2ー22 スタンピードの事後 その一
ハンターギルド南支部のベック・ハンソンと、統括本部のミシェル・ローレンスにイフリートの出現を見られたことは、ある意味で僕の誤算だった。
僕の周囲にいつでも存在する妖精が、ある意味でエルフ以外には不可視の存在だったから盲点だったのだ。
精霊召喚には何らかの不具合が生じるかもしれないと思い、これまで召喚を試していなかったんだけれど、スタンピードに乗じてなら多少の問題も誤魔化せると踏んだのだけれど、生憎とそうは問屋が卸さなかった。
イフリートとの会話は彼らには聞こえていないわけだが、明らかに彼らはイフリートのオーラとその姿を見ている。
忽然と鮮やかな朱金色のオーラをまとった人物が出てくれば彼らも何かおかしいと気づくよね。
そうしてそのうちに、あれほどの数が残っていたスタンピードのモンスター達が一瞬のうちに火の雨で殲滅された様子を彼らも遠目とは言いながら、しっかりと目撃していたのだった。
僕ももう少し気を使って嘘でもついた方が良かったのかもしれないが・・・。
まぁ、前世でも僕は、嘘は下手だったからな。
ハーゲン王国発祥の折、初代国王がサラマンダーを召喚して敵を殲滅したという伝承が残っており、なおかつ、僕が北の塔に押し込められる原因となった聖紋の有無で差別されたわけだから、王家とは左程関わりの無いハンターギルドとは云っても、この王都に支部や統括本部を置く限りは、そうした伝承も知っているのだろう。
彼らがどう考え、そうしてこれからどう動くかが問題なのだが・・・。
彼らも王国に拠点を置いている以上、王宮に対して嘘の報告は出せないのだろうな。
それを知っているからこそ、僕も黙っていてくれとは言えなかった。
翌日には、ハンターギルドの統括本部から王宮に対してスタンピード発生とその殲滅に至る詳細な正式報告がなされたと妖精から情報を貰った。
同時に近衛騎士団からの報告も為されたようだが、そちらの報告はハンターギルドの報告に比べると、非常に雑であったとしか言いようがないものだったらしい。
前線に兵士として送ることも危うい様な貴族の子弟からなる団体である。
それなりに優秀な人物がいたのかもしれないが、定型的な報告に慣れている将校にとっては混乱の渦中に在って、各所から上がってくる報告を要領よく取りまとめるだけの管理能力も鍛えられていないため、その分おざなりの報告になっているようだ。
城壁の上にも将兵は居たのだが、彼らがイフリートの出現を見たにしても、その後のモンスター殲滅とは結びつけていないのだった。
王宮サイドが信じたかったのは、近衛師団からの報告であった筈なのだが、彼らの報告では、事の次第について中々要領を得ず、しかも王家相談役のクロイム・サイルズが口を挟んでリックなる人物とハンターギルドの報告を重視するよう進言したことで、王宮サイドの対応が変わったのである。
僕の関心事項は、イフリートという大精霊を召喚した事実について、王宮サイドがどう判断するかであった。
ハンターギルドの報告書によれば、イフリートは伝承にあるサラマンダーの上位精霊に当たると報告されており、王宮幹部もこれを無視するわけにも行かなくなったのだ。
王宮幹部が延べ5日もかけて審議をしたが、取り敢えず、王都防衛に少なからず功績を上げたハンターギルドや近衛師団将兵及びその死傷者に対して一定の褒章を与えることは決まったのだが、肝心のリック・バウアーに対する褒章の問題で暗礁に乗り上げた。
ハンターギルドの報告書では、リック・バウアー及び彼の召喚した大精霊の存在無かりせば、襲撃された日若しくはその翌日には王都がモンスターに蹂躙されていた可能性が大であると断じられていたからである。
これが事実であれば、建国の大英雄である初代国王と同等以上の功績をあげたことになるために、王家に対してどのように上申するかが問題となったのである。
困った挙句に、宰相は王家相談役に相談したが、帰ってきた答えは意外な内容であった。
「伝承による初代国王と同等以上の功績を為したのが明確である以上、彼は救国の英雄です。
本来であれば、王家としては、王権を彼に譲るべきところなのかもしれませんが、そこまでは彼も望まぬでしょう。
可能であれば、戦時において功績が大であった者に与える最高位の褒章を授けるとともに、侯爵以上の爵位に取り立てること、私としては公爵が妥当と存じますけれど、そのような処遇が対外的にも一番望ましいのではないかと存じます。」
