第14話 一度目の人生・リリーシアの誕生パーティ
リリーシアの誕生パーティが始まった。
階下の騒がしい様子がウィスティリアの部屋まで聞こえてくる。
両親は挨拶に忙殺されていることだろう。
今日が主役のリリーシアは、新しいドレスを着て、ご機嫌で招待客に笑顔を振りまいているに違いない。
使用人たちは、ウィスティリアの体調を気遣ってくれた。
「ウィスティリアお嬢様。奥様は……無理にでもお嬢様の準備をさせて、パーティ会場でリリーシアお嬢様の面倒を見させろとあたしたち使用人に命じてきたのですけど……」
「奥様からのお叱り程度のことは、あたしたちが引き受けます。ウィスティリアお嬢様はどうぞそのまま寝ていてください」
「そうです。俺たちもなんとかします。ウィスティリアお嬢様は熱が高いんですから、無理しないでください」
忙しい中、使用人たちはそう言って、ウィスティリアを休ませようとしてくれた。
「ありがとう……みんな……」
けれど、ウィスティリアは重たい体をベッドから起こした。
黒い羽根を手に取る。
「『承知した』って聞こえたわ。なら、この羽根の持ち主のかたは……、神様がきっと、わたしの願いを叶えてくださる……」
パーティの、最中に、きっと、神様の御迎えが来るのだ。
「だったら、人生の最期くらい、今までの文句を全部吐き出しても……いいかしらね……」
きっと、そのくらいなら。
神様も許してくれるはずだ。
だって、こうやって、羽根を贈ってくださったのだから。
ふらつく体を宥めながら、寝間着を脱ぐ。そして、白のシャツを着て、草のようなくすんだ黄緑色の地味なスカートを履く。ベルトのように細長いリボンを取り出して、それを腰に巻く。そこに黒い羽根も一緒に結び付けた。
パーティ向きの服装ではないことは承知の上だ。
けれど、コルセットは一人ではつけられない。重たいドレスでは身動きすらできなくなりそうだった。
死出の衣装としては地味だが仕方がない。
そうして、気力を振り絞って、階下へと向かう。
まともに食べてもおらず、寝てばかり。しかも熱のある体は重く、なかなか自分の思う通りには動かない。
階段は、手すりに寄りかかりながら、一段一段、慎重に下りた。
が、途中で、眩暈がした。目の前が暗くなり、足を階段から踏み外した。
「あ……」
文句すら言えないまま、このまま落下して死ぬのか……。
そう思った瞬間、誰かの手が、ウィスティリアの腰を支えた。
ぶらん……と、不自然な体勢になって、ウィスティリアの体は宙に浮いた。
「え……?」
使用人の誰かがとっさに掴んでくれた……のかと思った。
けれど、違う。
ウィスティリアの腰を支えてくれている、しっかりとした腕の感触が、確かにある。
なのに、その腕は、目に見えない。
その見えない誰かが、ふわりとウィスティリアの体を抱き上げ、更には階段の下まで運んでくれた。
「見えないけれど、誰か、いるのね? 神様か天使様……。あの羽根の方かしら……」
多分ここが顔であろうと思われる辺りをじっと探るようにして見る。やはり、そこにはなにも見えはしなかったが。
「ありがとう。感謝いたします」
会釈をして、感謝の言葉を述べた。
すると、それに応えるように、不自然な風がふわりとウィスティリアの薄紫色の髪の毛に触れて、流れていった。
見えない手は一階の玄関ホールまで、ウィスティリアを連れて行き、そこでウィスティリアを下ろした。
「頑張っておいで」と言わんばかりに、見えないその手がウィスティリアの肩をポンと軽く叩いた感触がした。
まるで「一緒に神の国に行く前に、全部吐き出してすっきりするといいよ」とでも告げられたようだった。
「ふふ……。素敵なエスコートをありがとうございました」
今の今まで感じていた体の重み。
それが、すっと軽くなった。
息を軽く吸って、背を伸ばす。
誕生パーティの会場にいるリリーシアを見た。
ちょうど、グレッグから誕生日のプレゼントをもらったところのようだ。グレッグは小さな箱の中から指輪を取り出し、それをリリーシアの指にはめていた。
「見てみて、この指輪のピンク色、リリーの髪の毛や瞳の色と一緒なのっ!」
指輪がはめられた自分の指を見て、リリーシアがくるくると、踊るようにその場で何回も回る。
回っている途中で、ウィスティリアがやって来たことに気が付いたのか、そのままパタパタと、軽い足取りで、リリーシアがウィスティリアに駆け寄った。
「ウィスティリアお姉様っ! これ素敵でしょうっ! グレッグ様からのプレゼントなのよっ!」
