飛び降り月見
飛び降り自殺。落下途中で意識を飛ばすから簡単に死ねるって、試した人が言ったのだろうか。その人は生きてるわけないのに誰がそのことを教えたのだろう。ニワトリとタマゴどっちが先かと一緒か。まあいいよ。死んでみないと分からないよね。ロウファーを脱ぐと床の冷たさがじんわりも伝わってきた。飛び降り前に靴を脱ぐっていうのも誰が決めたんだろ。
「決意表明ってとこかな。私は高いところ苦手だから月を見ながら終わりにしよう。最後の景色が地面はもの悲しいからね」
背を向けかかとから少しずつずらすように足を動かす。そして、落ちる面積に達した。おかしいことに死のうと思ってしているのに足の指に力が入っていた。
「生きていても居場所ないのに。あぁ雲に隠れ始めた。最後くらい綺麗なものを見せてよ。」
落下すると聞こえるのは風の音。もう目を瞑ろう。
チリン。
落下が止まった。
「月見にしては野蛮だな娘よ。確かにここからだと特等席だが陰って見えぬ。そうだ晴らしてやろう。その代わり言うことを聞くのだぞ」
そう言い黒髪の男が手を月に向け払うと雲が月から離れていった。
「綺麗な月だな娘。よく見ろ。」
綺麗に輝く月よりも月に照らされ黒髪の間から見えた男の瞳に引き込まれてしまった。
(あぁ最後に綺麗なもの見れた)
「ありがとう」
そして意識は遠のいた。
「人の社の前で飛び降りたかと思えば、今は満足気に寝ておる。なんと人間とは勝手なのだ。まあよい。これからはこちら側のものになるのだから柊弥生」
風の音がする。まだ落下途中なのだろう意識を飛ばしはしたが、戻っては痛みを感じてしまうだろう。もう一度意識飛べ飛べ飛べ!そう心の中で叫ぶも飛ぶ気配がしない。もう諦めてしまおう。「いつまで飛び降りている気でおるのだ」
この声は、さっき聞いた黒髪の男の声。飛び降りている気も何も今降りているところ・・・。意識がはっきりし始め気づいた今私は布団の中にいるのでは。それなら、今までのことは全て夢なのか。いや、それにしてははっきりしすぎていた。恐る恐る目を開けると、雲を晴らしたあの男が横に座っていた。
「頭は正常か?早速だが、約束の話をしようか」
「約束?」
何のことだか。あっ、思い出した。雲をどける代わりに言うこと聞くのだとか言っていた。
「そうだ。お前には仕事をしてもらう。」
「仕事ってどんな?」
「私の神使の仕事だ。と言ってもまだ疲れているだろうから落ち着いてからでよい。今はまず休め。あと、腕の組紐は絶対に外すでないぞ。ではまたな弥生よ」
そう言い私の頭を撫でると男は部屋を出て行った。腕を見ると緋色のミサンガのようなものが結ばれていた。緋色。あの男の人の瞳と同じ色。
「きれいだったな」
私の声だけが響く部屋。畳の匂いと飾られている椿の香り。私が神使か・・・
「私が神使?どういうこと!私は死のうと思って飛び降りたのに、ここはどこ!」
頭が追いつかない。本当に意識を飛ばしたままでいたかった。こうしては居られない。ここから出なければと飛び起き部屋を飛び出そうとしたが、
ぐちゃっとした布団が気になったので、
「寝かせてもらったんだもん。畳むくらいしとかないと」
布団を畳み重ねると組紐が目に入った。絶対に外すなって言われたけど、ここから出るのだから必要ない。組紐を外し枕の上に起き部屋を後にした。
部屋を出ると長い廊下にたくさんの戸があった。出れるかと思い、いくつも試したがどれも開くことは無かった。このままでは男に見つかって部屋に戻されてしまうのではという焦りから冷や汗が止まらない。どれほど経っただろうか、疲れが出始めた。この建物は思っていた以上に広すぎる。もう無理なのかと諦めかけていたところ、風が吹き髪が揺れた。
「風が来たってことはどこか開いているってことだよね!もう少しがんばろ。」
風を頼りに進むと閉まりきっていない戸があり、近くには私のロウファーが揃えて置かれていた。戸を横に引くと簡単に開いた。辺りは暗く静まり返っていた。闇と言った方があっているだろう。しかし、恐れている場合ではないためロウファーを履き男の屋敷の外に出た。