある。
その後の展開は書いた本人ですらも碌に覚えていないので、眺める価値もないほどにグダグダだったことだろう。
終始そんなカンジのテキトー作品なので、『殺るか殺られるか』みたいな息の詰まった丁々発止なんて有るわけがない。
冤罪をかけられる人がいるわけでも、処刑や追放といった重い罰が下されるわけでもない。初めからそういう類のお話じゃないのだ。
そして、もしミーナが転生者だったとして、変え得る未来は『お裁き』…つまりはリーンハルトとフリデリカの名乗りとポージングしかないってことになる。
セラフィにとっては願ったり叶ったりではないか。
(私がいたたまれない気持ちになってるだけであって、我が身の破滅が待ってるわけじゃないし、誰かに嫌な役回りを押し付けるわけでもないって考えると、そんなに気負う必要ないのかも…)
原作者の余裕もあってか深刻に考えるのをやめたセラフィは、まずはミーナの狙いは玉の輿でいいのかを探るべく、さっそく調査に乗り出すことにした。
真朱作品の主人公はだいたい逞しいので、
今回は普通の子を目指してみました。
「目指しただけ」になってないとよいのですが…。