満面の笑みを浮かべるリリーシア。頬は上気してピンク色だ。瞳はまるで星のように輝いている。実に無邪気だ。
「ホント、素敵ね。リリーシアによく似合っているわ」
「でしょう⁉ グレッグ様ってば、贈り物のセンスがあるわっ!」
ウィスティリアは頷いた。
「そうね、リリーシアの言うとおりだわ。婚約者であるわたしには、潰れてひしゃげた薔薇の花。婚約者の妹であるリリーシアには希少価値で高価な指輪を贈る、なんてね。とっても素敵なセンスよね」
グレッグは居心地悪そうに、キョトキョトと視線をウィスティリアからずらした。
「あ……、えっと、その、ウィスティリア。……怒っているのかい? だ、だけど、白薔薇は、えーと、わざとぐちゃぐちゃにしたわけではなくて……」
もごもごと、言い訳をするグレッグ。ウィスティリアは無視をした。
「わたしのプレゼントも、リリーシアに喜んでもらえるものだと思うのよ。二つ、あるのだけれど。両方とも受け取ってもらえるかしら」
「二つも! いいの? ウィスティリアお姉様っ!」
「もちろんよ」
「お母様はいつも一つだけってうるさいのに! お姉様は二つもっ!」
きゃあきゃあと喜ぶリリーシアに、ウィスティリアはにっこりと微笑む。
死んで、リリーシアから解放されることを願った。
自由になりたい。
解放されたい。
今、その願いはきっと叶うのだろう。
先ほど叩かれた肩にそっと触れる。
最期くらい、全部、気持ちを吐き出しても……神様は許してくださるのですよね……。さっき、肩に触れてくださったのは、その承諾ですよね……。
今、ここで、告げる。
死んだあと、文句くらい言えばよかった……などと後悔しないように。
「一つ目は、そこにいるグレッグ・ルーナンドという名前の、ルーナンド伯爵家の三男よ」
「え? グレッグ様?」
「それからね、二つめはリード子爵家の跡継ぎという立場。二つともリリーシアにあげる」
リリーシアはウィスティリアに告げられた言葉の意味が分からずに、きょとんと眼を丸くした。
「ええと、ウィスティリアお姉様……?」
「ああ、ごめんなさい。わかりにくかったかしら」
「えーと、プレゼントって、ふつう、モノ、でしょお? ブローチとかネックレスとか」
「モノは、これまでリリーシアにたくさんあげたわよね。だから、今年は別のものにしたの」
リリーシアはまだ意味が分からずに、首を横に傾げた。
「わたしとグレッグ様の婚約を破棄するの。そうしたら、リリーシアがグレッグ様と婚約を結べるわ。リード子爵家も、リリーシアが継げばいい」
「ええと、リリーが、グレッグ様と結婚するってこと?」
「そうよ、リリーシア。だって、リリーシアはグレッグ様が好きなのでしょう」
「うんっ! だーい好きっ! リリー、グレッグ様と結婚したいっ!」
「グレッグ様も、当然リリーシアと同じ気持ちですわよね?」
顔をグレッグに向けて、ウィスティリアは、冷笑した。
「病気で、熱があって、ベッドから起き上がることもできないこのわたしの見舞いにやって来たはずなのに。わたしに顔も見せずに、リリーシアと我が家の庭で抱き合っていたグレッグ様。あなた様は、婚約者であるわたしよりも、婚約者の妹であるリリーシアのほうを愛していらっしゃるのですよね?」
「ウィスティリア……。あの、その……」
モゴモゴと、言い訳を口にしようとしているグレッグの言葉など、無視して、ウィスティリアは右手の指を一本立てた。
「グレッグ様とリリーシアは、いわゆる『真実の愛』で結ばれている。グレッグ様は、婚約者であるわたしを愛してはいない。リリーシアと婚約したい」
次いで、指をもう一本立てる。
「グレッグ様はわたしという婚約者と婚姻をして、我がリード子爵家に婿入りをする。が、リリーシアを愛人にして、わたしとリリーシアを『両手に花』状態で、二人共を自分のものとしたい」
誕生会の会場に響きわたるほどの大きな声を、ウィスティリアは敢えて出した。
招待客たちが、なにを言い出したのかと、ウィスティリアを見る。
注目を浴びたグレッグの顔は蒼白だった。答えられずに口をパクパクと開け閉めしている。
「最初はですね、グレッグ様の真意は、一つ目の『真実の愛』なのか、それとも二つ目の『両手に花』なのかをお尋ねしようと思ったのですけれど。それ、やめました」
時間の無駄ですから、と、ウィスティリアは続けた。
「端的に言いましょう、グレッグ様。あなたがわたしのことをどう思うかなど、もはやどうでもいいのです。ただ、わたしの人生にあなたはいらないんです」
きっぱりと、ウィスティリアはそう言い放った。