丸々一日悩んだ後で、宰相は幹部会を招集し、参加者全員の同意を得て、戦時下の最高褒章である金龍紋勲章の授与と、公爵への叙爵を国王陛下に上申したのであった。
最終的に王国の裁可が降りたのは、スタンピードの終焉から十日ほども過ぎた頃であった。
その間にも、ハンター達や近衛騎士たちの口で、王都中にリック・バウアーの英雄譚が広められていたが、その中には大精霊の話は出て来ずに、最終的に『神』が王都を救ったということになっていた。
リックの前にオーラをまとった人物が出現したのは見ていても、その者がモンスター殲滅に関わったと確信している人は少なかったのだ。
但し、緒戦において城壁の上でリック・バウアーが城壁に跳び上がって来たモンスター達を凄まじい動きで殲滅していたのを間近で見ている者もいたのである。
リックが居なければ、彼らの命も風前の灯火だったに違いない。
それゆえに、彼らはその恩義を忘れず、リックの活躍を大いに広めたのだった。
◇◇◇◇
モンスター襲撃からおよそ一月半後、王宮において功労者の表彰式典が行われることになった。
ハンターギルドでも王都防戦に参加したハンターに対して相応の表彰がなされたが、彼らが王宮に呼ばれることは無かった。
第三者から見ても彼らの功績は、微々たるものだったからである。
王宮において表彰されたのは、スタンピードの兆候が見えた時点で調査に出動した近衛騎士団50騎に対するものであり、死者には青紋勲章と二階級特進の栄誉を、生き残った負傷者達には一階級昇進の栄誉と、薄青紋勲章が授与されることになっている。
そうしてその式典には,リック・バウアーも召喚を受けている。
生憎と、王宮からの召喚にはそこに住んでいる者としては応じなければならないのだ。
勿論、勲章と爵位の授与についても拒否はできないらしい。
実は事前に王家相談役のクロイム・サイルズが、リックの元を訪れ、リックを脅したのだった。
「褒章も叙爵も拒否はできるけれど、その場合、ハーゲン王国を出なければならないよ。
リックはおそらく他所でも生きていけるだろうけれど、残された人たちが気の毒だよね。
随分と君を頼りにしている人も多いみたいだから・・・。
それを切り捨てて外国へ行くかい?」
憎たらしいことに年齢不詳のエルフはそう言ってにやりと笑ったのだ。
これも年の功なのかねぇ。
こちらの心情をよく掴んでいるよ。
結局、僕は叙勲と叙爵の両方を受けざるを得ない立場に追い込まれてしまった。
既に名誉伯爵という肩書は貰っていたけれど、正規の爵位を貰うと法衣貴族ではなく領地持ちの貴族になるようなんだ。
通常は平民から成り上がれるのは法衣貴族ぐらいのはずなのだけれど、今回は例外中の例外として領地持ちの貴族になってしまうらしい。
しかも公爵という地位は、貴族の爵位としては二番目で、大公に継ぐ爵位なんだ。
因みに大公と名乗れるのは現国王の弟一人だけであり、国王が逝去した際にお世継ぎがいる場合には、大公を辞して公爵になる仕組みになっている。
飽くまで大公は国王の弟であり、万が一の場合の王位継承者の一人として存在するだけなのだ。
因みに王位継承順位は、現国王の直系子孫の次になる。
従って、大公と言いながら実際に王位につける事例はほとんどないようだ。
いずれにしろ、僕は本物の貴族になってしまうわけだが、正直言って、爵位が欲しいとは思っていないよ。
但し、それを蹴ると色々不具合が生じるから受忍するだけのことだ。
因みに、王家相談役から、領地経営は法衣貴族から優秀な人物を雇って、代官として任命すればよいとのことだった。
但し、放任すると代官が汚職をし始めるから管理監督はしっかりした方が良いとアドバイスはしてくれたな。
仕方がないから、三日かけて、法衣貴族で優秀な人材を探し回ったよ。
僕が選んだのは、二名だね。
一人は、マクブラン子爵の三男坊で、法衣貴族として財務大臣の下で働いているオーラッド・マクブラン。
もう一人は、僕に領地として与えられる王家直轄領だったブルームランドの代官だったジョシュア・ケアンズ。
彼は、コンラッド男爵の四男坊であるらしい。
どちらも、親父さんの爵位は継げないから、騎士になるか法衣貴族になるかの道しかなかった男たちだ。
無論、僕よりも十歳以上も年上だよ。
何せ、僕は未だに12歳で、ハーゲン史上で最も若い公爵になるからね。
いずれにせよ、二人の候補者に会って口説くのは、授与式典の後で公爵に任じられてからの話だ。




