3―2 叙爵と許嫁? その二
僕の返答を受けて、クロイムサイルズが言った。
「ふむ、では、致し方ないな。
ある意味で危険ではあるのだが、既成事実を作ればよい。
リックの年齢では少し早いかも知れぬが、貴族の娘を娶ればよい。
許嫁の段階であれば、二の姫を本妻として王妃に押し込まれる恐れもあるが、本妻として貴族院に登録してしまえば、本妻の地位は揺らがないから、そこへ二の姫を押し込もうとまではしないだろう。
本来、貴族の子息が貴族の娘を娶るには、事前に王宮の許可も必要なのだが、その辺は私の方で官吏を抑えて、許しを出すようにする。
例え、手続きのミスであろうとも、一旦出た王宮の許可は覆らないからね。
貴族院での登録も、その流れに乗ればすぐにできるだろう。
但し、問題は、君の本妻になった者の命が狙われるやもしれないということだ。
王妃が必ずしもそこまで悪辣な女性だとは思わぬが、王家だけではなく、他の貴族もブラッセルマン公爵の嫁として娘を送り込みたい思う人物はいるだろうな。
そうした場合において、当該人物が公爵よりも下級の貴族であれば、本妻でなくとも側室を送り込むことで目的を果たせるけれど、大公及び公爵にその意図があると、本妻が邪魔になるわけだ。
その場合、本妻を亡き者にしようとする動きも否定できない。
そのような動きを為すかもしれない人物として、私が知っている限りでは、ランブローズ公爵は要注意人物だよ。
単に派閥への取り込みであれば、大公若しくは公爵麾下の貴族の娘を側室に送り込もうとする動きが有るやもしれぬな。
また、反国王派の貴族連中も過激な者が多いから要注意だね。
その意味では嫁として迎える女性が危ない立場に置かれることになるんだが、・・・。
守り切れる自信はあるかい?」
「嫁として迎える以上は守り切って見せますよ。
それと、貴族としては例外になるかもしれませんが、今のところ、側室や妾は貰わないつもりです。」
「王妃殿下には、意中の人が居るようなことを言っていたようだが、その女性は市井の者かね?
平民だと貴族の養女という建前をとっても、本妻にはなれないぞ。」
「正直なところを言えば、現時点で僕に意中の人は居ません。
あれは、取り敢えずの逃げ口上のための言い訳でした。
但し、利用して良いかどうか未だに迷ってはいますけれど、ダイノス侯爵家のクラウディア嬢に本妻になってもらうことなら、或いは可能かもしれないと思っています。」
「ふむ、公爵夫人となるのであれば、侯爵令嬢の身分であれば十分可能だろうね。
但し、ダイノス家は、跡取りの婿を得られなくなるな。」
「ええ、そうですね。
その辺が気がかりではありますが、ダイノス侯爵が親戚筋に養子となる候補を探しているようですので、それがうまく行けば大丈夫かもしれません。」
「いずれにしろ、早めに動かないとおそらくは王家から押し込まれるよ。
その前に何とか既成事実を作った方が良い。」
「うーん既成事実ですかぁ・・・。
これまでの慣行から言えば、三か月以内に公爵叙爵の披露宴を僕が自分の邸で催さなければならないようですので、それをできるだけ前倒しして、結婚式も併せて執り行うぐらいしかないですよね。
それが間に合うかどうかですが・・・。
これは、夜勤残業が続くかもしれないなぁ。」
「ウン?
どういうことかね?」
「王宮からの申し入れもあって、公爵家王都別邸の土地と屋敷を拝領することになったんですが、それが元々祟りのあった屋敷と言われていましてね。
ここ15年ほどは人の手が入らないまま放置されていたんです。
僕自身が現場確認をして、屋敷の地下室に溜まっていた瘴気を取り除いたことで、祟りと言われていた元凶はなくなりましたし、掃除と多少の手直しで何とかそのまま使えないことは無いんですけれど、・・・。
僕としては半年ほどもかけてじっくりと作り直したいと考えていたんです。
公爵としての披露宴は、大広間だけを改築して、三月後ぐらいに開催しようと思っていたんですが、・・・。
止むを得ませんから早急に何とか邸を使えるようにして、新しい公爵邸で披露宴と結婚式を突貫でやります。
その前にクラウディア嬢とダイノス公爵に何とか了承を得なければなりませんけれどね。」
「ふむ、13歳同士での結婚はちと早い気もするが、前例もある。
それが可能であるならば、出来る範囲で後押しをしよう。」
一応の方針らしきものは決まったものの、従者達には迷惑をかけることになるなぁ。
二か月半後と言ったにもかかわらず、三日と明けずに前言を翻す。
これは悪い雇い主の見本だね。
でもやり遂げなければ、実の妹を嫁に押し付けられることになる。
ダイノス侯爵にも迷惑をかけることになるんだが、・・・。
◇◇◇◇
翌日にはアポイントをとって、ダイノス侯爵家を訪れた。
自前の馬車が無いから、今回も馬借から借りた馬車と御者を使っている。
もう一つ、今回の訪問には、マイク執事長が連れて行く。
僕の訪問に関して、マイクにも一応の目的は話しているが、当然のことながら僕の素性については伏せたままだ。
本日午前中に行った事前のアポイントメントもマイクの選んだ従者に行わせたんだ。
おそらくは、マイクやシェリアならば、僕の素性について打明けても秘密にはしてくれそうなのだが、大きな秘密を抱えると、万一の場合にどうしても本音が出てしまう恐れもある。
従って、僕の従者達に余計な負担をかけないためにも、彼らには真実は伏せておくんだ。
侯爵邸の玄関では、ダイノス家の執事であるセンドリックが迎えてくれ、すぐに応接室へ案内してくれた。
おそらくは、クラウディア嬢も在宅なのだろうが、アポイントメントは『ダイノス侯爵に御目にかかりたい。』との申し入れであるので、クラウディア嬢は敢えて顔を見せていない。
ダイノス邸では、侯爵が待っていてくれていたようで、応接室に入るとダイノス侯爵が椅子から立ち上がって僕を迎えてくれた。
ひとしきり型通りの挨拶を交わした後、侯爵が切り出した。
「さて、叙爵の式典と王宮での披露宴でお会いいたしましたが、本日は何の御用でございましょうか?
