表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/5

Underground

数十分前、カンジが発射されたグレネードを全て撃ち落とし、周囲の人間が愕然としていた頃、地下施設にいるレオナは爆発の振動を感じてから、すぐさま状況を理解していた。

「クソ、やっぱ来やがったか!」

ベッドから飛び跳ね、格子をガチャガチャ揺らしながら叫ぶ。しばらくすると、音に気付いた看守が走り寄ってきて、

「どうされましたか!?」

と尋ねる。

「敵の戦力...、機体でもいい、何か情報をくれないか!?」

格子をバシバシ叩きながら言葉切れ切れに訴える。その様子に圧倒されつつも、看守は毅然とした態度で、

「...准尉から、ひいては軍司令部からのお誘いを断られた以上、未だ貴方は虜囚の扱いです。敵にお教えすることは出来ませんな」

「チッ...!」

ここに来て、渋っていたツケが回ってくるとは。レオナは短い頭髪を掻きまくって、そして脳内にナオトの言葉がよぎった。

「...死んだ連中に、恥じないような生き方か...。ったく、あの泣きべそたれのヘタレ野郎が、あんな事を言うたぁ...」

記憶の中にいる二歳年下の少年が、この数日に見た十六歳の姿へと変わっていく。

(あいつは変わった。俺は...)

心の中で、自分の心理に尋ねる。

(いや、俺も変わったな。過程はどうあれ、俺たちは一緒に変わった。なら...)

覚悟を決め、一瞬目を瞑る。そして、

「...分かった!軍に入ってやる!だから頼む!あいつを...!ナオトを助けに行かせてくれ!」

無論、打算的な理屈を並べても良かった。しかし、こういう場合、相手の情に訴えかけるのが最適解だとレオナは分かっていた。

「...その言葉、信じますよ」

信じると言いつつ、未だに訝しげな目をしながらも、看守は格子の鍵を開ける。瞬間、流れ弾か、意図的な攻撃かは定かで無いが、地下施設の入口に砲弾が直撃した。

「やべっ...」

眼前で天井が崩れ落ちる。それは勿論、中にいるレオナにも降り注ごうとしていた。一つでも当たれば致命傷は避けられないだろう。目の前に迫る死という事実の塊が、彼女を砕こうとした瞬間、看守が身を投げ出し、レオナを突き飛ばした。

「なっ...」

先程まで自分がいた所で手を突き出している看守の口が動く。崩落の轟音の中、その言葉は届かなかったが、レオナには確かに分かった。

タ・ノ・ム...。

次の瞬間、看守の姿は瓦礫に消えた。

「クソ!」

だが、これはレオナにとってチャンスだった。丁度良く、ナオト達に助太刀する建前が出来た。殺されかけたのだ、無理矢理ではあるが、とりあえずこの場を凌ぐには十分な口実だった。

しかし、満足には喜べなかったのは、彼女の心根の表れだろう。

(悪ィな。あんたの死、絶対に無駄にはしねぇ...!)

そうして、瓦礫を押し退け飛び越え、ようやく外に出たレオナは、ナオトの機体と思しき月華と、それと戦うMPTを目にした。

「マジか、[フェネック]を出してくるのかよ!」

[フェネック]...。ハルキやタケルが搭乗しているMPTのコードネームである。日本と同じように内戦中のアメリカ、その西海岸からメキシコ西岸部、東はロッキー山脈まで勢力圏を持つ北米自由同盟の量産型MPTとして開発されたその機体は、元々は[ベアーマン]と呼ばれていた。しかし、現在は次世代機への転換が進んでおり、余ったベアーマンの多くは予備戦力となったか廃棄されたが、ナイトハンター含む様々な組織に秘密裏に売却された機体もいた。

ベアーマンを入手したナイトハンター技術部は、これをステルス任務に特化した性能に改修。新たなコードネームであるフェネックを与えたのだった。

「月華とか言ったか...、あの機体で良くやるぜ」

ナオト達と交戦した時を思い出し、口元が僅かに緩む。しかし、感慨にふけっている暇は無い。

走り続けて、格納庫らしい建物を見つけたレオナは駆け込んだ。そこは既に退避が終了しており、整備員含め誰もいなかった。ただ1つ、おそらく整備中だったのだろう、左腕の無いコクピットが開いている月華が直立していた。

