3ー10 結婚と披露宴 その三
何と言うか、『絵』と言うよりは、風景の一部をそのまま切り取ったような見事さであり、草木の一本一本がくっきりと描かれておるのじゃ。
写実派に属している画家の作品を見たこともあるが、この絵に比べると天と地ほども差があると思われるのじゃ。
まぁ、絵画とは己の見たものの中で印象を受けたものを誇張して描くことにそもそもの意味が有ろうとは思われるのじゃが、この飾ってある絵は、ある意味で超写実と言うべきなのかもしれない。
一瞬の時を止めた風景なのだろうと思う。
そうしてその絵を飾ってある額がまた面白き趣向なのじゃ。
ガラスにしては、いやに透明な二枚の板に当該絵が挟まっていて壁に掛けられておるのじゃが、軽く手で触れてみると材質が明らかにガラスではない滑らかな表面の代物であることが分かった。
今一つ、その透明な板の間に挟まっている物が絵であるならば、塗った顔料の厚みで本来は結構な厚みが有るはずなのじゃが、この絵は非常に薄く、普通の絵のような表面がでこぼことした厚みを持ってはいないのじゃ。
では如何様にしてこの絵の色を塗ったのか?
何とも初っ端から色々と驚きに溢れたものを見せつけられておる。
待合室では飲み物を手渡されたが、その際に、異例なことに給仕から注意事項の説明があったわい。
普通なれば、待合室等では見事な彫金が施されたゴブレットなんぞに軽い酒を注がれるのじゃが、ゴブレットではなく、透明なガラス容器に注がれた酒を渡されたのじゃ。
給仕は、カクテルワインと言っておったが、横から見ると上部が円錐の器になって、その底から細い支柱のような棒が伸び、底面が平たい円状になっているガラス製品である。
これまでもガラスの容器が無かったわけでは無いが、くすんだ透明度で見栄えが悪く、製造過程でどうしても歪な形状になるために、接客用には使えない代物になってしまうのである。
然しながら、公爵邸で出されたガラス容器は全くくすみのない綺麗な透明さを見せていたほか、その美しい形状とともに、私と我妻に渡された容器が全く同一という均質の物だったのだ。
少なくともガラス製品でこれほど均質な品を見たことが無い。
仮にこれを造る職人が居るとするならば。間違いなくこの国では名工と呼ばれるべき存在じゃろうが、生憎とそのような者が居るとは聞いておらなんだ。
これは、何かの折に是非ともその名工の所在を公爵にお尋ねせねばなるまいな。
因みにこの美しい形状のガラス容器は、カクテルグラスと言うらしい。
ガラスをグラスと言うあたり或いは他国産なのやもしれぬな。
給仕の説明によれば、極上のワインに果汁を混ぜた上に『タンサン』なるものを混ぜたものを『カクテルワイン』と言うらしいのじゃが、酒精が押さえてあることから我妻も痛く気に入った様子じゃった。
そして、給仕の言った注意事項とは、このカクテルグラスが非常に薄くできているために、ゴブレットのように乱暴に取り扱うと簡単に壊れる恐れがあること、また、飲む際には支柱の部分を軽く摘まんで飲むことで、ワインに余計な温度を伝えずに飲むことができる旨の注意をしてくれたのじゃ。
確かにこのカクテルワインは冷やされておった。
その所為もあって非常に飲みやく感じられるようじゃが、酒精が入っているので飲み過ぎには注意してくださいと言われたな。
飲みやすいので何杯でも行けそうなのじゃが、位階が上の他家にお邪魔して酒に溺れるわけには行かぬから注意をせねばなるまい。
また、待合室で待つ間のひと時に、カクテルワインとともにちょっとしたつまみも提供されたが、これまた味わったことのない代物じゃった。
給仕は『白いチョコ』と申しておったが、チョコなる食べ物をこれまで聞いたことが無い・
口に入れると舌触りが良く、コクと甘みが混ざる不思議な味わいの品じゃった。
これがまた冷たいカクテルワインに不思議と合うつまみなのじゃ。
我妻は手に持ったカクテルワインそっちのけで、この白いチョコなるものが非常に気に入ったようで空いているほうの手で盛んに摘まんでおるわ。
◇◇◇◇
私は、フランツ・ヴィスク・マンハイム・リーベルト子爵の正妻であるディーテリンド。
今日は久しぶりに夫とともにブラッセルマン公爵に招かれて、公爵邸に来ています。
このところ夫は領地に戻っていたので、二人でパーティへ出るのは三月ぶりの事なのですよ。
王都に居る私は、夫が不在中はパーティにもなかなか行けませんが、息子のレオンが成人すればもう少しフランツの多忙も緩むかもしれませんね。
それまでは王都別邸にて、執事長のクライスラーとともに夫の窓口や肩代わりをするのが日課なのです。
勿論、夫婦同伴が常であるパーティなどには出られずとも、貴族女性が集うお茶会などにはできる限り出席して情報収集にも余念がありませんよ。
但し、お茶会にも派閥が色濃く影を落としていますから、余程のことが無い限りは、他の派閥のご婦人方が集うお茶会には出席しませんが、中には個人的に親しい友人とのプライベートなお茶会には出席することもままあります。