午前中のアポで午後一番と言うのは火急の要件かと存じますが?」
「はい、私にとっては火急の要件にございますが、ダイノス侯爵にとってはご迷惑をかける話にございます。」
「はて、私が動いて何とかなるお話でございますか?」
「はい、この件はダイノス侯爵でなければ対応が無理なお話でございます。
甚だ突然の申し出ではございますが、クラウディア嬢を私の嫁にいただけませんでしょうか?」
ダイノス侯爵は幾分呆気にとられていたが、すぐにも立ち直った。
「確かに意外な申し出ではございます。
クラウディアを望まれるのですね?
一方で、王家主催の披露宴では王妃から二の姫の婚約者になるつもりは無いかとお尋ねされた筈ですが・・・。
その申し出を受けて、クラウディアを側室にと望まれますか?」
「いいえ、私の望みは本妻にクラウディア嬢をいただきたいというお話でございます。」
再度、ダイノス侯爵は固まった。
「あの、王妃の申し出をお断りすると申されますか?」
飽くまで、貴族の掟に則り、僕に対して敬語で話すダイノス侯爵だが、彼自身も王妃の申し出を断ることがいかなる事態になるかを重々承知している。
王家からの誘いは通常よほどのことが無い限り拒絶してはならないのが普通である。
しかしながら、僕はそれを披露宴で行った。
一般的には、それ自体が、本来あってはならないことなのだが、平民上がりの成り上がり貴族の奇行として、呆れながらも大目に見てくれたというのが実情なのだろう。
また、仮に、何らかの形で僕が嫁を貰うことになっても、許嫁の段階に後出しで本妻に押し込めると安易に考えている節もある。
よもや、王家の知らぬ間に、貴族院へ本妻として登録を為してしまうとは考えていないはずであるからだ。
僕は、その点を指摘して、王家からの横やりが入る前に、クラウディア嬢との婚儀を無し、本妻として迎えたいと説明した。
ダイノス侯爵は本当に呆れていた。
確かに、電撃的に運べばそのような無理も通る可能性がある。
しかしながら、その一方で、婚儀が成った後で王家から白い目を向けられるのは、ブラッセルマン公爵家とダイノス侯爵になる。
ある意味でとても大きな不利益を被る可能性もあるわけだ。
「王妃のお申し出は、取り敢えず、あの時点でお断りをしていますし、クラウディア嬢との婚約は秘密裏に行い、婚儀まで明かしません。
婚儀と貴族院への登録はその日に行い、その後、私の公爵としての披露宴を我が邸で行い、その折に、本妻としてのお披露目もします。
この時点までくれば、貴族院に届けを為した本妻を降ろしてまで、王家から二の姫を私の嫁にと言う話は無いと思います。」
「では、その後に被るかもしれない不利益についてはどうお考えを?」
「はい、それが最も大きな問題ですね。
ダイノス家からクラウディア嬢を嫁に出せば、侯爵家を継ぐ婿殿を迎えられなくなりますし、王家からある意味で敵視されることにもなりかねません。
私にクラウディア嬢を嫁に出すということは、そうなることにも通じます。
そうして、その無理を承知で、ダイノス侯爵にお願いするしかありません。」
「失礼ながら、何故に、王妃の申し出をお断り為される。
私から言えば、二の姫様を許嫁にすることが、公爵殿にとって左程に問題になるとは思えません。
むしろ、クラウディアが側室として娶られても何らおかしくは無い筈なのですが・・・。」
「普通に考えればその通りなのですね。
でも、私が二の姫を伴侶に迎えることは決してありません。
仮にそのような事態になるとしたなら、私はこの国を出て行くことになります。」
侯爵はぎょっとした表情を見せた。
「国王陛下より爵位を賜った者が、国を出奔するようなことがあれば、反逆の疑いをかけられ、場合によっては処刑されますぞ。」
「王家が如何に強大であっても、僕の出奔を止めることはできません。
但し、私がそれを強行すれば、私をあてにしていた人々をも捨てることになりますので、できればしたくは無いのです。」
「であれば、公爵にならなければよかったでしょうに・・・。
いや、それこそ無理な話ですか・・・・。
公爵の爵位はあなたが望んだものではなく、辞退もままならなかった筈ですな。」