「おいおい...、こりゃ乗ってくれってことだよな!」

キャットウォークを駆け抜け、コクピットに飛び込む。同年代と比べて華奢な身体は、勢いが乗ったまま飛び込んでも特に干渉することなく潤滑に入った。

「基本操作は変わらねぇんだな...」

自身の経験が通じることに安堵しつつ、月華を起動させる。懸架している二七式を手に取り、ギアを稼働させ、格納庫の外へ躍り出た。

そのレオナの視界に飛び込んできたのは、フェネックと互角に戦う月華達の姿だった。二七式を撃ってもいいが、下手をすればナオトにも当ててしまう。左腕は外されているため、ナイフは無い。とすると、やることは一つ、体当たりだった。レオナはギアをフル稼働させ、全力で機体をぶつけた!


そして、現在に至る。

「レオナ...、何をするつもりだ」

「よぉナオト。助けに来てやったんだよ」

2人の声が連なる。ナオトは何故レオナが月華に乗っているのか、脱走ではないかと疑った。しかし、それではハルキへ体当たりをした説明がつかない。

「本当に?」

「あのな。俺ァ何をしても、嘘はつかねぇよ。...忘れちまったか?」

その言葉に、ナオトは少し虚をつかれた表情をしながらも、口角を緩める。そうだ、こいつはこういう女だ。七年、いやもっと前から分かっていた事だった。

「よし、隊長!こいつは敵じゃない、味方かどうかは分かりませんが!」

「ナオトが言うなら...!親友なんでしょ!」

アキラも溌剌とナオトが言いたい事を言う。全員の言葉を聞いて、タイゾウが叫ぶ。

「よっしゃ!第一独立特殊強襲遊撃小隊、突撃!」

「...何だ、そのクソ長ったらしい名前は?」

「気にしないでやってくれ」

「そーそー、あんまり言うと面倒になるよ」

だが、タイゾウの勢いとは裏腹に、タケル達は後退を始めた。

「...ま、引き際間違っちゃ傭兵なんてやってられないのよね」

「分かってたならゴチャゴチャ言わずに退け!もう!」

ハルキがぶつけた頭を抑えながら怒鳴る。

「じゃ、また会いましょうね?今度は味方かもしれないケレド」

タケルが言って、フェネックの背部に搭載された発煙弾発射筒からチャフ・スモークが辺りに散布される。周辺のレーダーや熱探知機を妨害するそれは、月華や基地の対地防衛兵器を尽く追跡不能にした。その隙に、二人は基地から離脱する。

「ちっ、逃がしたか...」

「折角全員揃ってお披露目だったってのに...!」

口惜しそうなレオナとタイゾウの声が流れる。

「...レオナ、話がしたい」

ヘルメットのHMDを切り、機体を翻してレオナに向く。整備中の機体をぶんどった為、あの体当りで既に彼女の月華は機能の殆どを喪失していたが、辛うじて無線だけは生き残っていた。

「...いいぜ、聞かせてやる」

しかし、機装服も着ていないレオナの額からは鮮血が流れていた。体当たりの際の衝撃を受け切れず、コンソールにぶつけてしまったのだ。それを拭い、コクピットを開ける。ナオトもそれに従い、コクピットから身を晒した。

「!レオナ、血が...」

「気にすんな、こんなもんは掠り傷だ。それより...」

「軍に入るということだ。それで間違いないな?」

そう尋ねたタイゾウは、既に月華から降機していた。厳密に言えば、先程の戦闘で怪我をしていた所を手当していた。携帯用の消毒液が染みるのか、声が震えている。

「一つだけ聞かせて。何で今になって?」

次にアキラが尋ね、

「あぁ、俺も聞きたい。春崎レオナがまさか情に打たれたとは言うまいが...」

ナオトがその言を引き継ぐ。しばしの間の後、レオナが重々しく口を開く。

「...悪ィ。この話は二人で話したいんだ」

「そんな勝手な事は...」

ナオトが諌めようとするが、タイゾウが静止するように手を上げてこう言った。

「良いだろう。兵舎に面会室がある。そこを使え」

「ま、七年振りの再会でしょ。積もる話もあるだろうし、この際にいっぱい話してきなよ」

仲間の痛い程の気遣いにナオトは胸に来るものがあったが、今はそれを隠して、ただ礼を言った。そして、レオナと共に機体から降りて、途中医務室から応急処置用の医療品を分けてもらいつつ面会室に入った。