尤も、そうしたお付き合いも精々半年に一、二回あればよい方でしょう。
ですから、今回のように派閥の垣根を越えて招待を受ける披露宴は、情報収集や情報交換の良い機会なのです。
殿方とは別に、女ならではの情報収集も貴族の妻女の務めなのです。
それにしても、事前情報では呪いの館とまで言われていた旧セントリード伯爵邸と、その西側に敷地を接する元エッフェンベルグ子爵邸が王家よりブラッセルマン公爵に御下げ渡しになったと聞いて、社交界でも大いに噂になっていましたね。
侯爵とは言え、平民上がり新興貴族に対する差別ではないかしらとね。
でも驚いたことにわずかに一月ほどで、この二つの元邸宅が一掃され、全く新たな大邸宅が出現したことには本当にびっくりしています。
我が家の従者の情報によれば、少なくとも三日ほど前までは、旧伯爵邸も元子爵邸もその周囲が何か布のようなもので覆われていて内部が窺われなかった筈なのですけれど、今日来てみると、それらの布が全て取り払われて大きな新居が出現していたのです。
大きな新居を一月で作るなど簡単にできることではありません。
仮にそんなことをしようとすれば、大勢の大工や人足を必要としたはずですが、そのような兆候がなかったと聞いています。
ですから私としては新公爵の叙爵のお披露目はどんなに早くても三月後、下手をすれば半年後くらいになるのではないかと思っていました。
その予想を裏切って、一月後の呪いの館跡での披露宴ですからちょっと不安でございました。
迷信の類はできるだけ信じないようにしておりますが、魔法があってちょっと不思議なことがまかり通るこの世では、人知の及ばぬことが有っても不思議ではございません。
まして、ブラッセルマン公爵は、『国崩し』と称されたオーガ・ロードを首領とするスタンピードを、初代国王のように火の精霊を召喚して、ほぼ単独で殲滅したと言われるお人です。
ある意味で彼が為すことならば、どんな不思議が有っても可笑しく無いのかもしれません。
私もこの敷地の周辺を通りかかった時に、庭師が多数働いているのを見かけましたけれど、広い庭がきれいに整備されていました。
何というか、池を中心とした異国情緒のある凛とした佇まいの庭に仕上がっているのです。
私の記憶では、お化け屋敷と称された旧伯爵邸は三階建ての建物のはずでしたけれど、新公爵邸は四階建てですし、建坪も少なくとも六割増しほどに広がっているのじゃないかと思えます
。
その所為か、玄関先のロータリーも一回り大きくなっていましたね。
玄関先ではブラッセルマン公爵ご自身が従者とともに招待客のお出迎えをされていました。
1年ほど前に成人したばかりと聞いていましたが、本当にお若いですね。
でもその応対はそつがなく、ピシッとした身なりとともに貴族の礼式にかなった雰囲気を醸し出しており、とても一月前に平民から公爵に叙爵されたとは思えないほどです。
まぁ、西の隣国ノルディア公国と南の隣国サルバドス王国の王家筋の方の依頼を受けて難病を治した治癒師として有名を馳せていますから、王家や高位貴族に対する礼儀にも通じているのかもしれませんが、来年成人を迎えるレオンと比べると随分と大人びていますね。
そうして建物内部に案内された私は内装と調度品の素晴らしさに目を奪われました。
特に天上界を思わせる天井画はさりげなく天井を照らす間接照明でその細部までもが見事に見えますし、壁にさりげなく飾られている風景絵画が驚くほどに写実的なのです。
私も貴族子女のたしなみの一環として絵画を習い、絵画に興味を持って随分と時間をかけましたから、この絵画を生み出す難しさが良くわかります。
頭がくっつくほどに近寄っても、彩色に用いたであろう顔料が見分けられませんでした。
夫のフランツとも話しましたが、結局、あの絵画はこれまでと全く違う技法で風景を写し取ったものだと結論付けました。
そうして待合室で供されたカクテルワインなるものの味、それにつまみにも脅かされましたが、非常に驚いたのが、カクテルワインを入れたカクテルグラスなるガラス製品の完成度、それにつまみが載せられたお皿でございます。
淡い空色のような皿なのですが、描かれている唐草模様と色合いが素晴らしいものなのです。
いずれも均質な出来合いになっているのが不思議です。
夫と二人であらを探そうとしましたが、まったく均質な品と判定しました。
これほどの品質と見事なデザインであれば、きっと高価なものになるでしょう。
それを人数分揃えるとなれば大変なことになります。
おそらくは大手の商会に注文しても、オーダーから納品までは三か月ほど待たねばならないでしょう。
はて、ブラッセルマン公爵は以前からこんな品を所有していたのでしょうか?
なんとも不思議な方ですね。
いずれにしろ、とてもおいしい『白いチョコ』とともに、ここまでのところ呪いの館と言うイメージは完全に払拭されました。