「...お前は言ったな。死んだ連中に恥じない生き方を選ぶって...いてて」

「動くな、目に入る」

消毒液に浸したコットンを傷口に押し当て、又は押し当てられながら会話が始まった。昔のナオトとは違うぶっきらぼうな、しかし相手を気遣う言い方に、レオナは少しだけ表情を緩めつつ続ける。

「俺の生きる意味はお前を見つけることだった。そして、お前を守って戦いたかった。それが俺の願いだった」

「...」

「だが、お前は仇のはずの組織にいて、俺と銃を向け合った。辛かったよ...。でも、お前はそう言ったんだ。俺の生きる意味は変わった」

「それは...」

「お前はあの虐殺の犯人を調べるんだろ?なら、それを妨害しようとする奴らからお前を守るのが、俺の新たな生きる意味だと思ったんだ」

「俺はお前に守られるほど弱く見えるか」

「見える。お前は自分を強く見せているが、俺から見りゃまだまだガキンチョだ」

気落ちした風の表情を浮かべたナオトの鼻先を突っつきながら、レオナは笑ってみせる。

「気丈に振る舞い、無愛想をやってみても、結局お前はあの時と性根は変わっちゃいねぇ。ほんとは誰かに甘えたいのに、甘え方を知らねぇ野良の子犬ちゃんだよ」

ばっさり言い放たれ、ナオトは思わず俯く。

怒りでも悲しみでも無く、自分でも存在に気付かないほどの深層心理を突かれ、ただ驚いていた。そして悟った。レオナに隠し事は出来ない、と。

「参ったな...。全く、お前はいつも俺を驚かせる」

「お前が分かりやすいんだ。俺には全部お見通しだぞ?」

彼女の人差し指がナオトの唇に触れ。二人の間に、七年前と同じような和やかな空気が流れた。

その後はトントン拍子に話は進んだ。

タイゾウがレオナの意向(無論建前)を上層部に伝ると、間もなく上層部から編入の意向が通達された。ここに、第一特殊独立強襲遊撃小隊は正式に誕生したのだ。


日本統一義勇軍 東北第三方面軍第一機甲師団第二装甲猟兵大隊第一特殊独立遊撃小隊

実働部隊隊長

深山タイゾウ少佐

実働部隊隊員

名雲アキラ准尉 南海ナオト准尉 春崎レオナ准尉

運用兵器

二式歩兵型機動戦闘車両[月華]×四機

九一式機動司令部輸送機×一機



「南海ナオト准尉、春崎レオナ准尉を連れて参りました。失礼致します」

司令室のドアをノックし、恭しい口上を述べる。隣に立つレオナは着慣れない制服にむずむずして、落ち着かない様子だった。

「入ってくれたまえ」

ドア越しに司令の言葉が聞こえた。その声に気持ちが引き締まる感覚を覚えつつ、ドアをゆっくりと開け、中に入るようレオナに促す。レオナも堅く挨拶をしながら部屋に入り、ナオトはその背中に続いた。

「新しく第一独立特殊強襲遊撃小隊に編入されました、春崎レオナ准尉であります。この度司令官閣下より恩赦及び階級を拝領賜りましたので、そのご挨拶に参りました」

「鹵獲した機体のパイロットだな。南海准尉とは昔馴染みと聞いている」

「はい。彼とは故郷で、良い関係でありました」

司令の声は重々しい。これは威圧している訳ではなく、彼の生来の声だった。しかし、その声は周囲の空気を否が応にも緊張させる効果がある。

レオナもレオナで、小柄な身体で司令に臆する事無く堂々とした態度だった。

(昔から相当肝の座った奴だが、今はそれ以上だ)

ナオトは口に出さずに胸中で呟きつつ、レオナを横目で見る。

黒髪を短く切ってはいるものの、癖の着いた髪は至る所で跳ねている。良く言えば豪快な、悪く言えば奔放な髪型に、健康的な褐色の肌。それらを包む紺色の制服...。今更ではあるが、ナオトも十一歳のレオナと比較して、

(大きくなったものだ...、身長以外は)

とやはりどきりとする所があったのだった。

そんなナオトの心境を知る由もなく、司令とレオナは会話を続ける。

「...貴官は盗賊組織の内情を知っているだろう。それを教えて欲しい」

「その見返りに、私の為に発生した被害を免ずる...、ですか」

「...前日のナイトハンターの襲撃による被害は兵員六名が死亡、第二格納庫が半壊、その他多数の施設が損壊した。あの攻撃は、貴官とあの機体を狙ってのものだろう?」

レオナの肩が僅かに震える。どうやら司令は図星を当てたらしい。

「...流石閣下。良く御存知ですね」

「これで二度の大戦を生き延びた男だ。身体は衰えても、この眼だけは衰えたつもりはない。単刀直入に聞くが、裏にいるのは新奥州軍か?」

「それは...」

「心配する必要は無い。先程隅々まで見たが、盗聴器機の類は無かった」

司令席の傍らに控える副司令が察したのか、レオナに言葉をかけた。

「...はい。あそこからMPTや兵員の補充を受け、義勇軍の前線基地を叩くように依頼を受けていました」

ナオトは顔を僅かに顰める。確かにそれは、ナオトを含む大勢の予想通りであった。

整備の行き届いた新奥州軍のMPT、盗賊部隊の襲撃に呼応するように始まった攻勢作戦。軍事に多少心得のある者ならば、直ぐにその結論に辿り着くだろう。

(おそらく連中は隠すつもりもないんだろう。自前の戦力を多少削るだけで前線を押し上げられれば、依頼料や失われる尊厳などは蚊の涙程だ。それに、もし失敗しても損失は少ない)

そんなナオトの推理を他所に、司令はある事実を打ち明ける。

「司令部は連中に対する殲滅作戦を立案したがっている。ここで仔細を語る訳にはいかんが、その作戦の要となるのが諸君ら第一特殊独立強襲遊撃小隊らしい」

「しかし、彼らは編成されて間も無い。小隊としてある程度は連携等に慣れていなければ、上手く戦えませんよ」

副司令がまるで予期していたかのように反論した。

これが本気か、茶番かはナオト達にとって知る由もなかったが、二人も副司令と同じ考えは持っていた。

元々ナオトとアキラ、そしてタイゾウの3人はチームを組んで長く連携に習熟しているが、そこに突出した実力を持つレオナが入ってきた場合、その制御は慣れていなければ困難だ。

だが、ナオトには別の考えがあった。

「春崎准尉は元々、単機で第二小隊を壊滅させた程の実力です。機体の性能もあるかもしれませんが、本基地所属の部隊内でも折り紙付きでしょう。我が部隊内では名雲准尉と深山少佐が中長距離戦闘に長けていますし、適切な戦術とある程度の連携が出来れば最高の矛として運用出来ると思います。作戦がいつ始まるか次第、ですが...」

「立案から実行までは遅くても一ヶ月以内だ。それまでに慣熟訓練を出来るか?」

「...超過密スケジュールにはなると思いますが、現状の戦線の維持が出来れば最短二週間で仕上げられると思います」

副司令がすぐに切り替えて推測する。流石に短すぎるのでは、という疑問がナオトの脳裏によぎるが、レオナと司令は概ね満足のいく答えだったようだ。

「二週間ありゃ、十分ですよ」

「よし。では、君達にはこれから二週間で訓練に励んでもらうよう、調整しよう。それで、だ。春崎准尉、そろそろ本題に戻りたいのだが...」

そこまで言うと、副司令がデスクに地図を広げる。そこには義勇軍と新奥州軍の前線と細かな基地の場所、そして地形や核汚染地域等が記されていた。

「まず、組織の正体だ。上層部は何者か、何故結成したのか」

「私は所詮、末端より少し近い程度です。詳細を直接聞いたことは無い。しかし、旧陸上自衛隊を追放された一部の素行不良幹部が生き残るために群れて作った、とは聞いたことがあります」

「君たちのアジト...、根拠地はどの辺にある?」

「ここ...、新奥州の連中が輸送に利用している地下線路、その最終駅に司令部があります。はっきり言ってそれ程の戦力は有していませんでしたが、司令部の警護に当たっている、親衛旅団と呼ばれる集団は腕利き揃いと聞いた事があります」

「親衛旅団?盗賊風情が偉そうな名を付けるものだ」

副司令が皮肉っぽく吐き捨てる。先の戦いでの損害を考えれば、当然の事だ。尤も、その損害の多くはレオナによるものだが、当面戦力となる相手の前では表に出すことはしなかった。

「大戦前から使われていた古い線路だな。しかし、汚染も少なく裏から軍閥に支援されているとすれば、盗賊の温床としては最適というわけだ」

「それに、地下鉄内での戦闘では大軍を投入することが出来ない。戦力を小出しする事になってしまう」

入口から発せられたその声に、室内の皆が振り返る。そこには髭を剃り、すっかり爽やかな顔になっているタイゾウが立っていた。

「その数で精鋭部隊と戦うのは、リスクがあると思います」

「アキラ!」

タイゾウの陰からすっと、アキラが顔を覗かせる。タイゾウの背丈は192cmに対して、アキラの身長は168cm。年齢はタイゾウが39に対してアキラは16と、それぞれ大きな差がある。そのため、2人が並ぶと親子のようにも見える。

「深山少佐、名雲准尉。君たちを呼んだ覚えは無いのだが...」

「はぁ、しかし、南海と春崎だけで大丈夫なのかと、保護者の本能が出たと言いますか」

「そうそう。父親として心配なんですよ」

「保護者?」

「父親?」

「深山少佐、名雲准尉。司令の前だ、ふざけるのはよせ」

ドスの効いた副司令の声に、タイゾウとアキラは揃って肩を竦めて見せた。司令は咳払いをしつつ、会話を仕切り直す。

「折角部隊員全員が揃っているんだ。丁度いい、もう話も終わるが、ここにいることを許可する」

「は!」

2人がほぼ同時に敬礼する。その仕草は慇懃であったが、どこかおどけたのを感じさせた。

「司令部への情報は先程のもので十分だろう。問題は、やはり例の親衛旅団なる敵の精鋭か」

「先の攻撃に、彼らは参加していたのか?」

「いえ、投入されたのは機甲突撃軍と呼ばれる部隊と、私が所属していた技術試験部隊でした」

「技術試験部隊...、あの機体と関係していると見えますな」

タイゾウが顎に指をかけながら呟く。

「新奥州から譲渡された、北米自由同盟の新型機であるライトニングIIIを運用するのが任務でした。その最終目的は資金や物資と引替えに、新奥州用のライトニングIIIを国内で量産すること」

ライトニングIIIは、塩那丘陵戦においてレオナが搭乗し、ナオトが鹵獲したMPTである。

「あんな機体を国内で...。夢物語に思えるな」

「私もそう思いました。アメリカと日本のMPTフレームには差異が多い。例え技術的に模倣が出来ても、コストや兵站の面で負荷がかかる。実際、量産化の目処が立ったなどという話は全く耳にしていません」

「となれば、その機体は貴官の機体が唯一か...、戦闘映像を見せてもらった。あの突然の加速性能、あれの種はあるのか?」

「あれはライトニングIIIに搭載された脚部エレキ・マニューバ機構によるものです。つまり、リニアと同じ要領で、瞬時に最大加速まで持っていくことが出来ます」

その後も話は続いた。後日情報を入手した司令部は作戦を立案し、塩那基地ではライトニングIIIの解析が進められていた。

その中で、第一独立特殊遊撃強襲小隊の面々は昼夜問わず訓練に勤しんでいた。

「アキラ!六時方向に弾幕を張れ!ナオト、レオナ!十秒後に接敵するぞ、構えておけ!」

九一式機動司令部輸送機からタイゾウが各員に指令を出す。小隊は現在、基地に駐屯する他のMPT部隊と実戦演習を行っていた。

と言っても、実際にMPTを使用した演習という訳では無い。前々大戦に発生した核の応酬により人類はその生存可能な領域を大きく減らした。日本列島も例外では無く、生活圏と軍事活動圏のバランスの均衡は常に各軍閥の悩みの種であった。

そこで開発されたのが、現在ナオトたちが使用しているシミュレーションである。

シミュレーション・ブレイン・システムを搭載した頭部に換装し、プログラミングされた地形データや敵性ユニットをダウンロードする事で、機体を動かさずにモニター内の世界でシミュレーションが出来る、有り体に言えばシューティングゲームのようなものだ。それを、ナオト、アキラ、レオナの三人は使用していた。

ナオトの月華のモニターに地下鉄の線路と、その隔壁から飛び出してきた二機のMPTが映る。間髪入れず、狙いを据えていた二七式の銃口から大口径弾が飛び出した。

「敵MPT二機撃破。レオナ、アキラ、そちらの戦況は?」

「こっちも一機やったよー。順調に奥へ進攻中〜」

「俺は三機だ。...しっかし、俺の情報が元のシミュレーションとは言え、あまりにも守りが脆弱すぎるな。修正の余地はありそうだ」

「三人とも良い感じだな。レオナは使い慣れてない月華だが、大丈夫か?」

「基本的な操作系は他のMPTと大差ないですし、全然問題ないっす」

レオナが砕けた敬語で返す。司令の前ではカッチリした喋り方であったが、タイゾウの"部隊に早く馴染ませる"という図らいにより好きなように喋れという達しが出たのだ。

「...しかし、こうサポートと言うのはどうにも性に合わない。メイさん、俺も参加していいですか?」

「駄目です。少佐のお仕事はサポートする事ですから。当分はこの機体で我慢してくださいね」

他の隊員に聞かれないように通信を遮断した上で、隣に座っている女性に尋ねる。水無月メイ、小隊の編成に伴い輸送機の機長として司令部から派遣された技術要員である。彼女の任務は輸送機の操縦、操作。その物腰柔らかい態度とは裏腹に、タイゾウのわがままを軽く受け流す気丈さが見え隠れしている。

却下されたタイゾウはがっくりしつつも、視線を識別モニターに向ける。月華のシミュレーション・ブレインと連動しシミュレーションの状況をリアルタイムで映す事が出るそれは、三機が別のルートから着々と最奥へと進んでいることを示していた。

「敵ユニットの反応無し。コードE・T・O(戦術目標遂行中)、作戦を続行しろ」

そのままシミュレーションは敵司令部の陥落と共に終了した。

訓練終了後、タイゾウとサクラは司令室へ報告に、シミュレーションをしていた三人は休憩室の古いソファにどかっと座っていた。

「...疲れたな」

「九時間ぶっ続けじゃあな...」

「敵も多いよ、本当にこんなにいるの...?」

全員が項垂れながら、思い思いに感想...、愚痴と言った方が正しい言葉を口にする。

「あのオッサン、割と厳しいのな...」

「二週間しかないんだ、俺たちを気遣ってくれているのさ」

「おじさんなのは...、まぁ、分かるけどねぇ」

「メイと言ったか...、あの人も中々キツイな」

「な!あんな優しそうな顔なのに、皮引っぺがしたら鬼なんじゃねぇの?」

「でも、隊長デレデレじゃない?案外気の強い女性がタイプだったりしてね」

「なら、レオナは気を付けた方がいいな」

三人から笑い声が漏れる。既に訓練が始まって一週間が過ぎていた。あと一週間、たった一週間の間に仕上げなければならないという重圧の中、和やかな空気を作れているのは良い傾向と言える。

「皆さんお疲れ様です。これ、良かったらどうぞ」

休憩室に入ってきたメイが、手に持った袋を掲げながら言う。受け取ったナオトが開けてみると、それは遺伝子組み換えをした小麦粉を使用したお菓子だった。比較的流通している物ではあるが、しかし最早経済が機能していない現状は手に入りにくい代物であった。軍需最優先の方針の都合上、民需産業は停滞しているも同然だったのだ、煙草や酒は"前線の備品"として積極的に生産が続けられているが、お菓子などの嗜好品はほとんど生産されていなかった。

「うわぁ!」

「おぉ、すげぇ」

ナオトの後ろから顔を出した二人がそれぞれ感嘆の声を上げた。過酷な前線を潜り抜けた兵士とはいえ、彼らもまだ子供である。甘い物に目が無いのも当然だ。

全員で分けて食べているのを、メイが微笑みながら見つめていると、司令室から帰ってきたタイゾウが入ってくる。

「諸君、司令殿も演習結果にご満足されたようだ。あと一週間、一週間だ。気張れよ」

「了解」

「はーい」

「うーす」

三人がほぼ同時に、三様に返す。

その後も小隊はシミュレーションを繰り返し、その結果は段々と上がり続けていた。

そして、一週間後。小隊はヘリで牽引されている月華、及び指揮車両にそれぞれ搭乗していた。目的は盗賊組織の根城である地下鉄線路、その地上入口である。

「ホーク・アイ、こちら第五航空団戦爆隊。戦闘機隊の半分はこれより貴隊の護衛につく。もう半分と爆撃隊はこの進路を維持しつつ、入口付近の対空火器及び地上部隊を攻撃する。よろしいか」

「こちらホーク・アイ、第一独立特殊遊撃強襲小隊、隊長の深山少佐だ。了解した、よろしく頼む」

ホーク・アイとは、タイゾウの乗る指揮車両のコードネームだ。実行部隊にはそれぞれハウンドのコードネームが与えられている。

輸送機と同じ双発ジェットの一〇〇式多用途戦闘爆撃機と単発ジェットの九八式制空戦闘機が、それぞれの任務を遂行するべく機動する。

速度を上げて飛んでいく爆撃隊を見送りつつ、タイゾウはもう一度作戦内容を説明する。ナオトら実行部隊は、無数のヘリに吊られた月華の中でそれを聞いていた。MPT用の輸送機は別の戦線で用いられているため、武装ヘリの装備を外して少しでも軽くし、無理矢理吊り下げているのだ。

「敵中枢には相当数の敵機がいると思われる。MPTのみではなく、自動防御システム、対MPT装甲車両、AT特技兵等様々な脅威が存在しているらしい。内部は狭く、大軍の投入は司令部が渋っちまった。その為、我々は単独で最奥部へ進攻し、後ほど到達する本隊の露払いを行う」

「...やっぱり、無茶なんじゃ...」

アキラがぼやく。

「無茶だろうが、やるしかない」

ナオトが宥めつつ、決意を固めた声を出す。

「俺の尻拭いだ。いつも以上にガチで行くぜ」

レオナもナオトと同様、気合いが入っている。

「こちら爆撃隊!十秒後に爆撃を行う!」

「こちら観測班。爆撃結果は追って知らせる。任せてくれ」

通信が終わった直後、また観測班から通信が入った。

「爆撃結果を伝達する。敵対空兵器群、95%沈黙、陸戦戦力86%沈黙」

「爆撃は成功した!あとは任せたぜ!」

爆撃を終えた航空隊が明後日の方角へ離脱する。

「よし、ヘリから離脱する。生き残った地上部隊を殲滅後、内部に突入するぞ...、また会おう、諸君!」

その言葉が終わると同時に、ナオトは身体がふわっと浮くような感覚と共に大きなGが圧し掛かったのを感じた。

「脚部ショック・アブソーバーを展開しろ、着地の衝撃はものすごいぞ、舌を噛むなよ!」

言われた通り、舌を口の中に引っ込める。瞬間、大きな音と共に激しい衝撃がナオトを襲った。着地の衝撃で、月華が片膝を着く。しかし、何とか無傷で抑えたナオトはすぐに機体を操作し、ゆっくりと膝を上げ、体勢を立て直した。

「こちらハウンド1、着地に成功。正面に少数の敵性ユニットが存在、排除する」

「ハウンド2了解!」

「ハウンド3、支援に回る!」

ハウンド2、アキラとハウンド3、レオナが復唱する。三機はシミュレーションで培った見事な連携を見せ、瞬く間に生き残っていた鷹山、及び対MPT車両を破壊した。

「地上クリア、ホーク・アイ。レーダー連動式自動運動ソナーを使う、待機せよ」

「了解。待機する」

ナオト機が背負っていた箱型のコンテナから、一機のUAVが飛び出す。小型のキャタピラが着いたそれは、入口から静かに侵入すると、載せている釘のような形状のソナーを地面に挿した。

輸送機下部に吊り下がっている対地熱感知式レドームはUAVから送られる地下鉄内の熱源の存在を、モニター越しにタイゾウに伝えていた。

「全ユニットへ、こちらホーク・アイ。敵は地下鉄内部に防衛線を構築している模様。敵戦力、MPT七、対MPT装甲車両が四、歩兵が一個中隊ほどだ。座標データを送信する。確認してくれ」

言葉が終わる前に、地下鉄内部の構造及び熱源の位置が記されたデータがコンソールに表示される。

「相手はこっちの戦力を測りかねてるだろうに、こっちはUAVから敵の位置が丸分かり。こんな楽な戦いは中々ないよねぇ」

「しかし、MPTがそれなりにいる。敵は水際防衛をして、こちらを殲滅する気なのか」

ナオトが冷静に分析すると、レオナが重苦しく口を開く。

「いや、連中の防衛戦略は内部に引き込んでの殲滅のはずだ。それが何故大戦力での水際防衛を行って...」

「なるほど...、これは、迂闊に出れんか...」

慎重案を唱えるナオトとレオナだったが、アキラはその逆だった。

「いや、ここは一気に敵を殲滅すべきだよ。強力な援軍を要請していて、それが来るまでの時間稼ぎってことも考えられるし、本隊到達までに少なくとも親衛旅団以外の防衛部隊は排除しなきゃ...」

そこで、アキラの言葉は止まった。いや、遮られたと言った方が正しい。タイゾウにだ。

「全ユニットへ通達する。司令部より本隊前進開始の報が入った。我々は到着前に前線を少しでも押し上げ、本隊の憂いを取り除けとの事だ」

「何だそりゃ、俺たちゃ捨て駒かぁ!?」

明らかに無茶な命令に、レオナが怒りを含んだ悲鳴を上げる。決して言葉は発しないが、タイゾウも思う所があるのだろう、語気の圧が強い。

「...実際、捨て駒の扱いかもしれない。だが、それが命令ならやるのが兵士だ。ハウンド2、3、援護してくれ」

ナオトは感情を押し殺して、僚機に指示を出して前進する。

「ちっ、クソ真面目が!」

「待ってナオト!これ、今が使い時だ」

アキラ機がナオト機に円筒状の物体を渡し、そのまま追従する。二倍以上の敵に突撃をかけるのは無謀に思われた。しかし、その物体こそ、戦局回天の兵器であったのだ。

ナオト機が敵の集団へ向け、物体を投げる。弧を描いて落ちたそれは不規則に地面を転がった後、無数の紫色の閃光を発し、次の瞬間、防衛部隊の鷹山が次々と機能を停止した。それは、他の機甲戦力、歩兵部隊も同様らしかった。

「EMP爆雷か...」

「出撃前、カンジの親父さんに頼んで取り寄せてもらってたんだ。あと一個しかないから、使い所は考えてね」

そう言いながら、もう一つもナオト機に渡すと、今度は二七式の銃口を鋼鉄のオブジェと化した鷹山へ向け、

「降伏するなら、痛くしない。機体から降りて、こちらの指示に従ってください」

と、相手に投降を勧告した。それに応じたパイロットや生き残った兵士たちが武器を捨て、あるいは機体から降りて両手を掲げる。

相手は大義も何も無い、ただ今日を生きる為に集まった烏合の衆である。戦う力を除いてしまえば、こうなることは明白であった。

上手い手だ、とナオトは思う。機体を見るに、降伏した連中は例の親衛旅団では無い。精鋭部隊と戦うのに、弾薬の消費はなるべく抑えたい。しかし、この連中を残しておけば、それは背中から何らかの方法で一突きされるかもしれないリスクを残すことと同義である。それ故に、弾薬を消費せず敵を無力化するには、これが最適だ。

「っしゃ、じゃあ奥へ進もうぜ。案内は俺に任せな」

敵の防衛線をほぼ無傷で食い破り、三機は奥へ進んでいく。作戦は順調に進行していると思われた。

しかし、作戦に想定外は付き物である。それが軍事にせよ、日常にせよ、思い通りにならないことは起こるものだ。

地下鉄入口から16km離れた、新奥州軍航空基地。そこではとある機体の発進準備が勧められていた。

日に照らされて、まだ起動していない機体のツインアイが不気味に光った。

たいっへん長らくお待たせしました。

直近にいろいろ用事が重なって、執筆が困難な状況だったが為に、まさか1ヶ月以上更新が遅れるとは思いもよりませんでした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